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その6

 ガツンッ………ガツンッ………ガツンッ

 カン。カン。カン。カン。カン。カン。

 ガゴッ!ゴロゴロ。

 薄暗(うすぐら)坑道(こうどう)の中、粉塵(ふんじん)があちこちでキラキラと()う。

「エホッ!ゴホッ!」

 ガツンッ!ガツンッ!ガツンッ!ガツンッ!

 カンカン!カカカンッ!カンカンカカカンッ!!カンカン!

 ガゴゴッ!ゴロゴロ。

 ザッザッザッザッザッザ……

 つるはしを()るう音。(たがね)をハンマーでたたく音。岩塩(がんえん)(くだ)けて落ちる音。砕けた岩塩を背負い(かご)()め込む音。詰め込んだ重い籠を背負(せお)い、穴の出口まで延々(えんえん)と歩いて運ぶ音。

「「「「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」」」」」

 つるはしを振り続ける囚人に混じり、ゆっくりと、無駄(むだ)の多い動きで、能率(のうりつ)(わる)く岩塩を砕く5名。

 大音師蓮(おおとしれん)。佐々(ささき)(りょう)石原(いしはら)龍臣(たつと)菊池(きくち)万土香(まどか)米山(よねやま)(らん)

 いずれも召喚者(しょうかんしゃ)。天使サンダルフォンに選ばれた召喚者たち。

 そしてジェイクと名乗る召喚者(しょうかんしゃ)指導官(しどうかん)に選ばれた5名。

「くそ」「はぁ、はぁ、はぁ」「いつまでやるんだ、これ……」

 大音師、佐々木、石原の男子3名はひたすらつるはしを振るい続ける。

「元の世界に帰りたい」「……うっさい」

 (たがね)とハンマーで大きな岩塩(がんえん)(かたまり)を砕いていく菊池と米山の女子2名。

 5名ともこの日、(すで)に六時間にわたり同じ作業を()り返している。

 パッパラパッパッ!パッパッパーッ!

 刑務官(けいむかん)である兵士(へいし)(ほお)を大きく(ふく)らませ、威勢(いせい)よくラッパを吹く。

午前中(ごぜんちゅう)作業(さぎょう)は終わりだ!!!」

 その隣にいる刑務官が大声で怒鳴(どな)る。

 (あせ)まみれ(あか)まみれ(しお)まみれの囚人(しゅうじん)たちは無言(むごん)のまま作業を止める。

 余分な贅肉(ぜいにく)を一切もたず、刺青(いれずみ)手枷(てかせ)だけ一般人(いっぱんじん)よりも多く身に付けた囚人(しゅうじん)たちは工具(こうぐ)をその場に置く。怒鳴った刑務官の方に体を向け、ボロボロのズボンのポケットの中をひっくり返し、マメだらけの手のひらをパーにして、両腕(りょううで)を上げ、抜けた歯の並ぶ口を開き、白いコケのびっしりついた(した)を伸ばす。武器(ぶき)となり()る者を(いっ)切身(さいみ)に付けていないことを刑務官に示す。日々(ひび)の服従(ふくじゅう)と日々の降伏(こうふく)を兵士に示す。召喚者5名も(あわ)てて真似(まね)をする。

「昼食の時間だ!一列に並べ!」

 囚人たちの着ている一枚きりのボロキレシャツにも異常がないことを確認した刑務官が(うなず)き、再び怒鳴(どな)る。

 囚人たちはぞろぞろと歩き出し、模範囚(もはんしゅう)のいる()き出し(じょ)へ向かう。

 ゴロ。ペチャア!

 ()でたジャガイモ一つと()い味のスープの入った木製の(わん)を受け取り、囚人たちはどこか(すみ)の方へ()り散りに消えていく。そこでぐったりと腰を下ろし、背を曲げ、無言のままジャガイモをかじり、スープをゆっくり、ゆっくりと、(いっ)(てき)(のこ)さず()()す。

 坑内(こうない)気温(きおん)23℃。昼も夜も温度変化のない場所。

 鉱山(こうざん)都市(とし)ロックスプリングのエルズミア鉱山内(こうざんない)

 首都プリシュティアナから東北東(とうほくとう)に340キロの地点。

 マルコジェノバ国内の凶悪(きょうあく)犯罪者(はんざいしゃ)政治(せいじ)犯罪者(はんざいしゃ)が集められ、収容(しゅうよう)される監獄(かんごく)都市(とし)

 収容されればほとんどが、残る人生全てをかけて行うことになる岩塩(がんえん)採掘(さいくつ)超重労働(ちょうじゅうろうどう)に、召喚者5名は強制参加させられている。

 罪状(ざいじょう)は、()いて言うならば、「指導官ジェイクと巡り合ったから」。

「どうだお前ら。ここのメシの味にも()れてきたか?」

 見張(みは)りの刑務官(けいむかん)に混じって歩くジェイクが5名の召喚者に近寄(ちかよ)ってきて、声をかける。

「「「「「……」」」」」

 一日14時間の重労働を三日ほど経験した5名は(つか)れ切り、もう、ジェイクをののしる気力も()かない。

 労働初日はわめいた。二日目は我慢(がまん)できず(なぐ)りかかった。

 しかしわめいても殴りかかってもジェイクは変わらない。5名は彼に(きず)(ひと)()わせられない。(かな)わない。手をひねられるか、腹にパンチを食らい、食事が(のど)を通らなくなる。だから三日目の今になってはもう、抵抗(ていこう)する気力を(うしな)っていた。

「どうした?なんか言え。ワッパども。さては塩分(えんぶん)()りてねぇな?動物と同じで、そこらへんの(いわ)()めれば塩分(えんぶん)補給(ほきゅう)なんざいくらでもできるぞ?」

 5名の召喚者はそう言われても岩塩を見ない。見たくもない。短い(ひる)休憩(きゅうけい)の後、延々(えんえん)と見なければならないピンク色の岩塩など見たくもない。

 召喚者たちはただ、血豆(ちまめ)が破れた両手のひらの、指の付け根の黒い赤色をぼんやり見る。もはや痛みも感じない掌を見たまま、つめたくなりつつあるジャガイモをかじり、ぬるいスープを飲む。カサカサの唇に塩味が()みることだけは分かる。

「まだ伝えてなかったが、俺たち〝教官〟には(じつ)のところ、共通点(きょうつうてん)がある」

 腰のベルトに手を当てたまま、毛皮のマントと(かわ)(よろい)(まと)う大男は5名に語り()ける。

「それは意地(いじ)(わる)さだ」

(((((まんまじゃん)))))

 全く(おどろ)く様子を見せない5名。目は死んだまま、(さい)()行動(こうどう)しかとらない5名。

「ブラックスワンの鬼畜女(きちくおんな)も、ラウンヤイヌのサイコジジイも、てめぇらみてぇなガキどもには〝何か〟を(あた)えねぇ」

 何か。

 与えられない〝何か〟。

 大音師(おおとし)らは自分たちの手首を見る。

 手首には(くさり)(たば)

 小さな(おもり)のついた(くさり)を手首に巻き付け、囚人(しゅうじん)(かせ)()せたもの。

 囚人たちの中に自然と(まぎ)()めるよう、ジェイクが用意(ようい)したもの。

(((((こいつが与えないのは、自由(じゆう))))))

 食事によってわずかに思考力を取り戻した5名は、顔面(がんめん)(くび)()られた刺青(いれずみ)の痛みを思い出す。

 刺青(いれずみ)

