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第1話 2度目の人生の始まり

新連載です。

よろしくお願い致します。

本日は12時頃の3回更新となります。

「終わら……ない?」


 レックス・オボロ・マグナこと、月読朧つくよみ おぼろは本日0時を持って終了するはずのフルダイブVRMMORPG『ティルナノグ』に未だ接続していた。

 この異常な事態に朧は混乱したが、先程表示されたメッセージを思い出して落ち着きを取り戻す。


 そのメッセージ――それは『新たなシナリオが解放されました。新機能が解放されました。強くてニューゲームとなります。ダウンロードを行いますか?』


 『はい・いいえ』


 これを見て朧は寸分の迷いなく『はい』を選択した。


 何故なら朧にとってこのゲーム『ティルナノグ』は給料で得たお金のほとんどを課金してプレイヤーキャラを強化し、気の置けない仲間たちと共にクランを組織して本拠地を作り上げ、様々なクランやNPC国家と拠点やアイテムの争奪戦を繰り広げ、その雄大なる大自然と美味しい食事を堪能し尽くし、とにかく人生の全ての時間を注ぎ込んでやり込んだ掛け替えのない存在だったから。


 それほどの存在であったが故に朧は『ティルナノグ』のサービス終了を知った時、まるで子供のように慟哭した。これまでの楽しかった想い出が胸に去来し、同時にリアルの都合から仲間たちが1人、また1人と去って行った寂しさと胸が張り裂けんばかりの苦しさを思い出しながら。


 たかがゲームと人は言うだろう。

 だが、朧にはされどゲームなのだ。


 メッセージを見るまで朧はゲームをやり込んだ満足感と達成感、そして寂寥感せきりょうかんに包まれていた。


 このまま穏やかながら心に零れ落ちた1滴の染みを見て見ぬ振りして全てが終わるのかと言う物悲しさと諦念。


 それをメッセージが打ち砕いてしまった。


 実は迷わず『はい』を選択した後になってようやく朧は訝しんだ。

 サービス終了の告知はあっても新サービス開始のそれはなかった。

 もうゲームの終了は確定事項。


 人生を賭けるほどのやり込みと大切な仲間たち。

 半端ないほどの愛着はあったが、仲間と共に楽しくプレイしてきたのはもう過去の話。


 仲間はリアルの生活に追われて次々と止めていった。

 どんどんと減っていく仲間と占領した拠点の数々。

 それでも毎日必ずインをしてクランを支えるために狩りをしてお金を稼いだり、制約はあるものの非常に高い自由度で創れるNPCを維持管理したりと最低限のことはこなしてきた。ログインしては今日こそは誰かいないだろうかと期待し、また今日も駄目だったかと裏切られる日々。


