その6
ガツンッ………ガツンッ………ガツンッ
カン。カン。カン。カン。カン。カン。
ガゴッ!ゴロゴロ。
薄暗い坑道の中、粉塵があちこちでキラキラと舞う。
「エホッ!ゴホッ!」
ガツンッ!ガツンッ!ガツンッ!ガツンッ!
カンカン!カカカンッ!カンカンカカカンッ!!カンカン!
ガゴゴッ!ゴロゴロ。
ザッザッザッザッザッザ……
つるはしを振るう音。鏨をハンマーでたたく音。岩塩が砕けて落ちる音。砕けた岩塩を背負い籠に詰め込む音。詰め込んだ重い籠を背負い、穴の出口まで延々(えんえん)と歩いて運ぶ音。
「「「「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」」」」」
つるはしを振り続ける囚人に混じり、ゆっくりと、無駄の多い動きで、能率悪く岩塩を砕く5名。
大音師蓮。佐々木涼。石原龍臣。菊池万土香。米山蘭。
いずれも召喚者。天使サンダルフォンに選ばれた召喚者たち。
そしてジェイクと名乗る召喚者指導官に選ばれた5名。
「くそ」「はぁ、はぁ、はぁ」「いつまでやるんだ、これ……」
大音師、佐々木、石原の男子3名はひたすらつるはしを振るい続ける。
「元の世界に帰りたい」「……うっさい」
鏨とハンマーで大きな岩塩の塊を砕いていく菊池と米山の女子2名。
5名ともこの日、既に六時間にわたり同じ作業を繰り返している。
パッパラパッパッ!パッパッパーッ!
刑務官である兵士が頬を大きく膨らませ、威勢よくラッパを吹く。
「午前中の作業は終わりだ!!!」
その隣にいる刑務官が大声で怒鳴る。
汗まみれ垢まみれ塩まみれの囚人たちは無言のまま作業を止める。
余分な贅肉を一切もたず、刺青と手枷だけ一般人よりも多く身に付けた囚人たちは工具をその場に置く。怒鳴った刑務官の方に体を向け、ボロボロのズボンのポケットの中をひっくり返し、マメだらけの手のひらをパーにして、両腕を上げ、抜けた歯の並ぶ口を開き、白いコケのびっしりついた舌を伸ばす。武器となり得る者を一切身に付けていないことを刑務官に示す。日々(ひび)の服従と日々の降伏を兵士に示す。召喚者5名も慌てて真似をする。
「昼食の時間だ!一列に並べ!」
囚人たちの着ている一枚きりのボロキレシャツにも異常がないことを確認した刑務官が頷き、再び怒鳴る。
囚人たちはぞろぞろと歩き出し、模範囚のいる炊き出し所へ向かう。
ゴロ。ペチャア!
茹でたジャガイモ一つと濃い味のスープの入った木製の椀を受け取り、囚人たちはどこか隅の方へ散り散りに消えていく。そこでぐったりと腰を下ろし、背を曲げ、無言のままジャガイモをかじり、スープをゆっくり、ゆっくりと、一滴残さず飲み干す。
坑内気温23℃。昼も夜も温度変化のない場所。
鉱山都市ロックスプリングのエルズミア鉱山内。
首都プリシュティアナから東北東に340キロの地点。
マルコジェノバ国内の凶悪犯罪者、政治犯罪者が集められ、収容される監獄都市。
収容されればほとんどが、残る人生全てをかけて行うことになる岩塩採掘の超重労働に、召喚者5名は強制参加させられている。
罪状は、強いて言うならば、「指導官ジェイクと巡り合ったから」。
「どうだお前ら。ここのメシの味にも慣れてきたか?」
見張りの刑務官に混じって歩くジェイクが5名の召喚者に近寄ってきて、声をかける。
「「「「「……」」」」」
一日14時間の重労働を三日ほど経験した5名は疲れ切り、もう、ジェイクをののしる気力も湧かない。
労働初日はわめいた。二日目は我慢できず殴りかかった。
しかしわめいても殴りかかってもジェイクは変わらない。5名は彼に傷一つ負わせられない。敵わない。手をひねられるか、腹にパンチを食らい、食事が喉を通らなくなる。だから三日目の今になってはもう、抵抗する気力を失っていた。
「どうした?なんか言え。ワッパども。さては塩分が足りてねぇな?動物と同じで、そこらへんの岩を舐めれば塩分補給なんざいくらでもできるぞ?」
5名の召喚者はそう言われても岩塩を見ない。見たくもない。短い昼休憩の後、延々(えんえん)と見なければならないピンク色の岩塩など見たくもない。
召喚者たちはただ、血豆が破れた両手のひらの、指の付け根の黒い赤色をぼんやり見る。もはや痛みも感じない掌を見たまま、つめたくなりつつあるジャガイモをかじり、ぬるいスープを飲む。カサカサの唇に塩味が沁みることだけは分かる。
「まだ伝えてなかったが、俺たち〝教官〟には実のところ、共通点がある」
腰のベルトに手を当てたまま、毛皮のマントと皮鎧を纏う大男は5名に語り掛ける。
「それは意地の悪さだ」
(((((まんまじゃん)))))
全く驚く様子を見せない5名。目は死んだまま、採餌行動しかとらない5名。
「ブラックスワンの鬼畜女も、ラウンヤイヌのサイコジジイも、てめぇらみてぇなガキどもには〝何か〟を与えねぇ」
何か。
与えられない〝何か〟。
大音師らは自分たちの手首を見る。
手首には鎖の束。
小さな錘のついた鎖を手首に巻き付け、囚人の枷に似せたもの。
囚人たちの中に自然と紛れ込めるよう、ジェイクが用意したもの。
(((((こいつが与えないのは、自由)))))
食事によってわずかに思考力を取り戻した5名は、顔面と首に彫られた刺青の痛みを思い出す。
刺青。
奴隷であることを示す奴隷紋。それを5名は頭部に刻まれている。
鉱山都市ロックスプリングに送り込まれた時点で大抵の囚人は、囚人であることを示す刺青を額と頬に彫られている。だが奴隷紋が既に顔面に彫られている場合は仕方なく腕に犯罪者を示す刺青が彫られる。
奴隷紋は幾種もある。顔に彫られる奴隷紋もまたバラバラになる。
奴隷紋。人生の囚人であることを示す魔法の刻印。
これは複雑な戒律ほどその本来の使命である支配効力が弱まりやすいという魔法側に従う。
つまり奴隷に課す命令が多ければ多いほど、奴隷紋は壊されやすくなる。
裏を返すと奴隷に課す命令が少なければ少ないほど、奴隷紋は破られにくい。
ジェイクが5名の召喚者に刻んだ奴隷紋は一番シンプルな命令記号。
「俺の傍にいろ」。
