第一部 迷宮脱出篇 終章
志甫「気になる?」
釘崎「いや。気にならない」
志甫「じゃあどうして僕の方を見るの?」
釘崎「お前じゃなくて、天気のいい外の景色を見てるんだ」
志甫「そうだね。気づいていたよ。最初から」
釘崎「……」
志甫「窓際の座席、譲ってくれてありがとう。俺との相部屋を嫌がらなかったことにも感謝している」
釘崎「別に感謝されることじゃない」
志甫「肩身の狭い独りぼっちはこういう時、お互いに、気を遣わないとね」
釘崎「そうだな。先生席の後ろで、志甫蒼空の隣で、しかも通路側の席に座ると、つくづくそう感じる」
志甫「……」
釘崎「……」
志甫「聞かないの?」
釘崎「だから何をだ?」
志甫「なんでプロフェッサーキューブの面の色を揃えないのって」
釘崎「それ、ルーピックキューブじゃないのか?」
志甫「5×5×5の立方体はルーピックキューブとは呼ばないんだよ」
釘崎「そうなのか。それは初めて知った。それで、どうして面の色を同じに揃えないんだ?揃え方を知らないのか?」
志甫「いや。揃えるために動かしていないからだよ」
釘崎「そうか。………何かを思い出す訓練か?」
志甫「なぜそう思うの?」
釘崎「色を揃えてはいないが、何回か全く同じ模様の面を作り出していた。それと、模様を作った後、他の面の模様の色を見る時の体の動きに共通する妙な癖があったから、なんとなくそう思った。癖を分けるとたぶん4つの、異なる、体系的にまとまった物事を思い出そうとしている気がした」
志甫「……本当に君、すごいね。正解だよ。まぁ正確には5つだけど」
釘崎「4つを統一できないはずはないって表情で面の模様を新しく作ろうとしていたアレか。それを含めたら5つかもな」
志甫「君、人の頭の中が読めるの?」
釘崎「そんなわけないだろ………」
志甫「この僕がせっかく褒めたのに、僕を無視してまたボロボロの『ドリトル先生航海記』を読む振り?」
釘崎「振りじゃない。俺は好きで読んでる。それと、恥ずかしいから人前で『ドリトル先生』とか言わないでくれないか?」
志甫「何もしない(DO LITTLE)。「人生に荷物など必要ない」という博物学者。研究に没頭するために不死を求める彼の物語を読む人間を恥ずかしいとは僕は少なくとも思わない。第一、後ろの席で騒いでいる爬虫類レベルの脳しか持たないあの盛った同級生たちが、『ドリトル先生』シリーズの児童書を一度でも読んだことがあると君は思う?」
釘崎「……」
志甫「そんな爬虫類の庭にいる君は一体何?」
釘崎「宿泊するホテルの相部屋が決まった時にも言ったが、俺は釘崎鉄太郎だ。それだけだ。それと、違う」
志甫「?」
釘崎「ドリトル先生は不死を一度は求めたが、あきらめた。不死になったら何もやりたくなくなる。何もかも色あせて見えてしまう。自分も含めてみないつか死ぬからこそ、出会う命すべてが輝いて美しく見える。博物学者ドリトルは最後、それに気づいている」
志甫「へぇ。君は彼をそう読むのか。……君が何か。少しだけ分かってうれしいよ」
釘崎「……」
志甫「それにしてもこのバスの窓からは、見渡す限り緑の山ばかり。陸を這うだけの移動手段はどれもこれも本当につまらない。飛行機やヘリコプターのように上空を自由に飛べればいいのに」
釘崎「ああ。そうだな」
志甫「山は、どうして在るんだろうね」
釘崎「地面が動く仕組みを教えてくれた、目の前に座ってる先生にもう一回聞け」
志甫「山なんて、なくなればいいのに」
釘崎「それは無理だろう」
志甫「どうして?ド田舎の住宅地なんてみんな、山を虫食いみたいに何も考えずに削って造っているんだから、これからも山はどんどん削ってなくせると思うよ。棲む人さえ増殖させれば」
釘崎「……山は「無くなって欲しい」と願っていい存在じゃない。山は「無事に生かして返してください」と願う存在だ」
志甫「それはどうして?」
釘崎「…………知らない」
志甫「いつも空気みたいに同級生から隠れているくせに、さっきの『ドリトル先生』の時みたいに何かを今、僕の前で出そうとしたでしょ?」
釘崎「どうだろうな。とにかく俺はドリトル先生の弟子のスタビンズ少年の所に戻るから、お前はカラフルなプロフェッサーキューブに戻れよ」
志甫「ふっ」
釘崎「……」
志甫「……」
荒神「山は、守ってくれない時があるから恐い」
志甫「……」
水神「それだけだ。山が恐いことを、俺は少しだけ知ってる。なぜかは覚えていないけれど」
志甫「上空から見れば山なんて少しも怖くないよ」
闇児「日の落ちた、無数の黒い木に囲まれた冷たい大地に一人で降り立てば怖い。いつまでも山の上を無事に飛んでいられるとは限らない」
志甫「なるほど。まさに鳥の目だね」
釘崎「?」
怪天「空を飛んでいる時と地上に降りて歩いている時では、鳥の目線は絶対に異なる。鳥の覚悟も当然変わる。変わらなければそれは山より冷たいバケモノ。そうは思わない?」
