その2
でき上ったものが硬化しないように、
作りかえるために、
永遠の生きた活動が働いている。
……………………
それは活動し、創造的に行動し、
先ず形をなし、ついで形を変える。
瞬間とどまることはあってもそれは外見だけである。
永遠なものは一切のもののうちに活動し続ける。
万物は存在に執着するならば、
崩壊して無に帰する外はないのだから。
(ゲーテ『神と世界』)
2. プロペラジェノサイド「回天翼」
(あと7人)
異世界パイガ。
超大陸アーキアの北西部。
17の王国が緩やかな関係でつながる領域。マルコジェノバ連邦。
その連邦を構成する一国の乾燥領域に屹立する一枚岩の頂上。
地殻変動と浸食によって残った巨岩の天辺。
(早く起きろ)
黄金製の懐中時計を手にする天使は苛立ちを隠しつつ、優雅な表情を保つ。
絹の衣をまとう天使の名前はサンダルフォン。
現在の身分は、天使。
その身分はあくまで「現在」。
すなわち執行猶予身分の天使。
もうじき天使でいられるかどうかが、決まる。
ヒュオオオオオ……
雲より高い巨岩エアーズロックの頂上で、絹衣の天使は学生服の人間たちをもう一度よく観察する。
(供物にささげた教師と運転手、旅行添乗員はいない。ゆえに全部で三十五匹)
安否を互いに確認し合う少年たち。
肩を寄せ合い、自分たちの置かれている状況を把握しようと努める少女たち。
天使サンダルフォンの様子を怯えながらそっと窺う少年少女たち。
(こんな連中に、この私の運命を託さなければならないとは……)
微笑みを浮かべる天使の内心は暗い。腸が煮えくり返るほど、暗く熱い。
「うっ……む」「……ん?」「う……」「……あ」
(あと3人)
苛立ちのあまり懐中時計の盤面をぶち割りそうになるのを必死にこらえる天使。異世界への召喚において、召喚者の最初の覚醒に、天使は干渉できないルール。
(干渉すればこいつらのスキル発現に関わる。故に堪えろ。怒りは敵。怒りは破滅の種)
天使サンダルフォンは自分にルールを言い聞かす。
ルール。
つまりは〝ゲーム〟の中に、天使サンダルフォンはいる。
ゲーム。
その名も「ソロモン」。
使命を遂行できなかった自らの失点を取り戻すための、たった一度きりのチャンス。
たった一度きりのゲーム。
失敗すれば天使たる身分を剥奪される。
絶対神モレクによって。
「おい、大丈夫か」
「え?……ここ、どこ?」
(あと一人)
手に脂汗を浮かべながら、天使はゆったりとした微笑を顔にはりつけ、最後の一人が目覚めるのを辛抱強く待つ。
(違うことに思いをはせろ)
天使サンダルフォンは召喚した修学旅行生たちを違う視点で検査しはじめる。
ゲーム「ソロモン」のために一度に呼び寄せられる召喚者の数は35名まで。
決められた瞬間に、同時召喚しなければならない神のルール。
(知的にも肉体的にも問題ない)
サンダルフォンの瞳に映る、若い人間集団。
東洋の比較的恵まれた島国の普通科高校のホームルーム一クラスをそのまま拉致召喚したこと。
(飢餓や戦争といった死に直面したことがない富裕層。ゆえに精神的に幼い。よって行動は読みやすい)
人選に不備はないと自分自身に伝えなおす天使。
(問題はここから。どのタイミングでジョーカーを選ばせるか)
サンダルフォンが自分の闇に呑み込まれそうになったところで、最後の生徒一人が目を覚ます。サンダルフォンは我に返る。平静を装いながら、周囲を見渡すように今一度首を動かし、そして優雅に一声を放つ。
「ごきげんよう。皆様」
天使の爽やかな声に導かれ、元高校生にして召喚者35名は天使を見る。人の理想とする若い健康青年を象った上位精霊のエリートは、微笑みを絶やさない。
しかしそのエリートは、ミスをすれば今度こそエリート身分を剥奪され、ただの精霊に成り下がる。
すなわち崖の縁に立つ天使。
(ジョーカーをいつ選ばせるのが最適解か)
思案のまとまらないまま、甘いマスクの天使は涼やかな声を続ける。
「ここはパイガ。皆様が先ほどまでいらした世界とは異なる時間軸で進む異世界でございます。そして皆さまは不幸にも元の世界で死にかけ、神モレクの慈悲により異世界へ召喚されたのです」
エリートは〝先達〟から予習できることは全て予習してこの場に来ている。
先達。
つまりゲーム「ソロモン」の生還者にして天使身分を死守した者。
先達曰く、
嘘を言えばペナルティで天使身分を剥奪される。
かといってゲームの駒として拉致してきたと人間たちに高圧的にふるまえば反感を買う。それは後々(あとあと)面倒ごとを招く。
故に嘘を言わず、本当のことも言わない。ギリギリのラインを攻める。
それが無難であり最適解だと〝ソロモン経験者〟は後輩に教えてくれた。
(ジョーカー……いつ決めたらいいのだ?)