普通の奴隷所有者が奴隷紋を奴隷に刻む際、所有者から逃げないことに加え、奴隷紋を刻んだ主人を殺害できない効能を付与したがる。ところがこの二つ目の要求が奴隷紋の効力をかなり弱めるため、奴隷紋はほころび、そこを魔法使いなどにつけ入られる。破られて、奴隷は逃げるか、場合によっては主人たる所有者を殺す。
しかしジェイクは、主人不殺の効果を奴隷紋に付け足さない。付け足すまでもないほど剛の者は余計なことをしない。
ただ、俺の近くにいろ。
奴隷に寝首をかかれ、主人の殺されるリスクが一番高いとされる奴隷紋はそれゆえ、一番破りにくい。
要するに大音師ら5名の召喚者はただ、ジェイクの傍にいることだけを強制されている。
それにもかかわらず、大音師らは他にも多くの命令に従っている。ジェイクの強制を受け入れている。
大音師らに多くの強制を強いるのは、ジェイクの奴隷紋ではなく、ジェイク自身の圧倒的な強さと残忍さ。
天使サンダルフォンと首都で別れ五日が経ち、そのことを5名は思い知った。
両手足を紐で縛られ拘束された状態で荷馬車に荷物同然に押し込まれ、24時間で馬6頭を乗り潰しながら鉱山都市に連れてこられる。
ゲロまみれで朦朧とした意識のまま、走りつかれて倒れ込むウマを殴り殺し素手で解体する場面を見せられる。その血肉を腹がはちきれるほど無理矢理食わされる。縛られたまま足首を掴まれ、川の凍るような冷水で洗われ、低体温で瀕死になっている間に奴隷紋を顔面と首に入れられ、縄をほどかれ、かわりに特殊な鎖を腕に巻きつけられる。
仕上げとばかりに、自分たちを縛っていたその紐で作った輪に首を入れて結ばれ、馬3頭につながれ、走る馬に曳きずられながら鉱山に入れられた。
そして3日。
召喚者の首の縄の痣が黒くなり、曳き回された摩擦でできた火傷痕が膿み始め臭い出したころ、ジェイクは今までと違うことを優しく告げた。
「あそこにテントを用意した。そろそろ疲れたろう。傷の具合を見てもらえ」
「「「「「?」」」」」
「あと、水もたっぷりある」
「「「「「!」」」」」
水不足。
ブラックスワンとラウンヤイヌが塩を与えないのと違い、ジェイクは水を与えない。水がなければ人間は死亡する。塩がなければ人間は発狂する。
「喉も渇いたろう」
ジェイクが選ぶのは常に「死亡」。
「「「「「……」」」」」」
突然の厚遇に怪しむ5名。謎の震えが全身を走る。
「あ~。言い忘れたぜ。傷の手当てと水は二人分しか用意してねぇんだった」
そう言ってさらにニコリと笑ったジェイクは「じゃあな」と手を振って召喚者たちから離れていく。緊張して怯える収容所所長からビールの入った木彫りのカップを受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らして2リットルのビールを一気に豪快に飲み干す。
怪しみは消え、震えも止まり、安定した絶望が5名を呑み込む。
「ぶはぁ~!うめぇなあ!キンキンに冷えたビールは生き返るぜぇ!」
召喚者だけでなく、全ての囚人が唾を呑み込み、羨ましそうにジェイクの様子を見つめる。ジェイクについて上司から聞かされている刑務官たちだけは何も言わず、何も考えないようにしてジェイクを敢えて見ようとはせず、囚人たちの監視に努める。
「俺がテントに行く。文句ある奴はいるか」
大音師の声で、佐々木、石原、菊池、米山が我に返る。
「水もポーションもまず俺が飲む。残り一人分は、オメェら四人で勝手に決めろ」
大音師が4名を睨みながら低く言うと、のろのろと立ち上がり、「へへへ」と笑いながらテントに向かっていく。馬による曳き回しの際、佐々木と菊池を下敷きにしていた大音師はあまり火傷を負っていない。欲しいのはただ、水。のどを潤す液体。
「「「「……」」」」
とり残された召喚者4名。
「行けよ」
佐々木が菊池に向かってポツリと言う。
「え?」
「膿みが臭ぇんだよ。早く治してもらってこい」
上背のある男の大音師に下敷きにされたせいで摩擦火傷が一番重傷かつ膿の深刻な佐々木が枯れかけた声で強く言うと、石原も米山も黙る。自分をギリギリでかばい、あえて一番下でずっと引きずられていた佐々木のことを知る菊池が泣きだす。同性の米山が「時間ないから早く行きな」と目を潤ませて促す。
「みんな、ごめんね。これ残り、食べていいから」
菊池は食べかけの食事を3名に譲ると、残る力を振り絞って立ち上がり、テントの方へと歩いていく。
「言っとくけど、オメェの方がクセェから」
石原がジャガイモを手で3分割しながら苦笑してつぶやく。
「うっせぇ。ワキガよりはマシだ」
膿に集ろうとするハエを面倒くさそうに追っ払いながら佐々木が言葉を返す。
「ハートスキルでしかも水属性の魔法使いって言われたのに、水一滴出せないなんて」
自身の弱さを嘆きながら、菊池の残したスープを佐々木に差し出す米山。
「ほんと、マジでだっせぇな」
石原が3等分したジャガイモの1つを菊池の残したスープに入れる。
「ま、ワキガよりはマシだけど」
思い直し、傷口を手で抑える佐々木の口元にスープの椀を運ぶ米山。
「調子に乗んなよ。トベラビッチ」
そう返して、ジャガイモの欠片1つを自分の口に放り込み、残り1つを米山の空椀に置く石原。
「もいっかい言ったら殺す」
ゴクゴクゴク……モグモグモグ。ゴクン。
「ふう……ワキガにトベラにウミ。笑うしかねぇな」
米山が口に運んでくれたスープとジャガイモを一気に喉に流し込んだ佐々木が、ため息まじりにまとめた。
「んんんっ!!」「いや!いやあああ!!!」
「「「?」」」
召喚者3名はテントの異変に気付く。
囚人たちは別段驚く様子もなく、食べ終わったスープの椀を配膳係の模範囚の所へ戻す。
テントの異変。
模範囚も気に留めない。刑務官も気に留めない。ジェイクも気に留めない。
召喚者3名のほか誰も気にせず、普段通りにふるまう。テントから何かが聞こえようと、動こうと、囚人は休憩時間ギリギリまで寝そべり、刑務官は歩いたり立ち止まったりしながら周囲を監視し、ジェイクは刑務所長用の椅子に腰かけたまま所長と談笑し、ビールを飲む。
静かな動乱が止む。声にならない悲鳴が止む。
テントから、汗だくの囚人が8人も出てくる。誰も気に留めない。