釘崎「そう言われれば、確かにそうかもしれないな」
志甫「ん?……バスガイドが立ってマイクを握った。何か、話すみたいだね」
釘崎「ああ」
志甫「一緒に聞こう。彼女は何か、面白い話をしてくれる気がする」。
10.プロペラジェノサイド:「エース」
アーキア超大陸北西部。
マルコジェノバ連邦。オキシン国。エアーズロック。
すなわち地上迷宮セキドイシ。
120階層ある、その下から10階層。
無数の罠。強すぎる魔物。変形する迷路。変動する気温と湿度。不安定な足下。頼りない鉱石照明。闇を生む閉塞空間。
1階層から登ろうと試みればSランク冒険者ですら到達困難と言われる究極の階層領域。
10階層。
そこに4名の人間が、傷だらけで立つ。
風人族の少女ピノン。
魔物によって再度受肉した人間族メリュジーヌ・レイクホルト。
特殊な理由で封印されていた秘宝ウゴエこと海星人族アステロイダ・シンクヴェトリル。
アステロイダがセキドイシに封印されていた本当の理由を、魔剣シュクラサンゴと「天の声」によって知ることになった召喚者釘崎鉄太郎。
階層を支配していたはずの幾多の魔物は既に逃げ散り、あるいは逃げられず、餌食となり、武器となった。
4名の人間に囲まれて在る、最強の魔物ベルゼブブによって。
『聞き違えか?』
魔王により「淵壱」の称号を賜った魔物ベルゼブブが鉄太郎に問い返す。
『我を倒す。そう聞こえたが?』
「ピノン!メリュジーヌ!二人はベルゼブブの頭にある脳を狙え!」
凶甲冑「曼荼羅」を纏う鉄太郎は魔物の問いに答えず、仲間2名に大声で指示を出す。
「分かりました!」「任せてテツタロウ!」
「アステ!アステは俺の傍で援護をしてくれ!!」
「分かった!テッチを守る!」
『それでお前は、具体的に我に何をするのだ?』
興味を持った魔物ベルゼブブが鉄太郎に調子を合わせる。
眼元以外全てを甲冑で覆った鉄太郎が首を上げる。
「飛んでみたくないか?」。
『?』
(何?)
「空を飛んでみたいと思ったことはないか?」
『……』
意表過ぎる言葉、あまりに不意を突いた言葉に、魔物ベルゼブブが凝結する。
「お前、飛びたくても飛べないだろ?」
魔物の凝結がほどける。感情に火が灯る。
『……なぜそう思う?』
「俺はただお前を切り刻んでいたわけじゃない。ついでにお前の体の構造を調べた」
グスッと召喚者は鼻血をすする。血の味を噛みしめる。
「お前は飛べない。でも飛びたい。だから翅に触れないように、傷つけないように触手を動かしている」
『……』
図星。
(飛翔……)
しかし〝それ〟は、望んではいけないこと。
『汝の言う通り、我は飛べぬ。魔王様が飛翔を禁じたが故』
感情の火を消そうとする魔物。
「そうか。じゃあ翅は要らないからもう一度斬りに行く」
『好きにせよ。何度でも我は翅を蘇らせる』
なかなか火の消えない魔物。
「使えない飾りをなんで再生させるんだ?」
『飾りだと?』
「違うのか?触手みたいに動かせもしないのに」
『……』
長大触手が止まる。
「どうした?翅みたいに死んだフリでも始めたのか?」
直球すぎる挑発に、ベルゼブブが震える。矛先の分からない怒りで震える。
『我がもし飛べたとしたら、世界はどうなると思う?』
それでも、冷静になろうと魔物は努める。
「すぐに滅ぶ気がする」
『然り。故に魔王様は我が力の一部を封じた。飛翔を禁じることは下僕の証。魔王様の下僕である称号』
留飲を下げようと自らを卑しめる魔物。
「飛べるように、してやろうか?」
『何?』
しかし、下がらない。視線すら見えない甲冑召喚者が下げさせない。
「俺のこの魔剣は、成長毒を放てる。成長毒を受ければ強制的に成長させられる代わりに、呪詛が消える。それはこのセキドイシの魔物で試したから実証済みだ」
『セキドイシの魔物どもには効いても我に効くとは限らぬ……』
言葉を返しながら、はじめて魔物が悩む。
ここまで一度として悩んだことなどない怪物が、はじめて殺戮と捕食を逡巡する。
『召喚者よ。何が目的だ?』
「さっき言った」
『我を倒す、か』
「ああ。魔王がお前を飛べなくしているのは、飛べばお前は死ぬからだ」
混乱。困惑。
魔物の体内を黴のように侵食する感情。
『なんだと?』
「お前は飛んだ時点で魔王の下僕でなくなる。だから魔王はお前を生かしておかない。だから飛んだ時点でおしまい。そういう理屈だ」
(何を企むかと思えば、そういう理か。馬鹿め)
魔物の中で野獣が目覚める。野心が脳の中で広がる。全身を揺さぶる。
『我が力を畏れて魔王様が我を殺しに来るか……フフフフ』
「どうだ?乗るか?」
『魅力的な提案ではあるが、それを信ずるほど、我は幼くない』
(淵位の魔物は魔王様の枷を受けるが、死の呪いまでは受けておらぬ!それをこの者は知らぬ!飛翔さえできれば地の果てまで飛べる!追ってくるのであれば誰であろうと機を見て討てばよい!)