「申し遅れました。私はサンダルフォン。天使サンダルフォン。神の慈悲を伝令する者」
「異世界……」「天使?」「まじかよ……」「嘘でしょ……」「召喚って、え?」
ざわめきがさざなみのように広がっていくのをゆっくり見届けるサンダルフォン。召喚者同士の人間関係をこの時点までにある程度見定めておかなければ勝率は下がると、先達はサンダルフォンに言い含めた。
(それが、ジョーカースキルを発現させるタイミングを誤らないための条件)
青空を吹く強い風にプラチナ色のくせ毛をなびかせながら、サンダルフォンはまた言葉を接ぐ。
「神モレクは、死に瀕した者に選択を与えます。すなわちそのまま死ぬか。転生するか」
バスガイドに扮した天使が教師と運転手と添乗員の命を刃物で掻き切った記憶だけ欠落している一同は、バスが高速道から轟音とともに落下していく記憶だけをまざまざと思い出す。
「そのまま死ぬというのは、この異世界でただ、生きるということ」
言葉を区切って伝える天使の言葉に、召喚者たちの曇っていた表情が明るくなる。
「獣のように。つまり死ぬときはただ死に、生きられるまでただ生きるということでございます」
記憶力の高い天使はゲーム経験者にして〝合格者〟の言葉を一言一句間違わずに伝える。
合格者。
モレク神の課したゲーム「ソロモン」において、勝利条件を満たし、天使の座に居座ることを許された者。サンダルフォンにとっての真の先達。
(合格者がいるのだ。決して絶望的な遊戯ではない)
自分にそう言って聞かせる天使サンダルフォンの語調は強くなる。
「一方で転生とは、獣のごとくただ生きるのではなく、神モレクの課した過酷な試練に異世界でたち向かうこと。その果てに用意された祝福です。望む人種。望む家庭。望む地位。望む若さ。望む健康。望む富。望む瞬間。望む記憶。元の世界に戻り、しかも己の望むあらゆる条件を満たす次の人生。それが転生です」
転生。神。試練。
三つのパワーワードが召喚者たちの中を飛び交う。電流が走ったように鳥肌を立たせる。
「試練」
天使サンダルフォンは一度間を置く。俯く。そして顔を上げる。
「試練とは、魔王ラクシャラーヴァを倒すこと」
芝居気たっぷりの天使はしかし、暗い。夜の山中を彷徨う幼子のように、内心は暗い。
(合格者の中でも分かれた。ジョーカーをいつ決めるのかは、意見が分かれた)
「皆様が神によりこの異世界に召喚された真なる理由は、勇者として、地上の支配を企てる魔王ラクシャラーヴァを覆滅すること」
(そもそもこいつら駒どもにジョーカーを決めさせるのが正しいのか?こちらで決めた方が良いのか?それについてもっと、判断材料が欲しかった)
「もちろん、そのために必要なだけの能力をモレク神は皆様に用意しました。ですが、それでも魔王を討伐できるかどうかは定かではありません。神より授かりし力を真に発揮できず魔王に挑めば、残念ながら空しく死ぬのが定め」
(法則がいまだない。ジョーカーを決めるタイミングも、ジョーカーを決める者についても、勝利法則が確立していない。現段階ではあくまで経験則。勝利のための判断材料が乏しすぎて私が判断材料になる恐れがある。これでは完全な博打。そんなものがあっていいはずがない)
「そうかといって、皆様に永遠の時間は用意されておりません。元の世界と同じく、時間の流れに従い、皆様はここで老いていく。成長と同時に老いは迫ってきます。生きるとは老いること。魔王に挑める肉体と精神の限界には期限があるのです」
(私は天使。精霊の頂点にして完璧なる者の一つ。天使が自分の命運を運任せになどしていいはずがない)
必要事項の説明を終える天使サンダルフォン。
「首をナイフで斬られた先生たちは、どうなったんですか?」
一同が口を半開きにしたまま、天使から視線を外す。声の方へ目が向く。
「は?」
そして声を漏らしたのは、ほかならぬ天使だった。
「先生です。ほら、あなたによく似た目と雰囲気の女性のバスガイドがナイフでこう、先生の首を刺して斬った」
声の主はそう言いながら、指二本を動かし、自分の首を斬る真似をする。
(なぜ死の直前を覚えている?その記憶は全員消したはずなのに)
天使の頭の中が白くなる。山の中で突然、嫌な感じがして立ち止まる登山者のように。
(こいつは何者だ?)