けれど8人の男が2名の召喚者を引きずり出した時、少なくとも囚人たちの一部は驚いた。
「「………」」
大音師も菊池も白眼を剥いて気絶している。二人とも全身を殴られ、痣だらけになり、口に布を突っ込まれ、肛門や膣は白い体液にまみれ、裂けて出血している。
「グヘェッ!……いい顔してるじゃねぇか」
大きなゲップをし、玩具にされた二人を見て豪快に笑うジェイク。
昼食時のテント内の騒動は日常茶飯事。素行が荒すぎて手に負えない凶悪犯を鎮静化するために、新人を選び性処理にあてる儀式。刑務官に逆らえば新人であろうとなかろうとテント内の生贄にされることを囚人たちに見せしめる儀式。
しかしテントの中で壊されたおもちゃがすぐにテントから引きずり出されることは、普段ない。
とくに女は一度もない。
汚された召喚者2名、とくに少女の方を見てわずかなオスの感情が蘇り、さらに離れた闇に消えてうずくまり、汚れた手指を使いモゾモゾと孤独な欲望を吐き出す〝活きた〟囚人たち。
一方でそれすらもせず、胴震いも小さなうめき声も上げず、ただ疲れ果ててその場でいびきをかいて居眠る〝枯れた〟囚人たち。
「「「「「「「……」」」」」」」
そして、本来なら囚人たちの余計な行為を許さない刑務官たちも、ただ黙って一部始終を見守っている。
刑務官たちに性欲の想起はない。あるのはただ恐怖。
混沌の果てに暴動か、それよりも恐ろしいことが起きるのではないかという予感と不安。
「がっはっはっはっ!実に愉快!!」
囚人と刑務官。
彼らにとっていつもと異なる光景を生み出した原点。
それは召喚者指導官ジェイクの存在。
知らずに少しずつ怯えだす囚人。知っているゆえに怯える刑務官。
「果たした顔!果たせぬ顔!果てた顔!果たしたい顔!」
かつて盗賊王と呼ばれた怪物。ジェイク・バルバロッサ。
征服した町の男たち全員を縛り首にして吊るし、子どもたちと老人を生きたまま地面に仰向けに並べて絨毯をその上に敷き、絨毯の上で酒盛りをしつつ、子どもたちと老人が踏みつけられて圧死していく苦しみの声を聞きながら部下たちに町の女を抱かせた男。
「どれもこれも実に愉快!!」
大笑いした後、ジェイクは椅子の傍に置いてあった2本のハイパーポーションを手にとり、立ち上がる。座っている召喚者3名の所へゆったりと近づいてくる。
「これはあの二人の分だ。お前らも疲れた時はテントに入れ」
コト。
佐々木と石原と米山の前に立ったジェイクは、回復薬2本を彼らの前に置く。
ジョボボボボボボボボボボボボボボボボボボ……
けれど3名とも、顔面も頭も真っ白になってしまい、動けない。視線は大音師と菊池を見つめたまま。
「気が休まるかどうかは知らねぇが、ポーションと〝水〟は間違いなくくれてやる」
レイプされ続け気を失った二人の男女の顔に立小便する囚人8人に目を奪われたまま、召喚者3名はしばらく動けなかった。
その6.プロペラジェノサイド「常闘苦」
ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。
「男子!おねがい来て!」
「「「はい!」」」
シャベルを動かす手を止めた汗まみれの和布浪が、背負い籠と土砂を指さして叫ぶ。掘削装置を造っていた汗まみれの男子3名のうち出口が仕事を止め、和布浪たちの元へ走る。大量の瓦礫の中から比較的小さい石を急いで選別する。背負い籠に入れる。そして背負い、簡易タープテントの下で黙々(もくもく)と作業する庄子の元へと運んでいく。
大音師ら5名が岩塩鉱山の中、召喚者指導官ジェイクのもとで工具の振り方と生きのびる辛さを学んでいる頃、
ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。
和布浪芽衣ら召喚者10名は召喚者指導官ブラックスワンとともに、辺境の廃村にいた。
ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。
廃村の壊れた井戸。
わざと使用できるままにし、毒を投げ込んで死者を増やそうとする兵士や盗賊とは異なる破壊方法。
つまりただの瓦礫の山にすること。とはいえ水源を求めて群がる人間をおびき寄せる罠として、毒を用いず残しておくこと。
すなわち人を餌にする魔物のしわざによるもの。
ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。
その瓦礫の撤去作業を早朝から和布浪ら10名は行っている。
「メイちゃん!ゴメンちょっと」
「どうしたの?」
望月に声をかけられた和布浪がシャベルの手を止める。
「おしっこ!」
「分かった!」
「足下悪いから気を付けて降りて」「うん。大丈夫!」
シャベルを振り続ける緒方に返事して、シャベルを手にしたまま「すみれ」と彫られた金盥を拾い上げて小岩の陰に隠れる望月。しゃがみ込むが、頭全部は隠れていない。
「おめさ何を手止めてる!さてはスケベだな!」「違うって!手!止めてないから」「それより亀崎。こっちの紐しばってくれよ」「あいよ!任せっぺ!おめもスケベなこと考えてっぺ?」「考えてないってば!」
召喚者の男子三人はなるべく顔をあげず、音も聞かないように声を上げつつ、必死に掘削装置を造り続ける。
ジョボボボボボ……
「ふう」
金盥の中に小用を足した緒方が盥を慎重に持ってチャポチャポ言わせながら急いで戻る。盥の中には透明に近い色の尿。名前入りの9個の金盥が並べられている所へ緒方は尿の入った盥をそっと置き、シャベルを振るう女子3名の現場へ戻る。10個の盥はどれもこれも尿が貯められ、昇りつつある強い陽光を反射して水面を光らせている。
「暑っつ」
シャベルで石をのけ続ける後藤田がヘルメット代わりのケトルハットを脱ぐ。三日前までショートボブだった少女は現在3ミリの坊主頭。その頭と首に浮いた汗を指にしっかりとり、全てを舐め尽くす後藤田。
「仕方ないよ。とにかく今日中に井戸を復活させないと脱水症状でまたヤバいことになる」
望月の言葉に緒方も首を縦に振る。
「そだね。がんばろ!男子!そっちはどう?」
「オッケー!」「なんとかなるべ!」「あと少しで終わるよ」