「ついさっきまで蛹だったのによく言う」
『お前を食らい、成長毒とやらが嘘でなかったかどうかを後で知ろう』
「俺の成長毒は俺の死とともに亜空間に潰える。その時はもう二度と飛べないと思うが」
『それでよし。それがそもそも我が宿命。魔王様に逆らうことこそ不敬であり万死に値する』
触手が蜂起したように一斉に動き出す。
「そう思っているようには見えないが」
死にたがりかどうかを判別する死想看破魔眼「ワカリミヌマ」を鎮めた鉄太郎は苦笑する。
(こいつは絶対にシュクラサンゴの成長毒を望んでいる)
「テッタ!危ない!!」
鉄太郎のバックアップに入ったアステロイダが粘液と酸を使い、鉄太郎への触手攻撃をことごとく牽制する。
『ミオシンレインフォース。メジャイレインフォース』
《報告。淵位の魔物ベルゼブブが魔法により身体強化補正と魔力強化補正を実施》
〈構うかんなもん!俺様の「カミオロシ」が刺さりゃあいいんだよ!!〉
斧を握る鉄太郎にもスイーパー触手「カミオロシ」が突き刺さる。
《覚悟せよ》
(ああ。二人とも頼む)
〈いくぜ!〉
成長毒が全身の血管を回る。
「ガフッ!」
血を吐きながら筋肉を収縮させる鉄太郎。
ボオオ……
《……斧犠三》
〈耐えろガキ!言い出しっぺが犬死したらマジでぶっ殺すぞ!〉
鉄太郎の筋肉内のミトコンドリアが発熱し、細胞が火を噴く。
《三隣亡楼!》
赤熱する軌跡が直線と曲線を縦横無尽に引く。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスボスッ!!!!!!!!
人体を発火させた鉄太郎が超高速で移動し、ベルゼブブの外骨格を切り裂いて焼く。内部の筋肉を焦がして焼き回る。
『くっ!』
超高熱の魔剣「珊瑚の斧」の刃を束ねた筋肉で凌ぐ魔物ベルゼブブ。
(脳までは、焼かせぬ!)
筋線維が珊瑚の斧の鎮火に成功する。さらに刃の侵入を止める。しかし、
ニュルニュルニュルプスッ!
珊瑚の斧から伸び出したスイーパー触手「カミオロシ」が四方八方に伸びて、筋線維の隙間を抜けて進む。
プスプスプスプスプスプスプスプスプス。
『?』
かつて感じたことのない悪寒、快楽、感覚。
それらがベルゼブブの神経細胞を襲う。
(なんだ?これが、成長毒というものか?)
初めて体感する感覚に恐れおののきながらも、ベルゼブブの脳は鉄太郎を太く頑丈な肢で弾き飛ばす信号を送る。
ドォゴーンッ!!
「ぐあっ!!」
「テッチ!!!」
ベルゼブブの気門を分泌粘液で塞いでいたアステロイダが右手の先にあるメイドイソギンチャクを気門めがけて投げる。
同時に左手のメイドイソギンチャクの触手を伸ばし、鉄太郎を捕まえる。壁で激突死するのをかろうじて防ぐ。
ギュルルルルルルッ!!!!!!
投げられて解放され、暴走状態の魔物メイドイソギンチャクがベルゼブブの気門に突き刺さる。増殖に増殖を重ね、触手型魔物は昆虫型魔物の空気穴を埋める。ベルゼブブ体内への侵入を試みる。体表の浸食を試みる。
(なんだ?我の中で何が起きている?)
それどころではない、ベルゼブブの体内にある脳たち。
ざわめく。色めく。どよめく。沸き立つ。
ヴン。ヴン。
そうでありながら、殺るべきことは殺る脳の群衆。
《警戒!腹部気門周辺と頭部の計2箇所で魔力反応!渦列砲ニグレドアタノーム!》
二か所に灯る紫の禍光。空気が張り詰める。迷宮が泣く。
「メイチャ。ごめんね」
鉄太郎を回収したアステロイダは仕方なく、左手の先のメイドイソギンチャクもベルゼブブの頭部に向かって投げようとする。が、
「はああっ!!!」
《報告!エルフが風狼マレノロシによる複眼破壊を観測!》
〈やるじゃねぇかエルフの痩せガキ!〉
投げない。
「滅せよ!!!」
《報告!ムカデ女が震戦苑流奥義、捌の型、蝶寂翡翠円を発動。複眼破壊を観測!》
〈えげつねぇコンボだなぁ。俺の好みだぁ!気に入った!妾にしてやるよ!〉
切り札の魔物メイドイソギンチャクを投げるのを、アステロイダは思い留まる。
((目は潰した!))
「うおおおおっ!」
メリュジーヌがさらにベルゼブブの頭を切り落とし、切断部にピノンが風の刃をぶち込む。
ブチャアッ!!!シュン。
中枢脳が破壊され、渦列砲が鎮まる。
キュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!!
ただし気門で生じた渦列砲はそのまま発射。
《報告!渦列砲ニグレドアタノームを海星人族の飼育魔物メイドイソギンチャクが再度直撃被弾!》
腹部にある支脳たちにより、メイドイソギンチャクが水銀毒と硫黄毒の渦風で滅殺される。腐蝕し腐食する。
ズドーンッ!!
