表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/6

その1

バスガイド「こちらは最近(さいきん)できたばかりで、八岐大蛇(やまたのおろち)ループいうところになります」

生徒「(なに)ここ?(みどり)の山ばっかじゃん」

生徒「つまんね。(だれ)だよこんなとこ(えら)んだの」

生徒「はいはい!それより(じん)(ろう)ゲーム始めまーす!」

バスガイド「ループ(ばし)としては日本(にほん)最大(さいだい)のものになりますので、おかげで観光客(かんこうきゃく)の方々(かたがた)も仰山(ぎょうさん)()えましたが」

生徒「このズンダグミ。まっず」

生徒「あっ、スマホの充電(じゅうでん)()れた。ちょっとチャージさせて」

生徒「はぁ?やだし。つーかモンスタの邪魔(じゃま)になっから(だま)ってろ」

バスガイド「自殺者(じさつしゃ)仰山(ぎょうさん)()えました」

一同(いちどう)「「「「?」」」」

バスガイド「()にたがりのみなはんは、今バスが走ってる、この橋の一番(いちばん)(たこ)(ところ)から飛び降りなはるのがお()きみたいで、それがちょうど真下(ました)国道(こくどう)に落ちるわけです。そして飛び降りなはると道は通行止(つうこうど)めになってまいますので、ここいらの人はみなえらい迷惑(めいわく)をしとりなはるそうです」

先生「ちょっとちょっと、添乗員(てんじょういん)さん」

添乗員(てんじょういん)「あ、はい!あのガイドさん、ちょっとそういう話は生徒(せいと)(さま)の前では(ひか)えて……」

バスガイド「(みち)両脇(りょうわき)。見えますか?私は見えへんのですが、〝()える〟方は見えるそうですよ。飛び降りた方、それに巻き込まれて死亡事故を起こした方がここらずらりと立っておられるそうです。けったいな自殺(じさつ)名所(めいしょ)でございましょ」

一同「「「「「「「……」」」」」」」

バスガイド「自殺と言えば、私はとある山奥(やまおく)の村の出身でございまして、幼いころ、近くに住んでおりました高校生の男の子が夜中に行方(ゆくえ)不明(ふめい)となりました。確かみなはんと同じ高校(こうこう)二年生(にねんせい)やったかと思います」

一同「「「「「「「……」」」」」」」

バスガイド「()間着(まき)姿(すがた)のまま、(くつ)()かず、(いえ)()び出した。都会(とかい)っ子のみなはんなら「それがどないした」思うかもわかりませんが、私の住んでいたところは(やま)。しかもその時は冬。つまり雪の(おお)う冬山。雪の降り積もる、身を切るほど寒い夜の山に高校生のお兄さんが突然(とつぜん)()えてもうたんですわ」

一同「「「「「「「……」」」」」」」

バスガイド「こらえらいこっちゃいうわけで、集落(しゅうらく)一同(いちどう)山狩(やまが)りですわ。「かやせ~かやせ~」(さけ)びながらです。私はそこの方言(ほうげん)(わす)れたいほど(きら)いなんでもう使(つか)いませんけど、「かやせ」言うのは「(かえ)せ」ちゅう意味(いみ)です。いなくなった男の子を返せ、ちゅう意味です。〝(だれ)から〟返して欲しいんでしょうね?」

一同「「「「「「「……」」」」」」」

バスガイド「足跡(あしあと)が一応ありましたので、大人(おとな)たちは人らしき足跡(あしあと)をたどって(さわ)にたどり着きました。沢ってわかります?山の中で少し低くて、川の流れとるところです」

一同「「「「「「「……」」」」」」」

バスガイド「(さわ)()かる(はし)の上に、足跡(あしあと)は続いとりました。橋を渡ってさらに山奥(やまおく)に向こうたんかんかなぁと心配(しんぱい)した村の(しゅう)でしたが、それは()らぬ心配でした」

一同「「「「「「「……」」」」」」」

バスガイド「橋の中央(ちゅうおう)で足跡は途切(とぎ)れて、あとは橋の手摺(てすり)(ゆき)(はら)った(あと)があったわけです。まさか、言うて次の日、沢の下流(かりゅう)(さら)いました。どうやったと思います?」

一同「「「「「「「……」」」」」」」

バスガイド「(いわ)(はさ)まれて真白(まっしろ)の高校生の死体が川から見つかりました。引き()げた途端(とたん)、鼻から真っ赤な血をドロッと()きだして、そら気の毒でしたわ」

一同「「「「「「「……」」」」」」」

バスガイド「それにしてもどうして、冬の夜の雪山(ゆきやま)入水(じゅすい)自殺(じさつ)なんてしはったんでしょうね」

 シャキン。

先生(せんせい)添乗員(てんじょういん)「「え?」」

バスガイド「遺書(いしょ)もない。学校での行動(こうどう)私生活(しせいかつ)問題(もんだい)なし」

 シュパンッ!ブシュウウッ!!

運転手(うんてんしゅ)「かは……」

先生「運転手さん!!」

 ズシュッ!

先生「げあっ!」

シュパオーンッ!!ドスンッ!ゴロゴロ……

添乗員「何するのやめて!きゃあっ!!」

 ドグシャッ!……ヌチャア……

生徒「先生!!」

生徒「「「きゃああああっ!」」」

生徒「おいマジかよ!」「やべぇ!」「誰か!警察(けいさつ)……」

バスガイド「(はし)から飛び降りた動機(どうき)は誰にも分かりまへん」

 ドガーンッ!!!!!!