シャベルの刃先で木材を切ったり紐で縛って組み立てたりしている男子3名は、瓦礫撤去組女子たちに答える。
「了解!そろそろ石たまったから運んで!」
努めて明るい和布浪の声がまた廃村に響く。
「わかった!」
今度は男子の中で一番大柄な新井がシャベルを手にドスドスと瓦礫除去組女子の所へ走り、背負い籠に小さな石だけを拾い集めて背負い、またドスドスと走っていく。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ。お、おつかれさま!」
「ん~?ああ、おつかれ~」
即席のタープテントの下で、黙々と作業していた庄子がニコリと笑う。目の下の隈は深い。疲労度は深刻。
ジャラジャラジャラジャラジャラ!
「じゃあ、後は頼みます!」
「オッケー。いってらっしゃーい」
手をひらひらさせた後、庄子は再び作業に没頭する。三日前までロングストレートだったこの少女も現在、3ミリの坊主頭。そして彼女の髪は今、彼女の目の前で長く伸ばした状態で置かれている。
キュッ。
庄子は選んだ小石を髪の両端に置き、髪の数本を指にとり、髪を撚り、その先端を小石と結ぶ。もうじき訪れる昼の災厄への備えを続ける。
「手伝おうか?」
同じく3ミリの坊主頭にした高須が心配そうに声をかける。
「私は大丈夫。それよりチヒロちゃんの看病を続けて」
「分かった。無理しないでね」
「うん。水、全部使ってもいいから」
「え?」
「日が暮れるまでにはメイちゃんたちがきっと井戸を使えるようにしてくれるよ。だからレイカちゃんはチヒロちゃんに残りの真水、全部使っちゃって」
「……うん」
稀有なダイヤスキル、つまり錬金魔法の使用過多で疲労困憊し横たわる成島の看病を続ける高須は、木樽の中にわずかに残る真水を手ぬぐいに湿らせる。それをそっと成島の口元へもっていく。成島の乾いた喉は意識を失ってもなお、水を求めて動く。
「………」
それら召喚者10名の一挙手一投足を、魔物によって崩されたけれど見晴らしのいい見張り台の上に独り座り、観察する黒い全身甲冑の剣士。
見張り台に腰を下ろすと同時に黒兜の後ろから艶のあるサラサラの黒髪が植物の蔓のように伸びに伸び、織物のように規則正しく絡み合い、強い日差しを防ぐ簾のような構造物になる。黒甲冑の日除けが完成する。
黒甲冑。
召喚者指導官ブラックスワン。
別の指導官ジェイクは、ブラックスワンが生徒である召喚者から塩を取り上げると予想していたが、外れた。
教官ブラックスワンは塩だけでなく水までも召喚者からとりあげる。
騎士王ブラックスワン。
ジェイクの想像以上に厳しい教官がブラックスワン。
ジェイクの場合は、最悪の形とはいえ水も塩も定期的に、そして気分次第で召喚者たちによこすが、ブラックスワンの場合は条件を満たさなければどちらも、たとえ相手が死んでも与えない。
つまり条件を満たさぬ召喚者たちに待ち受けるのは「発狂」と「死亡」。
そんなブラックスワンの用意した舞台は、マルコジェノバ国の廃村アルマクレア。
首都プリシュティアナから276キロ南西の地点。
――魔物によって荒廃したアルマクレア村の復興。
それがブラックスワンの選んだギルドクエスト。
クエストランクはD♯(しゃーぷ)。
ランクこそ高くないが、誰も受けたがらず、何年も焦げ付いたまま放置されている厄介クエスト。しかしマルコジェノバ国政府からの依頼クエストでもある。
それゆえに成功報酬はSランククエストと同額まで積まれている。
Sランク報酬のDランククエスト。究極の〝訳あり〟クエスト。
訳ありの理由。
アルマクレア村が、さらに南にある砂漠のオアシス都市ウルビーノコナと首都プリシュティアナとの中継地点にあること。
また、アルマクレア村の周囲の山々からは貴重な青い顔料がとれること。
そのような理由もあって、村の復興は政府や民の望むことであったが、顔料が取れる山々には複数種の魔物が多数すみつき、また復興までにかかる時間を読もうとする者も読める者もいないため、永らくアルマクレア村復興クエストは訳あり物件として放置され続けた。
鬼軍曹たるブラックスワンはこの復興クエストを召喚者の訓練メニューとして選んだ。
難易度は、ジェイクによって囚人のいる鉱山に放り込まれた召喚者5名たちと大差はない。
要するに、人間の尊厳など欠片も用意されていない地獄。
「目的地に着いてからは常にこれをつけろ」
天使サンダルフォンと別れ、首都プリシュティアナを出立する直前に、ブラックスワンは武器防具屋に10名を連れて足を運び、10名全員に木綿の手ぬぐい、ケトルハット、胸当て、ナイフ、小手一つを買い与えた。
ケトルハットは鍔付き帽で、脳を直射日光と打撃攻撃から守る鋼鉄製。胸当ては心肺を守る銅製、ナイフは武器向きというよりは調理用もしくは護身用の合金製。小手は利き腕だけを守る銅製。
「今から貴様らに渡すものは、私の部下であることの証だ。捨てたり売ったりした奴はエースだろうとなんだろうと斬殺する」
そして道具屋で、特注の潰頭石を刃先に使うシャベルを購入した。柄は硬木であるイスノキ製だが尖る刃先のフロレンタイトはダイヤモンドに匹敵する硬度をもつ。故に滅多なことでは壊れない。ナイフと同じくらい汎用性があり、しかもナイフ以上に壊れにくい道具。それがブラックスワンの与えたシャベルだった。
「最後にこれだ」
1本につき家1軒が買えるほど高価な特殊シャベルを10本購入して召喚者に与えた後、ブラックスワンは水汲み用の新しい木桶を1つだけ道具屋から無償提供され、それを和布浪にポンと渡した。
「これは、何に使用するのですか?」
「もし桶と刃物以外何も持たず、四日もの間海の上で漂流したら、お前たちはどうする?」
手荷物にならないようとりあえず装備を全身に身に付け、シャベルをもって突っ立つ10名にブラックスワンはこう問い返した。
「さっさと馬車に乗れ。許可があるまで降りることを認めない」
キョトンとしたままの召喚者たちをブラックスワンは大きめの特殊荷馬車に押し込む。
特殊荷馬車。
厳つい鋼鉄製の貴重品輸送車両ホワイトマリア。
