その1
バスガイド「こちらは最近できたばかりで、八岐大蛇ループいうところになります」
生徒「何ここ?緑の山ばっかじゃん」
生徒「つまんね。誰だよこんなとこ選んだの」
生徒「はいはい!それより人狼ゲーム始めまーす!」
バスガイド「ループ橋としては日本最大のものになりますので、おかげで観光客の方々(かたがた)も仰山増えましたが」
生徒「このズンダグミ。まっず」
生徒「あっ、スマホの充電切れた。ちょっとチャージさせて」
生徒「はぁ?やだし。つーかモンスタの邪魔になっから黙ってろ」
バスガイド「自殺者も仰山増えました」
一同「「「「?」」」」
バスガイド「死にたがりのみなはんは、今バスが走ってる、この橋の一番高う所から飛び降りなはるのがお好きみたいで、それがちょうど真下の国道に落ちるわけです。そして飛び降りなはると道は通行止めになってまいますので、ここいらの人はみなえらい迷惑をしとりなはるそうです」
先生「ちょっとちょっと、添乗員さん」
添乗員「あ、はい!あのガイドさん、ちょっとそういう話は生徒様の前では控えて……」
バスガイド「道の両脇。見えますか?私は見えへんのですが、〝見える〟方は見えるそうですよ。飛び降りた方、それに巻き込まれて死亡事故を起こした方がここらずらりと立っておられるそうです。けったいな自殺の名所でございましょ」
一同「「「「「「「……」」」」」」」
バスガイド「自殺と言えば、私はとある山奥の村の出身でございまして、幼いころ、近くに住んでおりました高校生の男の子が夜中に行方不明となりました。確かみなはんと同じ高校二年生やったかと思います」
一同「「「「「「「……」」」」」」」
バスガイド「寝間着姿のまま、靴も履かず、家を飛び出した。都会っ子のみなはんなら「それがどないした」思うかもわかりませんが、私の住んでいたところは山。しかもその時は冬。つまり雪の覆う冬山。雪の降り積もる、身を切るほど寒い夜の山に高校生のお兄さんが突然消えてもうたんですわ」
一同「「「「「「「……」」」」」」」
バスガイド「こらえらいこっちゃいうわけで、集落一同で山狩りですわ。「かやせ~かやせ~」叫びながらです。私はそこの方言が忘れたいほど嫌いなんでもう使いませんけど、「かやせ」言うのは「返せ」ちゅう意味です。いなくなった男の子を返せ、ちゅう意味です。〝誰から〟返して欲しいんでしょうね?」
一同「「「「「「「……」」」」」」」
バスガイド「足跡が一応ありましたので、大人たちは人らしき足跡をたどって沢にたどり着きました。沢ってわかります?山の中で少し低くて、川の流れとるところです」
一同「「「「「「「……」」」」」」」
バスガイド「沢に架かる橋の上に、足跡は続いとりました。橋を渡ってさらに山奥に向こうたんかんかなぁと心配した村の衆でしたが、それは要らぬ心配でした」
一同「「「「「「「……」」」」」」」
バスガイド「橋の中央で足跡は途切れて、あとは橋の手摺の雪を掃った跡があったわけです。まさか、言うて次の日、沢の下流を攫いました。どうやったと思います?」
一同「「「「「「「……」」」」」」」
バスガイド「岩に挟まれて真白の高校生の死体が川から見つかりました。引き揚げた途端、鼻から真っ赤な血をドロッと噴きだして、そら気の毒でしたわ」
一同「「「「「「「……」」」」」」」
バスガイド「それにしてもどうして、冬の夜の雪山で入水自殺なんてしはったんでしょうね」
シャキン。
先生・添乗員「「え?」」
バスガイド「遺書もない。学校での行動も私生活も問題なし」
シュパンッ!ブシュウウッ!!
運転手「かは……」
先生「運転手さん!!」
ズシュッ!