生徒「うそ!バスが!落ちっ!落ちるぅぅ!!!」

生徒「「「「「うわああああああああああああああっ!!!!!!」」」」」

天使(ガイド)「おそらく本人(ほんにん)もまた分からんと思いますが………供物(くもつ)奉納(ほうのう)詠唱(えいしょう)終演(しゅうえん)(てん)()開始(かいし)」。

 

1. 死んだフリ


 グギャーオ……グギャーオ……


 ()()け。


 グギャーオ……グギャーオ……


 落ち着け。(てつ)太郎(たろう)

 大丈夫(だいじょうぶ)だ、鉄太郎。俺は十分、落ち着いている。

 グギャーオ……グギャーオッ!

 岩肌(いわはだ)がごつごつして(つめ)たい。()きすさぶ風が冷たい。うん、落ち着いて……

 グギャーオッ!!!グギャーオッ!!!!!

 落ち着いてなんていられるか――っ!

「グギャーオッ!!!!!」

 天使(てんし)の言ってた魔物(まもの)ロックバードが来た!

 ヤバい。まじでヤバい!食われる!!

 っていうか、食うみたいなことを天使は言ってた気がする。


 ――死んだ召喚者(しょうかんしゃ)鳥葬(ちょうそう)により、(てん)()される。


「グギャーオッ!!!!!」

 ザオッ!ムシャッ!!ムシャッ!!

 この(おと)……マジで()ってる音だ。

 (とり)のくせに咀嚼(そしゃく)してる!(ちが)う違う!そんなこと気にしてる場合じゃない!

 ムシャ……ムシャ……

 (おれ)以外(いがい)に倒れているのは十二人。志甫(しうら)(わけ)わかんないことになった後で、(うご)けなくなったのは十二人。そして俺。

「グギャーオッ!!!!!」

 ムチチチッ!

 くそっ!全身(ぜんしん)(ちから)(はい)らない!まばたき一つできない!

 ムシャ!ムシャッ!

 なんで(おれ)、あのタイミングで()んだフリなんてしたんだ……。

 どうすんだよ。死んだフリなんてしたせいで天使(てんし)()れて行ってもらえなかった……。

「グギャーオッ!!!!!」

 ザオッ!

 死んだフリ……。

 ムシャッ!ムシャッ!

 するしかないだろ。

 あんなバケモノみたいな志甫(しうら)を見たら、フリーズするに決まってるだろ。

 志甫。シウラソラ。

 ごめん。

 ジョーカースキルに(えら)んで、ごめん。

 選んだのは俺じゃないけれど、選んだ大音師(おおとし)やみんなを()められなくて、本当にごめん。

 天使(てんし)(やつ)、お(まえ)をどこにワープさせたんだろう。

 本当に、ごめん。

 ザオッ!ムシャッ!ムシャッ!

 クイーンスキルを引き当てた世良(せら)()とダイヤスキルの綾瀬(あやせ)

 志甫(しうら)。お前の(ところ)にたぶん飛ばされた世良田はぶっ()ばしていいと思う。これ以上(いじょう)同級(どうきゅう)(せい)(ころ)してほしいとは思わないが、一発くらいぶん(なぐ)れ。

 男女(だんじょ)平等(びょうどう)だ。女だからって容赦(ようしゃ)()らない。

 綾瀬(あやせ)の方は……俺と同じか。いじめられていたお前のこと、見て見ぬふり。

 まぁあいつの場合は本当に気づいていなかったのかもしれないけど……とにかく俺は綾瀬(あやせ)については何も言えない。ワルとつるんでいた世良(せら)()とは違うから、どうするかは志甫(しうら)、お前が決めていいと思う。綾瀬をぶっ飛ばしても俺は見て見ぬふりをするさ。

 グギャーオッッ!!ムシャムシャアッ!!

 そう考えると、俺がこうやって死んだフリをして動けないでいるのも、綾瀬と変わらないか。

 (のぞ)んでしているんじゃなくて、強制的(きょうせいてき)にさせられている。

 綾瀬(あやせ)は志甫への生贄(いけにえ)。俺は魔物(まもの)(どり)の生贄。

 怪物(かいぶつ)にヤられるのは同じ。

 (ちが)いはせいぜい、綾瀬(あやせ)(うご)けて、(おれ)は動けないところくらいか。

「グギャーオッ!!!!!」

 怪物(かいぶつ)になった志甫(しうら)のジョーカースキルでさっさと(ころ)された十二人の方が、マシだったかも。……なんて全然思えない。

 死にたくない。怖い。死にたくない。怖い。

「グギャーオッ!!!!!」

 ()のぎっしり生えた(くちばし)だけじゃなくて、あの(するど)すぎる(つめ)……。ナイフやカッターみたいにみんながズタズタに()かれて()われていく。すごい血しぶき……

「グギャーオッ!!!!!」

 痛い思いはしたくないな。でも(こわ)いのも、もう(いや)だ。

「グギャーオッ!!!!!」

 (みょう)な音のする地面がとにかく冷たい。

 ひゅうひゅう()る風が(さむ)くて(いた)い。

「グギャーオッ!!!!!」

 どうか、一瞬(いっしゅん)で何もかもが、()わりますように。


 ギギ!