渦列砲を放っていたベルゼブブが転倒する。足元にはアステロイダが巻いた大量の粘液。
『……』
起き上がらないベルゼブブ。渦列砲の風が弱まっていく。
(よもや……)
頭部を修復して胴体に接続しながら、体に起きている異変を解析した魔物ベルゼブブ。
(魔王様の呪詛枷が外れるとは……)
四人の人間が見つめる中、魔物ベルゼブブの翅を流れる虹色の文様が薄れていく。空気が静まり返る。
〈おい、始まったぞ〉
鉄太郎の左眼に宿るシュクラサンゴが、宿主に告げる。
(ああ。いよいよだ)
《推定。中枢脳と支脳を含め、27の脳全てが接続。魔物ベルゼブブが飛翔のために、体内を再構築中》
「ピノン!メリュジーヌ!こっちへ来い!!!」
「分かりましンギャア!!??」「ちょっ!これ嫌ですわ!!」
アステロイダが伸ばしたメイドイソギンチャクの触手がピノンとメリュジーヌを捕まえ、急いで引っ張る。
「これからどうなるんですか!?」
「頭部を破壊すればよろしかったのですね!?」
「ああ。それで二人とも、後何回くらいさっきの技は使える?」
「「……」」
一瞬だけ黙す二人。
「正直に答えてくれ」
「すみません。たぶん、あと一回が限界です」
「私もおそらくは一回。いえ、死んでもいいというのなら二回」
「死んでいいわけないだろ。二人とも一回だな。なら大丈夫だ」
「「?」」
「一撃で仕留める」
血と焼けた肉のニオイの充満する召喚者が、低く答える。
「テッチ。どうやるの?」
「それはアイツ次第だ」
アイツ。
召喚者を含め、3名は〝アイツ〟を見る。
ギュルルルルルルルルルルルルッ!!!!!!
空気が裂ける。叫ぶ。
長大触手たちを宙天に伸ばしていくベルゼブブ。触手の内部には、逃げ切ったと安堵して周囲に擬態していた幾多の魔物たちが捕まり、呑み込まれていく。
(((この期に及んで魔物を食べてる……)))
魔物を食らうベルゼブブは倒れたまま動かない。しかし、
ピクッ!
「「「!?」」」
虹色の文様が消えたベルゼブブの翅が、僅かに動く。
ズーン!ズーン!
肢を使い、ゆっくりと起き上がるベルゼブブ。翅を、動かし始める。
『よもや、このような時が訪れるとは』
四人の人間の足下を、生ぬるい風が吹き去る。
「アステ。メイドイソギンチャクで俺たちを包んでくれ」
「……分かった」
アステロイダがメイドイソギンチャクに増殖を命じる。ただし「今までありがとう」と付け加えて。
『不思議である』
ゾビュゾビュゾビュゾビュ!!
「全員メリュジーヌの鎧に掴まれ。絶対に離すな」
「私ですか!?テツタロウではなくて!?」
『もはや飛ぶこと以外』
「一番頑丈なメリュジーヌに全員で掴まる。合図をするまで誰も、メリュジーヌから手を離すな。死ぬ気で掴め!」
「分かりました!ついでに贅肉もつかんでおきます!」
「テッチが言うなら仕方ない。お肉もつかむ」
「まったくもう!それとそんなに私無駄な肉なんてございま……」
『考えられぬ!!!』
空気が、割れる。
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!!!!!!!
爆風。
すべての粒子を弾き飛ばす爆風とともに、魔物ベルゼブブが上へ飛翔する。
削岩機型蛹として上から下へとコツコツ破った鉱床岩盤を今度は下から上へと一気に破壊して飛びまくる。
ゴガンッ!!!!ドゴドゴドゴンッ!!!!!
あえて壊れていない岩盤めがけて突撃するように飛び、自身の硬さと強さを証明するかのように破壊しながら、ベルゼブブはひたすら轟音を上げ、舞い上がる。
『〝箱〟からは出られぬか。さすがは魔王様!』
迷宮セキドイシの内部と外部を隔てる境界壁には魔法障壁が張られている。
それだけは破れない。
それゆえ岩盤をいくつ貫いても、青い天空は見えない。
『しかし飛べる!我は飛べる!!魔王様の呪いは絶対ではなかった!!!』
最上層の天井もまた魔法障壁で貫けないと知った魔物ベルゼブブはけれど、高らかに笑う。
『下から出ればよいだけのこと!!そうであろう!!召喚者テツタロウよ!!!』
全力で急降下してくる魔物ベルゼブブ。
その衝撃を想定して、すでに鉄太郎の周囲には暴走状態のメイドイソギンチャクの触手が伸びに伸びて、物理障壁を用意する。
ヒュオオオオオオオオオオオオオオ………
「やばいかも」
弱音を吐くアステロイダを無言で抱きしめる鉄太郎。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
メイドイソギンチャクの触手が砕け散る。周囲の岩盤が砕け散る。何もかも砕け散る。
「きゃああああああっ!!!」「いやあっ!!!!!!」「テッチ!!!!!!!!!!」
隕石落下に近い衝突エネルギーで、魔物の触手が燃える。床が燃える。何もかも燃える。
〈おいガキ!ビッチのイソギンチャクも持たねぇ!このままじゃ全員焼け死ぬ!〉
(だったら俺の鎧を燃やせ!)
〈んだと!?〉
(鎧を砕きながら吸熱しろ!それを俺たちの亜空間に取り込め!)
〈ほざけ!そんなことしたらお前が黒焦げになるだろうがっ!〉
(いいから黙ってやれっ!!!!!!!!!!!!!!!)