「何訳の分からないこと言ってんのよ!」「そうよ!先生がそんなことになるわけないでしょ!!」
「え?みんな見ていなかったの?」
天使の眼が素早く動く。召喚者三十五名の挙動を一瞬でとらえる。
「おめぇふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」「頭おかしいんじゃね?」
そして天使は、責められる中心人物をまじまじと見つめる。
(シウラソラ……確か教師のすぐ後ろの席に、一人で座っていたガキ)
志甫蒼空。
黒いミディアムヘアの毛先は、地を這う風を弾くように跳ねている。
「おかしいなぁ……」
その細身の少年が今、バッシングを受けて不思議そうに首をかしげる。
ギョロリ。
首はそのまま。けれど、足元に向けていた視線をもう一度、天使に向ける。
パチン。
天使サンダルフォンは懐中時計の蓋を指で閉じる。
(モレク神よ。もうソロモンゲームは始まっているということですね)
天使は決断する。森の暗闇に懐中電灯の光を向ける登山者のように。
(シウラソラ……お前をジョーカーにする)
「皆様落ち着いてください。異世界召喚の際の余波で、誰しも混乱されておられるのです。先生と呼ばれる方も筐体を操作していた方も異世界へと召喚されております。ただ、こことは異なる場所です。世界はいくつも並行して在るのです」
嘘は言わない。しかし本当のことも言わない。
無という異世界へ二人が消えたとは、天使は告げない。
「今一番大切なことは、皆さまの〝今後〟でございます」
腹を括った天使サンダルフォンは、志甫に最初に噛みついた女子召喚者に視線を送る。
和布浪芽衣。拉致された2年6組の学級委員。
「……」
天使に見入られた和布浪は一瞬ビクついたが、すぐに思ったことを口にする。
「魔王、でしたか?私たちが魔王と戦った場合の勝率とは、一体どれくらいのものなのですか?」
自分と似た完璧主義の匂いのする和布浪を指名した天使はニコリと微笑む。
「先ほども申しましたが、それは皆様方次第でございます。多くの時間をかけて経験値を積んだとしても、老いと忘却が勇者様を捉え、魔王討伐に失敗した例もございますし、若さと勇気を頼りに早々に挑み、さっさと散って往かれた勇者様もおられます。ただ……」
天使の目が冷たく光る。
「魔王討伐に成功した事例には全て、共通点がございました」
「共通点?なんだよそれ?」
和布浪ばかりに目を向けていた天使に、タメ口を聞く男子召喚者。
大音師蓮。
学級ヒエラルキーで裏の頂点に君臨するワル。
「ジョーカースキルでございます」
目をガラス玉のように光らせたまま、天使は大音師の方へ首を水平に動かす。
「ジョーカースキルだと?」
天使の人形じみた不気味さにオウム返しするしかない大音師。
「はい。ジョーカースキルです。他の様々(さまざま)なスキルの発現の有無や頻度はその時々によって異なりましたが、魔王討伐に成功したいずれの場合においても、ジョーカースキルの発現だけは必ず起きておりました」
首だけをロボットのように動かしながら、全員に公平に視線を送りだす天使。
「あっ、あのあのあのあの!」「待て待て。俺がかわりに聞く。ジョーカースキルって、な、なんですか?」
バスの座席でも、異世界召喚されてもずっと四人で固まっている集団の一人が天使に質す。
仙石大輝。
学校で一人しかいない歴史研究会の部員にして部長。
「ジョーカースキルとはトランプスキルでございます」
新たに質問せざるを得ない答えを投げ返し、召喚者の様子を楽しむ天使。
「トランプスキルとはなんですか?」
「聡明のクラブスキル、稀少のダイヤスキル、肝心のハートスキル、協力のスペードスキル、堅固のジャックスキル、柔軟のクイーンスキル、王道のキングスキルなどの総称です。いずれも魔王討伐に役立つ能力で、皆さまはそれぞれ、何らかのスキル発現資格を召喚完了時点で神より授かっております」
説明をしながら、天使サンダルフォンは既に呪文詠唱を始めている。
「この世界には魔王をはじめとする魔物が数多く存在します。魔物とは魔力素という因子の混ざった生命のなれの果てでございますが、それらを倒すことで皆様は各自の所有するトランプスキルを発現かつ成長させることができます」
「すげぇ」「まるで、ゲームの世界みたい」「パラメーターとかも見えるのか?」「何も見えないけど」
浮かれた声がそこかしこで湧きあがる。
その中で、無表情で大空を見ている志甫。深刻な顔つきで地面を見つめている和布浪。嬉しそうに、天使にガンを飛ばす大音師。「夢ではござらぬかぁ」と不必要に大声で叫び自分の頬を手で叩く仙石。
「とはいえ、成長速度は通常、微々(びび)たるもの。トランプスキルの極致であり魔王討伐に必要な〝英雄シリーズ〟の扉を見事開けられるものはごくわずか。通常であれば」
黙り込む一同。唾をのむ。
「そこで必要になるのが邪道のジョーカースキルでございます」
(((((ジョーカースキル?)))))
「ジョーカーとはすなわち疑似魔王。ジョーカースキルの所持者を殺せば、召喚者様はスキルの極みである英雄シリーズをただちに解放することができるでしょう。魔王討伐に成功した勇者様はみな英雄シリーズの解放者でした。そしてその誰もがジョーカースキル所持者の屍を乗り越えてきた召喚者でした」
静まり返る少年少女たち。風の音だけが強くなる。
「てことはジョーカーは、俺たち勇者に殺されるってわけか?」
自分=勇者の方程式が頭に染み込んだらしい大音師が、沈黙を破る。
「左様です。そしてジョーカースキルの所持者は皆様で決めることになります。トランプスキルが誰もまだ発現していないこの状況、この仲間内で」
(それって)(つまり)(同級生を)(クラスメイトを)
(((((殺せってこと?)))))