 奴隷(どれい)であることを示す奴隷(どれい)(もん)。それを5名は頭部に刻まれている。

 鉱山都市ロックスプリングに送り込まれた時点で大抵の囚人(しゅうじん)は、囚人であることを示す刺青を(ひたい)(ほお)()られている。だが奴隷紋が既に顔面に彫られている場合は仕方なく腕に犯罪者を示す刺青が彫られる。

 奴隷(どれい)(もん)幾種(いくしゅ)もある。顔に彫られる奴隷紋もまたバラバラになる。

 奴隷紋。人生の囚人であることを示す魔法の刻印。

 これは複雑(ふくざつ)戒律(かいりつ)ほどその本来の使命である支配(しはい)効力(こうりょく)が弱まりやすいという魔法側(まほうそく)に従う。

 つまり奴隷に()す命令が多ければ多いほど、奴隷(どれい)(もん)(こわ)されやすくなる。

 (うら)を返すと奴隷に課す命令が少なければ少ないほど、奴隷紋は破られにくい。

 ジェイクが5名の召喚者に刻んだ奴隷紋は一番シンプルな命令(めいれい)記号(きごう)

(おれ)(そば)にいろ」。

 普通の奴隷(どれい)所有者(しょゆうしゃ)が奴隷紋を奴隷に刻む際、所有者から逃げないことに加え、奴隷紋を刻んだ主人を殺害できない効能(こうのう)付与(ふよ)したがる。ところがこの二つ目の要求が奴隷紋の効力をかなり弱めるため、奴隷紋はほころび、そこを魔法使いなどにつけ入られる。破られて、奴隷は逃げるか、場合によっては主人たる所有者を殺す。

 しかしジェイクは、主人不殺(しゅじんふさつ)の効果を奴隷紋に付け足さない。付け足すまでもないほど(ごう)(もの)余計(よけい)なことをしない。

 ただ、俺の近くにいろ。

 奴隷に寝首をかかれ、主人の殺されるリスクが一番高いとされる奴隷紋はそれゆえ、一番破りにくい。

 要するに大音師ら5名の召喚者はただ、ジェイクの傍にいることだけを強制されている。

 それにもかかわらず、大音師らは他にも多くの命令に従っている。ジェイクの強制を受け入れている。

 大音師らに多くの強制を強いるのは、ジェイクの奴隷(どれい)(もん)ではなく、ジェイク自身の圧倒的(あっとうてき)な強さと残忍さ。

 天使サンダルフォンと首都で別れ五日が経ち、そのことを5名は思い知った。

 両手足(りょうてあし)(ひも)(しば)られ拘束(こうそく)された状態で荷馬車に荷物同然に押し込まれ、24時間で馬6頭を乗り(つぶ)しながら鉱山都市に連れてこられる。

 ゲロまみれで朦朧とした意識(いしき)のまま、走りつかれて倒れ込むウマを殴り殺し素手(すで)(かい)(たい)する場面を見せられる。その血肉を(はら)がはちきれるほど無理矢理食わされる。縛られたまま足首を(つか)まれ、川の(こお)るような冷水で(あら)われ、低体温で瀕死になっている間に奴隷紋を顔面と首に入れられ、縄をほどかれ、かわりに特殊な鎖を腕に巻きつけられる。

 仕上げとばかりに、自分たちを縛っていたその紐で作った輪に首を入れて結ばれ、馬3頭につながれ、走る馬に曳きずられながら鉱山に入れられた。

 そして3日。

 召喚者の首の縄の(あざ)が黒くなり、曳き回された摩擦(まさつ)でできた火傷痕(やけどあと)()み始め(にお)い出したころ、ジェイクは今までと違うことを優しく告げた。

「あそこにテントを用意した。そろそろ疲れたろう。傷の具合を見てもらえ」

「「「「「?」」」」」

「あと、水もたっぷりある」

「「「「「!」」」」」

 水不足。

 ブラックスワンとラウンヤイヌが(しお)を与えないのと違い、ジェイクは(みず)を与えない。水がなければ人間は死亡(しぼう)する。塩がなければ人間は発狂(はっきょう)する。

(のど)(かわ)いたろう」

 ジェイクが選ぶのは常に「死亡」。

「「「「「……」」」」」」

 突然の厚遇に怪しむ5名。謎の震えが全身を走る。

「あ~。言い忘れたぜ。傷の手当てと水は二人分しか用意してねぇんだった」

 そう言ってさらにニコリと笑ったジェイクは「じゃあな」と手を振って召喚者たちから離れていく。緊張して(おび)える収容所所長からビールの入った()()りのカップを受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らして2リットルのビールを一気に豪快(ごうかい)に飲み干す。

 怪しみは消え、震えも止まり、安定した絶望(ぜつぼう)が5名を()み込む。

「ぶはぁ~!うめぇなあ!キンキンに冷えたビールは生き返るぜぇ!」

 召喚者だけでなく、全ての囚人が(つば)を呑み込み、(うらや)ましそうにジェイクの様子を見つめる。ジェイクについて上司から聞かされている刑務官たちだけは何も言わず、何も考えないようにしてジェイクを()えて見ようとはせず、囚人(しゅうじん)たちの監視(かんし)に努める。

「俺がテントに行く。文句ある奴はいるか」

 大音師(おおとし)の声で、佐々(ささき)石原(いしはら)菊池(きくち)米山(よねやま)(われ)(かえ)る。

「水もポーションもまず俺が飲む。残り一人分は、オメェら四人で勝手に決めろ」

 大音師が4名を(にら)みながら低く言うと、のろのろと立ち上がり、「へへへ」と笑いながらテントに向かっていく。馬による曳き回しの際、佐々木と菊池を下敷(したじ)きにしていた大音師はあまり火傷(やけど)を負っていない。欲しいのはただ、水。のどを(うるお)す液体。

「「「「……」」」」

 とり残された召喚者4名。

「行けよ」

 佐々木が菊池に向かってポツリと言う。

「え?」

()みが(くせ)ぇんだよ。早く(なお)してもらってこい」

 上背のある男の大音師に下敷きにされたせいで摩擦(まさつ)火傷(やけど)一番重傷(じゅうしょう)かつ(うみ)深刻(しんこく)な佐々木が()れかけた声で強く言うと、石原も米山も(だま)る。自分をギリギリでかばい、あえて一番下でずっと引きずられていた佐々木のことを知る菊池が泣きだす。同性の米山が「時間ないから早く行きな」と目を(うる)ませて(うなが)す。

「みんな、ごめんね。これ残り、食べていいから」

 菊池は食べかけの食事を3名に(ゆず)ると、残る力を振り(しぼ)って立ち上がり、テントの方へと歩いていく。

「言っとくけど、オメェの方がクセェから」

 石原がジャガイモを手で3分割しながら苦笑(くしょう)してつぶやく。

「うっせぇ。ワキガよりはマシだ」

 (うみ)(たか)ろうとするハエを面倒(めんどう)くさそうに追っ払いながら佐々木が言葉を返す。

「ハートスキルでしかも(みず)属性(ぞくせい)の魔法使いって言われたのに、水一(みずいっ)(てき)出せないなんて」

 自身の弱さを(なげ)きながら、菊池の残したスープを佐々木に差し出す米山。

「ほんと、マジでだっせぇな」

 石原が3等分したジャガイモの1つを菊池の残したスープに入れる。

「ま、ワキガよりはマシだけど」

 思い直し、傷口を手で抑える佐々木の口元にスープの椀を運ぶ米山。

「調子に乗んなよ。トベラビッチ」

 そう返して、ジャガイモの欠片1つを自分の口に放り込み、残り1つを米山の空椀に置く石原。

「もいっかい言ったら殺す」

 ゴクゴクゴク……モグモグモグ。ゴクン。

「ふう……ワキガにトベラにウミ。笑うしかねぇな」

 米山が口に運んでくれたスープとジャガイモを一気に喉に流し込んだ佐々木が、ため息まじりにまとめた。


「んんんっ!!」「いや!いやあああ!!!」


「「「?」」」

 召喚者3名はテントの異変(いへん)に気付く。

 囚人たちは別段(べつだん)(おどろ)く様子もなく、食べ終わったスープの椀を配膳係(はいぜんかかり)模範囚(もはんしゅう)の所へ戻す。

 テントの異変。

 模範囚も気に留めない。刑務官も気に留めない。ジェイクも気に留めない。

 召喚者3名のほか誰も気にせず、普段通りにふるまう。テントから何かが聞こえようと、動こうと、囚人は休憩(きゅうけい)時間(じかん)ギリギリまで寝そべり、刑務官は歩いたり立ち止まったりしながら周囲を監視し、ジェイクは刑務所長用の椅子に腰かけたまま所長と談笑し、ビールを飲む。