政府が民間業者に払い下げた中古品だが、よほど大規模の盗賊団か、何も気にしない魔物以外はまず近づこうとしない特殊車両。現金や宝石、有価証券の輸送以外に、重要人物の移送にも使用されている。
ブラックスワンと召喚者について政府関係者やギルドや上司から話を聴かされている馭者はブラックスワンたちに慇懃にあいさつをした後、召喚者たちを車両に押し込め、中からも外からも自分以外に開けられないよう施錠した。
「では出発する」
そして召喚者らは4日間、貴重品輸送車両の中に完全に閉じ込められて、タラタラとアルマクレアへと連れて行かれた。
和布浪芽衣。望月かりん。緒方すみれ。成島千尋。高須麗華。庄子結奈。後藤田美桜。出口秀明。亀崎雅也。新井幹人。
女子7名。男子3名。
彼らは糞便を捨てる穴以外開いていない荷馬車の闇中で思い知る。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
〝ここ〟では、男も女も関係ない。
関係があるのは、同じ人であり、生物であること。
「ふう、ふう、ふう……」
生物は、水がなければ死ぬ。
「はぁ………はぁ………はぁ………」
水は呼気とともに、汗とともに、常に体から出ていく。
さらに、体から水分が抜ける一番の要因は排尿。
水がない。水がなければ死ぬ。
しかも塩もない。塩がなければ狂う。
成分のほとんどが水であり、しかも適度な塩分まで含んでいる液体。
それは血液と尿。
渡されているのは桶が1つ。そして人数分のナイフ。
――もし桶と刃物以外何も持たず、四日もの間海の上で漂流したら、お前たちはどうする?
「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」」」
誰かを殺してその血液を桶に溜めるか。
誰も殺さず、全員で桶に尿を溜めるか。
チョロチョロチョロ……
「メイちゃん!?」「ちょっと!」「あっ」「お、俺は見てないぞ!」
「誰かを死なせるくらいなら、私はこんなの全然、恥ずかしいとも思わない」
「……次、私がやる。ちょうどおしっこしたかったし」「私も」「膀胱破裂寸前だったから助かるわ」
木桶に溜める液体。
召喚者10名は〝それ〟に血液を選ばず、尿を選択した。
「意外に臭いなくてびっくり」「待って。かすかに甘い味がする」
「え?それってもしかして……糖尿?」「あの……なんでみんな、ボクを見るんですか?」「オメ、そりゃ自分のナリさ見りゃわかるべ」「……」「あの大丈夫だから新井君!まだ決まったわけじゃないし、それにほら、私とかユイナちゃんは水の魔法とか使えるようになるらしいから」「おめさの小便、味を薄めてくれるって言ってるべ」「そうじゃないって!アタシとすみれちゃんが治癒魔法使えるようになったら治療するから心配しないでって言ってるの!」「えがったな。これで糖尿病でも長生きできるべ」「だから亀崎!」「余計な事ばっかり言わないで!」「あぁゴメン。俺、昔っからみんなさ一言多いって言われで。ミキト、ごみんな」「いいよ。亀崎君の口の悪さと多さは今日に始まったことじゃないし。友達だから気にしてないよ」「そっか。じゃあおめさのこと、これからはヌリカベデブじゃなくてヌリカベ糖尿デブと呼ぶっぺ」「「「「「「「「バカ!」」」」」」」」
《報告。使用済みの魔道具エンジェルダストの残滓入り体液を再吸引したことにより、体力回復機能にバグが発生。体力回復速度が上昇》
目的地であるアルマクレアに到着し、ようやく荷馬車から解放された時には、もう召喚者10名はただのクラスメイトではなかった。
同胞。
生きるも死ぬも一緒の友。
殺し合わず、互いに溜め合った桶の尿を呑み合うほか生き延びる手段のなかった10名はここで完全に団結した。
共に生きると決めた彼らは、護送車両の扉をようやく馭者によって開かれ、馬車から下ろされ、大樽2杯分の真水と塩漬けの干し肉1キログラムを分け与えられる。
こうして役目を終えた馭者は護送車両と馬を連れて、首都へとゆるゆる去っていく。
真水を飲めるだけ飲み、口の中をよだれ一杯にして干し肉を噛みしゃぶりながら、10名は黙々とそれを見送る。戻れない過去を見送る。
馭者の姿が見えなくなる頃、10名はD♯クエストの内容をブラックスワンから教えられた。
「準備運動を済ませたら、速やかに井戸を直せ。石を除けて掘削すれば水はまだ出るはずだ」
そして和布浪、望月、緒方、後藤田の女子4名が、破壊された井戸に向かわされる。
「昼過ぎに〝賑やかな〟魔物が現れる。強くはないが、獲物が倒れるとそこへ群がり犯すタイプの〝優しい〟魔物だ。魔物の幼虫に生きたまま肉を食われたくないならその長い髪を切れ。当面の武器をつくる」
髪の長い成島と高須、庄司は一瞬ためらったが、小石を入れた背負い籠を背負って3名の元へ来た後藤田が事情を知り、長くもないショートヘアを自分からバッサリとナイフで切って坊主になってみせた。それで腹を括った成島、高須、庄司3名は長い髪を全て切り落とした。
庄子と高須が昼の魔物対策の武器を作る一方で、唯一ダイヤスキルをもつ成島は、開花したばかりのその錬金魔法を使い、掘削装置の要である滑車と鉄管をブラックスワンの指示に従い製造する。
男子3名は鉄管と滑車を支えるための木材とロープを町の廃屋からかき集め、やはりブラックスワンの指示に従い急ぎ組み立てる。決して不器用ではないが、作業に慣れていない3名は戸惑いながらも組み立て続ける。
「女たちは瓦礫をちまちま除くのに必死だ。小石くらいお前たちが拾いに行け」
ブラックスワンの命令により、一定の時が経ち瓦礫除去組の和布浪たちに呼ばれては、装置の組み立てを行う男子1名が急いで向かい、小石を選別して背負い籠に入れ、それを高須と庄司の元へと運ぶ流れになった。
滑車と鉄管の製造を終了した時点で既に体内の魔力を使い過ぎて意識がもうろうとしていた成島だったが、皆が少しでも恥ずかしい思いをしないようにと、最後の力を振り絞って10名全員分の金盥を作り、倒れるようにして気を失った。高須と庄司が仰天して、高須が成島の看病に移る。庄子が二人分の仕事をワンオペでこなす。ブラックスワンが高みの見物に入る。
そして、今に至る。
カンカンカンカンカン!
