嗚咽 【MIRAI】
なすすべなく病院へ送られ、今はベッドの上に居る。
悠の言った通り、骨折はしていないがひびが入ったらしい。走ることはもちろん歩くことも難しい。全治一カ月。最悪だった。
「……くそっ……」
一人悪態を吐く。その悪態を聞く者はだれもおらず、しんとした――無機質な白の壁に吸い込まれていった。今日は入院らしい。だが、明日には退院できるので、ギブスを巻いて大会に行くつもりだ。
でも。
(どうせ俺は出られねえ)
未来は右手でがりがりと頭を掻いた。眉間には深い皺がより、左の拳は震える。
月明かりに照らされたこの部屋に一人。――そう、一人。
「いつもそうなんだ。俺は……」
体を倒し、ベッドに寝転がる。右手は頭から滑らせるようにして目の上に置いた。
何も見たくない。
何も聞きたくない。
何も、何も――
つぅ、と一筋の『光』が未来の目から流れおちた。それはとどまることを知らず、次々とあふれだしてくる。
――結局俺は何もできないまま、変わらないままなんだ。
鼻の奥がツンとする。呼吸が乱れ、嗚咽がみっともなく自分の喉から出てくる。
泣くなよ。とまれよ。俺は泣きたくなんてねぇんだ。
そんな思いとは裏腹に、涙は止まることを知らないかのようにあふれ出た。
なんで泣いているんだろう。なんで俺は――
不意に廊下からどさ、と何かが落ちるような音がした。
その音に驚き、思わず息を呑む。
未来は腕で涙をぬぐうと体を起こした。
「……誰かいるのか?」
深夜という時間帯ではないが、消灯時間はとっくに過ぎているはずだ。
看護師か――?
目を凝らして病室のドアにつけられた曇りガラスの向こうに居る人物を見つめる。
「誰だよ」
「……っ」
「愛奈?」
小さく漏れた声に幼馴染の少女の名を呼ぶ。
だがその声の主は病室に入ろうとはしなかった。ましてや開けようともしない。ドアに寄りかかったのであろう、ガタンと小さな音が鳴った。
「……ごめんね未来。あたし、いっつも空回り。みんなの為、っていっつも余計なことして、傷つけて――」
「…………」
「あたしが悪いの。だから、ごめん」
震える声で告げられた懺悔の言葉。
胸が締め付けれるように――切りつけられるように痛む。
バスケに怪我は付き物だろ? お前のせいじゃない――
(なんで言えねぇんだ)
未来の喉は言葉を吐くことを一瞬にして忘れてしまったかのようだった。声が出ない。出せない。喉の中心で突っかかって出てこないのだ。
未来は愛奈の言葉を胸の中で反芻しながら愛奈の過去を思い出していた。
愛奈の父親が、愛奈を庇ったために昏睡状態なのは知っている。
そのせいもあるのだろう、愛奈は自分に関わる誰かが傷つくと自分のせいだと思い込んでしまうのだ。
早く言葉を出さねば。
焦る心を落ち着かせ、言葉を紡ごうとする。
だが、今度は何を言えばいいのか分からなくなった。
バスケに怪我は付き物だ。だからお前のせいじゃない。たとえ言ったとしても彼女は余計に自分の責めるのではないか?
そう考えるとどうしても言葉を紡ぐことが出来なかった。
「…………」
「…………」
す、と扉から気配が遠ざかる。月明かりに浮きあがっていた人影が消えた。
「愛――」
名前を呼ぼうと少し体を動かした瞬間、足に鈍く、激しい激痛が伝わり、未来は悲鳴を呑みこむことがやっとだった。
くそ、なんなんだ。
自分の体が言う通りにならないことがこんなにももどかしいものだったのか。
未来は唇を噛み、うつむいた。
一人うなだれる少年を照らす月明かりは何処か悲しげだった。