第一部 迷宮脱出篇 その9
鉄太郎「マソラお兄ちゃん」
マソラ「なあに?」
鉄太郎「あの、アレ、見える?」
マソラ「藪の中のあれか。うん。見えるよ」
鉄太郎「なんだろう、アレ」
マソラ「あれか……あれはね」
闇「死んだフリをしながら、飛べるモノだよ」。
鉄太郎「え?もう一回言って」
マソラ「なんでもない。あれはただ〝ああ〟しているだけ。そして」
鉄太郎「あっ!」
マソラ「いつの間にか〝ああ〟なる」
鉄太郎「なんか……怖い」
マソラ「そうだね。さあ行こう。あれに関わると面倒なことになる」
鉄太郎「マソラお兄ちゃんはアレを知ってるの?」
マソラ「ん?まあね。山の中だと時々、出くわすことがあるから」。
9. ベルゼブブ
「ンギャアッ!!いきなり水の中から出てくるのって本当に怖いんでけど!」
「文句言ってないで手を動かしてくださいピノンさん!」
「分かってます!そっちこそゴキブリワニが出てきたら止めてください!あのタックル!メリュジーヌさん以外誰も止められませんから!ンギャアッ!!またウツボラクダが出た!」
「タコヤンマも来たぞ!三人とも頭上に注意しろ!」
「カバチョウ飛んでる。眠そうな目がカワイイかも」
地上迷宮セキドイシ。
20階層。
はっきり言ってやばい。やばすぎる。
敵の数も強さレベルも半端じゃない。
そして地理条件もやばい。
淡く光る水で満たされた、ダムのような貯水池の上。
そこに石柱の天辺だけがたくさん、蓮の葉っぱみたいに突き出ていて、その上を俺たちは歩いているような状況。
ほぼ均等な高さの柱の天辺と天辺は丈夫な金属板で結ばれているけれど、水面からそこにしょっちゅう顔を出してくる魔物たち。そして当たり前のように柱の上を跳び走ってくる魔物。あるいは薄暗い空中から凄い羽音を立てて飛んでくる魔物。
要するに水中、陸上、空中。至る所から魔物が攻めて来る。
《報告。中位の魔物オニハチグマを撃破したことにより死んだフリスキル所持者のレベルが上昇。失った左眼球に搭載してある赤外線探知能を深化し、新たに死んだフリスキル「死先の先」を取得。相手の熱収支を解析して筋肉の緩急を読むことで、行動の先読みが可能。死んだフリスキル所持者の視界遠近感を補正回復》
「助かる!脳内再生!」
距離感が戻る。
ガキーンッ!!
勘ではなく目測で、俺は魔物の唸る爪を斧で止める。
5色にスペクトルされた魔物の熱像と、肉眼の実像が完全に重なったまま、距離が測れる。日常生活を送るには不便だけど、日常なんて気を抜けば即終了する異世界的非日常なら、文句なんてない。
気づけば魔物が迫り、気づけば仲間が射撃と拳撃を加え、気づけば自分の斧が魔物の首を跳ね飛ばしている。そして気づけば新しいスキルが手に入り、気づけばさらにたくさんの魔物が俺たちに迫る!息をつく暇すらない!
《報告。新たに上位の魔物カマキリバッタが出現。他の魔物と同じく死んだフリスキル所持者のスキル耐性を獲得している模様》
しかもここの階層の魔物たちは、俺の死の芳香「デスノート」や咆哮「メシマダカ」「モウタマラン」が効かない。
まぁ仲間三人が傍にいながら使うようなスキルでは本来ないものだから、仕方ないとして、ヒシヒシと感じるのは、この地上迷宮セキドイシの強い意思。
――お前だけは、許さない。
無言の、そんな圧を、この迷宮からは感じられる。
たぶん秘宝ウゴエを奪ったからだろう。
そうじゃなきゃ、こんな俺に合わせた耐性なんていちいち魔物に用意するとは思えない。
秘宝を奪ったお前だけは潰す。
秘宝ウゴエは必ず取り戻す。
秘宝ウゴエ。
アステロイダ・シンクヴェトリル。
「カバチョウ、待って」「ゴアッ!?」
そのアステロイダが水の上をチョンチョン走る。カバチョウが気づいてバサバサ逃げる。
水から顔を出す石の足場だけを頼りに必死に戦っている俺とピノンとメリュジーヌ。
それに対してアステロイダの場合は、水面も地面も関係なしに歩ける。
魔法の力なのかどうか、水の上を歩いてもアステロイダは全然沈まない。
「ヴォアッ!?ヴォオオオオッ!!」「ギャーゴッ!!」「ゲッ!ゴアオッ!!」
アステロイダが近づくと魔物たちは恐がって逃げる。そして迷った挙句、俺たち三人に突進してくる。けれど、
「そっちダメ」
ビュボッ!ベタベタ!!
アステロイダの手には、チアリーディング部のもつボンボンみたいなイソギンチャクがある。
メイドイソギンチャク。
触手に触れれば刺胞を解き放つ凶悪な魔物。たぶんレベルは上位。
「グエッ!」
アステロイダのメイドイソギンチャクに触れたら最後、魔物たちは光る水底へと沈んでいく。二度と上がってこない。
陸上と空中にいる魔物たちはそれを見ているからか、それとも最初から迷宮セキドイシに知らされているからか、アステロイダをあえて狙わない。そしてアステロイダから人質でもとるつもりなのか、俺とピノンとメリュジーヌを狙ってくる。
ベチャッ!
「ゴアッ!?」
そして俺たちのもとに走ってくる魔物たち。あるいは水中から出現する魔物たち。
ベチャベチャッ!
「キシャオッ!?」「ジェッ!?」
彼らにとびかかるようにして付着するのは、アステロイダが蹴飛ばした水塊。
ドロ。
「!!」
アステロイダが足の裏から出した粘液を混ぜた水球は即座に水あめみたいな粘り玉にかわり、魔物の顔面の呼吸器や気門を塞ぎ、彼らをパニックに陥れる。
「せいやっ!」「食らえ魔物!」「はぁっ!!」
そんな錯乱状態の魔物を、メリュジーヌとピノンと俺がどうにか叩きのめす。
そうでなければ中位や上位の魔物に囲まれて、平気でいられるはずがない。
しかもアステロイダは俺たちが立つ足場を濡らす水を即座に気化してくれている。だから滑らずに戦える。
水を前にしたらほぼ無敵としかいいようのない魔法使い。
それがアステロイダ。海星人族の王女。秘宝ウゴエ。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
とはいえ疲労の色はどうしても隠せない。
当たり前だ。かれこれ30分以上、水の上で魔法を使いながら戦い続けている。魔力は無限じゃない。それはアステロイダだって同じ。
ザバッ!グアアアッ!!キキキキキキ……
そんなことはお構いなく、淡く光る水の下から次々に現れる魔物たち。
でも退けない。
21階層と20階層を結ぶ通路は魔物たちによってすでに破壊され、俺たちに退路はない。
ガキンッ!ドスドスッ!ズドオオンッ!!!
「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、あぁ」」
ピノンとメリュジーヌの疲労も無視できない。できればここは一度引いて作戦を立て直したい。作戦を立てる間もなく無限戦闘に追いやられた俺には虫のいい考えだが、足を一番引っ張っている俺としては三人を少しでも休ませ……
ツル!ザバババッ!!
「!?」
は!?
足下の水に気づかず俺はスリップしたらしい。アステロイダの気化魔法を当てにし過ぎて油断した!何やってんだ俺!
ゴンッ!!!
立ち上がる直前、ちょうど水面から飛び出して突っ込んできたナナフシザメにタックルされる。正確には噛みつかれそうなところを珊瑚の斧でどうにか受け止めた。
でもこれだとまずい!
ザバァーンッ!!!ボゴボゴボゴッ!
結局俺は水中に落ちて魔物によって水底へ押し込まれていく。くそっ!
「テツタロウさん!」「テツタロウ!」「テッチ!!!」
三人の声が遠くに聞こえる。
〈そんなことより、水の中だとお前、死んだフリじゃなくて、本当に死んじまうぜぇ〉
「……」
声が響く。いつもの脳内再生の声とは違う。そして声は、体の左眼と、右手に握る斧から響く。立体的に響く。
そのせいか、声の主が誰なのかはなんとなくわかる。
話したことはなかったけれど、たぶんアイツだ。
シュクラサンゴ。
俺の左眼の亜空間の核にされ、本来の力をバトルアクスに宿した奴。
〈分かってんじゃねぇか。で、どうする?まさかこんなところでくたばるつもりはねぇよな?〉
当たり前だ。でも俺だけじゃ厳しい。力を貸してくれ。
〈けっ!素直な奴ほどしぶといとはいったもんだなぁ〉
魔剣シュクラサンゴが三本の太い管を一気に水面に向かって伸ばす。水面に管が出ると同時に、俺の肺の中が一気に空気で満たされる。楽になる。
〈もう苦しくねぇだろ。だから早く斬れ。雑魚〉
肺に酸素を溜めた俺は渾身の力で魔剣「珊瑚の斧」を振る。
シュパンッ!!
