8. 桜色のワンピース
市場の喧騒の中、明るい声と赤茶色の髪。
レオンさんが人好きのする笑顔でこちらに走ってくる。
頭上から「面倒くせぇヤツがきた……」と溜め息混じりに聞こえた。
「何やってんだ? サクラの買い物か?」
レオンさんがわたしの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「あ、はい……グレンさんがいろいろ買ってくれるって……」
「うおっ!? お前、喋れるじゃん!」
大袈裟に驚いてみせるレオンさんを、グレンさんが一瞥する。
「うるせーぞ、レオン。こんなところで何してる。巡回はどうした」
「ハハッ! サクラ、好きなもんたくさん買って貰えよ!」
……今度は頭上から盛大な舌打ち。
レオンさんは仕事が一段落したところでわたしたちを見つけて、声を掛けにきてくれたみたい。
最初のときみたいに、わたしを真ん中に挟んで三人で歩く。
まず見たのは服や靴を売っているお店。
グレンさんは「何でもいい、似合いそうなやつ買っとけ」と言ってくれた。
あ、この薄紅色の服、桜の花みたいで可愛い。
でも、浴衣みたいに帯で締めるんじゃないんだ。
どうやって着るんだろう。
また頭から被るのかな……?
「サクラ、これがいいのか?」
助け舟を出してくれたのはレオンさん。
服をさっと手に取ると、わたしの体に当てて、店主のおばさんと一緒に着方を教えてくれる。
浴衣に似た、上下が繋がった服。
だけど浴衣と違って、膝下あたりで広がる裾がひらひらと揺れて可愛らしい。
「おっ、サクラ、ワンピース似合うな!」
可愛い可愛い、とレオンさんが褒めてくれる。
これ、ワンピースって言うんだ。
ちらりとグレンさんを見る。
「……悪くねぇ」
レオンさんは他に、動きやすそうな服や軟らかい革で作られた靴を見繕ってくれた。
靴は下駄と違って足全体を入れて、前の方で紐を結ぶんだって。
女の子はたくさん買わなきゃな! と、どんどん服を選ぶレオンさん。
テメッ……! と、レオンさんを睨むグレンさん。
買って貰い過ぎ、だよね……。
何枚か戻そうとしたけど、グレンさんに「いい、気にすんな」と止められた。
後でちゃんとお礼言わなきゃ。
雑貨屋さんでは、櫛や身支度をする道具を買って貰う。
わたしが知ってる櫛の形と違う……。
それからグレンさんは寒いときに羽織る外套と、小さな手鏡、小物入れの袋も買ってくれた。
外套には銀色の糸で星の刺繍がしてあって可愛い。
小物入れの袋は長い紐で肩から斜め掛けにできる。
大切にしよう、全部。
ちなみにこの世界では外套のことをローブやマント、革でできた丈の長い靴はブーツって呼ぶらしい。
……覚えることがたくさんだ。
お店の裏で着替えさせて貰うと、一気に街に、この世界に、馴染んだ気がする。
街に大きな鐘の音が響いて少しすると、グレンさんは朝食で食べたのと同じ黄色い果物を買ってくれた。
ルミの実っていうらしい。
「ルミの実って、光珠と似てる名前だね」
珍しくキョトンとするグレンさん。
……わたし、変なこと聞いた?
「ルミの名前の由来が光珠だからなぁ……食べ頃になると実が光るんだよ、光珠みたいに」
わたしが外の世界からきたことをグレンさんに聞きつつ一緒にルミの実を食べながら、レオンさんが軽く答える。
そっか、この国じゃ当たり前のことなんだ。
レオンさんはわたしのことを聞いても、「だってお前、明らかにこの辺の子じゃない感じだったもん。まさか他の世界からだとは思わなかったけどなぁ」と大して驚いた様子はなかった。
適応能力がすごい。
ルミの実を食べ終える頃、どこからか食欲をそそるいい匂い。
少しクラクラするけど、歩き疲れちゃったのかな?
「なぁサクラ、ソーセージ食うか?」
「そー、せぇ……じ……?」
わたしの返事を待たずに屋台へ向かうレオンさん。
グレンさんが「お前食えんのか、今朝残してただろ」と。
何のことだろう……。
足早に戻ってきたレオンさんが持っていたのは、あの細長くて、弾力のありそうな変な塊。
これソーセージっていうんだ……。
香ばしくていい匂い。
でも、どこか怖くて、手が止まる。
「これ……食べれるの……?」
「おいおいマジかよ! こうやって食ってみ? すげぇ美味いから!」
……よし、勇気を出してみよう。
レオンさんを真似て焼き立てのソーセージを一口。
「あっつ!!」
結局それ以上食べられず、グレンさんに食べて貰った。
レオンさんはわたしたちより一足先に食事を終えると、仕事に戻ってしまった。
わたしはグレンさんと並んで、市場を見ながら詰め所を目指す。
グレンさんは力持ちで、荷物を全部持ってもちっとも重そうにしない。
それどころか市場を抜けた大通りで馬車が近くを通ると、わたしを片手で避けさせてくれた。
詰め所に到着して広間に入ると、鎧を着た人たちに囲まれる。
な、何……?
グレンさんがわたしを庇うように前へ出る。
すると鎧の人たちから
「本当に子どもだ」
「その年で隠し子とはなぁ……」
「可愛らしい子じゃねぇか、名前は何て言うんだ?」
「グレン、お前、見た目に反して子煩悩だな!」
と言葉が聞こえてくる。
先に戻ったレオンさんが「グレンが子育てしてるぜ」と笑いながら触れ回っていたらしい。
「ッざけんな!!」
今度こそ雷が落ちて、グレンさんの額にはしっかり青筋が浮かんでいた。
夜。
グレンさんの部屋での夕食をとった後、先に汗を流したわたしは、市場で買って貰った柔らかい寝間着を着て、グレンさんがシャワーから戻るのを待っていた。
なんだか頭がボーっとする。
いろんなことがあって、たくさん歩いて、疲れちゃったのかな……?
あ……今、窓の外で光ったの、光珠……?
少しして部屋に戻ってきたグレンさんは、わたしを見ると険しい顔でツカツカと近付いてくる。
「グレンさ……グレン、どうしたの……?」
「チッ……本当にアイツの言った通りになりやがった……」
グレンさんの声が遠くなった感じがする。
すぐ目の前で何か話しているのに、聞き取れない。
全身の皮膚がピリピリと痛む。
「おい……サクラ!!」
視界がぐにゃりと歪んで傾いていく。
音が遠退いて、世界がわたしから離れていくみたい。
駆け寄るグレンさんの声だけが、やけに響いて聞こえた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
市場での買い物、サクラのわくわくを一緒に感じていただけたら嬉しいです。
初めての場所で初めての買い物、なんだか楽しいですよね。
ではまた次回、お会いできますように。