 静かな動乱が止む。声にならない悲鳴が止む。

 テントから、汗だくの囚人が8人も出てくる。誰も気に留めない。

 けれど8人の男が2名の召喚者を引きずり出した時、少なくとも囚人たちの一部は驚いた。

「「………」」

 大音師も菊池も白眼(しろめ)()いて気絶(きぜつ)している。二人とも全身を殴られ、(あざ)だらけになり、口に布を突っ込まれ、肛門(こうもん)(ちつ)は白い体液にまみれ、裂けて出血している。

「グヘェッ!……いい顔してるじゃねぇか」

 大きなゲップをし、玩具(おもちゃ)にされた二人を見て豪快(ごうかい)に笑うジェイク。

 昼食時のテント内の騒動(そうどう)日常(にちじょう)茶飯事(さはんじ)素行(そこう)(あら)すぎて手に負えない凶悪犯を鎮静化(ちんせいか)するために、新人を選び(せい)処理(しょり)にあてる儀式(ぎしき)。刑務官に逆らえば新人であろうとなかろうとテント内の生贄(いけにえ)にされることを囚人たちに見せしめる儀式。

 しかしテントの中で壊されたおもちゃがすぐにテントから引きずり出されることは、普段ない。

 とくに女は一度もない。

 (けが)された召喚者2名、とくに少女の方を見てわずかなオスの感情(かんじょう)(よみがえ)り、さらに離れた闇に消えてうずくまり、汚れた手指を使いモゾモゾと孤独な欲望を吐き出す〝()きた〟囚人たち。

 一方でそれすらもせず、胴震(どうぶる)いも(ちい)さなうめき声も上げず、ただ(つか)()ててその場でいびきをかいて()(ねむ)る〝()れた〟囚人(しゅうじん)たち。

「「「「「「「……」」」」」」」

 そして、本来なら囚人たちの余計な行為を許さない刑務官たちも、ただ黙って一部始終を見守っている。

 刑務官たちに性欲の想起(そうき)はない。あるのはただ恐怖。

 混沌の果てに暴動か、それよりも恐ろしいことが起きるのではないかという予感(よかん)不安(ふあん)

「がっはっはっはっ!実に愉快(ゆかい)!!」

 囚人と刑務官。

 彼らにとっていつもと異なる光景を生み出した原点(げんてん)

 それは召喚者指導官ジェイクの存在。

 知らずに少しずつ(おび)えだす囚人。知っているゆえに怯える刑務官。

()たした(かお)!果たせぬ顔!果てた顔!果たしたい顔!」

 かつて盗賊(とうぞく)(おう)と呼ばれた怪物(ケダモノ)。ジェイク・バルバロッサ。

 征服した町の男たち全員を(しば)り首にして吊るし、子どもたちと老人を生きたまま地面に仰向けに並べて絨毯(じゅうたん)をその上に敷き、絨毯の上で酒盛りをしつつ、子どもたちと老人が踏みつけられて圧死していく苦しみの声を聞きながら部下たちに町の女を抱かせた男。

「どれもこれも実に愉快(ゆかい)!!」

 大笑いした後、ジェイクは椅子(いす)(そば)に置いてあった2本のハイパーポーションを手にとり、立ち上がる。座っている召喚者3名の所へゆったりと近づいてくる。

「これはあの二人の分だ。お前らも疲れた時はテントに入れ」

 コト。

 佐々木と石原と米山の前に立ったジェイクは、回復(かいふく)(やく)2本を彼らの前に置く。

 ジョボボボボボボボボボボボボボボボボボボ……

 けれど3名とも、顔面も頭も真っ白になってしまい、動けない。視線は大音師と菊池を見つめたまま。

「気が休まるかどうかは知らねぇが、ポーションと〝水〟は間違(まちが)いなくくれてやる」

 レイプされ続け気を失った二人の男女の顔に立小便(たちしょうべん)する囚人8人に目を(うば)われたまま、召喚者3名はしばらく動けなかった。


その6.プロペラジェノサイド「常闘苦」


 ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。

男子(だんし)!おねがい()て!」

「「「はい!」」」

 シャベルを動かす手を止めた汗まみれの和布浪(わふなみ)が、背負(せお)(かご)土砂(どしゃ)を指さして叫ぶ。掘削(くっさく)装置(そうち)を造っていた汗まみれの男子3名のうち出口(でぐち)が仕事を止め、和布浪たちの元へ走る。大量の瓦礫(がれき)の中から比較的小さい石を急いで選別(せんべつ)する。背負い籠に入れる。そして背負い、簡易(かんい)タープテントの下で黙々(もくもく)と作業する庄子(しょうじ)の元へと運んでいく。

 大音師ら5名が岩塩(がんえん)鉱山(こうざん)の中、召喚者(しょうかんしゃ)指導官(しどうかん)ジェイクのもとで工具の振り方と生きのびる(つら)さを学んでいる頃、

 ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。

 和布浪(わふなみ)()()ら召喚者10名は召喚者指導官ブラックスワンとともに、辺境(へんきょう)(はい)(そん)にいた。

 ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。

 (はい)(そん)(こわ)れた井戸(いど)

 わざと使用できるままにし、(どく)を投げ込んで死者を()やそうとする兵士(へいし)盗賊(とうぞく)とは異なる破壊方法。

 つまりただの瓦礫(がれき)の山にすること。とはいえ水源(すいげん)を求めて(むら)がる人間をおびき寄せる(わな)として、(どく)を用いず残しておくこと。

 すなわち人を(えさ)にする魔物のしわざによるもの。

 ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。ジャギッ!ザザ。

 その瓦礫(がれき)撤去(てっきょ)作業(さぎょう)を早朝から和布浪(わふなみ)ら10名は行っている。

「メイちゃん!ゴメンちょっと」

「どうしたの?」

 望月(もちづき)に声をかけられた和布浪がシャベルの手を止める。

「おしっこ!」

「分かった!」

足下(あしもと)(わる)いから気を付けて降りて」「うん。大丈夫!」

 シャベルを振り続ける緒方(おがた)に返事して、シャベルを手にしたまま「すみれ」と()られた(かな)(たらい)を拾い上げて小岩の(かげ)(かく)れる望月(もちづき)。しゃがみ込むが、頭全部は隠れていない。

「おめさ何を手止めてる!さてはスケベだな!」「違うって!手!止めてないから」「それより亀崎(かめざき)。こっちの(ひも)しばってくれよ」「あいよ!任せっぺ!おめもスケベなこと考えてっぺ?」「考えてないってば!」