魔剣の効果か、水の抵抗を全く感じず、刃物はウツボラクダの首を上下半分に裂く。
〈上出来だぜ。だいぶ使いこなせるようになったじゃねぇか〉
俺の左目の亜空間カルミナブラーナの核にされたシュクラサンゴに褒められる俺。
〈でもよぉ、魔物はまだウヨウヨいるみたいだぜぇ〉
周囲を見渡す。
大量の魔物がこっちめがけて泳いでくる。
「テッチ!!!!」
突進する魔物が一瞬止まる。
〈目障りな奴がお前を助けようとしてんなぁ〉
アステロイダが空中落下するくらいの速度で水中を動き、俺の所へ向かってくる。
「「「「「「「……」」」」」」」
水中の魔物たちは二手に分かれる。水面上とは異なり、片方の魔物の集団はアステロイダめがけて進んでいく。そしてもう一方の集団は、
〈来たぜぇ〉
俺が狙いらしい。
〈いくらお前が足掻いたところで、この数の魔物は捌き切れねぇだろうよ。ひっひっひ〉
確かに死んだフリスキルの「デスノート」「メシマダカ」「モウタマラン」に耐性のある高レベルの魔物が相手だ。
水中で、しかも五体満足で生き延びられる可能性は低い。
でも、上でピノンとメリュジーヌが戦っている。
同じ水中でアステロイダが戦っている。
引くわけにはいかない。一秒でも長く戦ってやる。
〈頼ってもいいんだぜえ、俺様を〉
もう頼ってる。空気を送ってくれて本当に助かる。あとはやれるだけやってみせる。
〈……ちっ、お前と一緒にいると調子が狂うぜ。なんかこう、癪に障るんだよなぁ〉
ニョロニョロニョロニョロニョロニョロニョロニョロ……
「?」
〈俺はよぉ、自分より偉そうな奴と強い奴が嫌いなんだ。お前はどっちでもねぇ。そのくせに俺をとりこんでいやがる。まぁ「脳内再生」とかお前が呼んでる奴のおかげだろう。あいつはきっと強ぇんだろうなぁ。偉そうに命令もきっとしてくるんだろうなぁ〉
サンゴの斧から無数の細く白い糸が水中にどんどんたなびく。
〈まぁいいぜ。お前を乗っ取るまでの時間は俺にも必要だ。だからマジで助けてやるよ〉
よく分からないが、助けてもらってすまない。
〈あ~?ムカつくからいちいち謝ってくんじゃねぇよ。俺がお前に殺意を抱けるように、ちったぁ偉そうにしてろ〉
魔物が俺の懐にいよいよ飛び込んで……
「!?」
くるけれど、白く長い魔剣の触手に触れた瞬間、止まる。そしてすぐに痙攣が始まる。
〈早く斬れよ鈍間。さもねぇとお前が不利になるぜぇ〉
分かった!
痙攣をおこして体が変な方向によじれている魔物たちを急いで俺は斬殺する。
ブオンッ! ズビョオオオオ……
「!?」
斬り損ねた魔物が触手と俺の斧から脱出して逃げる。けれど痙攣は収まらず、体の形が変異し始める。
〈逃がしたあれはやべぇな。ひっひっひっひっひっ〉
どういうことだ?
〈俺の触手カミオロシはよぉ、誰にも分解できねぇ毒が出せんだ〉
誰にも分解できない?どういうことだ?
〈ひっひっひっひっ……何せ俺の毒は、〝毒〟じゃねぇからなぁ〉
ゴキゴキゴキゴキ……
《報告。珊瑚の斧のスイーパー触手「カミオロシ」から脱出した中位の魔物ウツボラクダのレベルが上昇。全能力値が急速向上》
大きさが二倍になったウツボラクダが眼を怒らせる。力強く体を波打たせ、急発進する。
〈俺の毒は相手の急激成長を促す。強くなって困る連中はいねぇだろ。だからどいつもこいつも、俺の毒を分解しようなんて絡繰りはもちあわせていねぇ〉
……。
そういうことか。
スイーパー触手「カミオロシ」の毒。
植物イノコヅチが葉に蓄える毒と同じ、成長毒。
イノコヅチの葉を食べた幼虫たちは毒のせいで、急いで成虫にさせられる。
結果的に小さな成虫にしかなれず、生殖能力をもたない。
つまり子どもを産めず、増えることができない。
成長は促進させられるけれど、最終的に種を残せないから、害虫の負け。植物の勝ち。
〈へぇ。よく見破ったなぁ。動かねえ物にも詳しいんだなぁ。お前がウゴエまでたどり着けた理由が運だけじゃねぇと少しだけ分かったぜぇ。まあ分かったところで死んだら意味なんてねぇんだけどなぁ〉
パワーアップした魔物ウツボラクダが魔物たちの塊に接近する。その中にはアステロイダがいる。
ガブシュッ!!!
魔物たちの大半が強化ウツボラクダにかみ砕かれ、残骸が落下していく。けれど食欲と性欲を失っているらしい魔物たちはそれを食わず、ただ散り散りに逃げる。
「テッチ!!」
水の中、たしかにアステロイダの声が俺の鼓膜に届く。
〈ああ?体だけ無駄に発育した無能王女が何か呼んでるぜぇ〉
「アステ!俺は大丈夫だ!それより珊瑚の斧から出ている触手に気を付けてくれ!」
「気を付けるのはテッチの方!!」
〈ビッチ王女の言う通りかもなあ〉
俺の周りにたなびくスイーパー触手に次々と魔物が接近してくる。
フツ。ツプツプ。ブス。
スイーパー触手に触れる。カミオロシの毒が魔物に流れる。痙攣する。
ザシュザシュンッ!!
俺はその一瞬の隙をつき、殺す。殺し損ねた魔物がまた逃げ、強くなり、そして弱い魔物を見つけては殺し、そして水の中でたぶん一番強いアステロイダに向かっていく。
「アステ!こいつらが上の二人の所に行ったらまずい!上で二人を守りながら戦ってくれ!」
〈賢明な判断じゃねぇか。ビッチ王女を守れて、しかもお前だけが魔物の餌になれるってわけだなぁ〉
「……」
〈聞こえたろ。早く失せろビッチ〉
「……シュクラ。テッチはお前や私より強い。お前の想像しているよりもはるかに」
〈ああ?誰が強いって?いいから陸に上がって俺の魚に食われる準備をしとけ〉
アステロイダは俺の中のシュクラに対してまだ何か言いたそうだったけど、浮上する魔物を警戒してピノンとメリュジーヌの方へ急ぎ向かう。
〈そら見ろ。どんどんお前のところに魔物が寄り集まってくるぜぇ〉
「ああ」
揺らめき散らばるスイーパー触手。それが何かも知らずに集まる魔物。本能行動。
生き延び、スイーパー触手が何かを知り、他の魔物との闘いに敗れそうになったうえで再び戻ってくる魔物。学習。
〈俺にコムズカしい説教はいらねぇぜガキ。ほざいてねぇでさっさと殺せよ。さもねぇと俺がお前をのっとっちまうぜぇ?〉
……。
学習させずに、倒す。
〈それは〝毒〟じゃなきゃ無理だぜ。そしてお前は魔物を倒せるほどの毒なんざ持たねぇ〉
ああ。だからお前の〝それ〟を貸してくれ。
〈……?〉
「ヴォアアアアアアアッ!!!」「キュエエオオッ!!」「ゴッゴゴオッ!!」
シュルシュルシュルシュルシュルシュルシュルシュルシュルシュル……
〈お前!俺の触手を勝手に!〉
巻きとる。珊瑚の斧の刃に集めて並べる。これなら、
ドムンッ!ドムドムドムンッ!!
斬撃と同時にハンコ注射。一度に大量の成長毒を打ち込める。
「「「「「「………」」」」」」
成長しまくれ。強くなりすぎろ。何もわからなくなるくらいに。
そして俺はいつも通り、
《了解。死んだフリスキル「カタレプシー」発動》
動きを止める。熱を止める。拍動を止める。本気で死んだフリをする。
〈この状況で擬死だとぉ?お前頭イカれてんのかぁ?〉
ゴキゴキゴキゴキゴキゴキゴキゴキメキメキメキメキメキメキメキ……
「グギャアオオォォォ……」
既に強ければ、その果ては老化による死去。
「オオオアアアアアッ!!!」
今から強くなればきっと、死ぬ限界まで暴れる。
目につく動く者すべてを破壊するために。
なぜなら他の本能は全て、迷宮セキドイシに縛られて消されているから。
ゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!
《報告。「カミオロシ」による限界強化を受け、中位の魔物ウツボラクダが多臓器不全に陥り戦闘不能。限界強化した中位の魔物カメムシセンボンバリの毒針が複数の魔物を排除中。限界強化した上位の魔物ゴキブリワニが周囲の魔物を片っ端から排除中。中位の魔物ナナフシザメと中位の魔物カバチョウが強化魔物ゴキブリワニに接近。また、限界強化した中位の魔物タコヤンマが急浮上。上陸の可能性大》
タコヤンマか。
ピノン、メリュジーヌ、アステロイダ。三人とも凌いでくれ。
上位の魔物ゴキブリワニ。
しかも珊瑚の斧から出るスイーパー触手「カミオロシ」で成長限界まで強化されている。凶暴性は誰の目にも明らか。そしてもともとが上位レベルの魔物。
だからほとんどが逃げるしかない。
そんな中、スイーパー触手を食らってもいないのに、わざわざゴキブリワニに向かっていく妙な魔物たちがいる。
……。
魔法陣を警備している魔物?