「?」

 ん?……なんだこいつら!?アリの顔と頭をもつ小人(こびと)!?しかもすごい数……

 《報告(ほうこく)魔物(まもの)アリゴブリンの出現(しゅつげん)

 ん?

 この(こえ)は、どっかで聞いた……そうだ!思い出した。

 志甫(しうら)暴走(ぼうそう)した直後(ちょくご)に頭の中に(ひび)いた声だ。あの時なんて言ってたっけ……そうだ!「特殊(とくしゅ)スキル『()んだフリ』を発現(はつげん)」……そのまんまじゃん。

 異世界(いせかい)召喚(しょうかん)されて、特別(とくべつ)にスキルを与えますよ~みたいなことを言われて、それが「死んだフリ」?

 召喚(しょうかん)される前と同じだろうが。

 学校(がっこう)。ホームルーム。授業(じゅぎょう)(いえ)

 全部、死んだフリ。

 目立(めだ)たないように。いじめられないように。注意されないように。

 とにかく全部、死んだフリ。

 空気みたいだった俺と、今の俺。全く同じだ。

 こんなの、あんまりだろ。

 召喚(しょうかん)(ぞん)だろ。異世界(いせかい)(ぞん)だろ。なろう(けい)(ぞん)だろ。とにかく(そん)だろ。

 ふざけんなよ。くそ。

 いい加減(かげん)にこの脱力感(だつりょくかん)から解放(かいほう)してくれ。

 ……。

 それにしても、アリゴブリン。地味(じみ)(つよ)い。

「ゲギャーオッ!!!!!」

 魔物ロックバードって結構(けっこう)(つよ)いみたいなこと、天使(てんし)が言ってたけど、

「ギギ!」

 (よわ)いはずのアリゴブリン。なんか結構(けっこう)互角(ごかく)にやりあってる。

 ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ……

 なんて(かず)だよ。どんだけ()いてくるんだ。

 しかもここ、(くも)(かた)(なら)べるほどの(たか)い岩の上だぞ?

 ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ……

 (いわ)天辺(てっぺん)まで(した)からわざわざ(のぼ)ってきたのか?

 いや(ちが)う。……こいつら……さっき地面(じめん)(した)から聞こえた(おと)からして……。

 こいつらは岩の中から湧いてきてる!!

 ってことは、このデカい岩の中に巣があるんじゃないか?

 アリゴブリン……。

 たぶんこいつらはアリっぽい生活をしている昆虫(こんちゅう)だ。ゴブリンっていうのはあくまでおまけで……

 《注意(ちゅうい)。アリゴブリンは低位(ていい)の魔物。ただし》

 ブオンッ!!

 《集団(しゅうだん)行動(こうどう)得意(とくい)とする社会性(しゃかいせい)魔物(まもの)

 ドゴンッ!!!!!

「ゲギャーオッ!!」

 すっげぇ!!

「「「「「「「「「「「ギギ!」」」」」」」」」」」

 お(たが)いの手足を(から)めて、しかも頭部(とうぶ)(あご)でお互いの(どう)()みつきあって、全体で巨大な(こぶし)になったアリゴブリン。それでもってロックバードを(なぐ)った。

 エアーズロックに黒い腕が生えたみたいだ!すげぇ!絶景(ぜっけい)なうえに(むね)(ねつ)だな!!アリゴブリンがんばれ!!

 ガブシュッ!!

 ああっ!!ロックバードに〝黒腕(くろうで)〟を()まれた!っていうかロックバードってこんなに何匹(なんびき)もいるのか!?ヤバイだろフツーに!

 《注意。神鳥(しんちょう)ロックバードは上位(じょうい)魔物(まもの)

 神鳥?魔物なのに(かみ)(とり)なのか?……ん?ロックバードの口から赤い光がビビビビッて出てるぞ?

 《報告(ほうこく)

 え?

 キィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ……

 《神焔(しんえん)アルテマコースト放射(ほうしゃ)

 ふぁっ!?

 キュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!

 まじか!

 水爆(すいばく)で誕生した生態(せいたい)(けい)頂点(ちょうてん)ガジラみたいな破壊(はかい)光線(こうせん)巨大(きょだい)集合(しゅうごう)(うで)()かれる!

 やめろ!アリが可哀そうだろこのカラフルドリ!

 《注意。アリゴブリンは低位(ていい)の魔物。ただし》

 ああもう分かった!脳内(のうない)再生(さいせい)止めてく……!?

 チュドオオオオオンンッ!!!!

『オギュアッ!?』

 《集団的(しゅうだんてき)狂気(きょうき)をもつ社会性(しゃかいせい)魔物(まもの)

 〝(うで)〟が、〝黒団子(くろだんご)〟を投げた。

 アリゴブリンの集合(しゅうごう)(うで)がアリゴブリンの(かたまり)になった仲間(なかま)()げて、その塊がロックバードにぶつかった瞬間(しゅんかん)爆発(ばくはつ)……まるで自爆(じばく)

 《報告。魔物アリゴブリンは満身(まんしん)総意(そうい)マルサスタンピードを発動(はつどう)

 まるで、じゃなくてまじで自爆(じばく)攻撃(こうげき)……。

 なんかエグすぎて……吐き気がする。やばい。

「ゲゲ」

 ん?体が持ち上がるぞ?うわ!俺、アリゴブリンに(つか)まれてる!!

 ちょっと待てって、おい!

 このどさくさに(まぎ)れて俺をどうするつもりだ!?まさか食うのか!?