天使の言わんとしていることを理解した召喚者たちの背筋が凍りつく。
(あと少し)
長い詠唱がクライマックスに近づく天使は、丁寧に言葉を接ぐ。
「ジョーカースキルの所持者は、他の召喚者すべてに居場所がばれてしまう呪いを受けます。つまりどこにいても命を狙われる」
(ジョーカーを選ばせるつもりはない。道化師は私が選ぶ)
特定の召喚者にジョーカースキルを与えるべく、既に詠唱を進めていた天使サンダルフォン。
「しかしそのようなデメリットがある代わりに、ジョーカーに選ばれた者だけは、自らが思い描く能力を神に懇願することで、それを授かることができます。邪道を歩む代償です」
(私が選ぶ。が、自分たちでジョーカーを選んだと思わせないと、後に公表されるビトレイヤーの処分に困る)
計算し尽くし詠唱終了目前の天使が刮目する。
「それでは皆様。御決断を」
強張る召喚者たちに問う天使。
「どなたを。ジョーカーに。なさいますか?」
重い沈黙が始まる。草も木もない岩肌までズシリとした沈黙に包まれる。
「おい、志甫」
((((((きた))))))
大音師の声に、ヒエラルキーの頂点の声で、ほとんど全員の緊張が極まる。
「なぁに?」
ぼんやり答える、黒の外ハネミディアム。
「お前、ジョーカーになれ。俺が今度こそまじでブッ殺してやるよ」。
常にいじめる側の男が愉快そうに宣言する。
「う~ん、どうして僕なの?」
常にいじめられる側の男がまたぼんやり返す。
「目障りだからに決まってんだろ」
「ちょっと大音師君!」「ああうざいうざい!じゃあアンタがジョーカーやるわけ?」
大音師を注意しようとした和布浪を遮ったのは、大音師のカノジョ。
世良田莉子。大音師にべったりくっついている。
「……」
何も言い返せず、天使をキッと睨みつける和布浪。
「ジョーカーは、すぐに選ばないといけないんですか!?」
「いいえ。何時でも構いません。ただ後手に回れば回るほど、勇者様方にとって不利になるかと私は考えます」
「?」
勝負をかける天使。風がやむ。空気が澄み渡る。
「ジョーカースキル所持者は、同時に召喚された人物全員が生きている状態でないと決めることができません。例えばここで誰か一人でも頂上から滑落死した時点でジョーカースキルは発現しなくなります。すなわち生存者全員が通常のトランプスキルで魔王討伐に挑むことになります。そもそもジョーカースキルなしでスキルの英雄シリーズを開いた事例を私はあまり聞き及びません。そしてジョーカースキル所持者を決めずして魔王討伐に成功した事例はございません」
嘘ではないギリギリの線を攻め続ける天使。
「ここに全員でずっと一緒にいることは叶いません。前提としてここは安全地帯ではありません。高所ゆえに滅多に魔物はよりつきませんが、例えば魔物ロックバードなどは平然とここを上回る高度を飛んでまいります。ロックバードは強敵です。まだスキル発現すらしていない皆様方であれば、出遭ったその場で即死に見舞われるでしょう」
天使が言い終わると風が吹く。召喚者たちの体温を急速に奪う冷たい風が吹き始める。
「お分かりですか?大集団で固まって行動することは全滅のリスクを増やすことにつながります。ですから、私は皆様をこれから小規模な集団に分散させる予定です」
有無を言わさず一気に説明した天使はここで一息つく。
「そういうことですので、ジョーカースキルは今決めた方が良いかと思います」
イラついた表情を浮かべる大音師にニコリと余裕の笑みを送る。
「……」
血管を額に浮かせた大音師が口を開く。
「聞いただろ。今、ジョーカーを決める。文句がある奴がいるならこっちに来い。崖から落ちるかジョーカーになるか、選ばせてやる」
天使の思惑通り、天使にとっての模範解答を、ドスの効いた声で周りに発する大音師。
キャッキャするのは世良田だけで、もちろん誰の声も出ない。
「おい志甫」
「わかったよ」
「はぁ」とため息をついた志甫がその場で立ち上がる。
「ジョーカーをやればいいんでしょ」
嘲るような笑みを浮かべる大音師を見ず、志甫は答える。
「そうだ。俺のためにな」
「はいはい」
志甫は最後まで大音師に顔を向けず、そして天使を見る。
ギョロリ。
つまらないものでも見るように、下らない者を哀れむように、天使へ視線を送る志甫。
「で、どうすればいいの?ペ天使様」
「少々(しょうしょう)お待ちくださいませ」
志甫の目線と的を射過ぎたギャグに怒りを覚えるも、ぐっとこらえ、胸を張り、大仰に両腕を振り上げる天使。
「神モレクよ。お聞きくださいませ。たった今しがた、ジョーカースキルを得る者が定まりました」
本来ならここから数分に渡って続く天使の長い詠唱は既に、終わっている。
ヴヴヴヴヴヴヴン。
一瞬にして志甫を中心にして円形の魔法陣がいくつも重なって展開する。
「召喚者よ、汝の名を正しく神へ名乗りなさい」
「僕の名前?僕はシウラソラ」