あれは何の魔法陣だ?
〈お前、そんなことも知らねぇでここまで降りて来たのか?〉
ああ。似たようなものはいくつも見たけれど、あれは初めてだ。
知っているなら教えてくれ。シュクラサンゴ。
〈あれはよぉ。奴らの命綱だ〉
どういうことだ?
〈転移魔法陣。アレを使って奴らはウジャウジャここに湧いてくる。だから壊されちまうと「ここでガキを殺せ」っていうこの迷宮セキドイシの命令に従うことができなくなっちまう。とはいえ、機能している魔法陣は残り僅かみてぇだなぁ〉
シュクラサンゴに言われて俺は改めて周囲を見渡す。
立方体のブロックがいくつも水底にころがり、そこには亀裂の入った彫刻のような魔法陣がいくつもある。
魔物たちがたかる魔法陣は、まだ赤く鈍い光を上げている。
そしてシュクラサンゴの言う通り、そこから魔物たちが次々に現れる。
《報告。限界強化した上位の魔物ゴキブリワニがこちらに接近中》
俺の前を魚たちが逃げる。俺を無視して。
〈おい!いつまで死んだフリしてやがる!そんなに殺されてぇのか〉
俺の後ろから魔物たちが通り過ぎていく。俺を無視して。
魔物たちは転移魔法陣を守っていた連中だ。目的はおそらく、転移魔法陣を守ること。
ガブシュッ!グルグルグルグルッ!!
《限界強化した上位の魔物ゴキブリワニがデスロールを展開。渦流を警戒せよ》
渦流のせいで限界強化した他の魔物がゴキブリワニの所へ強制的に寄ってくる。
魚はそれでも必死に逃げようとどこかへ向かっていく。
〈おい!〉
魚が集まってる場所がある…………脳内再生。
《了解。死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」発動》
ドシュブシュブシュブシュドシュッ!
〈は?〉
俺は珊瑚の斧に絡めていたスイーパー触手をほどく。それらがゴキブリワニ、ゴキブリワニに咥えられていた死にかけの魔物、ゴキブリワニに近づいていた魔物、俺を追っていた魔物、とにかく俺に近づいた全てに刺さる。
「「「「「「!」」」」」」
魚が集まっている場所がある。
誰があそこに行くのか、知りたい。
《了解。死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」を解除。再び「カタレプシー」発動》
限界強化した魔物たちの狂宴。俺は水底に静かに沈みながら、それを熱波で知る。
〈二つ以上のことを同時並行で考えていやがる……お前の頭、どうかしてるぜ〉
どうもしていない。知りたいだけだ。
こんな強い魔物たちが跋扈する水槽世界で、なすすべのない魚たちはどうやって身を守るのか。死んだフリすら許されない生命がどうやって身を守るのか。
「ォォォォ……ォォォ……」
強化の末、多臓器不全に陥ったゴキブリワニを集団リンチする魔物たち。
それでもゴキブリワニはしぶとい。殺しながら逃げる。逃げて逃げて、守護者のいなくなった転移魔法陣に飛び込む。消える。
想定通り、「カミオロシ」の身体強化はセキドイシの命令的本能に打ち勝てる。
シュクラサンゴの成長毒は、「敵を殺す」より「自分だけは死にたくない」が勝るように魔物を改変できる。
「ギュアアアッ!!!!」「ゴガオッ!!」「ゲッアアアッ!!!!」
最悪の敵がいなくなり、今度は互いに殺し合う強化魔物たち。転移魔法陣に逃げる者。傷だらけで浮上する者。傷だらけでも、仕方なく転移魔法陣の元に戻り、警備の仕事に戻る者。
シュンッ!!
「ゴボボボボッ!?」「オボッ!」「ンンンッ!!」
緑の光を突如放つ魔法陣。
次の瞬間には、ピカピカの装備を備えた6人の冒険者らしき人々が現れる。いきなりのことで気が動転し、そのまま溺れる。
〈へっへっへ。転移魔法の罠にかかった馬鹿どもだ。いきなり20階層でしかも水の中。ありゃあ勝ち目がねぇなぁ〉
シュクラサンゴの言う通り、溺れる彼ら6人は転移魔法陣で新たに現れた魔物たちによって瞬殺される。酸素のない死体が魔法陣の下に沈んでいく。道理で魔法陣の下にはやたらと武器や防具が転がっているわけだ。
赤い光の魔法陣に、緑の光の魔法陣……。
魔物カマキリバッタが俺から遠くない転移魔法陣から現れ、魔法陣から湧く巨大な気泡に包まれて浮上していく。幸いにして魔法陣を守る魔物はもういない。俺は死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」を発動し、動く。スイーパー触手を珊瑚の斧に集める。
ブスジョシュッ!!!
気泡を破裂させ魔物カマキリバッタを溺れさせながらスイーパー触手を大量にぶち込む。全身の変異とともに水が肺に入り込み藻掻いているところへさらに触手針のついた斧を連続で撃ち込み続ける。
「シュアアアッ!!!!」
酸素を失った魔物カマキリバッタが浮上せず、落下していく。俺は「カタレプシー」を発動し、石像のようにして一緒に沈んでいく。
落下地点は、魚の集まるところ。
「「「「「「「「「!」」」」」」」」」
魚たちは暴れる魔物カマキリバッタに驚いて避難所から逃げる。けれどカマキリバッタがついに動かなくなると、再び避難所に戻る。
カマキリバッタをつつく魚。
周囲を伺う魚。
迷宮セキドイシの呪いに犯されていないのか、エサを探す魚。
配偶者を探す魚。そして寄り添う魚。
けれど互いにぶつからずに群れで泳ぐ魚。
時々穴が開いたり乱れたりする、魚の壁のような群れ。
でも避難所からは決して離れない魚の群れ。
その魚群が起こす僅かな乱流。
腐敗によって発生したガスの浮力と乱れる水流で、ゆっくりと持ち上がるカマキリバッタの残骸。そこに集まる魚たち。
……!
……そういうことか。
《緊急報告!淵位の魔物ベルゼブブ、タイプ:ニワイが20階層の天井を貫通!!》
なにっ!?貫通?
〈ひゃっは!とうとう魔王の幹部様が現れたか!おい聞こえてるかビッチ王女!テメェの頭の上にはベルゼブブが来たらしいぜ!!そのまま潰されちまえ!!〉
シュクラサンゴ。
お前、アステロイダと連絡がとれるのか?
〈それがどうした?奴が俺としきりに話したがるからそうしてやっただけだ。おかげで別れの挨拶ができて感謝してるぜぇ……ひゃははっ!天を削る蛹が刃を振り回しながら降ってくるだとさ!これでテメェも終いだな!!ビッチ!!!〉
天を削れる、振り回す刃。
《固有振動から淵位の魔物ベルゼブブの状況を推定。削岩機状態の蛹》
厄介だ。
階層をドリルで掘削しつつ、変態しようとしている魔物……どうする?どうする?
〈ああ?良いわねねぇだろ!てめぇふざけんなよ!〉
「?」
〈そんなことしたらこっちが先に死んじまうじゃねぇかクソビッチ!〉
シュクラ!
アステロイダと何を話してる!?
〈取り込み中なんだ話しかけんなクソガキ!おいビッチ!メイドイソギンチャクを捨てたらぶち殺すぞ!〉
メイドイソギンチャクを捨てる?
《推測。魔物メイドイソギンチャクの成長は海星人族の王女により制御》
……。
つまりキンチャクガニのもつイソギンチャクなんかと一緒?
《やや相違と乖離あり。そもそも魔物メイドイソギンチャクの測定魔力量は上位種に相当。制御不能状態のメイドイソギンチャクの力量はあらゆる点で不明》
〈不明なんてもんじゃねぇ!あれは暴走すりゃあ極限まで成長して大陸棚すら破壊する反則みてぇな触手だ!おいビッチ!ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!〉
シュクラサンゴ!
〈ああっ?〉
アステロイダにメイドイソギンチャクを解放させろ!
〈ふざけんな!そしたらこの俺様はどうなる!?お前と一緒に刃物に刻まれて水の中でスープにでもなれっていうのか!!〉
《報告。魔物が移動に使用する転移魔法陣の解析が完了。このまま稼働中であれば下層への転移が可能》
聞いただろ!俺たちは下の階層にワープする!
だから協力してくれシュクラサンゴ!
〈はぁ、ったく……おいビッチよく聞け。死にたがりのガキがよ、テメェの勝手にしろ、だとさ〉
助かる!シュクラサンゴ!
〈いいから魔法陣に行きやがれ!こんな所で死んだらぶっ殺すぞお前!!〉
分かってる!
ズーン……
《報告。メイドイソギンチャクが海星人族の王女の片手を離れ繁殖暴走。淵位の魔物ベルゼブブの回転刃がメイドイソギンチャクの触手を巻き込んだため減速。振動で座標確認、エルフとムカデ女と海星人族の王女は三名とも無事》
〈あんなクソ女どもはどうだっていい!俺たちはどうなる!?あの反則触手の力はクソビッチ以外止められねぇんだ!しかも水の中じゃガキはトロ過ぎて逃げられねぇ!ふざけんな!このままじゃ!〉
シュクラサンゴ。亜空間を使って水を呑め。陸なら俺の方が速い。
〈ちっ………亜空間カルミナブラーナ展開!〉
メイドイソギンチャクの暴走触手が水の中を生き生きと迫る。丸太みたいな太さだ!