 召喚者の男子三人はなるべく顔をあげず、音も聞かないように声を上げつつ、必死に掘削(くっさく)装置(そうち)を造り続ける。

 ジョボボボボボ……

「ふう」

 (かな)(だらい)の中に小用(しょうよう)を足した緒方が盥を慎重に持ってチャポチャポ言わせながら急いで戻る。盥の中には透明に近い色の尿。名前入りの9個の金盥が並べられている所へ緒方は尿の入った盥をそっと置き、シャベルを振るう女子3名の現場へ戻る。10個の(たらい)はどれもこれも尿が貯められ、昇りつつある強い陽光(ようこう)を反射して水面を光らせている。

()っつ」

 シャベルで石をのけ続ける後藤田(ごとうだ)がヘルメット代わりのケトルハットを()ぐ。三日前までショートボブだった少女は現在3ミリの坊主頭(ぼうずあたま)。その頭と首に()いた(あせ)を指にしっかりとり、全てを()め尽くす後藤田。

「仕方ないよ。とにかく今日中に井戸を復活させないと脱水(だっすい)症状(しょうじょう)でまたヤバいことになる」

 望月の言葉に緒方も首を(たて)に振る。

「そだね。がんばろ!男子!そっちはどう?」

「オッケー!」「なんとかなるべ!」「あと少しで終わるよ」

 シャベルの刃先(はさき)で木材を切ったり紐で(しば)って組み立てたりしている男子3名は、瓦礫(がれき)撤去組(てっきょぐみ)女子たちに答える。

了解(りょうかい)!そろそろ石たまったから運んで!」

 努めて明るい和布浪の声がまた(はい)(そん)(ひび)く。

「わかった!」

 今度は男子の中で一番(いちばん)大柄(おおがら)新井(あらい)がシャベルを手にドスドスと瓦礫除去組女子の所へ走り、背負い(かご)に小さな石だけを(ひろ)い集めて背負い、またドスドスと走っていく。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ。お、おつかれさま!」

「ん~?ああ、おつかれ~」

 即席(そくせき)のタープテントの下で、黙々と作業していた庄子がニコリと笑う。目の下の(くま)は深い。疲労度(ひろうど)深刻(しんこく)

 ジャラジャラジャラジャラジャラ!

「じゃあ、後は(たの)みます!」

「オッケー。いってらっしゃーい」

 手をひらひらさせた後、庄子は再び作業(さぎょう)没頭(ぼっとう)する。三日前までロングストレートだったこの少女も現在、3ミリの坊主頭(ぼうずあたま)。そして彼女の髪は今、彼女の目の前で長く伸ばした状態で置かれている。

 キュッ。

 庄子は選んだ小石を(かみ)両端(りょうたん)に置き、髪の数本を指にとり、髪を()り、その先端を小石と結ぶ。もうじき訪れる昼の災厄への備えを続ける。

「手伝おうか?」

 同じく3ミリの坊主頭にした高須(たかす)が心配そうに声をかける。

「私は大丈夫。それよりチヒロちゃんの看病(かんびょう)を続けて」

「分かった。無理しないでね」

「うん。水、全部使ってもいいから」

「え?」

「日が暮れるまでにはメイちゃんたちがきっと井戸を使えるようにしてくれるよ。だからレイカちゃんはチヒロちゃんに残りの真水(まみず)、全部使っちゃって」

「……うん」

 稀有(けう)なダイヤスキル、つまり(れん)(きん)魔法(まほう)使用(しよう)過多(かた)疲労(ひろう)困憊(こんぱい)(よこ)たわる成島(なるしま)看病(かんびょう)を続ける高須は、()(だる)の中にわずかに残る真水を手ぬぐいに湿(しめ)らせる。それをそっと成島の口元へもっていく。成島の(かわ)いた(のど)意識(いしき)(うしな)ってもなお、(みず)(もと)めて動く。

「………」

 それら召喚者10名の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)を、魔物によって(くず)されたけれど見晴(みは)らしのいい見張り台の上に(ひと)り座り、観察する黒い全身甲冑(かっちゅう)の剣士。

 見張り台に腰を下ろすと同時に黒兜(くろかぶと)の後ろから(つや)のあるサラサラの黒髪が植物の(つる)のように伸びに伸び、織物(おりもの)のように規則正(きそくただ)しく(から)み合い、強い日差しを防ぐ(すだれ)のような構造物(こうぞうぶつ)になる。黒甲冑(くろかっちゅう)日除(ひよ)けが完成する。

 黒甲冑。

 召喚者(しょうかんしゃ)指導官(しどうかん)ブラックスワン。

 別の指導官ジェイクは、ブラックスワンが生徒である召喚者から(しお)を取り上げると予想していたが、外れた。

 教官ブラックスワンは(しお)だけでなく(みず)までも召喚者からとりあげる。

 騎士(きし)(おう)ブラックスワン。

 ジェイクの想像以上に(きび)しい教官がブラックスワン。

 ジェイクの場合は、最悪の形とはいえ水も塩も定期的(ていきてき)に、そして気分(きぶん)次第(しだい)で召喚者たちによこすが、ブラックスワンの場合は条件を満たさなければどちらも、たとえ相手が死んでも与えない。

 つまり条件を満たさぬ召喚者たちに待ち受けるのは「発狂(はっきょう)」と「死亡(しぼう)」。

 そんなブラックスワンの用意した舞台(ぶたい)は、マルコジェノバ国の(はい)(そん)アルマクレア。

 首都プリシュティアナから276キロ南西の地点。


 ――魔物(まもの)によって荒廃(こうはい)したアルマクレア村の復興(ふっこう)


 それがブラックスワンの選んだギルドクエスト。

 クエストランクはD♯(しゃーぷ)。

 ランクこそ高くないが、誰も受けたがらず、何年も()げ付いたまま放置(ほうち)されている厄介(やっかい)クエスト。しかしマルコジェノバ国政府からの依頼(いらい)クエストでもある。

 それゆえに成功(せいこう)報酬(ほうしゅう)はSランククエストと同額(どうがく)まで積まれている。

 Sランク報酬のDランククエスト。究極(きゅうきょく)の〝(わけ)あり〟クエスト。

 訳ありの理由。

 アルマクレア村が、さらに南にある砂漠のオアシス都市ウルビーノコナと首都プリシュティアナとの中継(ちゅうけい)地点(ちてん)にあること。

 また、アルマクレア村の周囲の山々からは貴重な青い顔料(がんりょう)がとれること。

 そのような理由もあって、村の復興は政府や民の望むことであったが、顔料が取れる山々には複数種の魔物が多数すみつき、また復興までにかかる時間を読もうとする者も読める者もいないため、永らくアルマクレア村復興クエストは訳あり物件として放置され続けた。

 (おに)軍曹(ぐんそう)たるブラックスワンはこの復興クエストを召喚者の訓練メニューとして選んだ。

 難易度(なんいど)は、ジェイクによって囚人のいる鉱山に放り込まれた召喚者5名たちと大差(たいさ)はない。

 要するに、人間(にんげん)尊厳(そんげん)など欠片(かけら)用意(ようい)されていない地獄(じごく)

「目的地に着いてからは常にこれをつけろ」

 天使サンダルフォンと別れ、首都プリシュティアナを出立する直前に、ブラックスワンは武器(ぶき)防具屋(ぼうぐや)に10名を連れて足を運び、10名全員に木綿(もめん)の手ぬぐい、ケトルハット、胸当(むねあ)て、ナイフ、小手(こて)一つを買い与えた。

