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12. 月影国の記憶


グレンがわたしの保護者になって数日が過ぎた。

この場所での生活にも、少しずつ慣れてきた……気がする。


騎士団の朝は早い。

日が昇る前には起きて、朝の訓練。

鎧や武器、馬の手入れもある。

朝の鐘が鳴ったら片付けをして朝食。

その後は街の巡回やお城の警備、任務に出たり、見習いの人たちの訓練をつけたりする。

お昼の鐘で各自休憩を取って、巡回や訓練を続行。

夕方の鐘が鳴ったら食堂で夕食、夜の鐘までは自由時間。

夜勤の人たちとの交代も、この夕方の鐘の辺り。


王都の鐘は魔術師塔で一定の時間毎に鳴るように作られたもので、一日の中で朝、午前、お昼、午後、夕方、夜の合計六回鳴る。


わたしはグレンが朝の訓練に行くときに起こして貰って、まずは寮の掃除。

グレンが買ってくれた動きやすいチュニックを着て、廊下から始める。


グレンは今日、レオンさんと一緒に街の巡回に行くんだって。

いいなぁ、楽しそう。

市場の賑やかな感じとか色とりどりの果物を見ていると、自然とわくわくしてくる。


でも、たまに湧き上がる気持ち。

わたしはどこから、どうやってエイルメーアに来たんだろう?

元の世界に戻れるのかな。


わたし、戻りたいのかな……。


胸のざわつきを誤魔化すように床を箒で掃いて、踏み台に乗って窓を拭く。

高いところは通り掛かった見習いの人たちが手伝ってくれることが多い。

……わたしだって背伸びすれば届くのに。


掃除が終わったら、厨房に顔を出す。


「おっ! サクラ、来たな!」


「ガルドさん、おはようございます!」


ガルドさんは厨房の料理長。

白髪混じりの短い髪で、とにかく筋肉がすごい。

見習いどころか、その辺の騎士よりよっぽど強そう。


この前、騎士団長のバルタザールさんに敬語を使わず普通に話していた。

後で聞いたら、ガルドさんはバルタザールさんと同じ頃に騎士団に入って、ずっと一緒に戦ってきたんだって。

怪我で現役を退いてからは、厨房からみんなを支えているらしい。

包丁を握る手には、昔の傷がたくさん残っている。


「肉食って体力つけろ!」


これがガルドさんの口癖。

決して少なくない野菜を押し退けるように豪快な肉料理がたくさん出されるのは、ガルドさんなりの激励なんだ。


夕食用の仕込みが終わると、もうお昼。

わたしはガルドさんに貰った麦餅改めパンを食べて桜色のワンピースに着替えると魔術師塔へ向かう。

これもグレンが買ってくれたもの。

可愛らしい色でわたしのお気に入り。


午後はアレンさんにわたしがどこから来たのか魔力の流れを調べたり、エイルメーアの文字を教えたりして貰う予定。

翻訳魔法のお陰で言葉は通じるようになったけど、文字は読めないし書けない。


少しでもグレンやみんなの役に立てるように頑張らなきゃ。



魔術師塔に着くと、塔の入り口でアレンさんが待ってくれていた。

ほんの今出てきたところですよ、と微笑むアレンさん。


アレンさんの部屋に入ると見たことのない人の姿。


「こちらはガブリエル魔術師団長、サクラさんがどこから来たのか興味があるそうです」


「は、はじめまして……サクラです」


「サクラさん、はじめまして。魔術師団の団長、ガブリエルだ。メルセーリオから大凡(おおよそ)のことは聞いているよ、大変だったね」


メルセーリオ?

首を傾げたわたしにアレンさんが「私の家名です」と胸に手を当てて微笑む。


ガブリエルさんは淡藤色の髪を後ろに撫で付けた優しそうな男の人。

声はしっとりと低い。

バルタザールさんと同じ“団長”だけど、もっと若い感じ。


「以前読んだ“異世界から来た人”の文献を紹介してくれたのが彼なんです。怖いことはしないので安心してください」


アレンさんやガブリエルさんの質問に答えたり、指示に従って光る魔石に触ったりしているうちに、だんだん頭が痛くなってきた。

顳顬の奥がじん、と刺すように熱い。

比喩的な意味じゃなくて、本当に痛い……。


「……月を、大切にしていて……星の歌を……」


ああ、そうだ。


小夜竹(さよだけ)……わたしがいたのは、月影国(つきかげこく)の、小夜竹……」


少し思い出せた、懐かしい場所。

その名前を呼ぶと、悲しくもないのに涙が零れる。


「サヨダケ、ツキカゲコク……ふむ」


ガブリエルさんがわたしの言葉をゆっくり繰り返す。


「……サクラさん。今日のところは、そろそろ終わりにしましょうか」


その様子を見て、アレンさんが静かに言う。


え、どうして?

わたし、まだ思い出せる、頑張れる。


「サクラさんのことを疑っている訳ではありませんよ。ただ、ここまでしっかりと包むように隠された記憶を綻ばせていくのは、想像以上にサクラさん自身への負担が大きいんです」


「また日を改めて、続きを思い出してみよう。……どうだい?」


「……わかりまし、た……ありがとうございました……」


外はもう夕方。

アレンさんに見送られて魔術師塔を後にする。


今日は字の勉強、できなかった……。


わたしが今までいたところ、月影国の小夜竹。

どうして、どうやって月影国から違う世界のエイルメーアまで来たのかはわからなかったけど、少し前進した気がする。


もうすぐ夕方の鐘が鳴って、グレンが帰ってくる頃。

詰め所に戻ったら、グレンに話してみようかな。


それにしても、確かにアレンさんの言う通り、ちょっと疲れたかもしれない。

眠気とは違う、ボーっとする感じ。

何か甘いものが食べたい。


詰め所に向かう途中、中庭の低い木の陰に何か光るものを見つける。


何だろう、これ?


手に取ってみると、不思議な色をした丸い木の実だった。

わたしの手のひらにちょうど収まるくらいの大きさ。


紫?金色?青?

虹色ではないけど、夕日の当たり方によってキラキラと見える色が違う。


美味しいのかな……。

でも知らない木の実だし……。


一口だけ食べてみて、不味かったら捨てよう。

軽い気持ちで一口齧ってみる。


……甘い!


不思議な香りのする実は、驚くほど甘かった。

グレンにも分けてあげよう。

そんな気持ちで木の実をパカッと半分に割ると、口をつけた方はその場で食べ、もう片方を手に持ちながら寮に戻り、部屋への階段を昇る。


……なんだか体がおかしい……。


視界の端が少し揺れる。

足先の感覚が……遠い……?


体が熱くて、息が、苦しい……目が、まわ、る……。


昇り切る手前で階段に手をつき、転がり落ちないように腰を下ろした……そのとき。


「なっ……何だお前!?」


この声は……リカルドさん……?

随分と高いところから聞こえるような……。


……えっ、ちょっと待って……何これ!?


視界に映るわたしの手のはずのもの。

黒くて、ふわふわしていて……そう、動物の前足みたいな……って、動物!?


もしかしてわたし、動物の姿になっちゃった!?


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

新生活、からの……また何かやらかしましたね、サクラ。

これからもいろいろな人に囲まれて、明るく元気に過ごしてくれたらいいなぁと思いながら書いています。

ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。

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