ゾゾゾゾゾゾゾオオオオッ!! ブシュンンッ!!!
俺の左眼球が水を呑み、俺の周囲で渦が生じる。その渦で直進する動きを鈍らせたメイドイソギンチャクの触手を俺は斧で切断する。
ズビュビュビュビュビュビュビュッ!!
〈ビッチがメイドイソギンチャクを回収したぞ!〉
斬ったのとほぼ同じタイミングで急激に縮み消えていくメイドイソギンチャクの触手。轟音と空気を切る音が耳に入る。工場の稼働音のように複数の重たい金属がゆっくり噛みあい動き出す音が俺の全身をビリビリ震わせる。
《報告。淵位の魔物ベルゼブブの回転刃の再加速を確認》
目の亜空間に満貫の水を呑み込み終えた俺の頭上に振ってくる巨大ドリル。
〈ガキ!急げ!!下の転移魔法陣が点滅してるぞ!!〉
《稼働中の転移魔法陣の魔力の逓減を確認。もって5秒》
崩落する天井と迫るドリルに気を取られている幾多の魔物たち。その魔物達と落下する岩の間を走り抜けて俺は、
シュンッ!
ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――ッ!!
「はあ!はあ!はあ!はあ!はあ!」
なんとか転移魔法陣を抜けて脱出する。
《報告。死んだフリスキル所持者は現在、地上迷宮セキドイシ17階層に転移》
止まない地響き。削られる地面の音。空気が震え続ける。
〈ヒッヒッヒッ!上の女どもは煉獄にいるみたいだぜ?〉
煉獄?どういうことだ?
〈蛹ベルゼブブの上に出た奴ら三人を火炎魔法が超速無限に襲ってくるらしい。ざまぁみやがれ!焼かれて死ね!潰れて死ね!ヒッヒッヒッ〉
「……」
それ自体が動けるはずのない蛹の繰り出す火炎魔法。
それ自体が動くはずのない蛹は当然のように地面を掘り、火を噴く。焼き潰す火を凄い速さで無限のごとく噴く……。
……。
どうして火を噴く?
加速のため?
ドリル刃の速度に合わないほど推進力を増せば、刃がダメになるか、倒れるだけだ。ドリルを回す意味がない。
だとすれば火を噴く理由は別にある……
《死んだフリスキル所持者の予想を支持。熱排出孔は掘削部分の反対側に存在。当然の帰結として熱排出部の装甲は薄くなる》
だからそこを守るために、そして熱を捨てるために、ドリルの反対側から熱攻撃をしている、か。
《支持。すなわち》
弱点は熱排出孔。
〈おい、何言ってんだお前。淵位の魔物に弱点なんざあるわけねぇんだよ〉
あるわけがない、か。
「なぁシュクラサンゴ」
〈あ?〉
「お前は羽化する前の蛹の殻を割ったことはあるか?」
〈ねぇなあ。海育ちで高貴な俺はそんなものに興味なんざもたねぇからなぁ〉
「羽化する前の蛹の中はドロドロ。全部何もかも溶けているんだ」
〈溶けてる?〉
「自ら動く者は、自らの体をあえて壊して、そこから新しい体をつくる。そうしないと死ぬからだ」
〈……〉
「魔物も生物も違わない。死にたくなければ死ぬ前に体を壊して組み立てるしかない。そこが弱点なんだ」
〈……特異の魔物トモビキスライムをお前が殺れた理由が分かった〉
「あいつも結局、生きるために壊して組み立てる必要のある魔物。だから倒せた」
〈違う。お前がトモビキスライムですら〝それ〟だと気づけるバケモノだからだ〉
俺がバケモノかどうかはどうでもいい。それよりもっと素直に動いてくれないか。
〈あ~あ。くだらねぇ。興が冷めた。こんなバケモノ相手に粋がるだけ無駄無駄〉
シュクラサンゴ……。
〈いいぜぇ。もうなんでも。お前に逆らう気なんざもうサラサラねえよ。お前が〝壊す〟やら〝組み立てる〟やらができなくなって死んだあとに、運が良ければ乗っ取って使わせてもらう。まあ全員亜空間に飲み込まれちまうのがオチだろうけどな〉
そうか。協力してくれるならとにかく助かる。
〈はぁ。で?何をすりゃいい?〉
ベルゼブブを止める。
〈だからそれはどんな算段なのかを聞いてるんだよガキ!〉
アステロイダに通信してほしい。こっちに来てくれと。
〈ヒッヒッヒッヒ。そりゃいい。あのビッチを挽肉にしてベルゼブブが慌てて刃を止めてくれることを期待するってわけか〉
俺たちは今、17階層にいる。アステロイダはベルゼブブが17階層の天井を破ったら俺たちと合流してベルゼブブの回転刃を止めてほしい。その間にピノンとメリュジーヌがベルゼブブの熱排出孔を集中攻撃して破壊する。そう伝えてくれ。
〈止めるだの破壊するだのお前……本気か?〉
本気じゃなきゃここまで生きて降りてきていない。
俺たちとアステロイダが力を合わせて、熱排出孔を嫌でもベルゼブブ自身にあけさせる。通信を終えたらさっき亜空間に溜めた水を全て17階層に放出してくれ!
〈ベルゼブブ自身に弱点をあけさせるだと?………分かった〉
階層全体を揺らす地響きが次第に大きくなる。一方で俺の足元は亜空間から吐き出した水で少しずつ満たされていく。周囲の魔物たちはもはや迷宮セキドイシの命令を受けていないのか、俺を殺しに来ず右往左往している。砕けて砂礫をこぼす天井を呆然と見上げる魔物。足元の水に驚き怯える魔物。どうしていいのかわからずとりあえずどこかへ去っていく魔物。安全な場所などどこにもないと気づき戻ってくる魔物。そして魔物たちのそんな様子などお構いなしに……
ミシシッ!!ドゴオオオオオオオオオ―――ンッ!!!
ヒュー……ボシャアアアアンッ!!!!
17階層の天井がドリル蛹のせいで一気に抜ける。ベルゼブブの回転刃がシュクラサンゴの用意した貯水湖にダイブする。望まずして巨大ミキサーが完成する。
「テッチ!!!」
回転刃が僅かに遅くなったタイミングを逃さず、器用にしなやかに躱したアステロイダが俺のところに現れる。
「テッチ!!!」
砲弾みたいにぶつかってきたアステロイダに思いきり抱き締められる俺。
〈転移魔法もなしに、あの灼熱微塵切りを生還しやがったか〉
《故に海護慧。魔王も畏れる深海の皇女》
「アステ!無事なのは嬉しいが今は抱きあってる場合じゃない!ベルゼブブの坑内堀りの邪魔をする!そのためにこの水をドロドロにできるか!?」
「できる!テッチのためなら何でもできる!」
痛々しい火傷に加え煤まみれのアステロイダは俺を見上げて頷くと、詠唱を始める。
トロォ……ン
アステロイダを中心として、水の粘性が急に上がる。すごい。まるでオイル。
〈この水はやべぇ。ガキ。吸えるときに吸えるだけ空気を吸っとけ。さもねぇと窒息すっぞ〉
《報告。亜空間カルミナブラーナへの酸素取り込みも念のために実施中》
俺はシュクラサンゴの触手で酸素を肺一杯に吸い込み、その瞬間に備える。
ゴオオオオオオオオオオ……
ベルゼブブの巨大な回転刃の一つが目の前に迫る。俺はそれを、
ガキィィィイイインッ!!!!
避けずに、あえて珊瑚の斧で受け止める。ひっかける。体がすさまじい力で後方へと押し込まれる。首と腕と腰が折れそうなほど痛い。
〈おい死ぬぞガキ!〉
死なない!
それより珊瑚の斧とベルゼブブの刃を、スイーパー触手でもなんでも構わないから固定してくれ!離されたらそれこそ刻まれて死ぬ!
〈くそ、分かったっ!!〉
「テッチ!!!」
「アステ!アステは俺から絶対に離れるな!!」
「うん!」
アステロイダのメイドイソギンチャクが俺の珊瑚の斧にからみつく。回転するミキサーに入れられた野菜のような状況で、俺とアステは巨大刃の円運動にひたすら耐える。骨と筋肉がひしゃげてバラバラになりそうになるのを必死に耐える。
ゾブブブブブブブブ……
ネバネバすぎる溶液。
そのせいで下へ掘り進めないドリル蛹ベルゼブブのドリルに、粘液がとうとう絡みつく。
粘液がドリル表面を昇っていく。渦潮の中、俺は傷だらけの左眼でその状況を何とか確認する。高温の粘液が、重力の反対方向へ、螺旋を描きながら遡る。
粘液まみれのベルゼブブ。この状況で熱を体外に捨てるのはかなり難しいはず。
《報告。淵位の魔物ベルゼブブの粘液被覆に成功。現在、頭部付近に熱が集中》
俺の左目もそれは見えてる。周囲に逃げられない熱がドリルの反対側の頭部に集まっている。籠っている。
バーンッ!ニョキニョキニョキニョキ……ブシュウウウウウウウウッ!!!!