 ケトルハットは(つば)()(ぼう)で、(のう)を直射日光と打撃攻撃から守る鋼鉄製(こうてつせい)胸当(むねあ)ては心肺(しんぱい)を守る銅製(どうせい)、ナイフは武器向きというよりは調理用(ちょうりよう)もしくは護身用(ごしんよう)(ごう)金製(きんせい)。小手は()き腕だけを守る銅製(どうせい)

「今から貴様らに渡すものは、私の部下(ぶか)であることの(あかし)だ。捨てたり売ったりした奴はエースだろうとなんだろうと斬殺(ざんさつ)する」

 そして道具屋で、特注の潰頭石(フロレンタイト)刃先(はさき)に使うシャベルを購入した。(つか)(こう)(ぼく)であるイスノキ製だが尖る刃先のフロレンタイトはダイヤモンドに匹敵(ひってき)する硬度(こうど)をもつ。故に滅多(めった)なことでは(こわ)れない。ナイフと同じくらい汎用性(はんようせい)があり、しかもナイフ以上に壊れにくい道具。それがブラックスワンの与えたシャベルだった。

「最後にこれだ」

 1本につき家1(けん)が買えるほど高価(こうか)な特殊シャベルを10本購入して召喚者に与えた後、ブラックスワンは(みず)()み用の新しい()(おけ)を1つだけ道具屋から無償(むしょう)提供(ていきょう)され、それを和布浪(わふなみ)にポンと渡した。

「これは、何に使用するのですか?」

「もし(おけ)刃物(はもの)以外何も持たず、四日もの間海(うみ)の上で漂流(ひょうりゅう)したら、お前たちはどうする?」

 手荷物(てにもつ)にならないようとりあえず装備を全身に身に付け、シャベルをもって突っ立つ10名にブラックスワンはこう問い返した。

「さっさと馬車に乗れ。許可(きょか)があるまで()りることを(みと)めない」

 キョトンとしたままの召喚者たちをブラックスワンは大きめの特殊(とくしゅ)()馬車(ばしゃ)に押し込む。

 特殊荷馬車。

 (いか)つい(こう)鉄製(てつせい)貴重品(きちょうひん)輸送(ゆそう)車両(しゃりょう)ホワイトマリア。

 政府(せいふ)民間(みんかん)業者(ぎょうしゃ)に払い下げた中古品(ちゅうこひん)だが、よほど大規模の盗賊団か、何も気にしない魔物以外はまず近づこうとしない特殊車両。現金や宝石、有価(ゆうか)証券(しょうけん)の輸送以外に、重要(じゅうよう)人物(じんぶつ)移送(いそう)にも使用されている。

 ブラックスワンと召喚者について政府関係者やギルドや上司から話を聴かされている馭者(ぎょしゃ)はブラックスワンたちに慇懃(いんぎん)にあいさつをした後、召喚者たちを車両に押し込め、中からも外からも自分以外に開けられないよう施錠(せじょう)した。

「では出発する」

 そして召喚者らは4日間、貴重品輸送車両の中に完全に閉じ込められて、タラタラとアルマクレアへと連れて行かれた。

 和布浪(わふなみ)()()望月(もちづき)かりん。緒方(おがた)すみれ。成島(なるしま)千尋(ちひろ)高須(たかす)(れい)()庄子結奈(しょうじゆいな)後藤田美桜(ごとうだみおう)出口(でぐち)秀明(ひであき)亀崎(かめざき)雅也(まさや)新井(あらい)幹人(みきと)

 女子7名。男子3名。

 彼らは糞便(ふんべん)を捨てる穴以外開いていない荷馬車の闇中(あんちゅう)で思い知る。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ……」

 〝ここ〟では、男も女も関係(かんけい)ない。

 関係があるのは、同じ人であり、生物(せいぶつ)であること。

「ふう、ふう、ふう……」

 生物は、(みず)がなければ死ぬ。

「はぁ………はぁ………はぁ………」

 水は呼気(こき)とともに、(あせ)とともに、常に体から出ていく。

 さらに、体から水分が()ける一番の要因(よういん)排尿(はいにょう)

 水がない。水がなければ死ぬ。

 しかも(しお)もない。塩がなければ狂う。

 成分のほとんどが水であり、しかも適度な塩分まで含んでいる液体。

 それは血液(けつえき)尿(にょう)

 渡されているのは桶が1つ。そして人数分のナイフ。


 ――もし(おけ)刃物(はもの)以外何も持たず、四日もの間海(うみ)の上で漂流(ひょうりゅう)したら、お前たちはどうする?


「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」」」

 誰かを(ころ)してその血液を桶に()めるか。

 誰も殺さず、全員で桶に尿を溜めるか。

 チョロチョロチョロ……

「メイちゃん!?」「ちょっと!」「あっ」「お、俺は見てないぞ!」

「誰かを死なせるくらいなら、私はこんなの全然、恥ずかしいとも思わない」

「……次、私がやる。ちょうどおしっこしたかったし」「私も」「膀胱破裂寸前だったから助かるわ」

 木桶に溜める液体。

 召喚者10名は〝それ〟に血液を選ばず、尿を選択した。

「意外に(にお)いなくてびっくり」「待って。かすかに(あま)い味がする」

「え?それってもしかして……糖尿(とうにょう)?」「あの……なんでみんな、ボクを見るんですか?」「オメ、そりゃ自分のナリさ見りゃわかるべ」「……」「あの大丈夫だから新井(あらい)(くん)!まだ決まったわけじゃないし、それにほら、私とかユイナちゃんは水の魔法とか使えるようになるらしいから」「おめさの小便、味を薄めてくれるって言ってるべ」「そうじゃないって!アタシとすみれちゃんが治癒(ちゆ)魔法(まほう)使えるようになったら治療するから心配しないでって言ってるの!」「えがったな。これで糖尿病でも長生きできるべ」「だから亀崎(かめざき)!」「余計な事ばっかり言わないで!」「あぁゴメン。俺、昔っからみんなさ一言多いって言われで。ミキト、ごみんな」「いいよ。亀崎君の口の悪さと多さは今日に始まったことじゃないし。友達だから気にしてないよ」「そっか。じゃあおめさのこと、これからはヌリカベデブじゃなくてヌリカベ糖尿デブと呼ぶっぺ」「「「「「「「「バカ!」」」」」」」」

 《報告(ほうこく)使用済(しようず)みの魔道(まどう)()エンジェルダストの残滓(ざんし)入り体液を再吸引(さいきゅういん)したことにより、体力回復機能にバグが発生。体力(たいりょく)回復(かいふく)速度(そくど)が上昇》

 目的地であるアルマクレアに到着し、ようやく荷馬車から解放された時には、もう召喚者10名はただのクラスメイトではなかった。

 同胞(どうほう)

 生きるも死ぬも一緒の友。

 殺し合わず、互いに溜め合った桶の尿を呑み合うほか生き延びる手段のなかった10名はここで完全に団結(だんけつ)した。

 共に生きると決めた彼らは、護送車両の扉をようやく馭者によって開かれ、馬車から下ろされ、大樽(だいたる)2杯分の真水(まみず)と塩漬けの()し肉1キログラムを分け与えられる。