《第1階層到達予定時刻まで、あと7秒!》
〈ちっ!そのためにムカデ女にしがみつかせたってわけか……くそったれええ!〉
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンッ!!!!!!!!!!!
迷宮内が太陽のように高温高熱状態になる。
熱で溶ける。炎で燃える。火焔が焼く。灼熱で滅ぼす。
「ピノン!メリュジーヌ!アステ!こらえろ!!」
気絶寸前の中、三人は召喚者の声と血のニオイだけを頼りに意識と自我を保つ。
ゴバアアアアアアアアアアンッ!!!!!!!!!
地上迷宮セキドイシ。第1階層。
墜落攻撃により9階層分の鉱床岩盤を貫いた魔物ベルゼブブはボロボロの翅から湯気を上げ、満足そうに4名を眺める。
「「「「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」」」」
アステロイダの両手のメイドイソギンチャクを犠牲にして生き延びた4名は、全員火傷を負い、呼吸を整えるのが精いっぱい。
シュ~………ジャキ。
『ほう。魔王様の呪詛を解ける汝だけは密かに生かしてやろうと考えが変わったが、あくまで刃向かうか』
翅を再生させながら、満足気に声を発する魔物ベルゼブブ。
「ゴホッエホッ!……願い下げだ。こっちは1階層までお前が穴をあけてくれるのを待っていただけだ」
鎧をすべて失い、衣服が燃え皮膚に焼き付き血まみれの召喚者は煙の中で咳き込みつつ答える。
『それで?我が穴をあけた後、お前たちに何ができる?生きてセキドイシを出られると思っているのか?』
クレーターの中、召喚者の爛れた背中から覗く折れた肋骨を見て、泣き叫びそうになるピノンとメリュジーヌ。
「ゴホッ!ゴッホッホッ!」
咳き込むたびに背中の傷口から血が飛び散る。ピノンとメリュジーヌの目から涙があふれる。
「テッチからの命令。左右から、目だけ完全に壊して」
召喚者のかわりに珊瑚の斧を握っているアステロイダだけが泣かず、小さく言い残し、その場から斧と共に飛びだす。
「ゴホッ!ゴホッ!」
「「……」」
想いを寄せる召喚者が、いかなる時も希望を捨てないことを思い出したピノンとメリュジーヌ。
「「はい」」
右と左から、無心かつ捨て身でベルゼブブにとびかかる。
『芸のない雌たちだ。召喚者が先に往くのを見届けるがいい』
例によって渦列砲ニグレドアタノールの詠唱に入るベルゼブブ。カルマン渦列の照準は召喚者釘崎鉄太郎に合わさる。
「ゴホッ!……それはお前の意思か?」。
『なに?』
微笑みを浮かべる血濡れた召喚者の一言で、ベルゼブブが固まる。
「それとも多数決の結果か?」
(タスウケツ……)
「風狼マレノロシ!!!!!」
風人族が白い狼と重なり、風光の必殺矢をはなつ。
ウオオオオオオオオオオオオオオヒュオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!
走る狼が一極に集中し光速矢となる。
ドバアアアアンッ!!!!!
「震戦苑流奥義!捌の型!!蝶寂翡翠円!!!」
甲冑魔女が連打とともに揺れて消える。血赤の中段膝蹴り。墨黒の上段膝蹴り。赤黒い裏拳。
ズドムズドムズドムズドムズドムズドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!!!
ベルゼブブの左右の複眼視界が炸裂する。魔物は盲目状態となる。
(多数決に決まっている……多数決?我は今、渦列砲を多数決で判断したか?照準の判定は?間違いなく召喚者だったか?)
「さっき思いついた零の藝。……五月蠅送離!!!」
青く激しく光る、珊瑚の斧。
ピシ!ドグジャッ!!!!
渦列砲の魔法陣もろとも、ベルゼブブの頭部を珊瑚の斧で打ち砕くアステロイダ。
〈俺にうす汚ねぇビッチ魔力を混ぜやがって……こんな時じゃなかったらテメェを食い殺してやるから覚えてろよ!〉
「シュクラ!刺して!」
海星人族の手に、青い光を纏ったままのスイーパー触手「カミオロシ」が突き刺さる。
ムキムキミキミキッ!
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
成長毒で強化されたアステロイダの筋力が、珊瑚の斧をさらに魔物頭部の奥に押し込む。
『渦列砲が砕かれた。いや、それよりも目を失った。いや、それよりも多数決?多数決とは何か?我は最初から我である。汝は一体何を言って……』
〈接続したぞ!死にぞこないのクソガキッ!!!〉
「独りだと決められないか?」
言って、脱力する召喚者鉄太郎。
《了解。死んだフリスキル「カタレプシー」発動》
ズーン。
『!?』
「これが、独りだ」
体の熱が一気に引き、意思をもってしても身動きが取れなくなることに驚くベルゼブブ。
召喚者釘崎鉄太郎の神経と自身の神経が接続されたことに気づくも、なぜそれが解除できないのか理解できないベルゼブブ。
「死んだフリは、冷たいだろ」
『……』
(死んだフリ?)