「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」」」
倒れている成島以外の召喚者9名が音の方へはっと顔を向ける。地面に転がっていたのを改めて吊るした警鐘用の銅鐸を魔物の骨で適当に叩いて鳴らすブラックスワン。そのブラックスワンが銅鐸を叩き終え、魔物の骨で指し示す方向……。
ブブブブブブブブブ……
《報告。低位の魔物ゴリムヤンマが集団で接近中。早期の殲滅を推奨。さもないと毒の霧ゴゾウフランを散布し、召喚者を麻痺状態にして産卵苗床にする可能性あり》
脳内に響く天の声の説明を聞いて鳥肌を立たせる召喚者9名。
ブブブブブブブブブ……
「また何もせずに死ぬのか!?早く動け!早く殺れ!」
ブラックスワンに怒鳴られ、我に返る9名。庄子のもとに駆け集まる7名。高須だけは成島を守るために魔物を睨んだままシャベルを握りしめる。
残るは、庄司が必死に作り続けた「ブリ」を手にする。
ブリ。
撚った髪の両端に石をつけた道具の中央を指で掴み、空中に放り投げる。糸のせいで不規則な回転運動をする小石を小動物と勘違いした魔物ゴリムヤンマが近づいてきて、髪の毛に引っかかって絡まり、次々に墜落する。
ドグシュッ!!
そこをシャベルの刃で突き殺す召喚者たち。
ドグシュッ!!
シャベルの刃は正確にゴリムヤンマの頭部と胸部の細い接続部分に刺さり、千切る。何百回も振るったシャベルの動きにミスはほとんどない。
問題は「ブリ」の残存数。
捕獲兵器ブリは、無限ではない。
使用したブリを回収しなければならない。回収組と、その回収組を守る護衛組。
手先の器用な男子3名出口、亀崎、新井と女子の庄子が回収する。和布浪と望月、緒方、後藤田の女子4名が襲いかかるゴリムヤンマをシャベルで撃退し、回収組4名を護衛する。体長60センチのトンボのような姿の魔物たちはあらゆる角度から高速で攻め込む。胸当てがひしゃげる。ケトルハットが折れ曲がる。小手がへこむ。
「うおおおおおおおおっ!!!!」
それでも怯まない護衛女子4名。そして回収組4名が回収し、直したブリを再び天空へ放る。絡まり落ちるゴリムヤンマ。回収組はブリに絡まったゴリムヤンマを殺した後にブリを回収しなければならない。そして護衛組はゴリムヤンマを殺しつつ、常に回収組を護衛し続けなければならない。
午前中からの疲労の蓄積。水分と塩分の不足。体力の消耗。
「二百匹程度のゴリムヤンマの襲撃でこの程度とは情けない」
倒れる成島を守るために一人で四匹の魔物と奮戦している高須がゴリムヤンマに集られていよいよ産卵されそうになった際、ブラックスワンが左手をゆらりと一度だけ振る。
ズゥーンッ!!
「「「「「「「「「「!!」」」」」」」」」」」
目を覚ました成島も含め、召喚者10名全員が気づく。
体がものすごく重たくなったことに。
ジジジ……ジジジ……
魔物ゴリムヤンマも地上に墜落し、地面を這うのがやっと。
「早く始末しろ」
人間が気絶せずに耐えられる限界の重力である5Gにさらされた10名は這いつくばりながら移動し、ナイフでゴリムヤンマの首を斬り落とそうとする。しかし経験したことのない高重力の前で、結局全員気絶してしまう。
(邪道だがエースを強制的に創るか。それともあの怪物王二人のようにエース誕生をそもそも期待せず、端からジョーカーを狙うか)
5Gの重力下でも平気で歩くブラックスワン。その腰から魔剣オートクレールが引き抜かれる。
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュンッ!
空気を切った曲刀が柄に収まると同時に、無数のゴリムヤンマの首がボロボロと落ちて転がる。
ズゥゥ…………フ。
重力魔法を解くブラックスワン。
「うぅ……!?」
ガン!
最初に目を覚ました和布浪の顔面に、蹴飛ばされたゴリムヤンマの頭部がぶつかる。
「あうっ!」
「起きたのならさっさと食事の支度をしろ」
魔物の頭部を蹴飛ばした張本人の命令が冷たく響く。
「……はい」
魔物パンダグモを使った試験と同様、結局また殺されかけ、また助けられたことを知った和布浪は唇を噛みながら9名を急いで起こす。9名は意識を取り戻し、互いの無事を確認するも、歩きながら無言でゴリムヤンマの頭部を蹴飛ばしてくるブラックスワンの嫌がらせに怯え、急いで食事の準備を始めた。
ズゴッ!……ズゴッ!……ズゴッ!……ズゴッ!