 こうして役目を終えた馭者は護送車両と馬を連れて、首都へとゆるゆる去っていく。

 真水を飲めるだけ飲み、口の中をよだれ一杯にして干し肉を噛みしゃぶりながら、10名は黙々とそれを見送る。戻れない過去を見送る。

 馭者の姿が見えなくなる頃、10名はD♯クエストの内容をブラックスワンから教えられた。

準備(じゅんび)運動(うんどう)を済ませたら、速やかに井戸(いど)を直せ。石を除けて掘削(くっさく)すれば水はまだ出るはずだ」

 そして和布浪、望月、緒方、後藤田の女子4名が、破壊された井戸に向かわされる。

「昼過ぎに〝(にぎ)やかな〟魔物が現れる。強くはないが、獲物が倒れるとそこへ群がり(おか)すタイプの〝優しい〟魔物だ。魔物の幼虫に生きたまま肉を食われたくないならその長い髪を切れ。当面の武器をつくる」

 髪の長い成島(なるしま)高須(たかす)庄司(しょうじ)は一瞬ためらったが、小石を入れた背負い籠を背負って3名の元へ来た後藤田(ごとうだ)が事情を知り、長くもないショートヘアを自分からバッサリとナイフで切って坊主になってみせた。それで(はら)(くく)った成島、高須、庄司3名は長い髪を全て切り落とした。

 庄子と高須が昼の魔物対策の武器を作る一方で、唯一ダイヤスキルをもつ成島は、開花したばかりのその(れん)(きん)魔法(まほう)を使い、掘削(くっさく)装置(そうち)(かなめ)である滑車(かっしゃ)鉄管(てっかん)をブラックスワンの指示に従い製造(せいぞう)する。

 男子3名は鉄管と滑車を支えるための木材とロープを町の廃屋からかき集め、やはりブラックスワンの指示に従い急ぎ組み立てる。決して不器用ではないが、作業に慣れていない3名は戸惑いながらも組み立て続ける。

「女たちは瓦礫をちまちま除くのに必死だ。小石くらいお前たちが拾いに行け」

 ブラックスワンの命令により、一定の時が経ち瓦礫除去組の和布浪たちに呼ばれては、装置の組み立てを行う男子1名が急いで向かい、小石を選別して背負い籠に入れ、それを高須と庄司の元へと運ぶ流れになった。

 滑車と鉄管の製造を終了した時点で既に体内の魔力を使い過ぎて意識(いしき)がもうろうとしていた成島だったが、皆が少しでも()ずかしい思いをしないようにと、最後の力を()り絞って10名全員分の(かな)(だらい)を作り、倒れるようにして気を失った。高須と庄司が仰天(ぎょうてん)して、高須が成島の看病(かんびょう)に移る。庄子が二人分の仕事をワンオペでこなす。ブラックスワンが(たか)みの見物に(はい)る。

 そして、今に(いた)る。

 カンカンカンカンカン!

「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」」」

 倒れている成島以外の召喚者9名が音の方へはっと顔を向ける。地面に転がっていたのを改めて()るした警鐘用(けいしょうよう)銅鐸(どうたく)を魔物の骨で適当(てきとう)(たた)いて()らすブラックスワン。そのブラックスワンが銅鐸を叩き終え、魔物の骨で指し示す方向……。

 ブブブブブブブブブ……

 《報告。低位の魔物ゴリムヤンマが集団で接近中(せっきんちゅう)。早期の殲滅(せんめつ)推奨(すいしょう)。さもないと(どく)(きり)ゴゾウフランを散布(さんぷ)し、召喚者を麻痺(まひ)状態(じょうたい)にして産卵(さんらん)苗床(なえどこ)にする可能性あり》

 脳内に響く天の声の説明を聞いて鳥肌を立たせる召喚者9名。

 ブブブブブブブブブ……

「また何もせずに死ぬのか!?早く動け!早く殺れ!」

 ブラックスワンに怒鳴られ、我に返る9名。庄子のもとに駆け集まる7名。高須だけは成島を守るために魔物を睨んだままシャベルを握りしめる。

 残るは、庄司が必死に作り続けた「ブリ」を手にする。

 ブリ。

 ()った髪の両端に石をつけた道具の中央を指で(つか)み、空中に放り投げる。糸のせいで不規則な回転運動をする小石を小動物と勘違いした魔物ゴリムヤンマが近づいてきて、髪の毛に引っかかって絡まり、次々に墜落する。

 ドグシュッ!!

 そこをシャベルの刃で突き殺す召喚者たち。

 ドグシュッ!!

 シャベルの刃は正確にゴリムヤンマの頭部と胸部の細い接続部分に刺さり、千切る。何百回も振るったシャベルの動きにミスはほとんどない。

 問題は「ブリ」の残存数。

 捕獲兵器ブリは、無限ではない。

 使用したブリを回収しなければならない。回収組と、その回収組を守る護衛組。

 手先の器用な男子3名出口(でぐち)亀崎(かめざき)新井(あらい)と女子の庄子(しょうじ)が回収する。和布浪と望月、緒方、後藤田の女子4名が襲いかかるゴリムヤンマをシャベルで撃退し、回収組4名を護衛する。体長60センチのトンボのような姿の魔物たちはあらゆる角度から高速で攻め込む。胸当てがひしゃげる。ケトルハットが折れ曲がる。小手がへこむ。

「うおおおおおおおおっ!!!!」

 それでも(ひる)まない護衛女子4名。そして回収組4名が回収し、直したブリを再び天空へ放る。絡まり落ちるゴリムヤンマ。回収組はブリに絡まったゴリムヤンマを殺した後にブリを回収しなければならない。そして護衛組はゴリムヤンマを殺しつつ、常に回収組を護衛し続けなければならない。

 午前中からの疲労の蓄積。水分と塩分の不足。体力の消耗。

「二百匹程度のゴリムヤンマの襲撃でこの程度とは情けない」

 倒れる成島を守るために一人で四匹の魔物と奮戦している高須がゴリムヤンマに集られていよいよ産卵されそうになった際、ブラックスワンが左手をゆらりと一度だけ振る。


 ズゥーンッ!!


「「「「「「「「「「!!」」」」」」」」」」」

 目を覚ました成島も含め、召喚者10名全員が気づく。

 体がものすごく重たくなったことに。

 ジジジ……ジジジ……

 魔物ゴリムヤンマも地上に墜落(ついらく)し、地面を這うのがやっと。

「早く始末しろ」

 人間が気絶(きぜつ)せずに()えられる限界の重力である5Gにさらされた10名は()いつくばりながら移動し、ナイフでゴリムヤンマの首を()り落とそうとする。しかし経験したことのない高重力の前で、結局全員気絶(きぜつ)してしまう。

邪道(じゃどう)だがエースを強制的(きょうせいてき)(つく)るか。それともあの怪物(かいぶつ)(おう)二人のようにエース誕生をそもそも期待せず、(はな)からジョーカーを(ねら)うか)

 5Gの重力下でも平気で歩くブラックスワン。その腰から()(けん)オートクレールが引き抜かれる。

 ヒュヒュヒュヒュヒュヒュンッ!

 空気を切った曲刀が柄に収まると同時に、無数のゴリムヤンマの首がボロボロと落ちて転がる。

 ズゥゥ…………フ。

 重力魔法を解くブラックスワン。

「うぅ……!?」

 ガン!

 最初に目を覚ました和布浪の顔面に、蹴飛ばされたゴリムヤンマの頭部がぶつかる。

「あうっ!」

「起きたのならさっさと食事の支度(したく)をしろ」

 魔物の頭部を蹴飛ばした張本人の命令が冷たく(ひび)く。

「……はい」

 魔物パンダグモを使った試験と同様、結局また殺されかけ、また助けられたことを知った和布浪は唇を噛みながら9名を急いで起こす。9名は意識を取り戻し、互いの無事を確認するも、歩きながら無言でゴリムヤンマの頭部を蹴飛(けと)ばしてくるブラックスワンの嫌がらせに(おび)え、急いで食事の準備を始めた。


 ズゴッ!……ズゴッ!……ズゴッ!……ズゴッ!