「死んだフリは冷たい。そしてそんな状態じゃ、空なんてとても飛べない」
『……』
(擬死。無論このままで空を飛べるはずなどない。飛翔は不可能)
《召喚者釘崎鉄太郎。ついに完成した。今こそ我に合図を》
「死んだフリのままじゃ空なんて飛べないと思ったか?」。
「「?」」
死力を尽くしたせいですぐには動けない状態のピノンとメリュジーヌが、鉄太郎を見る。
「実はあるんだ」
口を動かさず、声を放ち続ける召喚者鉄太郎。
トクン。トクン。トクン。トクン。
突き破られた彼の両掌から伸びる、脈打つ赤い糸。
「飛ぶ方法」
赤い糸は珊瑚の斧とつながり、ベルゼブブに突き刺さる斧刃の先へと繫がっている。
白い触手と、赤い糸。
スイーパー触手と、「カミオロシ」で増殖させて作り上げた召喚者自身の血管。
「死んだフリをしながら飛べるものはある。それは」
白い触手を這う青い光が閃光を放つ。
珊瑚の斧を握るアステロイダの目が白くなる。残る魔力全てを斧に、斧から張り巡るスイーパー触手に解き放つ。
《無作為転移魔法陣。起動!!》
天の声が叫ぶ。
ヒュウ。シュポォォォン……
『……』
(何が、起きた?)
静寂の中で響き渡るかすかな謎の音に、戸惑う魔物ベルゼブブ。
《死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」発動!同時に死んだフリスキル「カタレプシー」解除!》
〈ぶちかませ!ビッチ!!〉
ブシュンッ!
天の声とシュクラサンゴの合図で、アステロイダが珊瑚の斧を振り抜く。頭部の中枢脳を破壊する。
(脳が壊された。では再生せねば)
動けるようになったはずのベルゼブブが当然のように体内に念じる。しかしそこでふと止まる。
(一体誰が、再生させるのだ?)
斧もろともスイーパー触手「カミオロシ」を引き抜かれたにもかかわらず、動かないベルゼブブ。
(そもそも我はどうやって傷ついた体を再生させていた?脱皮による変態は?捕食行動は?掘削行為は?飛翔進路は?……………!?体が、体が崩壊していく!!)
「お前には27の脳があった」
真顔を上げ、口を動かし始める召喚者。全身の流血は止まらない。
「そのことを覚えているか?」
『?』
ベルゼブブ頭部にある中枢脳。
ベルゼブブ頭部以外にある26の支脳。
「頭の中以外の脳は、どこかにバラバラに転移させた」
召喚者は静かに教える。
『なん、だと?』
無作為転移魔法陣。
鉄太郎が迷宮セキドイシ21階層の水底で見た、出鱈目な転移魔法陣。
個体一つを、まともな状態で、同じ場所に、同じタイミングで飛ばせない魔法陣。
そのため、触れた者は映像にノイズが入ったかのように一瞬止まり、体がバラバラに素粒子分解されてどこかに飛ばされる魔法陣。
故に転移先は極めて不確か。仮に同じ場所に転移されても一度分解された素粒子が偶然元と同じ個体を形成する確率は天文学的に小さい。いわばゼロ。
要するに転移先はどこかそこかもわからず、個体の死だけは確定している量子自殺点。
それを代々見知って学習している迷宮の魔物たちは、決して近づこうとしない。
ゆえに魚たちは魔物から身を守る避難地帯として、無作為転移魔法陣を選ぶ。
その文様を完全に、鉄太郎と天の声は記憶していた。
『どうやって……』
量子自殺させられた支脳。その持ち主が崩壊の最中に問う。
「転移魔法陣をお前の脳に直接描いた」
『な……』
ベルゼブブだけでなく、ピノンもメリュジーヌも血の気が引くほど驚く。
「気づかなかっただろ?変形で忙しかったろうし、空を飛べてうれしかったろうし、飛べるようにされて多数決できなくなったから」
魔法陣の作製。
シュクラサンゴの触手が個虫をベルゼブブの脳表面に送り、送られた個虫たちが殻を作りながら互いにつなぎ合わせ、文様を描く。
普段なら異物の体内侵入という異常事態を絶対に見逃さないベルゼブブは、さらに超異常な飛翔という行為と、脳たちによる多数決決定の消滅によって魔法陣作製を許してしまった。
まず、飛翔。
魔王による飛べない魔法枷をシュクラサンゴの成長毒「カミオロシ」によって外されたことで、舞い上がったのは魔物ベルゼブブの身体ではなく、その心。いわば脳たち。
飛翔を行うための体内のダイナミックな形態再形成と、飛翔の高揚感が、寄生虫のように這いまわる個虫と異物殻の発見を遅らせる。
そして、多数決制の消滅。
27の脳は、意思決定を常に多数決で行う。瞬間的に多数決で決をとり、過半数以上の答えを選択して行動する。間違いを犯さないため、最適化問題を処理するための高度な意思決定システム。
そのための布石として、ベルゼブブの体内神経は予め一部切断されていた。
その切断箇所がずばり、飛翔のための神経回路。
「魔王はお前を畏れて飛べなくしたんじゃない。お前が負けないようにするために飛べなくしていた」
多数決は独断よりも判断の正確性に勝る。社会性昆虫が繁栄してる条件。
(そのような……)
それを魔王が知らぬ間に自分に適用していたことを、今更になって敵に知らされる、淵位の魔物。
(そのようなことまでなぜ、この者は……気づける……)
ベルゼブブを飛翔させるため、ベルゼブブ体内の神経回路を全て接続する。接続したのは、飛翔を夢見る支脳たち。成長毒は脳をも犯す。
(どこまで知っている?どこまで測れる?)