 だったら劇場版(げきじょうばん)『ロックバードVSアリゴブリン』くらい最期(さいご)まで見させろ!

 スタコラサッサ……

 あれ?……(はこ)ばれてる?……どこに俺を運ぶんだ?もしかして病院(びょういん)?……なわけないか。


 まじで、ここどこ?

 《注意(ちゅうい)地上(ちじょう)迷宮(めいきゅう)セキドイシ内部(ないぶ)。113階層(かいそう)。すなわちアリゴブリンの()空調(くうちょう)完備(かんび)された貯食庫(ちょしょくこ)赤外線(せきがいせん)放出(ほうしゅつ)するヴィスナタイトの随所(ずいしょ)配置(はいち)により暖橙色(だんとうしょく)照明(しょうめい)あり。死んだフリスキル所持者(しょじしゃ)視界(しかい)確保(かくほ)

 ……。

 ……。

 えっと、どこからつっこめばいいんだ?

 《報告(ほうこく)。死んだフリスキル「カタレプシー」発動が一定(いってい)時間(じかん)経過(けいか)。死んだフリスキル向上(こうじょう)。新たに死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」を獲得(かくとく)

 (だま)脳内(のうない)再生(さいせい)

 情報量(じょうほうりょう)(おお)すぎるんだよ!!!!!

 ()()け。

 落ち着け(てつ)太郎(たろう)

 そうだ。俺は誰だ?

 釘崎鉄太郎(ていざきてつたろう)

 テツタロウってイカツい名前(なまえ)のせいで小学生(しょうがくせい)の時にイジメられて以来、空気(くうき)になることを目標(もくひょう)に生きてきた高校生(こうこうせい)だ。

 それが何だ?参加(さんか)したくもない修学(しゅうがく)旅行(りょこう)最中(さいちゅう)にいきなり異世界(いせかい)召喚(しょうかん)

 アホか!

 いや、もうそんなことはどうでもいい。

 とにかくクラス全員(ぜんいん)異世界(いせかい)にある、見知らぬ高い場所に召喚(しょうかん)されて、それで天使(てんし)とか名乗(なの)るのに出会(であ)って、スキルがどうたらこうたら説明(せつめい)されて……志甫蒼空(しうらそら)をジョーカースキルの所持者(しょじしゃ)(えら)んだ。

 もうそれはいい!仕方(しかた)なかった!志甫(しうら)(くる)わされたことについては(あと)(かんが)える!

 とにかくそれで、ヤバイ力を得た志甫が暴走(ぼうそう)して……。

 クラスの3分の1の生徒(せいと)がたぶん、()んだ。

 俺のスキル「死んだフリ」はその前後(ぜんご)から(はじ)まった。

 ()んだフリ。

 感覚(かんかく)はあるけれど力が入らない身体。(うご)かせない身体。

 見た目はマジで死んだようになるスキル。

 それがリアルすぎておそらく天使は俺が死んだと思って、俺を見捨てた。生き残った奴らだけ連れてどこかへ移動した。

 残った俺と十二人の死体(したい)仲間(なかま)は魔物ロックバードの餌食(えじき)確定(かくてい)

 だったけれど、アリゴブリンが絶妙(ぜつみょう)のタイミングで(あらわ)れて、しかもロックバードと互角(ごかく)みたいな激戦(げきせん)披露(ひろう)

 そして俺はそのどさくさに(まぎ)れて、アリゴブリンの()(あな)に運ばれた。

 拉致(らち)られた当初(とうしょ)はパニックになったけれど、アリゴブリンの(かた)()られてしかもほの(ぐら)いもんだからついつい()てしまった。不甲斐(ふがい)ない。

 で?……目が覚めたらチョショクコ?

 やっぱり餌食(えじき)じゃねぇか!!

「ギギ」

 ふぁっ!?

 また何かが(はこ)ばれてきた!

 ドサ!

 こいつもアリゴブリンの(えさ)候補(こうほ)か!?

 どうする!?どうする!?

 《報告。死んだフリスキル「カタレプシー」を発動中(はつどうちゅう)

 ちょっと待て。待て待て。

 ……。

 そう言えばさっき、何か別のスキルがどうたらこうたらって脳内(のうない)再生(さいせい)していた気がする。

 《報告(ほうこく)()んだフリスキル「だるまさんが(ころ)んだ」を新たに獲得(かくとく)使用(しよう)可能(かのう)

 だるまさんが転んだ、だと?

 俺にあの「タコゲーム」をやれって言うのか?

 《注意。タコゲームではなくイカ……》

 おっと、それは言わせない。脳内でも再生していいことといけないことがある。

 《報告。死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」を新たに獲得。使用可能》

 はぁ。仕方ない。

 脳内再生的にはたぶん「使用しろ」って言っているんだろ、この感じは。

 だるまさんが転んだ。

 よく分からないけれど、このままだとアリゴブリンの(えさ)になるのはまちがいなさそうだ。

 要するに、死んだフリのままじゃ(らち)()かない。

 だったらやるしかない。

 《報告。死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」を発動》

「……ふぁ?」

 あ、やっと(からだ)(うご)く。動かせるぞマジで!

「しかも、なんだか……」

 こう、ものすごくやる気が()いてくる感じだ。こんな感覚(かんかく)(ひさ)しぶりじゃないか?