 同日、午後。

 ゴリムヤンマの可食(かしょく)部位(ぶい)を取り出して焼いて食べ、煮沸(しゃふつ)した尿(にょう)を飲んだ10名は、井戸のがれき撤去を終え、組み上げた掘削装置による井戸の掘削作業に本格的に取り掛かる。

 ズゴッ!……ズゴッ!……ズゴッ!……ズゴッ!

 ロープを引っ張っては離すを繰り返す召喚者8名と、鉄管が壊れず正確に撃ち込まれているかを確認する成島(なるしま)。その両者の間に入り、掛け声をかけ続ける和布浪(わふなみ)

 ズゴッ!

 ブシュッ!トクトクトクトクトクトク……

「出た!出たよみんな!出た!!!」

 錬金スキル持ちの成島が井戸の底を覗き込みながら目いっぱい叫ぶ。歓声に沸く8名は互いに抱き合って喜ぶ。

「チイちゃん。ありがと」

「メイちゃんこそ、ありがと」

 成島と和布浪もまた抱き合って喜ぶ。

 日暮(ひぐ)間際(まぎわ)、召喚者10名は人生で一番美味(うま)い水をたらふく飲み、ついでに全身の(あせ)(あか)を洗い流した。水を(たた)える井戸の周りで十代の若者たちは何も隠さず、ただ水を全身全霊で浴び、喜びを爆発させた。

(リーダーの女がスペードスキルで、男三人もスペードスキル……)

 (かぶと)をずらし、自分で起こした焚火(たきび)で温めた白湯(さゆ)(のど)に流し込みながら、ブラックスワンは思案(しあん)を巡らせていた。

「水は()いた。明日から田畑(たはた)(たがや)す。なぜなら魔物と動物を同時におびき寄せるためだ」

 身を清め、元気を取り戻した召喚者10名の前でブラックスワンは今後の指示を出す。

「だが案ずるな。魔物は何もしなくてもやってくる。そこに人間がいる限り」

 闇の中。遠くで光る眼に気づく召喚者たち。

 《報告。低位(ていい)魔物(まもの)ハミズザルが出現。寝込(ねこ)みを(おそ)異種間(いしゅかん)繁殖(はんしょく)を試みる種。種付(たねづ)けされないよう注意》

 天の声を聞き、一瞬背筋(せすじ)が凍り付く女子7名。

「安心しろ。火を絶やさなければアイツらはこちらへ来ない。奴らは火が苦手だ」

 ブラックスワンが天の声に代わり忠告(ちゅうこく)する。

 フッ。

「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」

 火が一瞬で消える。

「昼間の失点を取り戻せ。さもなくば」

 火を消したブラックスワンが声だけ残して消える。10名の心のよりどころが一瞬にして消える。

魔物(まもの)(はら)まれて(しま)え」

 ブラックスワンの声が闇の中から響く。その闇の中をキャッキャと楽しそうに駆けて来る魔物たち。

 《魔物ハミズザルが急速(きゅうそく)接近中(せっきんちゅう)。警戒せよ》

「くっそおおおおおっ!!!!」

 後藤田(ごとうだ)(やみ)(さけ)ぶ。

 ボオオオオオオオッ!!!

 同時に後藤田のシャベルの刃に(ほのお)(とも)る。

「「ミオちゃん!?」」「みお!」「いきなり!え!?」「すごい!」「ミオちゃん火の魔法が使えるようになったんだ!!」「すげぇ」「びっくりしたべ」「めちゃくちゃ明るい……」

 《報告。ジャックスキル所持者が火属性魔法ラインオブファイアを新たに習得。所有(しょゆう)武器(ぶき)()属性(ぞくせい)効果(こうか)を付与》

「魔物に食べられるとか犯されるとか、絶対いや!全部倒してやる!!」

 後藤田の怒声で正気を取り戻す9名。

 ジュシッ!! ビュウウウウ……。

 全身に血管を浮かせ、大地を剥がし、トコロテンを押し出すような注射器型ふいごを錬成してみせる成島。

「出口君。亀崎君。新井君。三人は一緒に行動して燃える物をどんどん集めて」

 和布浪が指示を出す。

「「「了解(りょうかい)!!」」」

「かりん、すみれ、れいか、ゆいな。アイツらはみおの火を消そうと狙ってくる。絶対に守るよ!」

「「「「「うん!」」」」」

 和布浪がシャベルを(かま)える。

「来い魔物ども!!私たちの炎は絶対に消させない!!!」

 シャベルを手に召喚者10名は気合(きあ)いを入れ直し、長い夜間(やかん)戦闘(せんとう)へと突入していった。




「やめろお(まえ)ら!」

 驚愕のあまりスープが気管(きかん)に入りそうになってむせた佐々(ささき)が必死になって叫ぶ。

「もう(だま)ってろ。お前が苦しんで(よわ)ってく姿をこっちは見たくねぇんだ」

 早々に食事を終え、ボクシングの真似事(まねごと)をしながら笑う石原(いしはら)が答える。

「だからって!あのテントには行くな!」

「たいしたことないよ。輪姦(レイプ)とか、アダルトコンテンツでよくあるやつじゃん。ハイパーポーションで(また)は前も後ろも元通(もとどお)りに(なお)るし、ネットで配信(はいしん)されないだけマシじゃん」

 手を組み指をパキパキ()らす米山(よねやま)

馬鹿(ばか)かお前ら!?頭がおかしくなっちまった大音師(おおとし)菊池(きくち)を見てまだそんなこと言えんのかよ!!」

 つるはしを振る動きに、(たがね)とハンマーを討つ動きに、無駄がなくなった男女二人。

 一日の労働が終わって就寝(しゅうしん)を許されても(とこ)に入らず、それぞれどこかへと消えていく男女二人。

「気にすんな。最初から何されるか分かってるんだ。自分からこの口に(さそ)って、(きた)ねぇの突っ込んできたらガチンッて()みちぎってやるよ」

 自分の(しり)をパンパン叩きながら余裕(よゆう)をかます石原はけれど、(ふる)えている。

「それな。血まみれフェラ。あ、でも口に(ぬの)突っ込まれてたじゃん」

「あれは(した)()み切って自殺(じさつ)したり叫ぶのを防ぐためだろ。「しゃぶさせてください」ってお(ねが)いすれば噛み切れるぜ」

「そっか。じゃあチンポ一本食いちぎってくっか」

 自分の頬をバチバチ叩いて気合いを入れる米山、けれどやはり、震えている。

「馬鹿よせ!俺のことはいい!(うじ)まみれで俺が死ぬのは構わないから二人ともやめろ!」

「ケツの穴にも()があれば良かったのにな」「キッショイけどほんとそれ。まぁでもここ毎日指入れて穴を広げる練習はしたから、ちっとは耐えられる気がする」「()になるのはいやだから実は俺もした」「「イエ~。ファックミー(畜生)」」

 拳を軽くぶつけあう石原と米山。

「マジで俺の話を聞けよ!!」


「それよりもっと面白(おもしろ)(はなし)があるぜぇ」。


「「「!!!」」」

 大男ジェイクが気配なく突如、召喚者3名の背後に立つ。

 鉱山都市ロックスプリング。エルズミア鉱山。

 大音師ら召喚者5名が働き出して10日目。

「なん、ですか?」

「おめぇの肉、すげぇ(くさ)ってんなぁ。それじゃあ明日には毒が全身に回って敗血症(はいけつしょう)で死ぬぜ」

 腐った肉へハエに卵を産み付けられ、蛆が湧いて(うごめ)いている佐々木に声をかけるジェイク。

「とりあえず臭いのはたまらねぇなぁ」

 ジェイクは(こし)小物袋(ポーチ)(あさ)る。左手に握った黒い(こな)(びん)のふたをあけ、佐々木の蛆の()いた肉に粉を()りかける。

「仕方ねぇ。サービスだ」

「なんすかこれ」

「これか?これは俺の大好きな魔法(まほう)(こな)だ」

 チャンッ!