同日、午後。
ゴリムヤンマの可食部位を取り出して焼いて食べ、煮沸した尿を飲んだ10名は、井戸のがれき撤去を終え、組み上げた掘削装置による井戸の掘削作業に本格的に取り掛かる。
ズゴッ!……ズゴッ!……ズゴッ!……ズゴッ!
ロープを引っ張っては離すを繰り返す召喚者8名と、鉄管が壊れず正確に撃ち込まれているかを確認する成島。その両者の間に入り、掛け声をかけ続ける和布浪。
ズゴッ!
ブシュッ!トクトクトクトクトクトク……
「出た!出たよみんな!出た!!!」
錬金スキル持ちの成島が井戸の底を覗き込みながら目いっぱい叫ぶ。歓声に沸く8名は互いに抱き合って喜ぶ。
「チイちゃん。ありがと」
「メイちゃんこそ、ありがと」
成島と和布浪もまた抱き合って喜ぶ。
日暮れ間際、召喚者10名は人生で一番美味い水をたらふく飲み、ついでに全身の汗と垢を洗い流した。水を湛える井戸の周りで十代の若者たちは何も隠さず、ただ水を全身全霊で浴び、喜びを爆発させた。
(リーダーの女がスペードスキルで、男三人もスペードスキル……)
兜をずらし、自分で起こした焚火で温めた白湯を喉に流し込みながら、ブラックスワンは思案を巡らせていた。
「水は湧いた。明日から田畑を耕す。なぜなら魔物と動物を同時におびき寄せるためだ」
身を清め、元気を取り戻した召喚者10名の前でブラックスワンは今後の指示を出す。
「だが案ずるな。魔物は何もしなくてもやってくる。そこに人間がいる限り」
闇の中。遠くで光る眼に気づく召喚者たち。
《報告。低位の魔物ハミズザルが出現。寝込みを襲い異種間繁殖を試みる種。種付けされないよう注意》
天の声を聞き、一瞬背筋が凍り付く女子7名。
「安心しろ。火を絶やさなければアイツらはこちらへ来ない。奴らは火が苦手だ」
ブラックスワンが天の声に代わり忠告する。
フッ。
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」
火が一瞬で消える。
「昼間の失点を取り戻せ。さもなくば」
火を消したブラックスワンが声だけ残して消える。10名の心のよりどころが一瞬にして消える。
「魔物に孕まれて終え」
ブラックスワンの声が闇の中から響く。その闇の中をキャッキャと楽しそうに駆けて来る魔物たち。
《魔物ハミズザルが急速接近中。警戒せよ》
「くっそおおおおおっ!!!!」
後藤田が闇に叫ぶ。
ボオオオオオオオッ!!!
同時に後藤田のシャベルの刃に炎が灯る。
「「ミオちゃん!?」」「みお!」「いきなり!え!?」「すごい!」「ミオちゃん火の魔法が使えるようになったんだ!!」「すげぇ」「びっくりしたべ」「めちゃくちゃ明るい……」
《報告。ジャックスキル所持者が火属性魔法ラインオブファイアを新たに習得。所有武器に火属性効果を付与》
「魔物に食べられるとか犯されるとか、絶対いや!全部倒してやる!!」
後藤田の怒声で正気を取り戻す9名。
ジュシッ!! ビュウウウウ……。
全身に血管を浮かせ、大地を剥がし、トコロテンを押し出すような注射器型ふいごを錬成してみせる成島。
「出口君。亀崎君。新井君。三人は一緒に行動して燃える物をどんどん集めて」
和布浪が指示を出す。
「「「了解!!」」」
「かりん、すみれ、れいか、ゆいな。アイツらはみおの火を消そうと狙ってくる。絶対に守るよ!」
「「「「「うん!」」」」」
和布浪がシャベルを構える。
「来い魔物ども!!私たちの炎は絶対に消させない!!!」
シャベルを手に召喚者10名は気合いを入れ直し、長い夜間戦闘へと突入していった。
「やめろお前ら!」
驚愕のあまりスープが気管に入りそうになってむせた佐々木が必死になって叫ぶ。
「もう黙ってろ。お前が苦しんで弱ってく姿をこっちは見たくねぇんだ」
早々に食事を終え、ボクシングの真似事をしながら笑う石原が答える。
「だからって!あのテントには行くな!」
「たいしたことないよ。輪姦とか、アダルトコンテンツでよくあるやつじゃん。ハイパーポーションで股は前も後ろも元通りに治るし、ネットで配信されないだけマシじゃん」
手を組み指をパキパキ鳴らす米山。
「馬鹿かお前ら!?頭がおかしくなっちまった大音師と菊池を見てまだそんなこと言えんのかよ!!」
つるはしを振る動きに、鏨とハンマーを討つ動きに、無駄がなくなった男女二人。
一日の労働が終わって就寝を許されても床に入らず、それぞれどこかへと消えていく男女二人。
「気にすんな。最初から何されるか分かってるんだ。自分からこの口に誘って、汚ねぇの突っ込んできたらガチンッて噛みちぎってやるよ」
自分の尻をパンパン叩きながら余裕をかます石原はけれど、震えている。
「それな。血まみれフェラ。あ、でも口に布突っ込まれてたじゃん」
「あれは舌噛み切って自殺したり叫ぶのを防ぐためだろ。「しゃぶさせてください」ってお願いすれば噛み切れるぜ」
「そっか。じゃあチンポ一本食いちぎってくっか」
自分の頬をバチバチ叩いて気合いを入れる米山、けれどやはり、震えている。
「馬鹿よせ!俺のことはいい!蛆まみれで俺が死ぬのは構わないから二人ともやめろ!」
「ケツの穴にも歯があれば良かったのにな」「キッショイけどほんとそれ。まぁでもここ毎日指入れて穴を広げる練習はしたから、ちっとは耐えられる気がする」「痔になるのはいやだから実は俺もした」「「イエ~。ファックミー(畜生)」」
拳を軽くぶつけあう石原と米山。
「マジで俺の話を聞けよ!!」
「それよりもっと面白い話があるぜぇ」。
「「「!!!」」」
大男ジェイクが気配なく突如、召喚者3名の背後に立つ。
鉱山都市ロックスプリング。エルズミア鉱山。
大音師ら召喚者5名が働き出して10日目。
「なん、ですか?」
「おめぇの肉、すげぇ腐ってんなぁ。それじゃあ明日には毒が全身に回って敗血症で死ぬぜ」
腐った肉へハエに卵を産み付けられ、蛆が湧いて蠢いている佐々木に声をかけるジェイク。
「とりあえず臭いのはたまらねぇなぁ」
ジェイクは腰の小物袋を漁る。左手に握った黒い粉の瓶のふたをあけ、佐々木の蛆の湧いた肉に粉を振りかける。
「仕方ねぇ。サービスだ」
「なんすかこれ」
「これか?これは俺の大好きな魔法の粉だ」
チャンッ!