先生「げあっ!」
シュパオーンッ!!ドスンッ!ゴロゴロ……
添乗員「何するのやめて!きゃあっ!!」
ドグシャッ!……ヌチャア……
生徒「先生!!」
生徒「「「きゃああああっ!」」」
生徒「おいマジかよ!」「やべぇ!」「誰か!警察……」
バスガイド「橋から飛び降りた動機は誰にも分かりまへん」
ドガーンッ!!!!!!
生徒「うそ!バスが!落ちっ!落ちるぅぅ!!!」
生徒「「「「「うわああああああああああああああっ!!!!!!」」」」」
天使「おそらく本人もまた分からんと思いますが………供物奉納。詠唱終演。天移開始」。
1. 死んだフリ
グギャーオ……グギャーオ……
落ち着け。
グギャーオ……グギャーオ……
落ち着け。鉄太郎。
大丈夫だ、鉄太郎。俺は十分、落ち着いている。
グギャーオ……グギャーオッ!
岩肌がごつごつして冷たい。吹きすさぶ風が冷たい。うん、落ち着いて……
グギャーオッ!!!グギャーオッ!!!!!
落ち着いてなんていられるか――っ!
「グギャーオッ!!!!!」
天使の言ってた魔物ロックバードが来た!
ヤバい。まじでヤバい!食われる!!
っていうか、食うみたいなことを天使は言ってた気がする。
――死んだ召喚者は鳥葬により、天に召される。
「グギャーオッ!!!!!」
ザオッ!ムシャッ!!ムシャッ!!
この音……マジで食ってる音だ。
鳥のくせに咀嚼してる!違う違う!そんなこと気にしてる場合じゃない!
ムシャ……ムシャ……
俺以外に倒れているのは十二人。志甫が訳わかんないことになった後で、動けなくなったのは十二人。そして俺。
「グギャーオッ!!!!!」
ムチチチッ!
くそっ!全身に力が入らない!まばたき一つできない!
ムシャ!ムシャッ!
なんで俺、あのタイミングで死んだフリなんてしたんだ……。
どうすんだよ。死んだフリなんてしたせいで天使に連れて行ってもらえなかった……。
「グギャーオッ!!!!!」
ザオッ!
死んだフリ……。
ムシャッ!ムシャッ!
するしかないだろ。
あんなバケモノみたいな志甫を見たら、フリーズするに決まってるだろ。
志甫。シウラソラ。
ごめん。
ジョーカースキルに選んで、ごめん。
選んだのは俺じゃないけれど、選んだ大音師やみんなを止められなくて、本当にごめん。
天使の奴、お前をどこにワープさせたんだろう。
本当に、ごめん。
ザオッ!ムシャッ!ムシャッ!
クイーンスキルを引き当てた世良田とダイヤスキルの綾瀬。
志甫。お前の所にたぶん飛ばされた世良田はぶっ飛ばしていいと思う。これ以上同級生を殺してほしいとは思わないが、一発くらいぶん殴れ。
男女平等だ。女だからって容赦は要らない。
綾瀬の方は……俺と同じか。いじめられていたお前のこと、見て見ぬふり。
まぁあいつの場合は本当に気づいていなかったのかもしれないけど……とにかく俺は綾瀬については何も言えない。ワルとつるんでいた世良田とは違うから、どうするかは志甫、お前が決めていいと思う。綾瀬をぶっ飛ばしても俺は見て見ぬふりをするさ。
グギャーオッッ!!ムシャムシャアッ!!
そう考えると、俺がこうやって死んだフリをして動けないでいるのも、綾瀬と変わらないか。
望んでしているんじゃなくて、強制的にさせられている。
綾瀬は志甫への生贄。俺は魔物鳥の生贄。
怪物にヤられるのは同じ。
違いはせいぜい、綾瀬は動けて、俺は動けないところくらいか。
「グギャーオッ!!!!!」
怪物になった志甫のジョーカースキルでさっさと殺された十二人の方が、マシだったかも。……なんて全然思えない。
死にたくない。怖い。死にたくない。怖い。
「グギャーオッ!!!!!」
歯のぎっしり生えた嘴だけじゃなくて、あの鋭すぎる爪……。ナイフやカッターみたいにみんながズタズタに裂かれて食われていく。すごい血しぶき……
「グギャーオッ!!!!!」
痛い思いはしたくないな。でも怖いのも、もう嫌だ。
「グギャーオッ!!!!!」
妙な音のする地面がとにかく冷たい。
ひゅうひゅう鳴る風が寒くて痛い。
「グギャーオッ!!!!!」
どうか、一瞬で何もかもが、終わりますように。
ギギ!