「シウラソラよ。これより神直々(じきじき)の御言葉をいただきます。嘘偽りなく、ためらいなく、簡潔に申し述べること」
「はーい」
青かった空が赤く染まっていく。冷たい空気がサウナのように極端に暑くなる。
《……シウラソラニ問ウ。汝ノ望ミハ何ゾヤ》
赤い空に浮かぶ黒い太陽。
そこから降り注ぐように響く声。その中心にたたずむ志甫。
「望み、か」
赤く染まった空の黒陽を静かな眼で見つめる志甫。その足元の魔法陣の光は、今か今かと待ち望むようにじりじりと回転している。
「召喚者よ、速やかに答えよ」
焦りをひた隠しに隠しながら、天使サンダルフォンが水を差す。
「…………」
(夜の雪山、橋から川へ飛び降りた高校生の動機……分かる気がする)
神に問われた少年は、修学旅行中のバスで、天使の禁厭を思いだしていた。
「翼をください」。
(は?)(え?ツバサ?)(何言ってんの?)(飛んで逃げるつもり?)(歌かよ)
志甫がふざけているのか本気なのか分からず、思いがけず混乱する魔法陣の外野。
《翼トハ、イカナル翼カ。形象ヲ望メ》
魔法陣の光の回転速度が増す。樹の年輪のようにいくつも巻いた光の陣は時計回り、反時計回りと、ばらばらの向きに、ばらばらの速度で回転している。
「そうだね」
首の後ろに手を当て、うなじをポリポリと掻き始める志甫。
(どうせ哺乳類か鳥類の前肢由来の翼であろう)
笑いをこらえるのに必死な天使サンダルフォンが、眼を瞑る。
(あるいは羽虫どもの表皮由来の翅か?なんでもよい。どのような剛健な翼を拵えようとも、私の計画の邪……)
「ヤコブレフVVP-6」。
志甫の注文で、魔法陣の回転が鈍る。一切の回転が止める。
((((ヤコ?え?))))(((なんて言った?は?)))
頭に「?」の浮かぶ一同。
ドサ。
その困惑の中、エアーズロックで体育座りをしていた男子召喚者一名が突如、横に倒れる。
「どうしたアイツ?」「あれ、釘崎じゃね?」「あいつ、居たんだ」
シュン。
「「「「「「!」」」」」」」
黒い太陽の真ん中に浮かぶ、さらに赤い円。それはまるで、巨大な眼球。
《認証シタ。……飛翔のための全細胞改造を支持》
天空の眼球が血走る。
「おネガいシマす」
魔法陣の輝きが増す。光輪が全て反時計回りに高速で回り始める。
《承諾。準備測量開始。遣形墨出完了》
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイ……
《杭打及び基礎工事完了。仮設、高力ボルト接合、溶接接合、開始。鉄骨工事完了》
(なんだよ、あれ)
魔法陣の光が志甫に吸い込まれていく。
《型枠設定。RC躯体工事完了。建具、配線、石工事、防水、耐火被覆、塗装完了》
(トラえもんのダケコプター?)
志甫の全身を、志甫自身から生えてきた黒い蔓が覆う。頭部の頂端で蔓は絡まりながら放射状に、開いた傘のように広がる。
状況が呑み込めない者たち、思考が追い付かない者たちはただ、記憶の中にあるモノで〝それ〟を認識しようとする。
そうするしかない。
(キノコになった?)
召喚者にとっての、その見た目は、皺だらけの、大きな黒いキノコ。
「…………うゴけ」
見た目は。
キュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!
〝黒キノコ〟から、空気を切り裂く音と殴るような風圧が全体へ拡がる。
エアーズロック頂上で容赦のない暴風が吹き荒れる。
「うあああああっ!」「助けて!!!」「飛ばされる!!」「きゃああああああ!!」
(どうして死んだのか)
翼。
志甫の希望した翼はヤコブレフVVP-6。
(高校生はどうして入水自殺したのか)
全長47.7m。全幅44.3m。高さ4.2m。
(〝それ〟は自殺じゃない。ただ知りたかったんだ)
飛べるはずのない超大型ヘリコプター。
(恐怖と不安だらけの地上に降り立ち、行方不明になりそうな鳥の視界と)
垂直離着陸機VTOLを発進させるための空中空母。
(恐怖も不安もない上空へ飛び立ち、安心して下界を見下ろす鳥の視界)
合計24基のターボプロップエンジンに、6基のローター。
(二つの鳥の視界は異なるけれど、どちらにも溺れないのが飛ぶことだと、知るため)
飛べるはずのない、幻の回転翼怪物。
(神様。僕は溺れない。溺れない翼を望んだ。だから僕を、浮かせて)
《魔法改造終了》
天の眼球が割れる。無数の悲鳴が零れる。
《回天翼完成》
黒い光線が眼球の割れ目から志甫に降り注ぐ。黒い眼球が、黒い太陽がかき消える。
《飛翔可能》
ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!!!!!!!!
エアーズロック頂上全体がさらなる強風に見舞われる。
地面がひび割れて、しかも、めくれる。
侵食された岩が紙のように容易くひっくり返る。
天使が魔法で逆風を発生させて召喚者たちを必死に守る。
(この私の魔法が押されるだと?これがジョーカーの力だというのか?)