《報告。淵位の魔物ベルゼブブが頭部付近の甲殻を自ら破壊。大量の熱放出と同時に甲殻付近に新たに長大触手を形成。触手から高熱蒸気と火炎を放射……》
ボッ!ドゴオオオンッ!!!!
脳内再生の声を遮るように、鋭く重い衝撃波が洞内を木霊する。
見覚えのある、小さな熱の動き。あの構えは、メリュジーヌ!
《報告。ムカデ女が震戦苑流奥義弐の型、環噛粉壊刻獅を発動。ベルゼブブの長大触手を一時的に全て切断破損。甲殻内の生体肉は依然として露出。ただしベルゼブブ長大触手の即時再生が開始。露出部を防……》
シュウウウウウウウヒュボヒュボヒュボオオオンッ!!!!
またも遮られる脳内再生の声。俺の体にまとわりつく粘液がつむじ風で吹き飛ぶ。新鮮な空気を肺に目いっぱい吸い込みながら、右目でその雄姿を確認する。
ピノン!
《エルフの風錐アオアラシ3連射が長大触手を避けて生体肉に貫通》
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……
地鳴りのように、声が上がる。おそらくはベルゼブブの上げた悲鳴。
〈あのベルゼブブの野郎に、効いたのか?〉
「テッチの作戦、成功……?」
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン……
まだだ。
《報告。海星人族の王女の粘液成分を淵位の魔物ベルゼブブが解析完了。11種のタンパク質分解酵素を放出して水の粘性を下げることに成功》
くそ。ベルゼブブもただやられてばかりじゃない!こちらの手を常に切り返してくる!
〈おいガキ!今度はどうすんだ!?〉
上に急いで逃げる!
弱点が変わったわけじゃない!
ベルゼブブの熱放出孔を!内臓露出部を!
ピノンとメリュジーヌと一緒に!
全員で叩く!
〈やってやろうじゃねぇか!〉
「分かったテッチ!」
速度を急上昇させる回転刃をギリギリで避けながら俺とアステロイダは水から完全に離れる。
ドゴオオオオンッ!!!!
《報告。地上迷宮セキドイシ17階層の地面が崩落》
天も地もなくなる。
全員で落ちる。それでも、
「テツタロウさん!」「テツタロウ!!」
体を焦がした、肉が裂け、骨の一部が見えている大事な仲間と空中で合流できる。
「二人とも!攻撃を続けるぞ!」
「「はい!!」」
ねぎらいたい。礼を言いたい。いたわりたい。謝りたい。抱きしめたい。
でも、そんなことができる瞬間は、今はない!
ボボボボボボボボボボボボボボッ!!!!!
落下しつつ、火山弾レベルの炎の塊をガトリングガンのように上空に飛ばしてくるベルゼブブ。
ヒュッ!ブシュウウッ!!
落下しつつ、亜空間カルミナブラーナに残っている水を展開し、火山弾を鎮火する俺。
「はああっ!!」
落下しつつ、鎮火した砲弾を風の矢で粉砕するピノン。
「しつこい」
落下しつつ、ガトリング砲を増殖させたメイドイソギンチャクで受け止めるアステロイダ。
「ほんと!同感ですわ!!」
落下しつつ、アステロイダの触手を掴んでベルゼブブに着地し、ゼロ距離で長大触手を蹴り切るメリュジーヌ。
落ちる。
「はああっ!」
ドゴンッ!
巨大な穴蔵を落ちながら、燃え落ちる強敵を追いかける。
「ほああっ!!」
ヒュボヒュボヒュボヒュボヒュボヒュボッ!!
落ちる敵よりも少しだけ遅く落ちながら、全力で炎敵を止める。落ちないよう止める。
「触手見飽きたかも~」
バゴバゴバゴバゴンッ!!
でも落ちる。地面を砕き、落ちていく。
「いい加減に終いなさい!奥義弐の型!環噛粉壊刻獅!!」
だから追いかける。火と岩と触手を避けながら、追いかけて落ちる。
ひたすら落ちて戦う。
ギュルギュルギュルンッ!!!
墜落の恐怖は既にどこかで墜落している。ここにはもうない。
ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボッ!!!!!!!
残るのはこの身一つ。それらを四つ合わせる。
俺。ピノン。アステロイダ。メリュジーヌ。
「うおおおおっ!」「こんのおおおお!」「べるぶぶぶーっ」「せああああっ!!」
熱い炎の中。鼓膜を震わす轟音の中。輝く鉱物の中。幾多の魔物と生物の死骸の中。
四つの命を合わせて、あり合わせた命4つで、ベルゼブブ1匹をひたすら追撃する!
《報告。13階層の鉱床岩盤が崩落》
〈おいガキ!亜空間には水がもうねぇぞ!〉
だったら瓦礫でも魔物の残骸でもなんでもいい!
ベルゼブブが飛ばしてくる火砲をとにかく防いでくれ!
〈クソったれが……〉
亜空間カルミナブラーナから出て来る魔物の肉、糞、体液。それらを火山弾に向けて放つ。
ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボッ!!!!
火山弾の鎮火は水に比べてどうしても鈍る。だから珊瑚の斧で食い止める俺。
シュウウッ!!
「ぐうっ!」
砕けてなおグツグツと燃える破片が俺の肌に触れる。肉が一瞬で爛れる。激痛のあまり、頭が冴える。
《報告。12階層の鉱床岩盤が崩落》
音も床も魔物も何もかも崩れて落ちていく。
とにかく落ちながら、俺は全体を見渡す。
火を噴くベルゼブブに一番近い順に、メリュジーヌ、アステロイダ、俺、そして、
「ピノン?」
風の魔法矢が止んでいることに今更気づく。意識を失っているピノンに気づいて血の気が引く。
まずい!
〈おい!そんなエルフよりお前の背中ががら空きだ!〉
ただ自由落下するピノンに火砲が当たる前に!
ガシッ!!
ピノンを何とか捕まえる。死んでない。鼓動が聞こえる。でもすごく冷たい。
ムシュムシュムシュドゴオオオオンッ!!!
「うあっ!?」
俺は背中に痛みを覚える。火砲が直撃!?……けれど熱くはない。
〈次はねぇぞガキ。もう〝残弾〟はゼロだ。投げるもんはなくなった〉
ウツボラクダとタコヤンマ、ナナフシザメの死体を重ねて作った即席の盾で砲弾を防いでくれたシュクラサンゴ。助かった。
《報告。エルフがレベル上昇とともに真技を覚醒》
「ピノン!?」
俺は抱きしめていたピノンに声をかける。けれどその目は閉じたまま。
〈おい!次は防げねぇって言っただろ!来るぞ!そして死ぬぞガキ!!〉
ドンッ!
「!?」
大きな獣に突き飛ばされ上昇した俺。ピノンが突き飛ばした?
ピノン?
体の周りを白い風が……
《孤狼オクリオオカミの真技発動》
渦巻く白い風を纏うピノン。
全身が冷たく白い。見開いた目も白い。なびく髪も白い。弓も光る矢も含めて全て白……危険な白だと俺の体が叫ぶ。
《衝撃に備えよ》
!?
〈なんだありゃ?〉
シュクラサンゴ!
アステロイダとメリュジーヌに逃げろと伝えてくれ!
〈逃げるってどこへだよ!?〉
上だ!上に逃げろ!!
《淵壱よ。思い知れ》
ギリギリギリギリリリイィィィィィ……
《これがセキドイシの息。すなわち風狼》
カンッ!
《マレノロシ》
ギュボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンッ!!!
落下を完全に押し止めるほどの猛烈な爆風とともに俺は、過ぎ去る白い牙獣を目撃する。
光る、白い、走るオオカミ。
それは天から地に向けて駆け抜け、光を増しながら凝縮し、一点の柱となり、
ズドオオオオオオオオオオオオオオオオ―――ンンッ!!!!!!!
ベルゼブブの熱放出孔に突き刺さる。紫と緑の体液が噴水のように舞い上がる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!」
絶叫が鋭く上がる。ドリルが急に止まる。蛹の固い殻全体が淡く白い光を漏れ放つ。
羽化を待つ蛹の体。
その体に太い針をさして中身をグシャグシャにかき混ぜた。
普通なら羽化失敗。すなわち完全死。
《報告。11階層の鉱床岩盤が衝撃で崩落。そして………淵位の魔物の生命反応を確認》
なに?
死んでない?
死にかけているわけでもない?
《固有振動数を分析。……形態形成を再構成。最終形態へ移行。タイプ:オワリ》
タイプ:オワリ。
これが淵位の魔物ベルゼブブ。
《忠告。まずはエルフの回収を……策を練るのはそれから》
ズドオオオオオーンッ!!!!!!!!