「?」
ん?……なんだこいつら!?アリの顔と頭をもつ小人!?しかもすごい数……
《報告。魔物アリゴブリンの出現》
ん?
この声は、どっかで聞いた……そうだ!思い出した。
志甫が暴走した直後に頭の中に響いた声だ。あの時なんて言ってたっけ……そうだ!「特殊スキル『死んだフリ』を発現」……そのまんまじゃん。
異世界に召喚されて、特別にスキルを与えますよ~みたいなことを言われて、それが「死んだフリ」?
召喚される前と同じだろうが。
学校。ホームルーム。授業。家。
全部、死んだフリ。
目立たないように。いじめられないように。注意されないように。
とにかく全部、死んだフリ。
空気みたいだった俺と、今の俺。全く同じだ。
こんなの、あんまりだろ。
召喚損だろ。異世界損だろ。なろう系損だろ。とにかく損だろ。
ふざけんなよ。くそ。
いい加減にこの脱力感から解放してくれ。
……。
それにしても、アリゴブリン。地味に強い。
「ゲギャーオッ!!!!!」
魔物ロックバードって結構強いみたいなこと、天使が言ってたけど、
「ギギ!」
弱いはずのアリゴブリン。なんか結構、互角にやりあってる。
ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ……
なんて数だよ。どんだけ湧いてくるんだ。
しかもここ、雲と肩を並べるほどの高い岩の上だぞ?
ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ……
岩の天辺まで下からわざわざ登ってきたのか?
いや違う。……こいつら……さっき地面の下から聞こえた音からして……。
こいつらは岩の中から湧いてきてる!!
ってことは、このデカい岩の中に巣があるんじゃないか?
アリゴブリン……。
たぶんこいつらはアリっぽい生活をしている昆虫だ。ゴブリンっていうのはあくまでおまけで……
《注意。アリゴブリンは低位の魔物。ただし》
ブオンッ!!
《集団行動を得意とする社会性の魔物》
ドゴンッ!!!!!
「ゲギャーオッ!!」
すっげぇ!!
「「「「「「「「「「「ギギ!」」」」」」」」」」」
お互いの手足を絡めて、しかも頭部の顎でお互いの胴に噛みつきあって、全体で巨大な拳になったアリゴブリン。それでもってロックバードを殴った。
エアーズロックに黒い腕が生えたみたいだ!すげぇ!絶景なうえに胸熱だな!!アリゴブリンがんばれ!!
ガブシュッ!!
ああっ!!ロックバードに〝黒腕〟を噛まれた!っていうかロックバードってこんなに何匹もいるのか!?ヤバイだろフツーに!
《注意。神鳥ロックバードは上位の魔物》
神鳥?魔物なのに神の鳥なのか?……ん?ロックバードの口から赤い光がビビビビッて出てるぞ?
《報告》
え?
キィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ……
《神焔アルテマコースト放射》
ふぁっ!?
キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!
まじか!
水爆で誕生した生態系の頂点ガジラみたいな破壊光線で巨大な集合腕が焼かれる!
やめろ!アリが可哀そうだろこのカラフルドリ!
《注意。アリゴブリンは低位の魔物。ただし》
ああもう分かった!脳内再生止めてく……!?
チュドオオオオオンンッ!!!!
『オギュアッ!?』
《集団的狂気をもつ社会性魔物》
〝腕〟が、〝黒団子〟を投げた。
アリゴブリンの集合腕がアリゴブリンの塊になった仲間を投げて、その塊がロックバードにぶつかった瞬間に爆発……まるで自爆。
《報告。魔物アリゴブリンは満身総意マルサスタンピードを発動》
まるで、じゃなくてまじで自爆攻撃……。
なんかエグすぎて……吐き気がする。やばい。
「ゲゲ」
ん?体が持ち上がるぞ?うわ!俺、アリゴブリンに掴まれてる!!