 だから朧は縋るしかなかった。

 心に灯った小さな光に。

 新サービスが開始されると言う可能性に。

 続けていれば知り合いや仲間たちに再開できるかも知れない。

 ゲーム自体を止めてしまった仲間も戻って来るかも知れない。


 ダウンロードが終了し、システムが適用されるまでの間にそんな考えがぐるぐると頭の中を巡っていた。


 そして迎えたサービス終了の瞬間。

 終了時間になるもサーバが落ちる気配はない。

 意識はゲームの中にある。

 いや、むしろ今までより鮮明に全感覚を持って『ティルナノグ』の世界を感じ取っている。


 朧が出した結論は新サービスの開始であった。


「やった……まだだ、まだ終わらない。この世界が終わることなんてない!」


 その心からの叫びは狂気を孕んで、彼がいた本拠地『黄昏の王城(トワイライト・タワー)』の王座の間に響き渡った。




 ◆ ◆ ◆




 刻は午前0時になる前まで遡る。


 クランの仲間たちが集う大部屋で朧を含めた3人のプレイヤーが雑談に興じていた。何せ久々の再会である。話は弾み昔話に華が咲いていた。


「レックスさん、本当にありがとうございます。そしてお疲れ様でした。これまで〈黄昏の帝國トワイライト・アルカディア〉がやって来れたのはレックスさんのお陰ですよ」


 大剣を背中に背負い赤いマフラーを巻いたカエルの戦士姿のプレイヤーがレックスを労い、その肩に手をポンと置いた。

 そのぬくもりからは優しさが伝わってくる。


「いえいえ、そんなことはないですよ。ケロケロケロっちさん。この〈黄昏の帝國トワイライト・アルカディア〉は皆で……24人で作り上げた最高のクランじゃないですか」


 レックスがすぐに否定するが、その言葉はすぐに別のプレイヤーによって否定される。


 素直に感心しているのが分かる優しい声色だ。

 獅子族の男であり、見事な巨躯を持つ獣人で背中には戦斧を2つ背負っている。


「いや、謙遜することはないと思うぜ。俺たちがインしなくなっても『黄昏の王城(トワイライト・タワー)』が落ちてないってこと自体凄いと思うわ」


 彼の表情からは素直な驚きの感情が見て取れた。

 心からの言葉なのだとレックスの胸に喜びが込み上げてきて感極まる。


「ケロケロケロっちさん、キングレオンさんもありがとうございます。そう言ってもらえただけで救われる思いです……」


 レックスこと朧のアバターの目から涙が零れ落ちる。

 その表情はゲームサービス終了の悲しさと、努力が認められたことに対する嬉しさからくしゃくしゃに歪んでいた。


「24人かぁ……当時は『黄昏の24将』と呼ばれて畏れられたものでしたね」


「おッ……また懐かしいことを。でもよく24人でランク上位に食い込めてたよなぁ」


「皆さん強かったですからね……ぐすッ……」


「はははは! 盟主である覇王様のお陰だな!」


 レックスはクランの盟主を務めていた。

 決して最強ではなかったし、自己満足の覇王ロールプレイを楽しんでいたが、クランを1番に考えてきたことは疑い様のない事実であった。


 かつては仲間たちで溢れた大きな部屋にたったの3人。

 場に沈黙が降りる。

 誰もが昔を想い出して感傷に浸っているのだろう。


 ケロケロケロっちがその沈黙を敢えて破る。

 何処か覚悟を決めたような表情だ。


「名残惜しいですが、私はこの辺で落ちようかと思います……」


「そうだな……もう23時30分か……俺はちょっと外を見てからログアウトするわ。近くのジルキア王国でド派手に花火大会やってるって聞いたんでな」


「あーそうか。祭りやってるらしいですもんね」


 現在、サービス終了を機に各地で盛大なお祭りや花火大会が行われていた。

 皆、最後の想い出にしようと楽しんでいるのだろうが、朧は愛着のある本拠地でその刻を迎えるつもりだ。


 2人が一緒に立ち上がる。


 惜別の刻が来たのだ。


「それじゃあ、レックスさん、今までありがとうございました。そしてお疲れ様でした。また何処かでお会いしましょう」

「レックスさん、楽しかったのはお前さんのお陰だ。たぶん俺はまた違うゲームをやるんだろう……だからまた違うゲームで会おうぜ!」


 そう敢えて元気よく言い残すと、朧をその場に残して2人は名残惜しそうに部屋から出て行った。ケロケロケロっちも出て行ったと言うことはもう少しゲーム内にいるつもりになったのだろう。


 「できることなら最後まで一緒に過ごしませんか?」――そんな言葉が喉の奥から出かかったのだが、朧は何とかそれを飲み込んでいた。


「ありがとうございました……僕は絶対にこの時間を忘れないでしょう」


 そう小声で呟いた言葉はもう誰の耳にも入ることはない。




 ◆ ◆ ◆




 ――フルダイブVRMMORPG『ティルナノグ』


 『ティルナノグ』は日本を中心に大ブームを引き起こした大規模なフルダイブVRMMORPGゲームであり、そのグラフィックの流麗さ、緻密さ、そしてそれを五感全てを使って体感できると言う事実に多くの人がその虜となるほどであった。


 『現実げんじつよりも現実リアル』、『本当の現実はここにあり』、『完全なる自由フリーダム』などと言う触れ込みの通り世界中の人々を魅了した。


 そのユーザー数は約3000万人以上。


 ここまでユーザ数が膨れ上がったのも、いくらプレイしても飽きさせることのないその広大なマップのせいもあるのは間違いない。


 このゲームは北欧神話やギリシャ神話など世界の様々な神話を基にして作られたもので、世界観は神々による最終戦争ラグナロクが終結しヴィンゴールヴと言う世界が生まれたところから始まる。


 その世界を最初の舞台として最終戦争ラグナロクを生き延びた人間や亜人、神々と魔神デヴィルなどが共に暮らすことになるのだが、多種多様な者が相容れるはずもなく、結局は各種族が拠点や資源、アイテムなどを巡って相争うのがゲームの根幹だ。


 だが最終戦争だったはずのラグナロクには続きがあった。

 刻を司る神々が力を結集して宿命だったはずの刻を巻き戻したのである。

 それによって運命の歯車が回り始め、刻の経過と共に元々あった10つの世界、アースガルズ、ヴァナヘイム、ミズガルズ、ムスペルヘイム、ニヴルヘイム、アールヴヘイム、スヴァルトアールヴァヘイム、ニザヴェッリル、ヨトゥンヘイム、ヘルが再構築された。


 そして滅びたはずの者たちも再び世界に顕現することとなった。


 つまりゲームのサービス開始直後はヴィンゴールヴのみの世界だったが、度重なるアップデートの結果、次々と世界樹ユグドラシルに繋がる世界が実装されたと言う訳である。


 その世界は広大でゲーム史上最大の規模を誇る様々な世界が再現されており、マップの隅から隅までを制覇しようとすればそれこそサービス終了するほどの時間が必要となるだろう。