その結果、脳たちは多数決制度を自ら消滅させ、一つの統合意思を誕生させてしまう。
(まるで、魔王様のように……)
一番大きい中枢脳がその役割を担ったことに気づかないまま、ベルゼブブはアステロイダにより、中枢脳に斧の刃を食らう。
そして残りの支脳は、脳表面に完成した無作為転移魔法陣にアステロイダが魔力を通して起動したことにより、どこかに飛ばされて終わる。
最初から最後まで、命がけの召喚者の読み通り。
(この者は、すべてを見通すというのか……)
「何かを得るには何かを失う。トレードオフ。生き物の世界じゃ常識だ」
すなわち、ベルゼブブの27全ての脳が同時に破壊される。
『よもや、このような、ことが』
はじめ、作戦を伝えられた天の声は震え、シュクラサンゴは疑い、アステロイダは確信する。
(神戯ソロモンにおいてジョーカースキルに選ばれし者。シウラソラ。彼の者に焼かれた贄は間接的に食らったが、テツタロウという召喚者を知る者は誰一人いなかった)
『……どうやら、間違っていたのは、我であった』
ベルゼブブの体が砂のように、崩れ、迷宮セキドイシを吹き抜ける風で舞っていく。アステロイダが斧を手に、魔物から飛びのく。
(謎の召喚者テツタロウ。しかし間違いなくシウラソラではない。すなわち此の者は……)
『汝は疑似魔王という超火力の真逆……』
(テッチだから当たり前)
〈真逆なのは、火力なんて〝単純なもん〟じゃねぇ〉
《然り。この者は〝動〟の真逆。すなわち》
『汝が、開幕者であったか』。
ベルゼブブが、声を残して風化し、跡形もなく消える。
見届けた召喚者が、息を吐き、糸が切れたように膝をつく。
「テツタロウさん!」「テツタロウ!」
前のめりに完全に倒れる前、ピノンとメリュジーヌが血の海に駆けつける。
抱き上げる。抱きしめる。体を引きずりながら、アステロイダもやってくる。
「みんな……大丈夫か?」
そう言い残すと、釘崎鉄太郎は死んだように気を失った。
天声『全体へ臨時報告。オキシン国、地上迷宮セキドイシにおいて、淵位の魔物ベルゼブブを召喚者1名が撃破』
召喚者指導官3名(((は?)))
ボグシャッ!ガブッ!
大音師「モグモグ……ペッ!なんだって?」
天声『復唱。オキシン国、地上迷宮セキドイシにおいて、淵位の魔物ベルゼブブを召喚者1名が撃破』
ザシュザシュゴキッ!
菊池「あ~ん。頭の中でガンガン響いて痛ーい。いま絶倫男の睾丸と目ん玉を切り取って口に詰め込んで窒息させて楽しいところなのに邪魔しないで~」
盗賊王「ちょっと黙ってろ。ガキ」
盗賊王(ベルゼブブを撃破?アレは暴れ出したら逃げ切るしかねぇ仕掛魔物のはずだ。それを倒しただと?)
天声『詳細説明。召喚者はセキドイシ頂上から120階層に入り、その後1階層まで下り進み、途中秘宝ウゴエを入手した上で「淵壱」を冠する魔物ベルゼブブの排除に成功』
グツグツグツ……
望月「あの天辺から一人で降りるって……」
緒方「あそこってそもそも降りられる所だったの?」
成島「120階層って聞こえたけど……1階まで降り切ったの?」
高須「中に入れることすら私、知らなかった」
騎士王「迷宮に入れて、仮に下層へ進めたとしても、秘宝ウゴエは普通、手に入らない。魔物ベルゼブブも普通、出遭えばそれで終わり。殺されて食われるだけ。しかしそのどちらにも該当せず、逆をやり遂げた。秘宝ウゴエの入手とベルゼブブの殺害。本当であるとすれば間違いなく天災級スキル持ちの召喚者だろう」
庄子「あの、ウゴエって、何ですか?」
騎士王「秘宝ウゴエの正体は不明。ただし近づいて生きて帰った者はいない。冒険者だろうと兵士だろうと召喚者だろうと、私の知る限りでは全員死んでいる。指導官ラウンヤイヌならあるいはウゴエの正体を知っているかもしれないが、そのラウンヤイヌでもウゴエに近づこうとは言わないと私は考える」
後藤田「マジで?そんなデタラメにヤバい奴を倒せる奴が、ウチらのクラスにいたってこと?」
和布浪「こんなの嘘です!だって生きてる召喚者はみんな確か異世界召喚されたばかりのあの時、天使サンダルフォン様によって回収されたはずです!」
亀崎「ジョーカーになった志甫たち3人以外だべ?」
和布浪「……」
新井「亀崎くん!」
亀崎「あ、すまね。俺また余計な事言っちまっただ」
出口「さあ!みなさん一列に並んでくださーい!炊き出したスープもジャガイモもちゃんとありますからー!」
新井・亀崎「「並んでくださーい!!」」
騎士王「天使が見落としたか、見捨てたか……」
騎士王(あの聡い天使がこれほどの召喚者を見逃すとは思えない。しかしセキドイシに放置する理由も分からない。ジョーカーとビトレイヤーならともかくとして、一体どういうことだ?)