ちょっと待てって、おい!
このどさくさに紛れて俺をどうするつもりだ!?まさか食うのか!?
だったら劇場版『ロックバードVSアリゴブリン』くらい最期まで見させろ!
スタコラサッサ……
あれ?……運ばれてる?……どこに俺を運ぶんだ?もしかして病院?……なわけないか。
まじで、ここどこ?
《注意。地上迷宮セキドイシ内部。113階層。すなわちアリゴブリンの巣。空調の完備された貯食庫。赤外線を放出するヴィスナタイトの随所配置により暖橙色照明あり。死んだフリスキル所持者の視界確保》
……。
……。
えっと、どこからつっこめばいいんだ?
《報告。死んだフリスキル「カタレプシー」発動が一定時間を経過。死んだフリスキル向上。新たに死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」を獲得》
黙れ脳内再生!
情報量が多すぎるんだよ!!!!!
落ち着け。
落ち着け鉄太郎。
そうだ。俺は誰だ?
釘崎鉄太郎。
テツタロウってイカツい名前のせいで小学生の時にイジメられて以来、空気になることを目標に生きてきた高校生だ。
それが何だ?参加したくもない修学旅行の最中にいきなり異世界召喚?
アホか!
いや、もうそんなことはどうでもいい。
とにかくクラス全員が異世界にある、見知らぬ高い場所に召喚されて、それで天使とか名乗るのに出会って、スキルがどうたらこうたら説明されて……志甫蒼空をジョーカースキルの所持者に選んだ。
もうそれはいい!仕方なかった!志甫が狂わされたことについては後で考える!
とにかくそれで、ヤバイ力を得た志甫が暴走して……。
クラスの3分の1の生徒がたぶん、死んだ。
俺のスキル「死んだフリ」はその前後から始まった。
死んだフリ。
感覚はあるけれど力が入らない身体。動かせない身体。
見た目はマジで死んだようになるスキル。
それがリアルすぎておそらく天使は俺が死んだと思って、俺を見捨てた。生き残った奴らだけ連れてどこかへ移動した。
残った俺と十二人の死体仲間は魔物ロックバードの餌食確定。
だったけれど、アリゴブリンが絶妙のタイミングで現れて、しかもロックバードと互角みたいな激戦を披露。
そして俺はそのどさくさに紛れて、アリゴブリンの巣穴に運ばれた。
拉致られた当初はパニックになったけれど、アリゴブリンの肩で揺られてしかもほの暗いもんだからついつい寝てしまった。不甲斐ない。
で?……目が覚めたらチョショクコ?
やっぱり餌食じゃねぇか!!
「ギギ」
ふぁっ!?
また何かが運ばれてきた!
ドサ!
こいつもアリゴブリンの餌候補か!?
どうする!?どうする!?
《報告。死んだフリスキル「カタレプシー」を発動中》
ちょっと待て。待て待て。
……。
そう言えばさっき、何か別のスキルがどうたらこうたらって脳内再生していた気がする。
《報告。死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」を新たに獲得。使用可能》
だるまさんが転んだ、だと?
俺にあの「タコゲーム」をやれって言うのか?
《注意。タコゲームではなくイカ……》
おっと、それは言わせない。脳内でも再生していいことといけないことがある。
《報告。死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」を新たに獲得。使用可能》
はぁ。仕方ない。
脳内再生的にはたぶん「使用しろ」って言っているんだろ、この感じは。
だるまさんが転んだ。
よく分からないけれど、このままだとアリゴブリンの餌になるのはまちがいなさそうだ。
要するに、死んだフリのままじゃ埒が明かない。
だったらやるしかない。
《報告。死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」を発動》
「……ふぁ?」
あ、やっと体が動く。動かせるぞマジで!
「しかも、なんだか……」
こう、ものすごくやる気が湧いてくる感じだ。こんな感覚、久しぶりじゃないか?
