10. 新しい居場所
月明かりを背負った鎧姿。
光珠にぼんやりと照らされた臙脂色のマントがバサッと翻る。
魔獣から引き抜かれた剣からは黒い液体が滴り落ちていた。
鎧はひと振りした剣を鞘に戻し、わたしの方に近付いてくる。
ああ、やっと……。
「……サクラ……お前……」
大きな体、鋭い目。
汚れた鎧と、汗で額に張り付いた焦げ茶の髪。
手を伸ばそうとした、そのとき。
「ンの馬鹿!! 何しに来た!!」
「……グレ、ン、さ……あの、っ……」
「寝てろっつっただろ!! 死にてぇのか!!」
何も言えない……。
グレンさんの言葉で、自分の状況をようやく再認識する。
「ンな体で……俺たちが間に合わなかったらどうなってたと思ってんだ!!」
手が、足が、全身が震えて、力が入らない。
涙が滲んでグレンさんの顔をぼやけさせたかと思うと、ボロボロと溢れていく。
「ごめ……なさ……ごめ、ん、なさい……」
「グレン、気持ちはわかりますが、もうこの辺で……」
グレンさんの肩を軽く叩いたアレンさんが心配そうに顔を覗かせる。
少しの間の後、頭の上から大きな溜め息が聞こえた。
その音にすらビクッと肩を縮こまらせる。
「……本当に、死ぬところだったんだぞ」
わたしの様子を見て、グレンさんの声が少しだけ柔らかくなる。
それにまた胸が締め付けられ、今度こそ大泣きしてしまった。
どのくらい泣いていただろうか。
グレンさんはカチャリと鎧からマントを外し、わたしの肩に掛けた。
「……帰るぞ、掴まってろ」
体をくるっと包まれ軽々と抱き上げられる。
グレンさんは道のない森を迷いなく歩いて、少し進んだところでレオンさんと合流。
「グレン、無事だったか!?」
「……魔獣より厄介なモンがいた」
わたしと目が合い「マジかよ」と固まるレオンさん。
……本当にごめんなさい。
森を抜けて草原に出ると、月明かりが一気に強くなる。
月が二つあるからかな。
松明の灯りや、森に残って後処理をする人たちの声を感じながら、グレンさんの腕の中でもたれ掛かって揺られる。
森の中より揺れが穏やかだ。
頭や顔が熱くなってきた。
さっきまで忘れていた全身の痛みも戻ってきている。
カチャカチャと鳴る鎧の音と、汗や土の匂いを感じながら、ゆっくり目を閉じた。
次に目を開けたのは、日が空の真上にある頃。
窓から吹き込む風が気持ちいい。
わたし……助かったんだ……。
一瞬夢かとも思ったけど、ベッドの横に置かれたブーツについた土と葉っぱがそれを否定している。
「……起きたのか」
部屋の入り口から聞こえる低い声。
「アレンがきてる。診て貰え」
小さく頷くと、どこかおかしそうに笑っているアレンさんが入ってきた。
何だろう……?
「……うん、熱も下がって、魔力の流れも安定しています。もう大丈夫ですよ」
無理はしないで、と優しく言ったアレンさんに代わって、今度はグレンさんがベッドの横に来る。
「サクラ、お前は……」
……何を言われるんだろう……。
「これからどうしたい?」
どうしたい、って……どういうことだろう?
「……孤児院とか、施設で暮らすか……」
なに、それ……。
わたし、この部屋から出て行くの……?
もしかして……ううん、わたし確実に、グレンさんにとって迷惑な、厄介な存在なんだ……。
「お、おい……泣くなよ、ったく……」
困ったように話すグレンさん。
「今すぐじゃねぇ……お前の希望を聞いとけって、団長たちに言われてる」
話しを聞いてみると、迷子など保護したときは第一発見者が責任を持つのが騎士団の掟だそう。
わたしを保護したグレンさんは孤児院とか子どもを預ける施設を探してくれたけど、どこも満員だったって。
わたしが施設で暮らしたければ、空きが出たらすぐ入れるように手続きをする、ってことらしい。
「わ……わたし、は……」
言っていいのかな……困らせないかな……。
「わたしは……グレンさんと一緒、が、いい……」
い、言っちゃった……。
ダメって言われたらどうしよう……断られるのが怖くてグレンさんの顔が見れない。
「……そう言うだろうと思って……手続き、しといた」
重い沈黙の後、ボソッと言ったグレンさん。
意味が理解できず固まるわたし。
「グレンがサクラさんの保護者として一緒に暮らせるように申請をした、ということですよ」
小さく笑ったアレンさんの補足が入る。
……それって……。
「その代わり……もうあんな馬鹿なことはすんな。絶対にだ。……わかったか」
「うん……うんっ!」
思わずベッドの上から飛びつくと、グレンさんはギョッとした顔をしながらも危なげなく受け止めてれた。
「ありがとう、グレンさん! ちゃんと言うこと聞く!」
「ったく……わかればいい、まずはそこを退け」
「やーだよ!」
「なっ……テメェ森に返してくんぞ!」
「ふふ、良かったですね、グレン。サクラさんも」
これで一段落ですね、とアレンさんが微笑む。
ちなみに養子縁組はしてないけど保護者なんだそう。
あ、そうそう、今日からグレンさんのことを「グレン」って呼ぶことになった。
グレンが「保護者を“さん”付けはおかしいだろ」って。
変なところで頑固だよね。
その日の午後、グレンとわたしは騎士団長のバルタザールさんに呼ばれて団長室に行った。
そこにはセオドアさんっていう、グレンが所属する部隊の隊長さんもいた。
誰かに敬語を使ってるグレン、初めて見た……。
グレンがいろいろ難しい話を聞いている間、わたしに簡単なことを教えてくれる。
食堂っていうところでグレンやみんなと食事をとる、一人で詰め所の外へ出てはいけない、掃除やみんなの手伝いなどできることをする、その他諸々。
夕食の時間になると、バルタザールさんたちがわたしのことを騎士団のみんなに紹介してくれた。
こうしてわたしは、一時保護ではなく正式にグレンと暮らすことが決まった。
──エイルメーアで、わたしの新しい居場所ができた瞬間だった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
ピンチだったサクラ、無事に助かって一安心です。
新しい居場所ができたサクラの物語はまだ続きます……というか始まったばかりです。
これからもサクラやグレンへの応援、よろしくお願いします。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