天声『秘宝ウゴエの入手並びに淵位の魔物の撃破により、秘匿情報をこれより公開』
ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……
仙石「そんなことより早くこの山から出たいでおじゃる!」
大和田「リーダー。また吹雪の夜になるわ。とりあえず雪洞をつくりながら臨時報告を聞きましょう」
横田「寒いのでトロピカルージュブリキュアのキュアザマーの話をしてもよろしいでしょうか?」
浦崎「車内放送は静かに聞くのがマナーでございまーす。ではラッセル車、出発進行ー」
魔導王(秘宝ウゴエ……魔王が封じたほどのあれを手にしたということは、あれなるを守る特異の魔物すら倒せたということか。この世界に召されて早々だというのに。いかなるトランプスキルをもつ?さらに英雄シリーズをこじ開けたか?それともワシの知らぬ魔法をセキドイシで見つけたか?)
天声『地上迷宮セキドイシを生還脱出した召喚者の名前は、釘崎鉄太郎』
召喚者指導官三名(((テイザキテツタロウ。その名前は天使サンダルフォンのリストにはなかった。天使の目すら逃れた?)))
ウオオオオオオオッ!!!!!
米山「ふぅ、ふぅ、ふぅ……テイザキって、誰?」
佐々木「はあ、はあ、はあ……そう言えば、そんな奴いたな」
石原「はあ、はあ、はあ……授業が終わるといつもどこかに消えてた奴、だった気がする」
菊池「誰でもいいよ。それって男子でしょ~?だったら今すぐアタシにチンコぶち込んでワンちゃんみたいに腰振って欲しい!」
大音師「馬鹿言え。その前に俺がコイツみてぇに殺して食う」
菊池「え~?あたしがエッチするのが先~」
盗賊王「ガッハッハッ!まぁどのみち捕まえて利用するのが強くなる近道だなぁ。そんなことより攻撃の手をゆるめるな。またツルハシをもった連中に囲まれてるぞ」
召喚者5名「「「「「ちっ」」」」」
ボグシャッ!ボスンッ!ドゴドゴンッ!ゴギッ!ボグッ!ゴッ!!!
盗賊王(天使より先に捕まえてぇが、あまり急ぐとこいつらが逆にテイザキってガキに皆殺しにされるかもしれねぇ。まずどんな野郎か調べるとするか)
天声『詳細復唱。地上迷宮セキドイシを、英雄シリーズもなく、己のスキルのみを頼りに生還脱出した召喚者は、釘崎鉄太郎』
トントントントントン。グツグツグツグツグツ……
騎士王「お前らの知るパンダグモより凶悪な魔物が数多ひしめく謎多き迷宮セキドイシを、英雄シリーズなしに生き延びられるスキルとは一体どんなものだろうな」
出口「想像できないです」
新井「ひょっとしたらジョーカーになった志甫君より強いかもしれない」
亀崎「そっだら、釘崎に志甫さ倒してくれってお願いするしかねぇべな」
和布浪「そんなことない!」
召喚者9名「「「「「「「「「!」」」」」」」」」
和布浪「釘崎君にはもちろん協力してもらいたいけれど、志甫君は私達の手で倒す!そして魔王も倒す!だってエースは」
天声『釘崎鉄太郎。この者がエーススキル所持者である。以上、秘匿情報公開並びに臨時報告終了』。
ザザーン……ザブーン……ザザーン……
世良田「エーススキル、か」
綾瀬「ああ。いよいよ決まったらしい。釘崎か。懐いな。校舎の外で筋トレしている時に、あいつがベンチで本読んでるのを俺、近くで見たことがある」
世良田「本?一体何を読んでたの?」
綾瀬「さあ……俺は逆立ち腕立て伏せしてたからぜんっぜん分からん」
志甫「ドリトル先生」
ビトレイヤー2名「「え?」」
志甫「『ドリトル先生 航海記』だ。たぶん」
ビトレイヤー2名「「……」」
志甫「エース……ジョーカーである僕を殺せそうな奴はやっぱり君だったか。釘崎」
ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……
天使(釘崎鉄太郎?誰だ?そんな者が生存召喚者の中にいたか?否。生きていた者は全員エアーズロック頂上から連れて飛び去ったはずだ!いや……それはもはやどうでもいい!まさか地上迷宮の頂上に残したままで、しかも中層に鎮座するウゴエの解放というエース絶対覚醒条件を自ら満たす者が早々に現れたのだ!これは是非もなく回収しなければ!)
ザザーン……ザブーン……ザザーン……
志甫「さて、じゃあそろそろ出ようか」
ビトレイヤー2名「「出るって?」」
志甫「蛇くらいしかいないこんなド田舎の孤島にいつまでもいたら、釘崎に会えないでしょ?」
世良田「そうこなくっちゃ。よっと」
綾瀬「いよいよ決行か」
志甫「お前たちも、そこそこ使い物になるくらいには仕上がった。そしてこちらの準備もちょうど整った。だから動く」
ビュオオオオオオ……
天使(精霊位の魔物たちが移動を始めている……何を企む?エースを使いどうやって私を殺しに来る!?エースは私のものだ!あのジョーカーを抹殺させるため!駒の全ての英雄シリーズを解放させるため!)
チャキ。プシュウウウ……
志甫「まずは目障りなリヴァイアサンからだ。そしてゆくゆくはあの天使サンダルフォンと釘崎を」
ガチャン。キュイイイイイイイ……
志甫「怪天大虐殺する」
世良田綾瀬「「了解」」。
(第1部 了)