仕方ない。こうなったら準備運動までしてやる。
グッグッ。グイ。グイ。
「よし。完璧だ」
元の世界ではスポーツテストでクラス最下位だったが、異世界ではそんなことは関係ない!これから俺の本気を見せてや……
「ゲゲ」
「ふぁっ!?」
ポト。
数メートル先に突然アリゴブリンの足音と声を聞き、硬直して倒れ込んだらしい俺。
《報告。死んだフリスキル「カタレプシー」発動》
体をほぐしたばかりなのにフリーズするなんて情けない。自分の能力に泣けてくる。
「ゲゲ」
シャカシャカシャカシャカシャカ………
「……」
それにしても。
アリゴブリンの奴、餌を運ぶことに忙しいらしい。
そう言えば貯食庫に運ばれる前に見た激戦の結果はどうなったんだ?もう終わったのか?
『ガジラVSキングミドラ』みたいな戦いを最後まで見られなかったのは思えば悔しい。
おっと、そうこうしているうちにアリゴブリンが貯食庫から出て行った。
《死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」発動。硬直解除》
体が動く。
なるほど。だるまさんが転んだとはこういうことか。
「死んだフリ」と「死んだフリの解除」を素早く行えるってことか。
あとは戦術諜報ゲームのスネイクみたいに行動すればいいってわけか。やってやる。
スタタタタ。
貯食庫をどうにか脱出。
「はい?」
脱出するも、いくつもの枝分かれ道を前にして、秒で絶望する。
落ち着け俺。
落ち着け鉄太郎。
眼を瞑れ。パニクッて過呼吸になるな。深呼吸。深呼吸。
考えてみたら、今こそRPG「ドロクエ」や「デイルズ」で学んだ知識を生かす時が来たんじゃないか?
ダンジョンで進む道に迷ったら「とにかく側壁が視界の右になるようにして進め」だ。そうすれば迷うことはない。いつかは出られる!
スタタタタタ。
そう。迷うことはない。だがしかし、
「「ギギ」」「!!」
ポト。
ダンジョンの総距離が長いと、いつダンジョンから出られるか分からないし、
「ギギ?ギギギギ」「ギーギ。ギギギギ」
ヒョイ。スタコラサッサ。
いくら「死んだフリ」が上手くても、そもそもアリゴブリンに見つかって捕まって貯食庫に担ぎ戻されると、
ドサ。
やり直すしかない。
「……くそっ!」
貯食庫に再び担ぎ込まれて硬直を解除後、つい叫んでしまう俺。
「ギギ」
ポト。
様子を見に来たアリゴブリンの前ではもちろん秒で「死んだフリ」。
「……ギギ」
シャカシャカシャカシャカ……
くっそ……。
どうする?このままじゃ埒が明かない。
結局「だるまさんが転んだ」が得意だからって、「死んだフリ」が得意だからって、捕食者に見つかったら意味なんてないだろ?
なんなんだ、このスキル?どこがどう特殊なんだ?
「キシャ」
キングスキル?クイーンスキル?ジャックスキル?
そんなわけがない。王道でもないし柔軟さもないし堅固でもない。
「ンシュル、ンシュル」
協力のスペードスキル?聡明のクラブスキル?肝心のハートスキル?よくは知らないが、そのどれにあてはまるっていうんだ?協力?聡明か?肝心なのか?
「カプ……」
じゃあ、希少のダイヤスキル?ある意味レアだけど、俺の「死んだフリ」性能はイマイチすぎて、多分違う気がする。ダイヤだなんて御大層なモノじゃない。
「ムシャムシャムシャ……」
じゃあ邪道のジョーカースキル?……ない。あれは。
「ムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャ………ゴクン」
あれは、俺たちが〝そうなる〟ことを拒んで志甫一人に押し付けたんだから、あるわけがない。なるわけがない。
「キシャ」
「さっきから奇声上げてなんなんだよ!こっちは考えごとしてんだ!そもそもエサがエサ食ってんじゃ……は?」
アリゴブリンに運び込まれたはずの餌の一つが、蠢いて、他の死骸を食ってる。
「キシャァ……」
なんだ!この紫色の巨大イモムシッ!?