「ありえねぇ……なんだよ、あれ」「うそでしょ……」
メキメキメキメキ……
「キモイ!まじキモイんだけど!!」「ねぇ!あれヤダ!あれ、違うよねアレ」
ゴキンッ。ガチャチャチャチャチャ……
爆風を放射しながら巨大ドローンのように浮かぶ、黒い志甫。
「風が強すぎて立ってられない!」「おい!なんか変だぞあれ!!」
天使の魔法による庇護があっても目を開けているのがやっとの召喚者たち。その彼らの前で、〝黒キノコ〟がさらなる異形をとる。
《弾薬口径、弾薬寸法、銃身長、発射薬量、弾頭重量、初速設定、最大射程確認。装填方式選択》
(腕の先にあるこれは飾り、じゃないよね)
巨大で禍々(まがまが)しいドローンを首に生やした機械生命体が、確かめるように無骨な腕を持ち上げる。
《装填準備ノ全工程完了》
「力がアル……」
まるで砲身のような腕が、
「と思ウユえに、力があル……発射」
《発射》
ドムンッ!!!!!!!!
火を噴く。
ドボグシャッ!!!
「「「「「「!?」」」」」」
暴風の中、血煙と土埃が一か所で炸裂する。
《報告。召喚者1名の死亡を確認。伊藤健介。男17歳。クラブスキル所持者。残存敵数残り33名》
出来立てのクレーターとそこに散らばる無数の肉片と大量の血だまり。
抑揚があまりなく内容も惨いが、黒い太陽から降り注いできたのとは異なる天の声。
それらが合わさり召喚者たちを恐怖のどん底へ突き落とす。パニックになる。
「きゃああああっ!」「おい!健介!!」「助けて!誰か助けて!!」
(神よ。何という力をお与えになられたのですか!)
《風圧偏流計算終了。105mmL74ライフル砲ノ砲外弾道軌道ヲ修正》
天使の心の叫びを無視し、黒い太陽の声が再び上がる。
「!?」
志甫の右腕の先はライフル砲1門。そして左腕は、
《反動予測演算終了。20mmガトリング砲発射可能》
「掃射、縦射、追射ハじメ」
《承諾》
ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロッ!!!
岩が、空気が、肉が、血が、ボコボコのグチャグチャになって吹き飛ぶ。
《報告。召喚者4名の死亡を確認。寺田理沙。女17歳。スペードスキル所持者。窪沢瑠奈。女17歳。ハートスキル所持者。梅山隆。男17歳。クラブスキル所持者。原雄一。男17歳。ハートスキル所持者。残存敵数残り29名》
「天使の愛シタ者たちは早く死ヌミたいだネ。……テクニカルデータ再回収」
死亡結果を聞いた黒い空中空母は内臓スピーカー越しに天使を挑発する。
「くっ!」
(やはりジョーカースキル発現は博打だったか!!)
天使サンダルフォンが急ぎ別の魔法詠唱を開始展開する。
《連絡。転移魔法陣展開準備ヲ確認》
「そレハ?つマリ?どイウうこと?」
火薬と鉄と血の臭いの中に、赤い空が志甫の声を拾う。答える。
《報告。天使ハジョーカーノ遠方転移ヲ決断》
「そッカ。それハイイ決断ダ」
志甫の両脚の付け根。二つの鼠径部から等距離の部位。すなわち股間から前方へ、勃起した男性器のように伸びる、黒光りする筒。
「興奮シて久しぶリニ射精シソう」
そそり立つのは120mm対空砲。最大射程18キロメートルの超重高射砲。
〝射精〟すれば、エアーズロックの召喚者陣地ごと木端微塵に吹き飛ぶ。
「あア。イく」
煽る空中空母に、天使が転移魔法を急ぐ。
ヴ。
「消えよ!悪魔!!」
ズゥドォオオオオオオオオオオ――ンッ!!!!!
シュウウ――ンッ!
《報告。召喚者8名の死亡を確認。若尾樹。男17歳。ダイヤスキル所持者。家村航平。男17歳。ジャックスキル所持者。芳野将。男17歳。クラブスキル所持者。青木累。女17歳。クイーンスキル所持者。梅津彰浩。男17歳。キングスキル所持者。久保千秋。女17歳。ダイヤスキル所持者》
赤かった空が、白く、そして青くなる。
雲が流れる。静けさがもう一度戻る。
(なんということだ……34匹中すでに13匹も失った。ミスった!)
肩で息をする天使サンダルフォンの全身を冷や汗が流れ落ちる。
《報告。ジョーカースキル所持者の転送終了を確認。現在南西3000キロメートル先の離島フィリニアに滞在》
黒い太陽出現の時とは異なる軽い天の声が、また淡々と事実を告げる。上空特有の冷たい風が汗と土まみれの召喚者たちに吹き始める。
(しかもダイヤスキル所持者が2匹も死んだ。まずい!)
戦争跡地のようになったエアーズロック頂上。召喚者たちは砂礫からゆっくりと起き上がる。ある者は恐怖でただ震え、ある者は血に染まる傷口を無我夢中で必死におさえ、ある者は骨の折れた腕の痛みに歯を食いしばり、ある者は煤で汚れた顔面を両手で覆い、泣きじゃくる。
ギョアァ……ギョアァ……
120mm対空砲からの生存者の確認をしようとしている矢先、天使サンダルフォンの耳に、最悪の鳴き声が届く。
(もうロックバードが!?……ジョーカーの出した爆音のせいで、予定よりかなり早く勘づかれた!)
