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19. はじめてのおつかい


足元の石畳が、ぽうっと金色に染まった。


一瞬、夜が息を潜める。


光は波のように広がって、通りの奥へと伝わっていく。


次の瞬間。

石畳の隙間から、無数の光珠がふわりと浮かび上がった。


星みたいな、蛍みたいな、小さくて優しい光。

ゆらゆら揺れながら、ゆっくりと空へ昇っていく。


……わぁ……。


声にならない息が漏れる。


グレンの横顔にも、その光が淡く映る。

まるで夜空の中にいるみたい。


「今年も綺麗ね」


どこからか聞こえてくる声。


うん、きれい……本当にきれい……。


心の中で静かに頷く。

ふわっと一粒の光珠が、わたしの目の前で小さく揺れた。


そのとき──……。


幻想的な風景が一瞬で真っ白に染まる。


目を凝らすと竹林が見えた。

ここは……月影国……?


すっと高い、無言の夜空。

どこか冷たさを感じる月の光。

石灯籠の中で揺れる火。

吹き抜ける風で回る風車(かざぐるま)


見慣れたはずの景色。


一歩、また一歩、祭壇に上がる影。

その黒い瞳は涙で濡れている。


白い夜鷹が、月明かりの中に弧を描く。


祭壇を見上げる人たちは、みんな、銀色と金色。


ああ、そうだ……。

わたしは、あそこに……。


「──……ラ……、おい、サクラ……」


ハッとすると、もとの街並みが目に飛び込んできた。

そしてわたしの顔を覗き込む琥珀色。


「……あ……グレン……?」


「どうした、ボーっとして」


「え、あの……ええと……」


今見えたもの、話していいのかな?

でも……心配かけちゃうかも。


「何でもないよ、綺麗すぎて見惚れちゃっただけ」


「……言いたくなったら言え」


そろそろ帰るぞ、とグレンが先に立ち上がる。


うん、とわたしも立ち上がると、すっと手が差し出された。


ゆっくり歩く寮までの道は、どちらも無言。


でも、ゴツゴツとした大きな手から伝わる温もりのおかげで、ちっとも不安じゃない。


いつもより少しだけ柔らかく前を向く眼差しを、そっと見上げる。


わたしね……。

グレンの隣にいたい。


「……ありがとう、グレン」


「……おう」


明日、またアレンさんたちのところへ行こう。


さっき見えたもの、話さなきゃ。



星祭り最終日。

この日はアレンさんたちに会うことができなかった。

と言うか、魔術師塔に入れなかった。


と言うのも、星祭りの警備は騎士団の担当だけど、あの幻想的な演出や日中の飾りを煌めかせるのは全て魔術師団の担当。


あの光珠みたいな吊るし飾りやリボンは、“光っていたように見えた”んじゃなくて、本当に魔法で“光らせていた”らしい。


きっとそれは、わたしが想像するよりずっと大変なことだと思う。


星祭りの三日間、街は常に光に照らされてた。

夜でもずっと明るかった。


魔術師団の人たちが交代で魔法を使い続けていたんだって。

それは疲れそう……。


「メルセーリオさんがここに来るのは……うーん……早くて来週かな」


待機番の魔術師の人が、顎に手を添えて言う。


エイルメーアの暦は、月影国とは少し違う。


一年は十二ヶ月。

これは月影国と同じ。

でも曜日がなくて、代わりに“週”が属性で呼ばれている。


一週間は五日。

月の第一週から順に、火、風、水、地、光、闇。


魔法の属性にちなんでるらしいけど、細かい仕組みはまだよくわからない。


今日は八月の、光の週の三日目。


星祭りは毎年、八月の光の週の一日目から三日目までなんだって。


アレンさんに会えるのは早くて三日後だから……闇の週に入ってから。


それまでの間に、昨日見えたものを紙に書き出しておこう。

字の練習にもなるし。


騎士団の詰め所に戻ると執務机から紙を何枚か貰って、ペンの先にインクをつける。


ええと……。


・りゅみ、ひかった

・めのまえ、しるくなった

・つきかげこくのけしき

・みんなのかみ、ぎんいる

・みんなのめ、きんいる


ちょっと字が違うところがある気がするけど、気にせず書いていく。

後でアレンさんのお手本を見ながら直せばいい。


アレンさんの字、流れるようにきれいに書かれてるんだよね。

わたしも早くああいう字を書けるようにならなきゃ。


ざっと書き出して、紙を乾かしたらペンとインクを片付ける。


あ、ちょうど昼の鐘が鳴った。


そういえばグレン、星祭り一日目は昼食に戻ってこなかった。

お祭りのときは昼食抜き、なんてことないよね……?


ずっと立ってればお腹空くだろうなぁ。


「ガルドさん、お祭りの警備の人って、お昼は……」


「ん? ああ、そうだな。昼飯は屋台か何かで適当に買ってササッと食っちまうが……もし何かあれば交代時間まで食えないこともある」


運悪く連続で道を聞かれたりな、と懐かしむように続けるガルドさん。


ちなみにガルドさんは今のグレンと同じ立ち位置で、普段は無言で通りに立って周りに鋭い眼光を飛ばしていたらしい。

……うん、わかる気がする。


つまるところ、グレンはお昼ごはんを食べ損ねている可能性があるということ。


何か持って行ってあげたいなぁ。

でもあの人混みの中、わたし一人でグレンのところまで辿り着ける自信がない。

バルタザールさんやセオドアさんとも「一人で詰め所の外に出ない」って約束したし。


うーん……うーん……。


しばらく悩んでいると。


「ハッハッハッ! お前、その眉間にシワ寄せて悩んでる顔! グレンそっくりじゃねぇか!」


ガルドさんが急に大笑いしだして、ビクッとなる。


わ、わたしの顔……グレンに似てるの!?


思わす眉間に手をやり、ぐにぐにとシワを伸ばす。

よし、これでいい。


「なぁサクラ、このパン、グレンに届けてほしいんだが……」


いけるか? とわたしにパンを包んだ布を見せるガルドさん。


「この見習いと一緒に行けばいい。グレンには後で、俺から言っといてやる」


急に指を差された若い見習い騎士が「え、俺っすか!?」と慌てて立ち上がる。


「お前グレンに憧れてんだろ? とりあえずコイツをグレンのところまで連れてってこい、護衛だ!」


「は、はい!」


……なんか、すみません……。


グレンは一日目の宿屋街とは違って、詰め所から少し行ったとこにある酒場の近くにいるらしい。


「っし、じゃあサクラちゃん、行こうか」


気合いを入れ直す見習いさん。


「すみません、よろしくお願いします」


ぺこっと頭を下げて、詰め所の入り口へ。


また仕事中のグレンを見られる。

逸る心を落ち着かせることができないまま、わたしは今日も人混みの中に繰り出した。


待っててね、グレン!

美味しいパン、絶対届けるから!


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

星祭りのメインイベントの雰囲気が伝わったらいいなぁと思いながら書きました。

ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。

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