《注意。ベルゼブブは最上位の魔物》
イモムシじゃなかったか。そりゃそうだな。3メートル超のイモムシって時点でイモムシじゃないと気づくべきだった。
じゃなくて、なんだこりゃ!
ベルゼブブ!?
明らかに魔物チックな名前だろ!そして何だ、コイツ?
もしかして俺と同じく「死んだフリ」であえてここに潜りこんできたのか!?
イモムシもどきってだけでも癪に障るのに俺の特殊スキルを真似るなんて許せない……。
《注意。イモムシではなくベルゼブブ。最上位の魔物》
最上位だろうが何だろうが、所詮は幼虫。
MHK教育テレビで俺が子どものころ唯一好きだったクレイアニメ「ニョッキ」と同じだ。粘土細工と所詮は一緒。叩き潰してペチャンコにしてやる。
「ゲゲ!」「ゲゲゲゲゲゲゲッ!」
と思ったけれど貯食庫に集まったアリゴブリンのせいで俺は思わずスキル「カタレプシー」を継続発動。いまだ硬直中。
仕方ない。俺はスネイクと一緒だ。バレたら潜入は終わり。イモムシなんざいつでも倒せるけど、ここは大人しく様子を伺う。
《注意。イモムシではなくベルゼブブ。最上位の魔物。タイプ:ケゴ》
いちいち訂正してくんのやめてくれって、脳内再生。
《タイプ:ケゴは最上位の魔物ベルゼブブの1齢幼虫にして……》
ん?
「「「「「「「「「………」」」」」」」」」
なんだ?なんでアリゴブリンたちが止まってるの?
もしかして戦意喪失?
それともアリゴブリンまで俺の死んだフリスキルの真似を始めたとか?
《フェロモンを支配する無双者》
フェロモン?
ゴキブリが集まったり逃げたり、アリが餌場まで行列作る時に使う化学物質のことか?
《報告。ベルゼブブが夢葬テウチハンゴロシ発動中》
手打ち半殺しとか、こわ。
なのにアリゴブリンたちの蕩けたっぽい姿勢。なんかエロいことでも妄想しているんじゃないかあれ?
ビュロンッ!!ムシャ、ムシャ、ムシャ……
「!!!!!」
マジ何、今の!?
ベロ!?触手!?
何伸ばしたベルゼブブ!?
っていうか、アリゴブリンが一匹もろに食われてる。
手打ち半殺しじゃなくて舌打ち全殺しだろ!?
それなのにおい!お前ら、ぼうっとしたまま動かないのか!?
《報告。夢葬テウチハンゴロシによりアリゴブリンの本能行動は優先順位変換》
!?
……フェロモン攻撃。そういうことか。
性フェロモンだか何だか知らないけれど、アリゴブリンの頭の中を支配しちまっている。それで動けなくしていたところを、ベルゼブブは捕食する。
このアリゴブリンの巣にまんまと入ってこられたのもひょっとしてこのフェロモンのせいか。
「ギギッ!!」「ギギギ………ギ……」
貯食庫に次々と入ってきては、フェロモン攻撃でぼんやりして動けなくされ、ベルゼブブに捕食されていくアリゴブリン。
ムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャ……
慌てることなく、悠々(ゆうゆう)と食い続けるベルゼブブ幼虫。少しずつ膨れていく身体。
ヤバイ。このままじゃとにかくヤバイ。
考えろ。考えろ鉄太郎。
《注意》
ヤバイ。逃げないと。動かないと。
《本物のだるまさんは……》
ベルゼブブがアリゴブリンを食ってる隙に逃げる!
《転ばない》
「ギギッ!」「ギーギッ!」「ギギギギギッ!!」
貯食庫から巣の中を伝染していくパニック。アリゴブリンたちが要員を増やし、ベルゼブブ退治に向かっていってる。この数……エアーズロック頂上で見せた自爆攻撃でもやるつもりか!?
とにかく俺にとって今はそんなことどうでもいい!
俺は硬直状態とその解除をくり返し、巣の脱出を試みる。どのアリゴブリンも俺なんかにかまっている余裕がなくなってる。チャンスは今しかない!
どの道が出口だ?