天使の想定していた時刻をはるかに前倒して、魔物ロックバードがエアーズロック頂上を目指して飛んでくる。
(どうする?どうする?召喚者の能力は、一堂に集う今この時に確認しておきたい!エーススキル所持者は後でいい!!せめて、せめてビトレイヤーが誰かだけは今、絶対に知りたい!)
「うお?」「なんなの、光ってる」「あ、私ちょっと、何かきた!」
「!?」
天使の焦燥とは無関係に、志甫の〝艦砲射撃〟から一命をとりとめた召喚者たちの体に次々と異変が起こる。
《報告。ジョーカーによる攻撃から生還したことにより、佐々木涼。スペードスキル発現。剣術スキル及び風魔法スキル解放。同じく庄子結奈。ハートスキル発現。杖術スキル及び水魔法スキル解放。同じく横田浩伸。クラブスキル発現。種子鑑定スキル及び土魔法スキル解放。……》
(ジョーカーから生き延びたというだけで、スキル発現のタイミングが早るとは……)
魔物ロックバードの鳴き声を遠くに聞きながら、呆然となりつつ、自分の境遇に少しでも僥倖を見出そうと気持ちを切り替える天使サンダルフォン。生き残る召喚者全員を転移させる準備に取り掛か……
《警告。ビトレイヤーを決定》
天使の心臓が思わず止まりそうになる。
次々にトランプスキルの発現者が明らかになる中、天使の待ち望んだ〝その言葉〟がとうとう天から届く。
(来たか!)
天使はうなだれ、拳を握りしめる。
《ビトレイヤーは2名。一名はクイーンスキル発現者世良田莉子。もう一名はダイヤスキル発現者綾瀬圭祐。以上2名に確定》
頭を上げたサンダルフォンは目を皿のようにして二人を探す。
「ちょっ!?何よビトレイヤーって!」「なんだ?俺、何かやらかしたか?」
ビトレイヤー。
神が、天使抹殺に向けて放つ猟犬。
すなわち天使の命を狩る特殊スキルの所持者。処刑人。
神のゲーム「ソロモン」において、絶対安全の位置にいる者はないという証明。
《世良田莉子。クイーンスキルの裁天シリーズ「天使を篭絡する者」を確認。綾瀬圭祐。ダイヤスキルの裁天シリーズ「天使を斬獲する者」を確認》
(クイーンやキングはある程度覚悟していたが、ダイヤまでぶつけてくるとは……)
天使サンダルフォンはビトレイヤーに抹殺された幾多の先輩天使を思い出しつつ、顎に垂れてくる汗を衣でさっと拭きながら、次の一手を早々(そうそう)に打つ。
「皆様、よくお聞きください」
(神はよほど私を疎ましく思っているらしい)
「先ほどごらんになったように、ジョーカースキルはあまりに無慈悲にして出鱈目。ですので、神の使徒である私は皆様を先の暴風から守ったように、皆様を加護し導くためこの地上パイガに存在します」
(私は疎まれし者……上等。この程度の障害、跳ね除けてみせる!)
「とはいえ私も不死ではありません。そして皆様への私の過剰な介入と援助と干渉を神モレクは良しとしません。ですから、そのような私を排除するためにビトレイヤーはこの世に存在します」
頭の回転の速い天使はここにきて真実を語る。
志甫の虐殺砲撃を目の当たりにした召喚者たちにはその方が沁みていくと咄嗟に判断した天使は、終始冷静に語り続ける。
「聞こえますか?魔物ロックバードの囀りです」
生存者たちは言われて、キョロキョロと辺りを見渡す。
スキル発現者の中で遠方を視られる召喚者が「こっちに何かが飛んできている」と叫ぶ。指さす。全員がそっちへ目を凝らす。宙に浮く小さな点。
やがて鳴き声が風に乗って、召喚者の耳にもようやく届く。小さな点が徐々(じょじょ)に大きくなる。
「〝私は〟皆様を地上に逃がしたい。けれどその邪魔をするのがビトレイヤー。私の魔法を妨害するのがビトレイヤー。天使の邪魔をすることは、いうなればジョーカーに与するのがビトレイヤー」
「は!?ちょっと待てふざけんな!」「え?……え?」
召喚者たちが目を丸くして世良田と綾瀬を見る。すぐに理解した世良田が「決めつけんな」と怒鳴り散らす。少し遅れて綾瀬がオロオロし始める。
グギャーオ……
「皆様。この二人をどういたしましょう?私は天使。ビトレイヤーとはいえ召喚者を排除することができない掟に天使は縛られております。そんな非力な私にできることと言えば、彼の者たちを〝どこか〟へ転移させるくらいのものです」
ギャンブラーのように今度は無表情を顔面に張りつかせた天使サンダルフォンが召喚者たちに問う。ロックバードは着実に近づいている。ロックバードの捕食対象は召喚者だけでなく天使も含まれている。
「大音師君」
「ああ?」
「さっきみたいに、決めないの?」
学級委員の和布浪は割れた眼鏡の奥の瞳で、大音師を見据える。
「……」
「じゃあ、今度は私が決めていい?」
低く言われて、大音師の額に汗が浮く。
「……知らねぇし。好きにしろよ」
「はぁ?ちょっと何言ってんの?そこは「決めさせない」ってアタシを庇うところでしょ!?リコはどこにも送らない!ブス委員長のテメェを送るってワフナミに言えよ!」
「うるせぇんだよカス!テメェのことなんざ知ったことか!!」
大音師と揉みあい、張り飛ばされる世良田。
「なあ、和布浪……俺を一体、どこに送るつもりなんだ?」
まだ思い至らず、半泣き状態で立ち尽くす綾瀬。
全員の視線が今度はゆっくり、和布浪に集まる。
(ガキ!早く言え!)