カラ瓶に蓋をすると、ジェイクは右手の親指と中指をぶつけて火花を粉へ飛ばす。
ゴオオオオオオ!
「火薬ってやつだ」
佐々木の傷口が一瞬で燃える。蛆が焼け焦げて爆ぜ、止まる。
「うあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
焼灼消毒の激痛によって気絶した佐々木。
呆気に取られている石原と米山の肩をボンと叩くジェイク。
「なあ、〝こんなの〟よりも面白いもんがあるぜ」
「「……」」
「そりゃあ、あれだ」
ジェイクの顔を向けた先へ、二人も顔を向ける。
テントの外に連れ出され、またも精液にまみれている菊池を見る。石原と米山にとって、眼をそむけたくなる光景。自分たちがこれから肩代わりをしようとする恐怖。
「ジョーカーになる奴は、いつだって何かが狂ってる。奴らはキチガイピエロだ。怖いものなしの道化が多少強ぇのも仕方がねぇ」
(菊池も大音師も、レイプされてから毎日、自分から昼のテントに通うようになった……まさか夜もどこかで?)
「だがジョーカーが悪い奴とは限らねぇ。ここが大事なところだ」
(二人とも頭のネジが吹っ飛んだの?おかしくなったの?何を考えてるの?)
一週間近く見せられている、惨劇のサイクル。ラストに膣や肛門を破壊され、それでもポーションも尿も、全て自分のために使ってはまた、テントに戻る召喚者の少年と少女、大音師蓮と菊池万土香。
「ジョーカーを殺せる奴ってのはよぉ」
ジョボボボ……
レイプが終わり、男たちによる恒例の放尿プレイが始まる。
バジョッ!!!
「!?」
逸物を軽く握って放尿していた囚人男一人が睾丸と指を砕き潰され、その場で前のめりに崩れる。隣で何が起きたのか分からないまま、とりあえず逸物をしまおうと慌てて前屈みになった男たちの頭部が次々に下から上に、右から左に、左から右に、上から下に素早く動く。血液と共に脳みそや眼球や歯がそこら中に飛び散る。
「ザーメン毎日出し過ぎて~今日は薄いんじゃな~い?」
「「……」」
腕に巻いた鎖をほどき、ぶん回す菊池。鎖の先の錘が正確に眼球に衝突して眼球を破裂させ、そのまま囚人の頭蓋に侵入して脳を潰して後頭部を貫通する。錘の眼球への衝突から頭蓋の貫通まで0.54秒。
潰頭石製暗器「分銅鎖」の使用法を一週間足らずで極めた召喚者がすっと立ち上がり、四人の屈強な囚人たちを次々に殺害していく。
《報告。ハートスキル所持者の武器レベルと柔軟性が大幅アップ》
ファサ……
テントからもう一人の召喚者が現れる。
「おい!ジェイクのオッサン。中にいる肉は食っていいのか?」
手首の鎖に隠していたナイフのように鋭い岩塩片を握るその人物は、湯気を上げる全身は血まみれで、体の体表近くの血管が異常なほど浮き上がっている。
「心臓以外は寄生虫がついているが、好きにしろ!出来立てホヤホヤのレアステーキだと思って存分に食らえ!」
「そりゃありがてぇ。腹が減ってんだぁ」
不気味な笑い声を上げながらテントに戻っていく大音師。すぐにクチャクチャという荒々(あらあら)しい咀嚼音がテントから聞こえ始める。
ドシャドシャドシャドシャドシャドシャッ!!!!
その外では裸の菊池が「たのしぃ~」と笑いながら執拗なまでに囚人を破壊し続ける。体全体を鞭のように撓らせながら舞うように振るう分銅鎖は死体を切断し、地面すら削る。
昼食休憩中の囚人も監視の刑務官も血の気を引かせてたままただ見ているしかない。
本来なら〝囚人の喧嘩〟に便乗し暴徒化する囚人も、本来なら囚人の喧嘩を許さず取り押さえるべき刑務官も、一人の盗賊王が周囲にぶちまける殺気で動けない。
殺気に気づかない狂人二人だけが食うために、潰すために動き続ける。
《報告。キングスキル所持者の光属性魔法がレベルアップ。新たに自己催眠デアデビル・インザライトを習得したことにより、一時的な身体能力強化が可能》
魔道具アナウザを手にもつジェイクは想定内の二人の〝羽化〟を石原と米山に聴かせる。
「な、面白れぇだろ?」
そう言ってジェイクは4本のハイポーションの瓶を腰の小物袋から取り出す。
「お前らの分だ」
ガガッ!
石原と米山の顎に、目にもとまらぬ速さのジェイクの拳が当たる。二人は脳震盪を起こし、すぐさまその場で意識を失い、倒れる。
「お前らも見習わねぇとな」
瓶のコルクふたを開け、佐々木の焼灼した傷口に1本のハイポーションの中身を満遍なく振りかけた後、ジェイクは残り3本のハイポーションの瓶を、気絶する3名の召喚者の肛門と膣に、出血するほど粗く深くねじ込む。
「救いようのねぇ悪意ってやつを」
暗示を告げて盗賊王は大きく笑うと、狂乱する菊池を止めに向かった。