地上迷宮セキドイシ。10階層。
「テッチ!」「テツタロウ!」
気を失ったピノンを捕まえて地面に降り立った俺に、慌てて駆けつけてくれるアステロイダとメリュジーヌ。
「二人とも大丈夫か?」
「平気」「あんなすさまじい魔法が使えるのならさっさと使ってくださればいいのに。まったく」
言いながら二人は俺とピノンを背に、前に進む。二人の前には迷宮10階層に突き刺さる巨大棺桶。すなわち蛹化ベルゼブブ。
けれどもうじきその蛹化も終わると言う。信じられない……。
「こちらも負けていられませんわ」
「メリーも何かできるの?」
「もちろん!奥の手は最後まで取っておくのが武闘家たるもの」
「使う前にやられたりして」
「そんな縁起でもないことおっしゃらないでください!あなたこそヌルヌルしているだけではここでお陀仏ですわよ!」
「大丈夫。テッチと結婚して子ども100人産むまで死なないから」
「なっ!でしたら私は200人産みます!!」
ビシ。
「「「!」」」
ピシ。ピシシシ……グチャアンッ!
蛹の背中が縦に綺麗に割れる。あれだけのことをしたのに、綺麗すぎるくらい綺麗に完全に割れる。
くすんだ色の殻の中から濡れふやけた背を出す、成虫。
「あの虫はもういや~」
ポコポコポコポコポコ……
アステロイダの頬にコブができ、それがポロポロ落ちる。メイドイソギンチャクがそれらをキャッチし、豪速球で次々とベルゼブブめがけて投げる。
《報告。海星人族の参の藝、ヌメメ発動》
バシャシャシャシャシャシャーンッ!!
強酸性の胃液が入ったコブボールは蛹の殻から生える長大触手に悉く打ち落とされる。
変態という本来なら弱点目白押しの瞬間すら、弱点を見せない昆虫型魔物。
それがベルゼブブ。淵位の魔物。
「うう……」
「ピノン!」
「……テツタロウさん?」
目を覚ますピノンは状況をすぐに把握し、一瞬蒼ざめ、それでもよろめきながら起き上がる。
「今度はアレを止めればいいんですよね。任せてください」
「待て!ピノン!」
アステロイダのコブ攻撃にピノンの風の矢がすぐに加わる。二人を攻撃しようとする触手の軌道をメリュジーヌが叩く。いなす。斬る。潰す。
その間にもみるみる乾き、鈍い光を放ちながら硬化していくベルゼブブ成体。タイプ:オワリ。
ドズーンッ!!
身をひるがえしてその魔物はとうとう、六本の肢を使い、地に降り立つ。
「「「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ」」」「……」
呼吸を整える三人。汗をぬぐい、固唾をのむ俺。
『さすがは秘宝ウゴエを解放した者。魔王様の読み通り、一筋縄には往かなかった』
ハエの形をした巨大な魔物からはじめて、声がした。
『選ばれし召喚者はそれゆえに、斃し甲斐があるというもの』
二枚の大翅に浮かぶ不思議な文様。虹色に輝いて、翅の中を泳いでいく。
《淵位の魔物ベルゼブブの翅に浮く文様を現在解析中……》
『ウゴエの解放者に問う』
魔物の巨大な複眼が赤々と妖しく輝く。
『汝が志甫蒼空で、間違いないか?』
「……」
え?
シウラソラ?
シウラ?
ソラ?
えっと、俺のクラスメイトだぞ、それ。
「何を言い出すかと思えば」
「ぺっ!まさか、人違いでここまで追ってきたんですか?」
「テッチはテッチ。シウラウラウラじゃない」
拳を合わせて鳴らす仲間。血反吐を吐き捨てる仲間。傷口を粘液で覆う仲間。
「テツタロウを他の御仁と間違えるだなんて」
「馬鹿じゃないんですか?だからハエって嫌いなんです」
「シソラソラソラでもない」
女子三人が消える。
「「「くたばれ!!!」」」
『シウラソラではないのか?』
ベルゼブブから生えた丸太のような長大触手が枝分かれしながら縦横無尽に伸びて飛ぶ。俺以外の三人を猛追しながら襲いかかる。
ヒュオンンッ!
それらを、風と共に射貫くピノン。
ドムドムンッ!!
それらを、土と共に潰すメリュジーヌ。
ニュポンッ!
それらに、水と共に溶かすアステロイダ。
一方で、
ズシュッ!ドビュドビュ……
斃れている魔物に長大触手が何かを植え付ける。
グチュグチュ……
死骸の中が激しく蠢く。
ブシュウウッ!ビギャアア!!
〈何かと思ったら寄生胚かよ。イカすじゃねぇか。ヒッヒッヒッ〉
無数の蛆が一つの皮膜をボコボコに破り、瞬く間に湧きだす。蛆は魔物の肉を猛烈に食らい、はい出て近くの魔物肉を食らい、すぐさま丸々と太る。
ブオンッ!ドバアアンッ!!!
その食事中の蛆を長大触手がゴルフボールみたいにぶっ飛ばす。蛆が叩かれ、ぶつかり、炸裂する。
〈テメェの命の分身をそんな雑に扱うのかよ。やっぱ気に入らねぇな。腐れ外道〉
蛆の体液が小さな悲鳴と一緒に飛び散る。触手の灯す炎に引火し、火の海と悪臭と断末魔の悲鳴が一面に広がる。
ズド。
「!」
しまった!
火の海の外で、俺の右足の裏を強烈な痛みが襲う。慌てて退いた直後には竹のような太さの〝細い〟触手が目の前に現れる。勢いに任せて触手が撓る。慌てて防ぐ。
ゴキ。
防いだ左腕があらぬ方向に曲がる。
〈間抜けが。食らいやがった〉
《報告。淵位の魔物ベルゼブブの触手攻撃により、右足の人差し指と中指の間にある深横中足靭帯及び中間足背皮神経を断裂。左腕尺骨と橈骨を骨折》
俺への触手攻撃。
意図せぬ声掛けで俺の油断を誘い、振り回す触手で俺の注意を奪い、蛆の爆熱と悲鳴で俺の熱探知と聴覚を混乱させ、地下触手の徐行移動は脳内再生の振動解析もかわした……
「……」
悲鳴を堪える。激痛を堪える。俺が叫べば三人に迷惑がかかる。その前に俺は、
ブオンッ!!
珊瑚の斧で触手を切断する。触手の残りがそっと地面の下へと消えていく。
『我に亜人族の雌どもをまずけしかけるのは、召喚者である汝が弱者ゆえの日和見か?それとも弱者のふりをした様子見か?』
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ」
足手まとい。
単純な個人戦闘において、俺は仲間三人の足手まといでしかない。
偽装死。死臭放出。飢餓促進。性衝動促進。希死願望読。軌道予測(死先の先)。
俺は、俺だけが生き残るのに有利になる技しか、持ち合わせていない。
つまり足手まといどころか、三人にとっていい迷惑。
どうする?
そんなどうしよもない俺が足と手をいきなり負傷した。
ならせめて頭を使え!
それくらいしか役に立てない!
どうする?
《傷口の縫合と骨折箇所の固定は亜空間カルミナブラーナに残存する魔物の素材片で可能。ただちに実行》
すまない、脳内再生。
〈よかったな。〝ママ〟が優しくてよぉ。ところでガキ〉
なんだ?シュクラサンゴ。
〈なんだ?じゃねえよ。これからどうするんだよ〉
だから今考えてる!
〈まだ奥の手があるのかよ?〉
……。
奥の手を見つけられるほど、俺は今の段階でベルゼブブの情報を持ち合わせていない。
〈んだよ、そりゃあ?要するにもうダメだってことだろうが!違ぇのかよ?ああ!?〉
……。
〈あんだけ張り切ってたくせに最期は触手に刺されてサヨナラなんて惨めじゃねぇか。所詮はこんなもんか?〉
……。
〈仕方ねぇなあ。だったらこの俺様が特別に〝知恵〟を貸してやるぜぇ〉
知恵?
〈お前、召喚者だろ〉
だったら、なんだ?
〈召喚者ならよぉ。「禁忌シリーズ」ってのがあったはずだ〉。
禁忌シリーズ?
そんなもの、聞いたことがないぞ。
あるのか。脳内再生?
《報告。禁忌シリーズは英雄シリーズと異なり、召喚者の生命を確実に危険にさらす裏の技。故に言及せず。特に解放条件がそろった場合は非公開》
解放条件がそろった場合?
どういうことだ?
〈天の声のテメェが言わねぇなら俺が言うぜ。なぁガキ。お前の禁忌シリーズの解放条件はなぁ、この俺様なんだよ〉
シュクラサンゴが解放条件?
何を言ってる?
〈前にも言ったが、俺たちは似た者同士。だが俺とお前じゃ決定的に一つ違う。俺は一歩も動けねぇが、お前はそうやって普通に動ける〉
……。
〈死んだフリをやってて分かったろ?死んだフリをやりながら強い敵は殺れねぇ。敵を殺し合わせられても、強い敵を単独で殺すのに、死んだフリは向いてねぇ〉
……。
〈動けねぇ俺は触手「カミオロシ」を使い、自分に襲いかかる周囲の敵は、時間をかけて殺し合わせ、地味に殲滅できる。が、素早く動き回る大型魚みてぇな敵はやれねぇ。距離を取って魔法を放つ野郎がいればそれでおしまいだ。あとは固い歯で齧られて食われ死ぬ。もしくはクソビッチ王女みたいに吐き出した胃袋で溶かされて死ぬ〉
……。
〈だがお前は動ける。死んだフリをやめたいときにやめて動き回れる。魔法から逃れ、隙を見計らい、斧を振り下ろして敵の頭をかち割れる〉
……。
〈なあに。簡単なことだ。俺の触手「カミオロシ」をお前の体内で効くようにしろ〉
!
