そういうとこ
想田佑介は、いつも自分ばかり叱られているような気がした。周囲とまったく同じようなことをしているつもりなのに、いつだってなぜか自分だけが叱られる。しかもそのときに言われる台詞は、なぜかいつも決まっているのだった。
つい先日もそんなことがあった。早めに出社して会議室へ赴き、人数分の資料をデスクの上へあらかじめ配置していると、二番目にやってきた先輩社員の島村が、想田の肩を叩いてこう言った。
「お前、そういうとこだぞ」
しかし想田には、何を叱られているのかがわからなかった。もしかすると、この資料を配付する行為をやめろと言われているのかもしれないが、会議に必要な資料なので配らないというわけにもいかない。それにそれは彼が作った資料でもなく、上から代々受け継がれてきた毎度お馴染みの内容を、日付だけ変えて配っておけと上司に言われて配っているだけなのであった。
つまり問題は、資料の中身ではないのかもしれなかった。実際のところ、島村は資料に目を通す前に想田に声をかけてきた。だとすれば、彼がそれを配るタイミングに問題があったのかもしれない。
しかし遅れるならばともかく、早めに準備を整えていけないことがあるだろうか。想田はいったん資料を回収し、会議室に全員が揃ったタイミングを見計らって、改めて資料を配りはじめた。
だがそうして配ってまわっていると、最後に資料を受け取った部長が、想田の右肩を叩いてこう言った。
「お前、そういうとこだぞ」
それはまるで部下をねぎらう上司のようなアクションではあったが、言っている中身はまったくそうではなかった。しかしだとすると、やはり事前に配っておくべきだったのか。島村と部長の発言は共通しているが、その中身はおそらく真逆であるように思われた。
そうなると問題は、二人の指摘する「そういうとこ」が想田の「どういうとこ」を指しているのかということで、それがけっして同じではないという点にあるだろう。しかしそう考えた途端、想田の中にある問題点が一つから二つに倍増してしまい、そのよくわらない両者を一挙に解決することはもはや不可能であるように思われてくるのだった。
思えば高校時代に初めてできた彼女との初デートのときもそうだった。五分前に駅の改札前に着いて待っていた想田のもとへ、時間ぴったりにやってきた彼女はやはり彼の肩を叩いてこう言ったのだ。
「想田くん、そういうとこだよ」
「そういうとこ」も何も、彼女と二人で待ち合わせするのはそのときが初めてだったのだ。とはいえ彼女とはクラスが一緒だったから、普段の彼の行動をひそかに見ていて、気になっていた部分があったのかもしれない。だが想田に遅刻癖はなかったし、この日だってしっかり五分前に到着していた。あるいはその生真面目すぎる「五分前行動」が気に入らなかったのかもしれないが、だとしたら寸分違わず待ちあわせ時刻にやってきた彼女のほうが一枚上手ということにはならないか。
だがそんなことならば、彼が幼少期のころからすでにあったのだ。しかし彼はそれを憶えてはいなかった。なぜならばそれは、彼が生まれた直後の話であったからだ。
想田は母親の出産予定日当日に、ごく標準的な体重で産まれてきた。さすがにそれが医師及び母親の想定していた時刻より何分か遅れたか五分前だったかまではわからないが、一般的に言ってそれが順調な出産であったことは間違いなかった。
そして助産師の腕の中で産声を上げている我が子と感動の初対面を果たした母親は、すでに名前を決めていた彼のまだ丸っこい肩に手を乗せて、どういうわけか最初にこう言ったのだ。
「佑介、そういうとこよ」
どうやら彼の「そういうとこ」のほうが、彼よりも先に産まれていたらしい。