22. 赤の知らせ
な、な……なに、何これっ!?
目に飛び込んできたモノが理解できない。
し、下……下着に、赤い……血……!?
何回見ても、本来白いはずの場所に、異質に咲く鮮明な赤。
「……怪我、は……してない、はず……」
自分の下半分を、恐る恐る覗き込む。
……うん、何ともない……。
「もしか、して……びょ、病気……!?」
きっとそうだ。
しかも、いきなりこんな、真っ赤な血。
知らないうちに、重い病気に罹っていたんだ……。
「どうしよう、わたし……死んじゃう……?」
心臓をギュッと鷲掴みにされたように苦しくなる。
不安で、怖くて、どんどん涙が溢れる。
そのとき。
ドドドドッと地鳴りのような音が聞こえる。
ガシャンガシャンとそれに重なる鎧の音。
……この音、なに?
トイレの扉から顔を出すと……。
「サクラ! 何があった……!?」
目に飛び込んできた大きな銀色。
階段の曲がり角から勢い良く走ってくる。
……グレン……。
一番、会いたくなくて、会いたかった。
こんなに焦ったグレン、初めて見た……。
呆気にとられ、すぐに“アレ”を思い出す。
怖い。
でも、恥ずかしい……。
言えない、こんなこと……。
慌てて扉の中に戻って鍵をかける。
見られては、知られてはいけないような気がした。
「おい、サクラ! どうした!?」
ドンドンドンと、扉を壊しそうな勢いで叩かれる。
これは普通に怖い。
「な、何でもな「ンなこと聞いてねぇ! 開けろ!」」
仕方なく、できるだけゆっくり、扉を開ける。
ガッと両肩を掴まれた。
「……何があった……?」
わたしを覗き込む琥珀色には、真っ直ぐな心配が滲んでいる。
「……っ……グレン……」
言葉に詰まり、絞り出したような声になる。
「あの……血、が……出て……」
わたし病気なのかな、と言う前にぶわっと景色が変わる。
いや、変わったんじゃない、一気に高くなったんだ。
「医務室行くぞ」
「え、ちょ……え……グレン……!?」
「掴まってろ」
グレンに抱き上げられている。
太くて逞しい腕の中。
鼓動が速い。
嬉しくて、恥ずかしくて、くすぐったい。
なんて表現したらいいのかわからない気持ち。
暴れるわけにもいかず、おとなしく運ばれる。
「いつからだ」
「……今日……さっき……」
視線が交わらないまま、重い足音だけが響く。
無言のまま到着した医務室。
中に入ると白い長衣を着た女の人と男の人……それから、アレンさん?
青緑色の葉っぱと、瓶に入った光る水みたいなものを持っている。
薬草や薬の話をしているみたい。
男の医務官さんが、グレンを見てやけにビクつく。
……昔、何かあったのかな……。
グレンに促されて、ぽそぽそと、さっきのことを話す。
医務室にいた三人はすぐ察したように目配せした。
女の人がわたしを、男の人とアレンさんがグレンを、それぞれ誘導する。
そんなに重い病気なのかな……。
グレンに聞かせられないくらいに……。
重い罰を言い渡されたような気持ちでついて行く。
女の人に言われて椅子に座ると、柔らかい膝掛けをくれた。
「サクラちゃん、血が出たのは、今朝が初めて?」
殊の外優しい声に、ちょっと驚いた。
……どういうこと?
「はい、あの……朝起きたら……」
「そっか、ビックリしたよね。それはね──」
……この血は、怪我でも病気でもなかった。
“生理”っていうものなんだって。
女の子の体が、大人に近付いてる証拠。
怠くなったり、眠くなったりする人もいるらしい。
全部、体の中で起きていること。
わたしがおかしかった原因、これだったんだ……。
良かった……病気じゃない……。
安心すると、また涙が滲む。
「無理はしないでね。最初は心も体も不安定だから」
涙が出やすいのも、イライラしやすかったのも……。
説明を聞いてストンと心に落ちてくる。
次に、と折り畳まれた薄い布を手渡され、下着への当て方を教わる。
汚れたら交換して清潔にしておくことが大切なんだそう。
涙目のまま何度も頷いた。
そういえば、と顔を上げる。
グレンに、謝らなきゃ。
話し声がする隣の部屋をこっそり覗く。
わたしと同じような説明をグレンが受けている。
「……と言うことですので、その……サクラ、さんには、む、無理させない、ことが大切、です……」
まだビクビクしている男の人。
「で? 具体的にはどうすりゃいい?」
「体を冷やさないようにしたり、疲れやすいのでゆっくり過ごさせたり……ですかね」
グレンからの質問にしどろもどろになる男の人の代わりにアレンさんが答える。
「……何でそんな詳しいんだよ」
「“妹”がいるので……」
ああ、とグレンは納得したようだった。
「じゃあ俺がアイツに何かしたわけじゃねぇんだな?」
うーん……とアレンさんが考えるように、口元に手をやる。
「それはわかりません……本人に聞いてみないと……」
「……だとよ。……調子悪かったのか?」
ちらりと目線もくれないまま、グレンはわたしに問い掛ける。
あれ?
どうしてわたし“今グレンがわたしに聞いてる”って、わかったんだろう……。
ここから先は二人で話した方がいいですね、と、アレンさんと男の医務官さんが出ていく。
これはもう、腹を括るしかない。
お説教を受ける子どもみたいに俯きながら、グレンの前に立つ。
「……ちょっとお腹、痛かった……かも……」
「……苛つきやすかったのも、そのせいか?」
「わ、かんない……なんか、嫌だった……」
目をギュッと閉じる。
「……グレン、が……仲良くしてて……嫌、だった……」
まただ、勝手に涙が滲む。
……返事がこない。
怒ってる?
呆れちゃった?
怖くなってゆっくり顔を上げると、初めて会ったときみたいに困った顔をしたグレンがいた。
「俺が、仲良く……?」
「あの……女の、ひ、と……」
女……? と今度は何か思い出すように呟く。
「……っ……お、おい!?」
グレンがギョッとした顔でわたしを見る。
「……え?」
よくわからないけど頬を触ってみる。
生温かいもので、指先が濡れた。
あれ……わたし、泣いてる……?
でも、何でだろう……。
胸の奥が少しだけ、あったかくて、切ない……。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
自分の感情を、自分の言葉で初めて伝えたサクラでした。
うんうん、よく頑張りました*