よく見ろ。よく見ろ。
雪崩のように押し寄せるアリゴブリン。右の道、左の道、上の道、下の道……
ん?
あれはアリゴブリンの腕と脚……なんで腕と脚だけが落ちている道がある?
トトト。
近づいてよく見る。
「?」
切断されている。しかも断面がキレイに切り落とされている。断面は……テラテラしてるぞ?無色透明……血液みたいなのはたしか俺と同じ赤色だったはず。
「……」
よく見ろ。よく見ろ。……!
スタコラサッサ!スタコララッサ!!
アリゴブリンを運ぶアリゴブリンが俺のすぐそばを通過する。
運ばれるアリゴブリンはボロボロの瀕死。食われず生きているってことは、とりあえずこいつはベルゼブブ以外の魔物との交戦で負傷したのか?分からない。でもなんだ?傷口がテラテラ光ってる。
……。
よく見ろ。よく見ろ。
スタコラサッサ。スタコラサッサ。
アリゴブリンの腕や脚を抱えて俺のすぐそばを通過するアリゴブリン。その際にポロポロとどうしても落ちてしまう腕や脚の数本。そう言えば今通過したアリゴブリンの口もテラテラ光ってた……。
……。
……。
……そうか。
このアリゴブリンたちは負傷したアリゴブリンの手当てと手術ができる。巣の中を清潔に保つために、傷は口から出した分泌液でたぶん消毒するし、腕脚のひどい負傷は切断して治療する。そしてその切断部はどこかへ捨てる。治療の甲斐なく死んだ仲間や戦死した仲間も同じようにどこかへ捨てる。捨てなきゃ巣穴はたちまち病原菌で汚染されるから。
で、捨てる。
捨てるってどこに?
「……ふふ」
そこが出口に決まってる。
俺は高鳴る鼓動を抑えながらゴミ捨てアリゴブリンたちの後を追う。
「ギギ」
ポト。
「……」
スタコラサッサ!!
そしてゴミ捨てアリゴブリンたちは俺みたいな〝餌〟にかまっている余裕なんてない。クソ忙しいゴミ捨てアリゴブリンたちはエサ候補の死骸や残骸を貯食庫に運び込む余裕なんてない。巣を病で侵す死骸の処理に追われているから。
だから硬直して倒れる俺を無視するしかない!
スタコラサッサ!!
よし!読み通り!!硬直解除!!
タタタタタ……ポト。
スタコラサッサ!!
ガバッ!タタタタタタタタ……ポト。
スタコラサッサ!!スタコラサッサ!!
ガバッ!タタタタタタタタタタタタタ……ポト。
スタコラサッサ!!スタコラサッサ!!スタコラサッサ!!
「はあ、はあ、はあ、はあ……出られた」
広々とした暗がり。
謎の鉱石が析出してあっちこっちで勝手にそこそこ光ってくれているせいで、かろうじて空間の広がりは分かる。
そこら中に散らばるアリゴブリンの腕や脚、死骸。そして彼らが手にしていた斧。……手足や死骸よりも、斧の本数の方が明らかに多い……まあいいか。
《報告。地上迷宮セキドイシ104階層に到達。冷光を放つシニエタイトにより空間温度は寒冷。アリゴブリンの巣の外》
確か貯食庫は113階だから俺、ちゃんと降りてこられたんだ。良かった。
疲れたのでとりあえず硬直解除を解除してマジで「死んだフリ」。体力回復カタレプシー……。
ベェェェェ……
昔から虫は好きなほうだが、アリゴブリンの餌になるのも、ベルゼブブの餌になるのもまじで勘弁だ。
「ベエエエエッ!!!!」
のわ!?
何?何だ?何だよコイツ!
《注意。ヤギヘビ。低位の魔物の出現……》
ちょっとやめろよ!
ぺろぺろ顔なんて舐めてきちゃって意外に可愛いじゃないかコイツ。ヤギの毛って意外にチクチクして少し痛いな……あれ、急に毛がなくなったぞ?
《現在、ベルゼブブのフェロモンにより発情中》
はい?
「ベエエエエエエエッ!!!!!」
発情?!……いやだあああああっ!!!!