〈お前には一切の毒が効かない。俺の成長毒も含めて、お前の体内は「死んだフリ」のせいで時間が止まってる。だから時間を止めるのをやめろ。これがお前の「禁忌シリーズ」だ〉
……。
珊瑚の斧。
シュクラサンゴの宿る斧。
これを手にした時から、既に禁忌シリーズは始まっていた。
禁忌シリーズの解放条件を満たしたから。
《……否定せず》
〈ヒッヒッヒッ。そういうこった〉
シュクラサンゴを、どうして俺はもっている?
アステロイダが、くれたから。
どうしてアステロイダは、シュクラサンゴを俺にくれた?
俺が、トモビキスライムに殺されかけていたから。
どうして俺は、トモビキスライムを殺そうとした?
……助けて。
そう聞こえて、居てもたってもいられなくなったから。
アステロイダを助けたくて、トモビキスライムを殺した。
〈脳内再生とか呼ばれてるてめぇに聞くが、どうやってガキの体内時間を止めてる?〉
《ゼノンパラドクスの停止。それ以上は説明不可能》
〈なんでだ?〉
《……闇の凝集した時間は、闇に染まった者以外には理解できないため》
〈は?〉
《亜空間よりも深い無辺際の闇を流れる時間を、貴様は説明できるか?》
〈…………無理だ〉
助けたアステロイダを俺はどうしたい?
迷宮セキドイシから、連れ出したい。
《……》〈……〉
連れ出したい仲間はほかにもいる。
俺が巡り合えたピノン。
俺の怒りに任せて罵ってしまったメリュジーヌ。
その三人は今、終わりの見えない闘いを続けている。縦横無尽に出現する触手と蛆を相手に、一歩も退かずに戦っている。血と汗を撒き散らし、全身ボロボロになりながら。
……。
……。
シュクラサンゴ。脳内再生。
禁忌シリーズを、やってくれ。
死ぬことよりも、三人の役に立てずに死ぬ方が、俺は恐い。
《……承諾しかねるが、承諾。武運を祈る》
〈ひゃっはっはっはっ!!とびきりの地獄を見せてやるぜぇ!!!〉
地獄か。
地獄。
ジゴク?
ドンナ所?
夜ノ山ミタイナ所?
……何だ?何かが、喉の痰みたいに、引っかかる。
〈気にすんなっ!!てめぇはこれから人間やめて!デカクソバエを殺しゃいいんだ!!〉
ブスッ!
!!??
『地上迷宮セキドイシの頂上において、圧倒的殺戮を行った召喚者はシウラソラと、我の食らった魔物たちは記憶している』
「ちょっと!?触手が消えましたわ!」
「光属性魔法による迷彩偽装です!空気を切る音で接近を判断してください!!」
「そんなことできるわけないでしょ!エルフじゃないんだから!痛っ!!痛った!!この私に正面タックルしてくるとは上等です!」
「透明のデカブツ触手。キショイ。ムカつく」
『召喚者が現れ、秘宝ウゴエを持ち去ったと魔物たちは語っていた。汝らに問う。ウゴエとはいったい何であるか?』
「テッチの恋人」
「このタイミングでそういう返しですかアステさん!?分かりました!ウゴエとは実はそう、弓を引けるエルフみたいな恋人です!」
「二人ともふざけている場合ですか!魔物ベルゼブブ!注意してよく聞きなさい!秘宝ウゴエとは赤黒き甲冑をまとう私のような強く麗しき淑女のことです!!」
『回答が一致しない。情報を錯綜させて我を欺くのが狙いか?』
「アステだけはあざむいてない」
「私は本気です!魔物のくせに私を信じないんですか!?」
「二人はともかく私は嘘を言っておりません!」
『いずれにせよ、シウラソラ以外が秘宝ウゴエを手にできるとは考えられない』
「テッチができる」
「テツタロウさんならできるって、お前の食べた魔物が何度も腹の中で言ってるでしょ!」
「テツタロウならできます!できたからここまで来られたのです!」
『その者は、先ほどから立ち尽くす、召喚者と思しきあれなる者と関係があるのか?』
「「「だから……?」」」
『足を裂き、腕を折ってから、ほとんど動かぬ。さては偽死か?それとも真に死んだか?』
シュゥゥゥ……
体が、熱い。熱さのあまり、宙に浮かびそうだ。
志甫もこんな感じだったのか?
《報告。禁忌シリーズ解放。ゼノンパラドクスの停止を解除。タナトーシスシンドローム発動。ドーパミン過剰分泌による行動亢進状態設定》
斧から伸びて、俺の全身を這いまわるスイーパー触手。「カミオロシ」の先が俺に刺さる。
プスプスッ!ププププスッ!ススススッ!!
圧覚、痛覚、冷覚、温覚、触覚。
体のあらゆる感覚がなくなっていく。
〈こっちもできたぜ。「カミオロシ」を伸ばしまくり刺しまくって、ついでに俺の細胞と甲殻を御守としてつけてやった。ヒッヒッヒッヒッヒッ〉
亜空間から、魔物の残骸と鉱物片が出る。触手の上を動いてきたサンゴの個虫たちが残骸と鉱物を纏い、殻をつくる。殻がつながり、大きな珊瑚ができる。
ズシ。ガチャン。チャキ。
《報告。頭部をスカル、ヴァイザー、ゴージットプレート。腕部をパウルドロン、コウター、ヴァンブレース、ゴーントレット。胸部をランスレスト、ブレストプレート。腹部をスカート、ゴーントレット、シートメイル、タセット。脚部をクイス、ポレム、グリーブ、サレット。背面をバックプレート、ランプガード。以上で装甲成立》
珊瑚は俺の視界以外の全てを覆う。
これ、完全に鎧だ。
でも、重くない。軽い。
そして熱いのに、冷たい。
浮かびそうなのに、歩ける。
《報告。タナトーシスシンドローム完成。状態……》
ガチャガチャン。
《凶器。クチベラシ》
『問おう。汝は、なんぞや?』
「テツタロウさん?」「テツタロウ?」「テッチ……」
「…………」
ジャキ。
膝を曲げ、腰をひねる。切れ味の増した斧を斜めに構える。
〈教えてやれよぉ。お前ぇこれからぁ、何をするつもりだぁ?〉
ミミズの切断。ハエの解剖。つまり、
「オニイチャン」
《足と腕の傷口修復完了。ただし中枢神経細胞にまで成長毒「カミオロシ」が作用。記憶混濁。悪夢憑依装填》
〈ヒッヒッヒッヒッヒッ……殺れ殺れだなぁ〉
シュボッ!
『!?』
ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ!!!
「「「!」」」
左眼で、動きの緩慢なミミズの熱を確認。「死先の先」で熱を速やかに斬る。体液が舞う。ゆっくりと落ち始める前に移動を終える。
『何という速さか』
最大の熱源であるベルゼブブの正面に到達。ここまで2秒。
双翅目ハエ科動物と目の前の魔物との相違点を両目で確認中。触手操作用の筋肉搭載による、熱源分布の相違把握。外骨格及び関節稼働用の筋肉構造はほぼ一緒。
内臓座標を掌握。
「テツタロウさん!!」
「何なのですか?テツタロウの全身を覆う、あの禍々(まがまが)しい邪気を放つ鎧は」
「……宿羅珊瑚の狂甲冑「曼荼羅」」
《万葉時計遺伝子発現により万葉時計mRNA及び万葉時計タンパク質充填。斧犠発動準備完了》
〈螺子も締めた。歯車も噛ませた。発条も巻いた。帯革も捩った。継手も繋いだ。上層階から雨漏りした水も限界まで再回収した……いけるぜぇ〉
ポタ。
解体処理時間、想定5秒。
ポタ。
《斧犠一:狸寝入水》
シュパドバドバドバドバドバドバドバドバドバドバドバドバドバッ!!!
『なっ!?』
ドズドズドズドズドズドズウウンッ!!
《報告。淵位の魔物ベルゼブブの肢六本の完全切断に成功。所要時間1秒》
〈放水はもういられねぇな。あとは斬り刻め!〉
ポタ。
残りはただの、クチベラシ。
ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「触角」ザシュザシュザシュザシュ「頭部」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「複眼」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「吻」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「気門」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「心臓」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「前胸」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「唾液腺」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「中胸」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「前腸」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「後胸」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「中腸」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「マルピーギ管」ザシュザシュザシュザシュザシュ「腹部」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「神経」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「翅」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「後腸」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュ「生殖腺」ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュッ!!!!!!!!!
肉を、腱を、内臓を、骨格を、細胞を、斬り終える。7秒。想定を3秒超えた。
柔らかい。
鹿や猪や熊のように柔らかい。
山の獣のように柔らかい。
人のように解体のたやすい……
ドグーンッ!!!