 仕方(しかた)ない。こうなったら準備(じゅんび)運動(うんどう)までしてやる。

 グッグッ。グイ。グイ。

「よし。完璧(かんぺき)だ」

 元の世界ではスポーツテストでクラス最下(さいか)()だったが、異世界(いせかい)ではそんなことは関係(かんけい)ない!これから(おれ)本気(ほんき)を見せてや……

「ゲゲ」

「ふぁっ!?」

 ポト。

 数メートル先に突然(とつぜん)アリゴブリンの足音(あしおと)と声を聞き、硬直(こうちょく)して(たお)れ込んだらしい俺。

 《報告。死んだフリスキル「カタレプシー」発動(はつどう)

 体をほぐしたばかりなのにフリーズするなんて(なさ)けない。自分の能力(のうりょく)()けてくる。

「ゲゲ」

 シャカシャカシャカシャカシャカ………

「……」

 それにしても。

 アリゴブリンの奴、餌を運ぶことに(いそが)しいらしい。

 そう言えば貯食庫に運ばれる前に見た激戦(げきせん)の結果はどうなったんだ?もう()わったのか?

『ガジラVSキングミドラ』みたいな戦いを最後(さいご)まで見られなかったのは思えば(くや)しい。

 おっと、そうこうしているうちにアリゴブリンが貯食庫から出て行った。

 《死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」発動。硬直(カタレプシー)解除》

 体が動く。

 なるほど。だるまさんが(ころ)んだとはこういうことか。

「死んだフリ」と「死んだフリの解除(かいじょ)」を素早(すばや)(おこな)えるってことか。

 あとは戦術(せんじゅつ)諜報(ちょうほう)ゲームのスネイクみたいに行動(こうどう)すればいいってわけか。やってやる。

 スタタタタ。

 貯食庫(ちょしょくこ)をどうにか脱出(だっしゅつ)

「はい?」

 脱出するも、いくつもの(えだ)()かれ道を前にして、(びょう)絶望(ぜつぼう)する。

 落ち着け俺。

 落ち着け(てつ)太郎(たろう)

 ()(つむ)れ。パニクッて()呼吸(こきゅう)になるな。深呼吸(しんこきゅう)。深呼吸。

 考えてみたら、今こそRPG「ドロクエ」や「デイルズ」で学んだ知識(ちしき)を生かす時が来たんじゃないか?

 ダンジョンで進む(みち)に迷ったら「とにかく側壁(そくへき)視界(しかい)(みぎ)になるようにして(すす)め」だ。そうすれば迷うことはない。いつかは出られる!

 スタタタタタ。

 そう。(まよ)うことはない。だがしかし、

「「ギギ」」「!!」

 ポト。

 ダンジョンの総距離(そうきょり)が長いと、いつダンジョンから出られるか分からないし、

「ギギ?ギギギギ」「ギーギ。ギギギギ」

 ヒョイ。スタコラサッサ。

 いくら「死んだフリ」が上手(うま)くても、そもそもアリゴブリンに見つかって(つか)まって貯食庫に(かつ)(もど)されると、

 ドサ。

 やり直すしかない。

「……くそっ!」

 貯食庫(ちょしょくこ)に再び(かつ)ぎ込まれて硬直を解除後、つい(さけ)んでしまう俺。

「ギギ」

 ポト。

 様子を見に来たアリゴブリンの前ではもちろん(びょう)で「死んだフリ」。

「……ギギ」

 シャカシャカシャカシャカ……

 くっそ……。

 どうする?このままじゃ(らち)()かない。

 結局(けっきょく)「だるまさんが転んだ」が得意だからって、「死んだフリ」が得意だからって、捕食者(ほしょくしゃ)に見つかったら意味なんてないだろ?

 なんなんだ、このスキル?どこがどう特殊(とくしゅ)なんだ?

「キシャ」

 キングスキル?クイーンスキル?ジャックスキル?

 そんなわけがない。王道(おうどう)でもないし柔軟(じゅうなん)さもないし堅固(けんご)でもない。

「ンシュル、ンシュル」

 協力(きょうりょく)のスペードスキル?聡明(そうめい)のクラブスキル?肝心(かんじん)のハートスキル?よくは知らないが、そのどれにあてはまるっていうんだ?協力?聡明か?肝心なのか?

「カプ……」

 じゃあ、希少(きしょう)のダイヤスキル?ある意味(いみ)レアだけど、俺の「死んだフリ」性能(せいのう)はイマイチすぎて、多分(たぶん)(ちが)う気がする。ダイヤだなんて御大層(ごたいそう)なモノじゃない。

「ムシャムシャムシャ……」

 じゃあ邪道(じゃどう)のジョーカースキル?……ない。あれは。

「ムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャ………ゴクン」

 あれは、俺たちが〝そうなる〟ことを(こば)んで志甫(しうら)一人に押し付けたんだから、あるわけがない。なるわけがない。

「キシャ」

「さっきから奇声(きせい)()げてなんなんだよ!こっちは考えごとしてんだ!そもそもエサがエサ食ってんじゃ……は?」

 アリゴブリンに(はこ)()まれたはずの餌の一つが、(うごめ)いて、(ほか)死骸(しがい)()ってる。

「キシャァ……」

 なんだ!この紫色(むらさきいろ)(きょ)(だい)イモムシッ!?

 《注意。ベルゼブブは最上位の魔物》

 イモムシじゃなかったか。そりゃそうだな。3メートル(ごえ)のイモムシって時点(じてん)でイモムシじゃないと気づくべきだった。

 じゃなくて、なんだこりゃ!