 『ティルナノグ』はそれぞれ大きく異なる世界を臨場感たっぷりに、全神経を通して味わうことができるのが売りであった。

 これによりゲームをプレイする目的は世界制覇だけではなくなった。

 鍛冶をして武器や防具などを製作する者、錬金術でアイテムを作り出す者、料理を作ってプレイヤーに振る舞う者、音楽を奏でて皆の耳を楽しませる者。


 多種多様な世界の何処にでも行くことができ、何でもすることができるようになったことでソロプレイ、ロールプレイ、協力プレイ、対戦プレイ、クラン戦などプレイ方法は多岐に渡る。


 当然、クラン戦が可能なのでプレイヤーキルもNPCキルも可能である。

 ちなみにNPCとはノンプレイヤーキャラクターの略であり、プレイヤーが操作しないキャラクターのことを意味する言葉だ。


 元々自由度の高いゲームだったのが更に、何でもできるようになったと言うことだ。まずはクランが満たすべき条件の達成や、特殊アイテムや素材を得ることで本拠地を作成することができる。城、要塞、街はもちろん、地下迷宮や浮遊大陸、天空城、海底神殿など何でもありだ。


 アイテムや武器などの装備品はもちろん、NPCの作成など何でも、元となるコアと素材があれば創り出すことができる。

 特殊な素材を掛け合わることで、オリジナルアイテムや強力な追加効果を持つ武器、耐性を持つ防具などを作って売ったり自分で使ったりすることもできる。


 デザインからネーミングまで製作者のセンスが問われるところだ。

 見た目となる外装は自分でデザインする者もいれば、ネットの絵師による配布物を使う者、汎用の物を使う者など様々である。


 同様に、外装からデザインしたNPCに独自の装備をさせ、実装されているエディタ機能を用いてゲーム内プログラミング言語によるソースコードを書くことで独自の行動をさせることまで可能になった。


 その上、フレーバーテキストなどで性格から趣味嗜好まで設定することができるため、完全なる唯一無二のキャラクターを作成することができるのだ。まさにAIの発達が為せる業であり、科学の大勝利と言えよう。


 もちろん、プレイヤ―と同じく種族から職業(クラス)技能(スキル)、魔法に至るまで決めることもできるが、コアの種類やコスト上限と使用する素材や、達成する条件などでその辺りは変わってくるのだが。


 それらは制約と呼ばれ、コアによってどれだけの能力(ファクタス)を付与できるかが決まっている――コスト上限が定められているため、無限に強化するのは不可能である。


 つまり素材はもちろん、クラスにもスキルにも魔法にもコストが設定されており『僕の考えた最強のNPC』を創るのは難しいが、最強に近いNPCなら可能である。プレイヤーは独自性――オリジナリティを追及することができ、コアと稀少な素材、職業クラス技能スキルの組み合わせ次第で無限の可能性を持つ最大位階(レベル)100のNPCをも作り出せると言う訳だ。


 ―――


 サービスの継続に心が躍った朧であったが、流石に明日――ではなく今日だが――4時起きのため一旦、ゲームを終了することに決めた。

 名残惜しさを感じるものの、また明日から今までのようにプレイしていけば良いと前向きに考えて、心の着地点を見い出した朧はログアウトしようとコンソールを開こうとする。


 しかし――


「ログアウトができない? なんでだ?」


 コンソールは自体は開けたが、ログアウトはもちろんGMへの連絡も通じない。

 当然、朧は困惑を隠せずにいた。

 ログアウトの項目は灰色になっており、意識を向けて操作しようとしてもできないのだ。


 それに何処にも連絡が繋がらない。

 GMはもちろん、ゲーム内の知り合い、かつての仲間たち、引退してしまった者たちにまで片っ端からメッセージを飛ばしたが誰にも通じることはなかった。


 0時を迎える前に久しぶりにログインしてきて再会することができた2人の仲間にも、藁にもすがる思いで連絡したがそちらも無理であった。


 こんなことはゲームを初めてから1度も起こったことがない。

 かつて起こった大規模な障害の時ですらだ。


「何が起きているんだ……? ログアウトできないとなると僕は一体どうなるんだ……?」


 朧の頭の中はもう真っ白になり、混乱の局地にあったため、冷静な判断が取れずにいた。


 そこへ事態を動かす存在が現れた。


「マグナ様! 大変なことになっておりますわ!」


 現れたのは本拠地を護る役目を持った見覚えのあるキャラ――NPCであった。

 とても慌てた様子で、その表情から何か重大なことが起こったのだろうと推測できるほどだ。更には走ってきたのか、肩でハァハァと大きく息をしており、その髪や衣服は乱れている。


 有り得ない出来事だ。

 彼女がこんな動きをするはずがない。

 プレイヤーならともかく、NPCがこんなふうに表情を変化させることなど不可能だからだ。表情も、仕草も、伝わってくる感情も何もかもがいつもとは異なっている。


 一体何が起こっている?


 朧の脳内はますます混迷を深めていった。

ありがとうございました。

また読みにいらしてください。

本日は後2回更新します。

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