よく見れば頭部がヤギのくせに身体が大蛇!ヘビ!生理的に無理!!
《注意。ヤギヘビのオスの交尾器は二本。性器一本は右巻き2メートルでメスの性器へ挿入。副性器一本は左巻き1メートルでメスの皮下へ注射。交尾時間は平均40分。精技ゲニタリア発射準備中》
気持ち悪っ!
ちんこ2本で右巻き2メートルとか左巻き1メートルとか皮下注射とか長い交尾時間とか全部キモいっ!
「ベエエッ!ベエエッ!!ベエエエッ!!!ベエエエエエッ!!!!」
《注意。精技ゲニタリア発射準備完了。発……》
「ざっけんなああああっ!!!!」
体の凝結をほどく。
視界に飛び込んだ斧をすぐさま掴む。
ザグシュンッ!!!!
俺の体をまさぐる2本の気色悪い〝触手〟をぶった斬る。
「ベエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!!!」
「ベエじゃねぇんだよ!!」
元はアリゴブリンの所有物だった斧を俺は握りしめ、汚い液を撒き散らすヤギヘビの脳天を一気にぶち割る。
「ベア……」
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」
危ない。捕食の危機のあとに貞操の危機が訪れるとは。異世界以前に自然界は本当にシビアだ。今気づいたけど俺、着ていた制服ボロボロじゃないか。
《報告。死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」がレベルアップ。称号:「転ばないだるまさん」を獲得》
転ばないだるまさんって。そんな称号嬉しくもないんだが。
……。
考えてみたら、「死んだフリ」っていうのはただやればいいってもんじゃない。
《注意。本物のだるまさんは、転ばない》
スキル「カタレプシー」による硬直。
これは敵の注意がそれた際に硬直を解くことで、擬死技として完成する。
別に困っていない、通常運転のアリゴブリンの前でただ死んだフリをしても意味がない。所詮は貯食庫行き。
けれど、エサを前に興奮しているベルゼブブと決死の覚悟で興奮しているアリゴブリンが争っているどさくさに紛れて死んだフリをすれば話は別。
ベルゼブブは硬直している俺に注目しない。注目してその命を狙うのは、必死に動き回るアリゴブリン。
だから、動かず死んだフリをする俺の方が確実に生存確率を上げられる。
――本物のだるまさんは、転ばない。
それが死んだフリ。
自らの命を守るための死んだフリ。
なるほど、敵が注目している時は「死んだフリ」をするんだから、さしずめ「だるまさんが転んだ」か。
「で、死んだフリは反撃にも役立つ、と」
頭をかち割ったヤギヘビを見ながらつぶやく。
自分を襲ってこないと油断した相手を急襲できる。いわば捕食者の「死んだフリ」。
「……ふう」
異世界パイガからの解放条件。
天使サンダルフォンは岩の天辺で確か言った。
――魔王討伐に成功すれば、元の世界に転生できる。
「……」
俺の謎スキル。
パッとしないスキルと言えばそれまでだが、こうして生き延びている。
「死んだフリしかできないけれど」
深く息を吸う。止める。決心する。
「俺が魔王を倒ふぁっ!?」
ヤギヘビのチンコが突然跳ねた!その拍子にビビッて死んだフリスキル「カタレプシー」が自動発動。……ダメじゃん俺。
これ何とかしたいんだが!脳内再生!
《報告。ヤギヘビの交尾器の移植は不可能》
ちがう!「カタレプシー」だよ!ヤギヘビの右巻きチンコなんて要るか!!
《報告。死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」の継続発動で自動硬直は解除可能》
「ぶはあっ!」
脳内再生に言われた手順であわてて蘇生した俺は、大きく深呼吸し、冷静になる。
「やれやれ……」
アリゴブリンの落とし物っぽい斧の中で、使えそうなものを2本選ぶ。両手にそれぞれ斧を握る。瞼を閉じて深く息を吸う。見開く。
「せめて誰かが魔王を倒す瞬間まで生き延びる。それならきっと俺にもできる!」
自分にそう言い聞かせると、俺は静かにその場を後にした。
AS DEAD AS A DODO?