13. ギャウギャゥ(不思議な木の実)
か、体……体は!?
体も動物になっちゃったの!?
慌てて振り返ろうとすると、足を踏み外して踊り場まで一気に転がり落ちる。
幸い、毛がふわふわしているお陰で大して痛くはないけど、「ぷぴっ」と変な声が出てしまった。
よろよろと起き上がって自分の手(前足)を呆然と見ていると、体がぶわぁっと上空へ。
わたしの首元を掴んで持ち上げたリカルドさんと目が合う。
「何だお前、どこから入った? ……仔狐か?」
わたし、この数日でリカルドさんに二回捕まってる……。
離して、リカルドさん!
声を上げてみたけど、「ギャウ」とか「キャン」とか動物みたいな声にしかならない。
ジタバタと暴れると、驚いたリカルドさんの手から逃れることに成功。
リカルドさんの「おい、待て!」という言葉を背中に聞きながら、どうにかその場を逃げおおせた。
誰にも捕まらないように。
それだけを考え、慣れない四つ足に何度も足を縺れさせながら走る。
いつもより視点が低くて、今自分がどこを走っているのか全然わからない。
たまに誰かの足元をすり抜けるように走ったけど「何だ、今の?」と、唖然とするばかりだった。
どのくらい走っていたんだろう。
ハッと気付くと、詰め所の外へ出ていた。
石畳の大通り。
行き交う人の数が、詰め所の比じゃない。
「あっ、見てお兄ちゃん! 可愛い!」
小さい子どもの声が、わたしに向けられている。
「猫かな? うーん、それともイタチ?」
わたし、どんな見た目してるの!?
「こんな変な色の毛、動物じゃないよ! きっと魔獣か何かだ!」
お兄ちゃんと呼ばれた子がわたしを指差す。
何だ何だ、と子どもたちの声に反応して集まる大人たちの靴音が地鳴りのように響く。
容赦なく注がれる視線に怖くなったわたしは、また走って逃げた。
大通りの外れまで来ると急いで植え込みの中に飛び込んで身を隠す。
疲れた……もう走れない……。
そのとき。
……あれ、この匂い……。
何だろう、すごく安心する匂い。
こそっと木の陰から顔を出してみる。
くんくんと鼻を動かすと、巡回を終えて詰め所に向かうグレンの姿。
隣で何か陽気に話すレオンさんを適当にあしらっている。
でもレオンさんはそれを気にしている様子はない。
この二人、いつもこんな感じなんだ。
「何だコイツ?」
「何だお前?」
二人の声が重なる。
……あ。
グレンを見つけて嬉しくなって、気が付いたら二人の前に姿を現してしまっていた。
「黒い、犬、か? お前変な色だなぁ……耳と尻尾の先、首元だけピンクの毛じゃん」
レオンさんが軽く笑いながらわたしを見下ろす。
わたし、そんな色だったんだ。
「魔獣にしちゃ魔力を感じねぇ……ってお前……」
わたしと目が合ったグレンが一瞬、げっというような顔で目元をひくつかせた。
「この黒に、このピンク……いや、嘘だろ……」
「ん? どうした、グレン?」
グレン!
わたし、サクラ!
必死に訴えるが、言葉にはならない。
「ハハッ、何だお前、人懐っこいな。遊んでほしいのか?」
ギャウギャウと鳴くわたしにレオンさんが近付いてくる。
それを片手で制するグレン。
「お、お前……サクラか……?」
「はぁっ!?」
「アウゥ!」
そう、サクラ!
グレンの足元へ走ると、尻尾をピンと立てながら鎧の臑当にすり寄る。
わたしの意思というか、安心する匂いだなぁと感じると体が勝手に動く感じ。
グレンはそれを肯定と受け取ってくれたよう。
「……怒らねぇから正直に言え。お前、何してこうなった……?」
「クゥゥン……」
よくわからない……。
アレンさんのところに行って、戻るときに木の実を……あ、これだ。
思い出したことを伝えたいけど、言葉にならない。
「ったく……目ぇ離すとすぐコレだ……」
グレンはわたしをひょいと抱き上げ、呆れたように溜め息をつくと、無言で歩き出した。
人混みに入る前に外したマントをわたしに被せ、街の人たちを驚かせないようにしている。
わたしはと言うと、温かいマントと安心する匂いに包まれて、ついウトウトしてしまった。
「……ンの馬鹿、起きろ」
「キャン!」
痛い!
ぺしっとグレンに頭を叩かれて目を覚ます。
目の前にあるのは、本日二度目の魔術師塔。
魔法関連の何かが原因でわたしの姿が変わったんだろうと結論づけた二人は、アレンさんに話を聞くためにここに来たらしい。
魔術師塔に入って、中にいた魔術師の人がアレンさんを呼びに行ってくれる間、レオンさんが「グレンがこんなに、なぁ……」とニヤニヤしながらわたしを見ていた。
「お待たせしまし……え、ええと、これは……」
床に描かれた光る絵、魔法陣から出てきたアレンさんはわたしを見て目を丸くした。
「……市場の手前で拾った」
わたしの首根っこを掴んで、ズイとアレンさんに差し出すグレン。
人目があって恥ずかしい……。
「サクラ、さん……ですか?」
「……クゥン」
ごめんなさい、アレンさん。
変な木の実、食べちゃいました……。
「──昔、存在したと言われている“食べた者を魔獣の姿に変えてしまう果物”、それを魔術師塔で研究していまして」
わたしの様子を見たアレンさんは、グレンとレオンさんを魔術師塔の外へ促しながら話し始める。
「つい先日、その木の実を成らせることに成功したんですが……研究に携わっていた者がそれを落としてしまったという報告があったんです」
そんなすごい木の実があったんだ。
「サクラさん、不思議な色の木の実を食べませんでしたか? 金色のような紫のような色です」
まさにそれです、食べました。
ギャウ、と鳴きながら頷いて見せる。
額に手を当てて項垂れ、長い溜め息をつくグレン。
レオンさんは目に涙を浮かべながら大笑い。
「木の実の効果は本来、長くても一日程度のようですが……さすがに一晩このままは困るでしょうし、元の姿に戻しましょう」
アレンさんは床に下ろされたわたしの頭を一撫ですると、軽く人差し指を振る。
光の帯のようなものがわたしに巻きつき、体が仄かに光る。
少しチクっとしたかと思うと、黒くてふわふわしていた体がすうっと元の姿に戻っていった。
「アレンさん、本当にありがとうございました!」
「ふふ、どういたしまして。今度は知らないものを食べるときは、グレンに相談してくださいね?」
魔術師塔から詰め所に戻る途中。
「ねぇグレン、何ですぐにわたしってわかったの?」
「ハァ……あんな馬鹿面な生き物、お前しかいねぇだろ」
「ひどいっ!」
寮に戻ったわたしは、しばらくの間、リカルドさんを始め騎士団のみんなから「今日は人間の姿だな!」と揶揄われる日々を送ることになり、セオドアさんとバルタザールさんからは「知らないものは一人で食べない」という決まりが追加されたのだった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
いつの間にか十二月、今年も残すところ一ヶ月弱ですね(前回の投稿日も既に十二月だったんですけどね、十日を過ぎたらようやく実感が湧いてきたんです)。
この寒い中、先日の地震で被災された方々に御見舞申し上げます。どうか少しでも暖かいところで過ごせますように。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




