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23. 不格好な針目


「……あー……」


グレンはガシガシと頭を掻くと、言葉を選ぶように話し始める。


「あー……お前が言ってる“女”ってのは……星祭りのときか……?」


小さく頷くと、ぱたぱたっと足元に涙が落ちる。


「あれは酔っ払った女に絡まれてただけだ」


……ええ……何それ……。


「……何だその顔は」


「だって…………いい、何でもない……」


「……ん」


ん、の前に特大の“?”がついてた気がする。


……あれ?

どうしてこんなにモヤモヤしたんだろう?

生理の前だったから?


……さっぱりわからない……。


このときから、グレンはわたしが何となくイライラしやすいときは、気遣う言葉を掛けてくれるようになった。


ちなみに、星祭りで見た月影国のこと。

アレンさんに話しに行けたのは、体調が良くなってから更に数日後のこと。


「まだ調子が戻ってねぇだろ」


なかなかグレンのお許しが出なかった。

はじめは自分の部屋から、次は騎士団寮から出して貰えず、これまで通り動けるようになるまでにかなり時間が掛かった。


グレン、心配しすぎだよ。


魔術師塔のアレンさんの部屋。

わたしがアレンさんに話してるのを、グレンは後ろで聞いている。


「……それで……最後に見えたのが……祭壇の近くにいた人たちが、みんな……銀色と、金色で……」


「白い夜鷹に、銀色と金色ですか……」


“色”について覚えてることを聞かれたけど、特に新しいことは思い出せなかった。


うーん……と考え込むわたしに、グレンが一言。


「ンな顔して、頭でも痛てぇんじゃねぇのか?」


「え? 痛くないよ?」


「帰るぞ」


助けを求めてアレンさんに視線を送ったけど「ここはグレンに従いましょう」と苦笑いつきで手を振られてしまった。


これって……過保護、だよね?



──グレンの過保護は、季節が変わってからも同じだった。


あれから数週間。

森の木々は少しずつ色を変え、朝の空気が冷たくなってきた。


窓の外に目をやると、青い空がとても高い。


黄色い葉っぱが一枚、風に揺れてはらりと落ちた。


星祭りのとき以来、わたしは光珠を見ても月影国での記憶が頭を(よぎ)ることがなくなった。


「冷たいモン飲むな、熱い茶にしとけ」

「上にもう一枚羽織れ、薄着し過ぎだ」

「眠みぃなら寝ろ……夜更かしすんな」


グレン、これじゃ“本当に”保護者だよ……。

いや、保護者、なんだけどさ……。


ある秋の日。

森の巡回から戻ってきたグレン。


マントの端っこが少し破れている。


「木にでも引っ掛けたんだろ」


グレンはあんまり気にしてないみたいだったけど、わたしは気になる。


ということで、次の日の夜。

寝る前にマントを預かって、縫ってあげることにした。


「グレン、マントの端、破れたままでしょ?」


針と糸は昼間のうちにお城の縫い子さんに借りてある。


「わたしが縫ってあげる」


わたしだって何かできる、役に立てるっていうところ、見てほしいし知ってほしい。


「……ん」


短い間の後、カチャリと鎧からマントを外したグレン。


よし、第一関門を突破!

少し前なら「ガキがいちいち気ぃ遣うな」って言われておしまいだったもんね。


そのまま自分の部屋に戻ると、さっそく破れたところと睨めっこ。


グレンにはああ言ったけど、縫い物なんて初めて。


まずは針に糸を……って、何これ。

全然糸が通らない……。

何度も挑戦して、ようやく針の穴に糸を通す。


次にマントを裏返して針を刺していく。


チクチク、チクチクと。

できるだけ丁寧に、綺麗に……。


昼間、縫い子さんに教えて貰った通りに針を動かしてみるけど、思っていたよりずっと難しい。


単調な動きに慣れてきた、そのとき。


「……痛っ……」


反射的にマントから手を離す。


指先に赤い血が丸い玉のように膨らんだ。

グレンのマントを汚したくない。


指先を軽く咥え、血が止まったのを確認してから作業再開。


さっきより慎重に、ゆっくり……。


ようやくできあがった。

窓の外を見ると、二つの月が空高く昇っている。


だいぶ遅くなっちゃったみたい。


でもわたし、よく頑張った。


……そういえば。

前に買って貰ったチョコレート。


引き出しにしまってあった二粒のうち、一粒を口に入れる。


「ん、美味しい」


頑張った自分へのご褒美。

寝る前だけど……たまにはいいよね。


慣れない作業で疲れたわたしは、完成したマントと達成感を胸に抱いて眠りについた。


──コンコン……。


いつもと同じ音。

いつもと同じリズム。


小さいノックで、目を、覚ます……。


「……はぁ、い……あぁっ!?」


バァン!!


「どうした!?」


わたしの返事を待たずに銀色が飛び込んでくる。

グレン、早いよ……。


「ご、ごめんね……グレン……」


マント、皺になっちゃった……。


「……おい……これ……」


真っ先に目に入ったのは、腕の中。


マント、皺になっちゃった……。


「……おい……これ……」


ぐちゃぐちゃになった、臙脂色。


せっかく頑張って縫ったのに……。

喜んで貰えると思ったのに……。


何でわたしは、大切なところで詰めが甘いんだろう。


「……お前が縫ったのか?」


よく見れば、縫い目だってガタガタ。

ちっとも綺麗じゃない。


「……おい」


こんなの誰が見ても“素人が縫った”ってわかる。


悔しさと不甲斐なさに唇を噛む。


「……聞けコラ」


「いったぁ……っ!?」


突然の強い衝撃に、思わず額を押さえる。

これは……指で額を弾かれた……?


「な、な……っ……!?」


「人の話聞かねぇからだ」


「……ナンデスカ」


「お前が縫ったのか、これ」


「……縫った、けど……」


言葉に詰まると、グレンがぼやけていく。


縫ったけど…… 失敗、しちゃった……。


「……悪くねぇ」


ボソッと、辛うじて聞き取れる声で言われる。


ハッとして顔を上げた瞬間。


「グ、……グレン……?」


「……ありがとな」


グレンの、口元……。


少し。

それも、ほんの少しだけ。


グレンが、笑ってる。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

少しずつ成長するサクラのいじらしさというか、可愛さが伝わってくれたら嬉しいです。

素直な子ですよね、この子……!

で、ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。

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