 ベルゼブブ!?

 (あき)らかに魔物(まもの)チックな名前だろ!そして何だ、コイツ?

 もしかして俺と同じく「死んだフリ」であえてここに潜りこんできたのか!?

 イモムシもどきってだけでも(しゃく)(さわ)るのに俺の特殊(とくしゅ)スキルを真似(まね)るなんて(ゆる)せない……。

 《注意。イモムシではなくベルゼブブ。最上位の魔物》

 最上位だろうが何だろうが、所詮は幼虫。

 MHK教育(きょういく)テレビで俺が子どものころ唯一(ゆいいつ)()きだったクレイアニメ「ニョッキ」と同じだ。粘土(ねんど)細工(ざいく)所詮(しょせん)一緒(いっしょ)(たた)(つぶ)してペチャンコにしてやる。

「ゲゲ!」「ゲゲゲゲゲゲゲッ!」

 と思ったけれど貯食庫に集まったアリゴブリンのせいで俺は思わずスキル「カタレプシー」を継続発動。いまだ硬直中。

 仕方ない。俺はスネイクと一緒だ。バレたら潜入は終わり。イモムシなんざいつでも倒せるけど、ここは大人しく様子を伺う。

 《注意。イモムシではなくベルゼブブ。最上位の魔物。タイプ:ケゴ》

 いちいち訂正(ていせい)してくんのやめてくれって、脳内(のうない)再生(さいせい)

 《タイプ:ケゴは最上(さいじょう)()の魔物ベルゼブブの1(れい)幼虫(ようちゅう)にして……》

 ん?

「「「「「「「「「………」」」」」」」」」

 なんだ?なんでアリゴブリンたちが()まってるの?

 もしかして戦意(せんい)喪失(そうしつ)

 それともアリゴブリンまで俺の死んだフリスキルの真似(まね)を始めたとか?

 《フェロモンを支配(しはい)する無双者(むそうしゃ)

 フェロモン?

 ゴキブリが(あつ)まったり()げたり、アリが餌場まで行列(ぎょうれつ)作る時に使う化学(かがく)物質(ぶっしつ)のことか?

 《報告。ベルゼブブが夢葬テウチハンゴロシ発動中》

 手打ち半殺しとか、こわ。

 なのにアリゴブリンたちの(とろ)けたっぽい姿勢(しせい)。なんかエロいことでも妄想(もうそう)しているんじゃないかあれ?

 ビュロンッ!!ムシャ、ムシャ、ムシャ……

「!!!!!」

 マジ何、今の!?

 ベロ!?触手(しょくしゅ)!?

 何伸()ばしたベルゼブブ!?

 っていうか、アリゴブリンが一匹(いっぴき)もろに食われてる。

 手打(てう)半殺(はんごろ)しじゃなくて舌打(したう)全殺(ぜんごろ)しだろ!?

 それなのにおい!お前ら、ぼうっとしたまま動かないのか!?

 《報告。夢葬(むそう)テウチハンゴロシによりアリゴブリンの本能(ほんのう)行動(こうどう)(ゆう)先順位(せんじゅんい)変換(へんかん)

 !?

 ……フェロモン攻撃。そういうことか。

 (せい)フェロモンだか何だか知らないけれど、アリゴブリンの(あたま)の中を支配(しはい)しちまっている。それで動けなくしていたところを、ベルゼブブは捕食する。

 このアリゴブリンの巣にまんまと入ってこられたのもひょっとしてこのフェロモンのせいか。

「ギギッ!!」「ギギギ………ギ……」

 貯食庫(ちょしょくこ)に次々と入ってきては、フェロモン攻撃(こうげき)でぼんやりして動けなくされ、ベルゼブブに捕食(ほしょく)されていくアリゴブリン。

 ムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャ……

 (あわ)てることなく、悠々(ゆうゆう)と食い続けるベルゼブブ幼虫(ようちゅう)。少しずつ(ふく)れていく身体(からだ)

 ヤバイ。このままじゃとにかくヤバイ。

 考えろ。考えろ(てつ)太郎(たろう)

 《注意(ちゅうい)

 ヤバイ。()げないと。(うご)かないと。

 《本物(ほんもの)のだるまさんは……》

 ベルゼブブがアリゴブリンを()ってる(すき)()げる!

 《(ころ)ばない》

「ギギッ!」「ギーギッ!」「ギギギギギッ!!」

 貯食庫から巣の中を伝染(でんせん)していくパニック。アリゴブリンたちが要員(よういん)()やし、ベルゼブブ退治(たいじ)に向かっていってる。この数……エアーズロック頂上(ちょうじょう)で見せた自爆(じばく)攻撃(こうげき)でもやるつもりか!?

 とにかく俺にとって今はそんなことどうでもいい!

 俺は硬直(こうちょく)状態(じょうたい)とその解除(かいじょ)をくり返し、巣の脱出(だっしゅつ)を試みる。どのアリゴブリンも俺なんかにかまっている余裕(よゆう)がなくなってる。チャンスは今しかない!

 どの道が出口だ?

 よく見ろ。よく見ろ。

 雪崩のように押し寄せるアリゴブリン。右の道、左の道、上の道、下の道……

 ん?

 あれはアリゴブリンの腕と脚……なんで腕と脚だけが落ちている道がある?

