20. はじめての気持ち
包みを両手に、意気揚々と街に繰り出す。
中のふっくらしたものは二つ。
一つはグレンので、もう一つはわたしの。
落とすなよ、ってガルドさんが包んでくれた。
「そんなに急がなくても大丈夫だよ」
見習いのジェイさんが朗らかに笑う。
ジェイさんは体は大きいけど少し猫背で、いつもどこかおどおどしている。
でもその代わりにというように性格はとても優しい。
大きくて強いグレンに憧れてるんだって。
「強くなる気がねぇなら怪我する前に辞めろ、なんて言われたことがあってね」
へへ、と笑いながら話すジェイさんと並んで歩く。
少しすると酒場の看板が見えてきた。
近くに立っているであろう大きな影を探す。
あ、いた!
「グ、レ、……」
名前を呼ぶ声が変なところで途切れる。
ドクンと大きく心臓が跳ねて、声が続かない。
走りかけた足が勝手に止まる。
わたしがいつも立つはずの、グレンの横。
葡萄酒のような深い色の、深い切り込みの入ったワンピースの裾が揺れる。
こっくりした茶色の、長い髪。
明るい日差しによく映える、色っぽく赤い唇。
知らない女の人が、グレンの横で、楽しそうに笑っていた。
女の人の頬は紅を差したように染まっている。
何、あれ……。
その場に縫い付けられたように、動けない。
女の人が、それはそれは色っぽくグレンにしなだれかかる。
眉間にシワを寄せたままのグレンだけど、それを振り払うことはしなかった。
何で……どうして……。
グレンと一緒に警備に当たっていた別の騎士がわたしに気付く。
「あちゃー」とか「マズいものを見られた」というような顔をしている。
グレンがその様子に気付いて、すっと目を細めながらわたしの方を見た。
女の人に短く何か言い、スタスタとわたしの方へ向かってくるグレン。
やっぱりわたしは、動けないまま。
「……お前……今日も来たのか」
その声はどこか呆れのような色を含んでる……?
「お、昼を、ガルドさん、から……持ってけ、って……言われて……」
“わたしが”届けたかったから持ってきた。
一緒に食べたくて持ってきた。
でも、なぜかそう言えなかった。
少し怪訝そうな顔をするグレン。
「お前は?」
「……え?」
「昼飯、食ってねぇんだろ」
うん、食べてないよ。
グレンと食べようと思ってたもん。
でも……今は……。
「わたし食べてきたから、それグレンにあげる!」
じゃあね、と一気にまくし立てるように言うと、ジェイさんがいることも忘れて、走って詰め所へ戻る。
途中で何人かとぶつかりそうになったけど、それでも足は止めなかった。
何でだろう、わたし……。
あそこに、グレンと一緒に、いたくない……。
グレンは追いかけて来なかった。
はぁはぁと詰め所の入り口に手をつくと、すぐにジェイさんが追い付く。
「どうした、サクラちゃん……大丈夫?」
心配そうに覗き込まれるけど、全然大丈夫じゃない。
胸がギュッてなって、息が苦しい。
楽しいお祭りが色褪せて見える。
響く笑い声も、どこか別の世界の音みたい。
「大丈夫、です……ごめんなさい」
どうにか笑顔を作り、ジェイさんにお礼を言うと、そのまま部屋に戻る。
お行儀なんて気にする余裕もなく、ぼそんとベッドに沈み込む。
今はここが一番落ち着く。
目を閉じると、瞼の裏側に焼き付いたさっきの光景が鮮明に浮かび上がる。
目を開けると視界が滲んで、皺になった毛布が少しだけ濡れた。
しばらく横になっていたら、なんだか眠くなってきた。
お腹も少し痛い気がする。
一気に走ったからかな?
最近ようやく、光珠を見ても頭が痛くなること、減ってきたのになぁ……。
ゆっくり目を閉じて、賑やかさが遠退くのを感じた。
──コンコン……
小さい音に、暗いところから意識が浮かび上がってくる。
──ゴンッ、ゴンッ……
さっきより明らかに大きい音。
力任せにノックしてる感じ。
いつものグレンのノックじじゃない。
はぁい、と返事をして扉を開ける。
目の前にそびえる大きな壁。
「……どうした」
聞き慣れた声が、すごく無機質に聞こえる。
「具合でも悪りぃのか」
「何もないよ、大丈夫」
会話が続かない。
結局、この日は夕食もとらずに寝てしまった。
まだ胸の奥がつかえたように苦しかったのと、あとは本当に眠かった。
次の日からは、またいつもの日常。
早くに起きて、みんなが朝の訓練をする音を聞きながら寮の掃除や厨房の手伝い。
でも今日も眠い。
少し目を閉じるとそのまま眠ってしまいそう。
曇り空だからかな?
ガルドさんに昨日のことを聞かれたけど、うまく答えられなかった。
片眉を上げながら「へぇ」とか「ほぉ」とか相槌を打つガルドさん。
「思ったこと、そのまんまグレンに話してみろ」
アイツがうまく解決できるかは知らねぇがな、とガルドさんが笑う。
笑い事じゃないのに……。
夜、できるだけグレンと目を合わせないように夕食をとる。
何か聞かれても「うん」とかしか答えられない。
こんなの、わたしじゃない……。
部屋に戻って窓から空を見上げる。
エイルメーアに来たときに隣り合って並んでいた二つの月。
今はあのときより随分距離がある。
この世界の月は、月始めに南側の空でぴったり重なって、その月の半ばで東西に一番離れる。
月末にかけてまた近付いていくから、月を見ればだいたいの日にちがわかる、って誰かが言ってた。
明日は、明日こそは、グレンと話せるかな……。
でも結局、次の日も、その次の日も、グレンとは普通に話せなかった。
なんていうか、わたし、怒ってたわけじゃないのに、引っ込みがつかなくなってしまったみたい。
たまに探るようなグレンの視線は感じたけど、どう話し掛けたらいいか、わからなかった。
そういえばもう闇の週に入っている。
もうアレンさん、魔術師塔に来てるよね。
明日あたり、会いに行ってみようかな。
そう思いながら眠った、翌朝。
今日もグレンのノックで目を覚ます。
外は……快晴かな、よく晴れている気がする。
なのに、眠い、ものすごく眠い。
寝ぼけ眼をこすりながら廊下に出ると、グレンの姿はもうなかった。
訓練場に向かったみたい。
結局グレンにとってわたしなんて、その程度なんだね。
もういいよ。
理不尽な八つ当たりだってわかってる。
でもそういう風に思ってしまうのを止められない。
本当にどうしちゃったんだろう、わたし……。
朝から沈んだ気持ちのままトイレに入る。
「…………っ!?」
言葉にならない叫び声が、わたしの口から飛び出した。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
書いていて苦しいというか切なくなる、しんどくなる回でした。
こう、ね……誰も何も悪くないのにモヤモヤ、みたいな。サクラには頑張って浮上してきてほしいものです。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