 カラ瓶に(ふた)をすると、ジェイクは右手の親指と中指をぶつけて火花(ひばな)を粉へ飛ばす。

 ゴオオオオオオ!

火薬(かやく)ってやつだ」

 佐々木の傷口が一瞬で燃える。(うじ)が焼け()げて()ぜ、止まる。

「うあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 焼灼(しょうしゃく)消毒(しょうどく)激痛(げきつう)によって気絶(きぜつ)した佐々木。

 呆気(あっけ)に取られている石原と米山の(かた)をボンと(たた)くジェイク。

「なあ、〝こんなの〟よりも面白いもんがあるぜ」

「「……」」

「そりゃあ、あれだ」

 ジェイクの顔を向けた先へ、二人も顔を向ける。

 テントの外に連れ出され、またも精液(せいえき)にまみれている菊池(きくち)を見る。石原と米山にとって、眼をそむけたくなる光景。自分たちがこれから肩代わりをしようとする恐怖。

「ジョーカーになる奴は、いつだって何かが(くる)ってる。奴らはキチガイピエロだ。怖いものなしの道化(どうけ)多少強(たしょうつ)ぇのも仕方がねぇ」

(菊池も大音師も、レイプされてから毎日、自分から昼のテントに通うようになった……まさか夜もどこかで?)

「だがジョーカーが悪い奴とは限らねぇ。ここが大事なところだ」

(二人とも頭のネジが吹っ飛んだの?おかしくなったの?何を考えてるの?)

 一週間近く見せられている、惨劇(さんげき)のサイクル。ラストに膣や肛門を破壊され、それでもポーションも尿も、全て自分のために使ってはまた、テントに戻る召喚者の少年と少女、大音師蓮(おおとしれん)菊池万土香(きくちまどか)

「ジョーカーを(ころ)せる(やつ)ってのはよぉ」

 ジョボボボ……

 レイプが()わり、男たちによる恒例(こうれい)放尿(ほうにょう)プレイが始まる。

 

 バジョッ!!!


「!?」

 逸物(ペニス)を軽く握って放尿していた囚人男一人が睾丸(こうがん)(ゆび)(くだ)(つぶ)され、その場で前のめりに(くず)れる。隣で何が起きたのか分からないまま、とりあえず逸物をしまおうと(あわ)てて前屈(まえかが)みになった男たちの頭部が次々に下から上に、右から左に、左から右に、上から下に素早(すばや)く動く。血液と共に(のう)みそや眼球や歯がそこら中に飛び散る。

「ザーメン(まい)日出(にちだ)()ぎて~今日は(うす)いんじゃな~い?」

「「……」」

 (うで)に巻いた(くさり)をほどき、ぶん回す菊池(きくち)。鎖の先の(おもり)が正確に眼球(がんきゅう)衝突(しょうとつ)して眼球を破裂させ、そのまま囚人の頭蓋(ずがい)に侵入して脳を(つぶ)して後頭部(こうとうぶ)貫通(かんつう)する。錘の眼球への衝突から頭蓋の貫通まで0.54秒。

 潰頭石(フロレンタイト)製暗器(あんき)分銅(ふんどう)()」の使用法を一週間(いっしゅうかん)()らずで(きわ)めた召喚者がすっと立ち上がり、四人の屈強(くっきょう)な囚人たちを次々に殺害(さつがい)していく。

報告(ほうこく)。ハートスキル所持者の武器レベルと柔軟性(じゅうなんせい)大幅(おおはば)アップ》

 ファサ……

 テントからもう一人の召喚者が(あらわ)れる。

「おい!ジェイクのオッサン。中にいる肉は食っていいのか?」

 手首の(くさり)(かく)していたナイフのように(するど)岩塩片(がんえんへん)(にぎ)るその人物は、湯気(ゆげ)を上げる全身(ぜんしん)()まみれで、体の体表(たいひょう)(ちか)くの血管(けっかん)異常(いじょう)なほど浮き上がっている。

心臓(しんぞう)以外(いがい)寄生(きせい)(ちゅう)がついているが、()きにしろ!出来立(できた)てホヤホヤのレアステーキだと思って存分(ぞんぶん)()らえ!」

「そりゃありがてぇ。(はら)()ってんだぁ」

 不気味(ぶきみ)な笑い声を上げながらテントに戻っていく大音師(おおとし)。すぐにクチャクチャという荒々(あらあら)しい咀嚼音(そしゃくおん)がテントから聞こえ始める。

 ドシャドシャドシャドシャドシャドシャッ!!!!

 その外では(はだか)の菊池が「たのしぃ~」と笑いながら執拗(しつよう)なまでに囚人(しゅうじん)を破壊し続ける。体全体を(むち)のように(しな)らせながら()うように()るう分銅鎖は死体を切断(せつだん)し、地面すら(けず)る。

 昼食休憩中の囚人も監視の刑務官も血の気を引かせてたままただ見ているしかない。

 本来なら〝囚人(しゅうじん)喧嘩(けんか)〟に便乗(びんじょう)暴徒化(ぼうとか)する囚人も、本来なら囚人の喧嘩を(ゆる)さず取り押さえるべき刑務官も、一人の盗賊王が周囲にぶちまける殺気(さっき)で動けない。

 殺気に気づかない狂人(きょうじん)二人だけが()うために、(つぶ)すために(うご)き続ける。

《報告。キングスキル所持者の(ひかり)属性(ぞくせい)魔法(まほう)がレベルアップ。新たに自己(じこ)催眠(さいみん)デアデビル・インザライトを習得(しゅうとく)したことにより、一時的な身体(しんたい)能力(のうりょく)強化(きょうか)が可能》

 ()道具(どうぐ)アナウザを手にもつジェイクは想定内(そうていない)の二人の〝羽化(うか)〟を石原(いしはら)米山(よねやま)に聴かせる。

「な、面白れぇだろ?」

 そう言ってジェイクは4本のハイポーションの(びん)(こし)小物袋(ポーチ)から取り出す。

「お前らの分だ」

 ガガッ!

 石原と米山の(あご)に、目にもとまらぬ速さのジェイクの(こぶし)が当たる。二人は脳震盪(のうしんとう)を起こし、すぐさまその場で意識(いしき)を失い、(たお)れる。

「お(まえ)らも見習(みなら)わねぇとな」

 (びん)のコルクふたを開け、佐々木の焼灼(しょうしゃく)した傷口(きずぐち)に1本のハイポーションの中身(なかみ)満遍(まんべん)なく振りかけた後、ジェイクは残り3本のハイポーションの(びん)を、気絶する3名の召喚者の肛門(こうもん)(ちつ)に、出血(しゅっけつ)するほど(あら)(ふか)くねじ込む。

(すく)いようのねぇ悪意(あくい)ってやつを」

 暗示(ヒント)を告げて盗賊(とうぞく)(おう)は大きく笑うと、狂乱(きょうらん)する菊池(きくち)()めに()かった。

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