 トトト。

 近づいてよく見る。

「?」

 切断(せつだん)されている。しかも断面(だんめん)がキレイに切り落とされている。断面は……テラテラしてるぞ?無色(むしょく)透明(とうめい)……血液(けつえき)みたいなのはたしか俺と同じ赤色(あかいろ)だったはず。

「……」

 よく見ろ。よく見ろ。……!

 スタコラサッサ!スタコララッサ!!

 アリゴブリンを運ぶアリゴブリンが俺のすぐそばを通過する。

 運ばれるアリゴブリンはボロボロの瀕死(ひんし)。食われず生きているってことは、とりあえずこいつはベルゼブブ以外の魔物との交戦(こうせん)負傷(ふしょう)したのか?分からない。でもなんだ?傷口がテラテラ光ってる。

 ……。

 よく見ろ。よく見ろ。

 スタコラサッサ。スタコラサッサ。

 アリゴブリンの(うで)(あし)を抱えて俺のすぐそばを通過(つうか)するアリゴブリン。その(さい)にポロポロとどうしても落ちてしまう腕や脚の数本。そう言えば(いま)通過したアリゴブリンの口もテラテラ光ってた……。

 ……。

 ……。

 ……そうか。

 このアリゴブリンたちは負傷(ふしょう)したアリゴブリンの手当(てあ)てと手術(しゅじゅつ)ができる。巣の中を清潔(せいけつ)(たも)つために、(きず)は口から出した分泌(ぶんぴつ)(えき)でたぶん消毒(しょうどく)するし、(うで)(あし)のひどい負傷(ふしょう)切断(せつだん)して治療(ちりょう)する。そしてその切断部(せつだんぶ)はどこかへ()てる。治療の甲斐(かい)なく死んだ仲間や戦死(せんし)した仲間も同じようにどこかへ捨てる。捨てなきゃ巣穴はたちまち病原(びょうげん)(きん)汚染(おせん)されるから。

 で、捨てる。

 捨てるってどこに?

「……ふふ」

 そこが出口に決まってる。

 俺は高鳴(たかな)鼓動(こどう)を抑えながらゴミ()てアリゴブリンたちの後を追う。

「ギギ」

 ポト。

「……」

 スタコラサッサ!!

 そしてゴミ捨てアリゴブリンたちは俺みたいな〝(えさ)〟にかまっている余裕(よゆう)なんてない。クソ(いそが)しいゴミ捨てアリゴブリンたちはエサ候補(こうほ)の死骸や残骸を貯食庫に運び込む余裕なんてない。()(やまい)(おか)死骸(しがい)処理(しょり)に追われているから。

 だから硬直して倒れる俺を無視するしかない!

 スタコラサッサ!!

 よし!読み通り!!硬直(こうちょく)解除(かいじょ)!!

 タタタタタ……ポト。

 スタコラサッサ!!

 ガバッ!タタタタタタタタ……ポト。

 スタコラサッサ!!スタコラサッサ!!

 ガバッ!タタタタタタタタタタタタタ……ポト。

 スタコラサッサ!!スタコラサッサ!!スタコラサッサ!!


「はあ、はあ、はあ、はあ……出られた」

 広々とした(くら)がり。

 (なぞ)鉱石(こうせき)(せき)(しゅつ)してあっちこっちで勝手(かって)にそこそこ光ってくれているせいで、かろうじて空間の広がりは分かる。

 そこら中に散らばるアリゴブリンの(うで)(あし)死骸(しがい)。そして彼らが手にしていた(おの)。……手足や死骸よりも、斧の本数の方が(あき)らかに多い……まあいいか。

 《報告。地上迷宮セキドイシ104階層に到達。冷光(れいこう)を放つシニエタイトにより空間(くうかん)温度(おんど)寒冷(かんれい)。アリゴブリンの巣の外》

 確か貯食庫(ちょしょくこ)は113階だから俺、ちゃんと()りてこられたんだ。()かった。

 (つか)れたのでとりあえず硬直(こうちょく)解除(かいじょ)を解除してマジで「死んだフリ」。体力回復カタレプシー……。

 ベェェェェ……

 昔から虫は()きなほうだが、アリゴブリンの(えさ)になるのも、ベルゼブブの餌になるのもまじで勘弁(かんべん)だ。

「ベエエエエッ!!!!」

 のわ!?

 (なに)?何だ?何だよコイツ!

 《注意。ヤギヘビ。低位(ていい)魔物(まもの)出現(しゅつげん)……》

 ちょっとやめろよ!

 ぺろぺろ顔なんて()めてきちゃって意外(いがい)可愛(かわい)いじゃないかコイツ。ヤギの()って意外(いがい)にチクチクして少し(いた)いな……あれ、急に毛がなくなったぞ?

 《現在、ベルゼブブのフェロモンにより発情中(はつじょうちゅう)

 はい?

「ベエエエエエエエッ!!!!!」

 発情?!……いやだあああああっ!!!!

 よく見れば頭部がヤギのくせに身体が大蛇(だいじゃ)!ヘビ!生理的(せいりてき)無理(むり)!!

 《注意。ヤギヘビのオスの交尾器(こうびき)は二本。性器(せいき)一本は右巻(みぎま)き2メートルでメスの性器へ挿入(そうにゅう)副性器(ふくせいき)一本は左巻(ひだりま)き1メートルでメスの皮下(ひか)注射(ちゅうしゃ)交尾(こうび)時間(じかん)は平均40分。(せい)()ゲニタリア発射(はっしゃ)準備中(じゅんびちゅう)

 気持ち悪っ!