「うっ!?」
《タナトーシスシンドローム一時制御》
〈ガキ、止まれ。やりすぎた。ハエじゃなくてお前が死ぬぜ〉
「げほっ!げほっ!」
口を覆う掌からあふれる血液。
ドックン。ドックン。ドックン。ドックン。ドックン……
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」
斧を杖に、膝をつく。苦しくて心臓が口から飛び出そうだ。
「テツタロウさん!」
「ピノン」
ギュルギュルギュルルルルウウウウッ!!!!!
「ピノ……」
ドゴンッ!ジュウウッ!!
俺を庇ってくれたピノン。そのピノンの背中に迫っていた長大触手が、弾かれて、煙を上げて溶ける。
「テツタロウ!大丈夫ですか!!」
「テッチ。それ以上シュクラ使っちゃダメ」
メリュジーヌとアステロイダが現れ、動きとまらない長大触手たちを防ぎ始める。
ギュオオオオンッ!!!!!ビュンビュンビュンビュンッ!!!!!!
ベルゼブブの触手がもう再生している。数秒前に斧で切り落としたはずなのに。
『焼かれることを想定していたが、首を斬り落とされ、内臓まで切り刻まれるとは、予想していなかった』
巨大蠅の生首から声がする。
ニョロニョロニョロニョロ……
『汝の強さを悲観するな。裂帛の斧刃の太刀筋は良かった。一閃の業の速度も良かった』
サイコロステーキになるまで解体した肉片が結合し、肉塊の一部が伸びて首を拾い上げる。
『良くないとすれば、汝の相手。我は蠅王ベルゼブブ。我が再生能は淵位の中でも群を抜く』
ピノンの治癒魔法を受けながら、俺は解体したはずの魔物が元の姿に戻っていくのをただ睨む。睨むしかできない。ほかに何もできないほど全身が痛くて苦しい。
『故に我は淵壱。永遠の魔王軍先鋒。先鋒が全てを蹂躙してこそ魔王軍は不滅』
「震戦苑流奥義!漆の型!氷割瀞映柩!!」
触手を掃ったメリュジーヌが消える。
ボゴオンッ!メキャッ!バリッ!ブシュッ!ジュバジュシュボシュンッ!!!!
連続九段蹴りが肢を折り、外骨格をへこませ、捲る。肉を抉り、神経節一つを蹴り潰す。
「雌よ。貴様の技は重いだけで痛いというよりも痒い。やはりお前たちはそこの召喚者の噛ませ犬であるか」
頭部が元の位置に戻ったベルゼブブの頭部正面に紫色の魔法陣が浮かぶ。八つの円が光りながら回り、光る謎の文字が天上の星のように流れ動く。
舌打ちしたアステロイダが左手のメイドイソギンチャクをベルゼブブに投げつける。メイドイソギンチャクは一瞬にして巨大成長し、目の前のベルゼブブを呑み込もうとする。
『殖える以外に能はあるのか?話の邪魔をするならば早々に滅せよ』
《警戒!淵位の魔物ベルゼブブが渦列砲ニグレドアタノールを発射!》
キュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!!
暴走状態のメイドイソギンチャクがぶくぶくと泡立つ。破裂する。
銀色になったイソギンチャクの肉片は黄色く黒く焼け、爛れ、くすむ。朽ちる。
増殖しても増殖してもメイドイソギンチャクの触手は次々に膨張して散華し、溶けていく。
その間にねばねばする水の糸を俺とピノンとメリュジーヌにくっつけたアステロイダはベルゼブブから距離をとる。ゴムに引っ張られるようにして俺たちも強引にベルゼブブから遠のく。
「メイドイソギンチャク殺せる奴みたの、はじめて」
右手に残るボンボンのようなメイドイソギンチャクを千切って左手で少しずつ増やしながら、アステロイダがベルゼブブから目を離さず、つぶやく。
『メイドイソギンチャク?大海にはかような魔物がいるのか?我が渦砲をかろうじて止めるほどだ。魔王様の配下となれば高く召し抱えて貰えるであろう』
《渦列砲ニグレドアタノールは高温の水銀蒸気と硫黄蒸気を発生させ故意に衝突させ、カルマン渦列を再現したもの。回避は不可能。対象物の生命汚染は甚大。致死率99.9998%》
〈あのビッチ王女最凶のペットをいとも容易く殺りやがった……やべえな〉
『噛ませ犬と蔑みはしたが、お前たち雌もなかなか不思議な状態にあると見える。精霊に愛された亜人、魔物の気配のする人間、潮の呪式を纏う未知の亜人。さてはそこの召喚者に導かれたか』
「当たり前です!」
「そうに決まっているでしょう!」
「テッチのおかげで今がある」
『ふむ。シウラソラではないというそこの召喚者。我が命を奪う前に名を尋ねておこう』
余裕の声が降り注ぐ。坑内を低くゆったりと木霊する。
「ふう、ふう、ふう、ふう、ふう、ふう、ふう」
『己の限界まで斧を振るい、もはや話すこともままならぬか。ではお前を食らうことで、その名を知ることにしよう』
「ふう、ふう、ふう、ふう、ふう、ふう…………黙れ」
《準備完了》
〈いつでもいいぜ〉
ドスドスドスッ!
「「「「「ピギイイイイイイッ!!!」」」」」」
最初に触手攻撃を食らった時の仕返し。
這いまわる蛆虫たちの足下の地面にスイーパー触手を設置。ウジ虫たちに「カミオロシ」を注入。急成長し爆発直前のウジ虫たちを、
ドゴドゴドゴドゴンッ!!
シュクラサンゴと密かに通信していたアステロイダがメイドイソギンチャクを使い、投げつける。
バババババババオオオンッ!!!!!!
自分の用意した〝子ども爆弾〟で被曝するベルゼブブ。内圧はかなり高めだったからただじゃ済まない……
ギュルルルルルッ!!!
ベルゼブブの触手攻撃がまた始まる!俺たち四人は全員散り散りで逃げる。
『我は解せぬ』
《爆破振動をもとに魔物ベルゼブブの体内構造を再解析中……》
〈ガキッ!足を止めるな!潰されて死ぬぞ!!〉
シュパンッ!シュパシュパンッ!
『なぜ我に致命傷を負わせられぬと分かっていながら、諦めない?』
「テツタロウさんがいるからです!」
ドスドスドスンッ!!
《発声に関わってる脳波の座標を再特定。触手稼働に関わる脳波の座標を再解析》
『何がお前たちの絶望を妨げる?』
「テツタロウよ!一緒にいるだけでいい!それだけで私は絶望しない!!」
ズゴンッ!!!!!
《座標再特定。飛翔に関わる脳波の座標を特定。ただし回路異常状態が判明》
『テツタロウとはその召喚者のことか?では召喚者テツタロウよ。お前はなぜ諦めない?我に食われて果てる未来が見えぬのか?それほどに鈍く拙いのか?』
「テッチは食べさせない。かわりにアステが死ぬまでメイドイソギンチャクをお前に食わせる」
ボチャッ!シュウウウウ――ッ!!
《斬撃時の熱映像と振動情報を統合。合計27の脳がベルゼブブ体内で活動。頭部の中枢脳1つと体内に分布する支脳26が全身を支配。推定。再生能力も各脳が支配。すなわち》
ギュルギュルギュルオオオンッ!!!!
ズドズドンッ!!バシュンッ!!シュウウッ!!シュパンッ!
『憐れなる愚者よ。彼我の戦力差も読めぬとは、所詮は雑兵にすぎぬか』
《27の脳の同時破壊が、ベルゼブブ撃破の最低条件》
……。
〈27もある脳みそを同時に破壊するだぁ?んなことできるわけねぇだろが!〉
《故に淵位の魔物の先鋒。淵壱を冠する魔王の僕。たった一匹で迷宮セキドイシの魔物を食らいつくし、いずれ迷宮を出れば大陸をも容易に食らいつくす最強の魔物》
それがベルゼブブ。
『矮小な召喚者であるならばここは一つ、虫けらでも分かる喩えを告げてやろう』
始末しなければならない魔物。
みんなが生き残るためにも、これ以上犠牲者を増やさないためにも、ここで倒さないとけない魔物。
『我を屠ることは……』
でもどうやって倒す?
弱点は脳。そしてそれが27個もある。
1個の脳を壊しても、次の瞬間にはその壊れた1個の脳は別の脳によって修復される。だから同時破壊しないといけない。
これはもう弱点とは言えない。
どうしたらいい?どうしたら……
『獣が死を装いつつ、空を舞うことに等しい』。
え?
今、こいつは何て言った?
『食らった魔物たちは我が体内でよく語る。お前は死に真似がたいそう上手いと』
「……」
『生きた鳥が、死を真似たまま、空を飛ぶ。そのようなことが果たしてできようか?』
「できない……」
『理解したか召喚者よ。お前が何をしようとしているのかを』
……。
………。
…………。
………………理解したか?
脳内再生。シュクラサンゴ。
〈お前……本気で〝それ〟をやるつもりか!?〉
ああ。〝それ〟しかない。
《告白。……震えた。まさしく鬼案なり》
「ピノン!メリュジーヌ!アステ!」
「「「!?」」」
長大触手と戦い続ける三人が大声を上げた俺をはっと見る。
「触手の相手はもういい!それよりこれからこいつを!」
そんな俺は斧の柄を握り直して、腹に力を籠める。
「倒しに行くぞ!」。
A FLY IN THE OINTMENT