天使は無表情のまま、心裡で叫ぶ。
「……二人を」
何かにとり憑かれたように爛々(らんらん)と眼を輝かせる眼鏡少女は、乾ききった口の中から声を搾る。
「志甫君と同じ場所へ」。
「「!!!」」
志甫をジョーカーに選んだ召喚者が、志甫のもとに飛ばされる。
クマを檻に閉じ込めた者が、クマの檻の中に入れられる。
要するに、死ね。天使を殺すような召喚者は死ね。
要するに、殺されて来い。天使を殺そうとする奴は怪物に殺されて来い。
学級委員は世良田、綾瀬二人の命の在り方をそう、提案した。天使の計算通りに。
「承知しました。ビトレイヤーではない皆様、異議はございますか?」
自分が生き残ることしか念頭にない自分自身に気づき、恐怖し、慄き、何も言葉にできない一同。
泣き崩れて地面を叩く世良田。瞼を閉じ、ギュッと口を結ぶ綾瀬。
「意義はなさそうなので、さっそく送還いたしましょう」
心で笑う天使が展開する魔法陣が召喚者二名を包む。
「お願い!助けて!!」「ちくしょう……ちくしょう……」
精神的疲労から解放された天使は残る魔力全てを使い、世良田と綾瀬を絶海の孤島フィリニアへ飛ばす。
(勝った。いや、それは尚早だとしても、少なくとも敗北は去った)
「「「「「……」」」」」
エアーズロック頂上。
身も心もすり減り、憔悴した召喚者たち。
グギャーオ……グギャーオ……
自分たちで招いた悲劇の感傷に浸っていられないことを知らせる魔物の声がかなり近づく。
《注意。神鳥ロックバードは上位の魔物》
天使サンダルフォンが咳払いをする。
「いわゆる鳥葬と申しますか。魔物に勇者の肉を食わせるのは少々(しょうしょう)抵抗がございますが、天におわす神に一番近い所で神に見守られながら、肉体の檻より魂を解き放たれるとすれば、これもまた立派な葬儀と言えましょう」
召喚者全員が目視できる範囲にロックバードが現れる。極彩色の巨大鳥。そしてトランプスキルを発現した召喚者たちの脳内にそれぞれ「天の声」が再生される。一同はロックバードの恐ろしさを聞き知る。
「また、その魔物ロックバードを倒せばなおのこと、志半ばで斃れたお仲間の無念に応えられるというもの」
(人間の新鮮血肉に気を取られている隙に、生存者を連れて逃げ切る)
全部を計算に入れて、死体放置を提案する天使サンダルフォン。
グギャーオ……グギャーオ……
「それとも全員の遺骸を皆様が手に持ち、地上に向かわれますか?」
天使はそう言って死者の方へ掌を向ける。
バラバラの残骸と化した同級生の死骸を改めて見てしまう召喚者。胃袋からせりあがる吐気を必死に耐える者。耐えられないで嘔吐する者。再び涙を溢れ出させ嗚咽する者。そんなことより近づいてくる鳥型魔物の威圧感に耐えきれず尿を漏らす者……。
「何かを得るには何かを失わねばなりません」
「「「「「「「「「「「!!??」」」」」」」」」」」
そして。
「それがこれから進むべき道。心してください」
いつの間にかドラゴンに姿を変えた天使サンダルフォンを目の当たりにして仰天する召喚者たち。
「皆様全員を転移させる時間も魔力も私には残されておりません!さあお早く私の体におつかまり下さい!」
白金色の毛でおおわれたドラゴンの体に生存者たちは我先にと慌ててしがみつく。
「先ほど斃れた召喚者のお仲間は鳥葬により、天に召されます!ジョーカーとビトレイヤーを除き、残るは皆様十九名!」
(全部で19匹。この中からあとは見つけ出すだけ)
現れた魔物ロックバードが急旋回し、天使サンダルフォンに鋭い爪で襲いかかる。その爪攻撃を羽ばたいたドラゴンは器用に躱して天空へ逃れる。
「「「「「うわああああああーっ!!!」」」」」「「「「「きゃああああっ!!!」」」」」
振り落されないよう必死にドラゴンにしがみつく召喚者たち。
(エーススキル。鬼札に対抗するための、唯一の切札)
ロックバードの執拗な追跡を振り切り、日没間近、天使サンダルフォンは超大陸アーキア北西端の大国、すなわちマルコジェノバ国に召喚者たちを連れて行った。
AS FREE AS A BIRD?