 ちんこ2本で右巻き2メートルとか左巻き1メートルとか皮下注射とか長い交尾時間とか全部キモいっ!

「ベエエッ!ベエエッ!!ベエエエッ!!!ベエエエエエッ!!!!」

 《注意。(せい)()ゲニタリア発射(はっしゃ)準備(じゅんび)完了(かんりょう)。発……》

「ざっけんなああああっ!!!!」

 体の凝結(ぎょうけつ)をほどく。

 視界(しかい)に飛び込んだ斧をすぐさま(つか)む。

 ザグシュンッ!!!!

 俺の体をまさぐる2本の気色悪(きしょくわる)い〝触手(しょくしゅ)〟をぶった()る。

「ベエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!!!」

「ベエじゃねぇんだよ!!」

 元はアリゴブリンの所有物だった斧を俺は握りしめ、(きたな)(えき)()()らすヤギヘビの脳天(のうてん)を一気にぶち割る。

「ベア……」

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」

 (あぶ)ない。捕食(ほしょく)危機(きき)のあとに貞操(ていそう)の危機が(おとず)れるとは。異世界(いせかい)以前(いぜん)自然界(しぜんかい)は本当にシビアだ。今気づいたけど俺、()ていた制服(せいふく)ボロボロじゃないか。

 《報告。死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」がレベルアップ。称号:「転ばないだるまさん」を獲得(かくとく)

 転ばないだるまさんって。そんな称号(しょうごう)(うれ)しくもないんだが。

 ……。

 (かんが)えてみたら、「死んだフリ」っていうのはただやればいいってもんじゃない。

 《注意(ちゅうい)本物(ほんもの)のだるまさんは、(ころ)ばない》

 スキル「カタレプシー」による硬直。

 これは敵の注意がそれた(さい)に硬直を()くことで、擬死技(スキル)として完成(かんせい)する。

 別に(こま)っていない、通常(つうじょう)運転(うんてん)のアリゴブリンの前でただ死んだフリをしても意味(いみ)がない。所詮(しょせん)(ちょ)食庫(しょくこ)行き。

 けれど、エサを前に興奮(こうふん)しているベルゼブブと決死(けっし)覚悟(かくご)で興奮しているアリゴブリンが(あらそ)っているどさくさに紛れて死んだフリをすれば話は別。

 ベルゼブブは硬直(こうちょく)している俺に注目(ちゅうもく)しない。注目してその命を(ねら)うのは、必死に動き回るアリゴブリン。

 だから、動かず死んだフリをする俺の方が確実に生存(せいぞん)確率(かくりつ)を上げられる。


 ――本物のだるまさんは、転ばない。


 それが死んだフリ。

 (みずか)らの(いのち)(まも)るための死んだフリ。

 なるほど、(てき)注目(ちゅうもく)している時は「死んだフリ」をするんだから、さしずめ「だるまさんが(ころ)んだ」か。

「で、死んだフリは反撃(はんげき)にも役立(やくだ)つ、と」

 (あたま)をかち()ったヤギヘビを見ながらつぶやく。

 自分を(おそ)ってこないと油断(ゆだん)した相手を急襲(きゅうしゅう)できる。いわば捕食者(ほしょくしゃ)の「死んだフリ」。

「……ふう」

 異世界(いせかい)パイガからの解放(かいほう)条件(じょうけん)

 天使サンダルフォンは岩の天辺(てっぺん)(たし)か言った。


 ――魔王(まおう)討伐(とうばつ)成功(せいこう)すれば、元の世界に転生(てんせい)できる。


「……」

 俺の(なぞ)スキル。

 パッとしないスキルと言えばそれまでだが、こうして()()びている。

()んだフリしかできないけれど」

 深く息を吸う。止める。決心(けっしん)する。

「俺が魔王を(たお)ふぁっ!?」

 ヤギヘビのチンコが突然(とつぜん)()ねた!その拍子(ひょうし)にビビッて死んだフリスキル「カタレプシー」が自動発動。……ダメじゃん俺。

 これ(なん)とかしたいんだが!脳内再生!

 《報告。ヤギヘビの交尾器(こうびき)移植(いしょく)不可能(ふかのう)

 ちがう!「カタレプシー」だよ!ヤギヘビの右巻(みぎま)きチンコなんて()るか!!

 《報告。死んだフリスキル「だるまさんが転んだ」の継続(けいぞく)発動(はつどう)自動(じどう)硬直(こうちょく)解除(かいじょ)可能(かのう)

「ぶはあっ!」

 脳内(のうない)再生(さいせい)に言われた手順(てじゅん)であわてて蘇生(そせい)した俺は、大きく深呼吸(しんこきゅう)し、冷静(れいせい)になる。

「やれやれ……」

 アリゴブリンの落とし物っぽい(おの)の中で、使えそうなものを2本選ぶ。両手(りょうて)にそれぞれ斧を(にぎ)る。(まぶた)を閉じて深く(いき)()う。見開(みひら)く。

「せめて誰かが魔王(まおう)を倒す瞬間(しゅんかん)まで生き()びる。それならきっと(おれ)にもできる!」

 自分にそう言い聞かせると、俺は(しず)かにその()(あと)にした。



AS DEAD AS A DODO?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