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遠い 【AINA】

 試合が終わり、会場が歓声に包まれた。もちろん、ベンチも大盛りあがりになる。全員立って、声をあげた。それほどまでに嬉しかった。

 桜田南わたしたちが勝った。

 正直、危ない場面もたくさんあった。でも勝った――体がかっと熱くなり、心は歓喜に浮く。

 ふっと愛奈がギャラリーに目を向けると未来が嬉しそうに女子部員たちと笑い合っていた。見慣れたはずの笑顔が遠くて、少しばかり違和感を覚える。違和感の原因はわからない。今はどうでもいい。今、彼も喜んでいるのだ、チームの勝利に。




「お疲れ。やったな!! これで一回戦突破!!」

「もちろんだよ。未来のおかげかもね」


 コートからでて、自分たちの割り当てられたギャラリー席に戻る。未来が輝かんばかりの笑顔をたたえて待っていた。悠が軽く答え、未来の肩を軽く小突く。

 未来の足にはギブスがはめられ、両手には松葉杖が握られている。痛々しい姿の幼馴染を見るのが辛くて、思わず愛奈は目をそむけた。そんな愛奈とは対照的に部員たちはわっと未来を取り囲む。


「先輩、足大丈夫なんですかっ!?」

「んー全治一カ月」

「え、ソレやばくないっすか?」

「いや全然やばくない。ヒビ入っただけなんだぜ? 大げさすぎんだよ……」


 げんなりした声で後輩たちと話す未来。愛奈は胸が締め付けられるような痛みに襲われそうになった。

 自分のせいじゃない、と部員たちは言ってくれたが、責任はわずかでもある。夜練をしようと言ったのは自分だ。別に、やらなくても問題はなかったのかもしれない。それを考えると、どうしても自分を責めてしまう。

 顧問からの差し入れを選手たちに配るべく、くるりと背を向け、椅子に置いてあった荷物をあさった。背を向けたのは後ろめたさも半分、ある。

 顧問はやたらとお菓子を買っていたらしい。袋物が多く、そのせいで鞄は大きいのに、品数が少ない。どうしたものかと悩んでいると、聞きなれない杖をつく音が聞こえてきた。


「なぁ。俺も手伝うよ。つか手伝わせて」

「何言ってんの。どうやって渡すの、その体で。両手塞がってるじゃん」


 声の主に振りかえることはしない。意地じゃない。ただ、振り返ることに抵抗があった。

 愛奈があらかじめ用意していた小さな袋に小分けしていると、未来がよっ、と小さな声をあげて椅子に勢いよく座り、愛奈の手から袋を奪ってしまった。

 反射的に顔をあげるとにかっとした笑顔を浮かべた幼馴染がいた。


「何もしないの、俺、性にあわねぇんだわ」

「馬鹿じゃないの」

「うっせ」


 愛奈は思わず毒づき、未来はいつもの調子で返した。本当に、いつも通りのやり取り。

 ――気遣っているの?

 そう考えて、そんなことはないのだろう、と心で自分の考えを否定した。未来はいつだって鈍いから。ただ素直な感情に従っているんだ。そう考えるのが一番自然だろう。

 黙り込んだ愛奈の肩にポン、と華奢な手が置かれる。振り返ってみると、なつきが柔らかな笑みを浮かべて立っていた。そして未来を見て肩をすくめる。


「手伝わせてやんなよ。病院で寝ててもよかったのに、うずうずして出てきちゃったくらいなんだしさ」

「んだよその言い方! 落ち着きのねえガキみてぇじゃん」

「はは、未来らしいね。うずうずしていてもたっても居られなかったんだ?」

「だーかーらーそんなんじゃねえよ!」


 なつきと悠の言葉に唇を尖らせて反論する未来の横顔を見て、さっきと同じ感覚を覚えた。

 なぜだろう。今、こんなに近くにいるのに、すごく、すごく遠い。

 部員たちはそんなやり取りを見て笑っていたが、愛奈は笑えなかった。むしろ悲しい。何が悲しいのかはわからない。でも、悲しい。


「な、だからさ、袋に詰めるのだけやらせてくれよ」

「……しょうがないな」

「よっしゃっ」


 振り返った未来の顔は見ずに、お菓子の袋が入った鞄を未来の手の届く場所に置く。すぐに未来の手が、お菓子を小分けし始めた。袋詰めされたお菓子を愛奈が受け取り、全部員に渡していく。あっという間に全て渡し終わった。今まで一人でやっていたことが、二人になるだけでこんなに早いとは。


「……マネって大変なんだな」

「急にしみじみと言っちゃって、何したの」

「いや別に。――”何したの”はこっちのセリフなんだけどな」


 未来が俯いてぼそりと呟く。

 女子部員たちがもらったお菓子を交換し合っているのだろうか。きゃっきゃっと明るい声が聞こえてきた。コートではすでに他校の試合が始まっている。だが、賑やかな声援も、部員たちの声もだんだん遠くなっていき、愛奈の頭の中に未来の言葉が反芻し始めた。

 こっちのセリフ? どういうこと?

 愛奈は未来の隣に座ることはできず、ただその場に立っていた。空間が切り出されて、まるでこの場に一人しかいないような感覚になる。

 わからない。未来が何を言いたいのか。

 それを尋ねようと口を開いた瞬間。


「アイちゃん! 未来君!」


 柔らかな春風を思わせる、優しく可愛らしい、いつもそばで聞いている少女の声が愛奈の耳を打った。

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