21. 厄介な拾いモノとの壁(グレン視点)
ったく……俺が何したってんだ……。
ここまでアイツのことがわからないと感じたのは初めてだ。
サクラを森で拾ってもうすぐ半年。
アイツは別の世界から来たことを受け入れて、エイルメーアに馴染もうと努力している。
サクラは騎士団寮の掃除以外に厨房でガルドの手伝いを始めた。
ガルドは今でこそ厨房の番人だが、昔は隊長の隣で剣を振るった元ベテラン騎士。
安心してサクラを任せられる。
それにアレンに字を習い始めて「いつかグレンの役に立つ」なんて、いっちょ前なこと抜かしてやがる。
ったく、どの口が言ってんだか。
インクで黒く汚れた手で差し出してきた手紙。
下手くそな字で、俺への礼と“けがしないでね”。
……誰が怪我なんかするかよ。
つーか、何で鼻や頬まで汚れてたんだ。
夜勤前にペンとインクを買ってやれば「何かお礼を」だと。
アイツ、どんだけ気ぃ遣ってんだよ。
次に手渡されたのも、また手紙。
そういやアイツ、“お守り”だとか言ってたが……何だそりゃ。
やけにしっかり折り畳まれたそれを開いたら、これも俺の無事を願うものだった。
サクラは俺がする何でもないことにも、いちいち礼を言う。
自分のことより俺や周りのことを優先することが多い。
……“元の世界”とやらではどんな生活してたんだかな。
何するのも一生懸命なくせに、何考えてんのか読めねぇ。
かと思えば、少し目を離すと突拍子もないことをしでかす。
少しは、可愛げのある……放っておけねぇガキ。
俺にとってサクラは、そういう存在だった。
だが最近……いや、ここ数日か?
本当にサクラのことがわからない。
アイツにとって初めての星祭り。
普段からああいうキラキラしたモンに興味があるらしいから、前夜祭の点灯式に連れて行ってやった。
王城の中庭がぼんやり光り始めると、サクラの目に驚きと感嘆が灯る。
ガキなんてのは、いつもこのくらい素直でいりゃいい。
次の日、星祭りが始まるとさっそくレオンがサクラを連れて来た。
アイツのことだ、どうせ下らねぇことでも考えてたんだろ。
ニヤついてるレオンは兎も角、サクラはあれでうまく隠れた気になってんのか……ったく。
目を輝かせて走ってきたのを受け止めれば、どこかくすぐったそうな、初めて見る顔で俺のことを見上げていた。
帰り道で「デートって何?」なんて聞かれたが……レオンの野郎、余計な言葉教えやがって……。
サクラは十三歳。
ガキはまだそんなこと知らなくていい。
悔しそうな顔で俺を見るコイツは、やっぱりまだ……いや、まだまだガキだ。
あー……もしかしてガキ扱いされたのが嫌だったのか……?
星祭り二日日は約束通り、星祭りに連れて行ってやった。
セオドア隊長はああ言ってたが……あの人が自分のガキを連れて行ってやったの、確かガキが四歳とか五歳とかのときのことだろ。
何で十三歳のサクラを同じように扱ってんだ……。
“あの事件”以来、初めて見るモンは一人で食わなくなったサクラ。
あれもこれも気になる顔してたから、とりあえず全部買ってやったが、一番驚いてたのは串焼き。
肉を落としそうになるくらい驚いて、一角兎の串焼きを見つめる。
……ンな珍しいもんか?
たかが串焼きくらいで。
夜、眠そうなサクラに何度も声を掛けては目を開けさせる。
コイツに見せてやりたいモンがあった。
還星式。
王都の街から光珠が空に還るように昇っていく、星祭り最大の見せ場。
魔術師団のヤツらが毎年、威信をかけて緻密な光魔法を使ってるんだと。
揺れる光珠を眺めて言葉を失うサクラ。
連れてきてやって良かったと思ったのも束の間。
アイツの目から光が消えて、どこか遠くを、何か俺の知らねぇモンに触れたように、反応がなくなった。
肩を揺すりながら何度も呼び掛けて、ようやく戻ってきたが……あの辺りからだ、アイツが本格的におかしくなったのは。
星祭り三日目。
この日は酒場のすぐ近くの警備。
最終日だからとか何とか言って馬鹿な飲み方をした挙句、騒ぎを起こすヤツが毎年いるからな。
で、昼前から俺に絡んできた香水くせぇ女。
しかも明らかに酒に呑まれてて支離滅裂、話が通じねぇ。
離れろっつっても離れねーし、そもそも俺はテメェの男じゃねぇよ。
ハァ……最悪だ……。
そのとき、ふと目に入ったのはサクラの姿だった。
詰め所から勢いよく出てくる小さな影。
両手に何かを抱えて、楽しそうに、でも必死に前を見据えている。
その真剣な顔を見た瞬間、心の奥がチクリと痛む。
またこんな人混みに……。
心配と少しの苛立ちが入り混じる。
だが俺の気持ちを余所に、サクラが怒鳴るように言う。
「わたしは食べてきたから、それグレンにあげる!」
一息に言うとサクラは詰め所の方に行っちまった。
キョトンとしてたのは、たしか見習いのジェイ、だったか。
とりあえずソイツに追い掛けさせて、俺は仕事に気持ちを戻す。
夕方、一緒に警備に当たってたヤツらが「ありゃお前が悪いよ」なんて口々に言う。
何で俺が悪りぃんだよ。
ンっとに……何が何だかわかんねぇ……。
それでも。
この日を境に、サクラは俺とロクに目も合わせなくなった。
何か話し掛けても、最低限の返事しかしない。
青白い顔ようなでどこか具合が悪そうにも見えるが、それにも「何でもない」しか返ってこねぇ。
そこから何日経ってもサクラは変なままだった。
俺は何かアイツが抱えている小さな不安や、強がりを感じ取るだけ。
レオンもサクラの様子を見て何か感じたようだったが、「お年頃じゃね?」とか意味不明なことしか言わねぇ。
娘のいる団長に聞いても言葉を濁す。
ったく……何なんだよ、本当に……。
今朝もサクラを起こしたが、やはり覇気のない声をしていた。
落ち着くまで話し掛けない方がいいのか?
……いつ落ち着くかは知らねぇが。
そう思って訓練場へ向おうとしたとき、廊下から聞こえてきた、アイツの叫び声。
何か考えるより先に、俺はもと来た廊下を走っていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
久し振りのグレン視点でした。
星祭りでのサクラとグレンの感じ方、微妙にギャップがあったんですね。
いやぁ、すれ違いって恐ろしい。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




