後悔 【AINA】
「明日の大会は、無理だ」
凛とした声が体育館に響く。
次にその場を包んだのは沈黙だった。シンとした空気が流れる。
思考が始まったとき、愛奈の心を掻き毟っていったものは――後悔だった。
「……何言ってんだよ」
沈黙を破るように彼が――未来が口を開く。その声は、震えていた。
腕に力を入れ、足をかばうようにして、顔をゆがめて――
未来は悠の腕をつかんだ。その様子は、何かにすがっているように見えて、息が苦しくなった。
「大丈夫だよ、こんくらい。出れるって」
「ダメだ。こんな怪我しているお前を出すわけにはいかない。骨折まではいってないけど、たぶん、ひびは入ってる。走ることは愚か、歩くことだってきついはずだよ?」
悠の諭すような声で、未来は押し黙った。
確かに、この腫れは普通じゃない。
それに、悠は医者の息子だ。きっと、彼の言っていることは正しい。
また、沈黙が流れる。
みんなは、一体何を思っているのだろう。
未来を同情しているだろうか? それとも――
「ごめん」
不意に自分の唇からこぼれた言葉に、愛奈は驚き、悲しかった。
みんなが一斉にこちらを見る。
その顔はみな、不思議そうに眉をひそめていた。
愛奈はそんなみんなから目をそらしながら拳を握る。
「あたしが、今日夜練入れなかったら……こんなことには」
「何言ってんの愛奈……?」
「愛奈のせいじゃないでしょ? ううん、誰のせいでもないよ」
「そうだよ」
女子の声がたくさん返ってくるが、それでも愛奈の心をほぐすまでには至らなかった。
円陣の中心に力なく座り込んでいる未来が、こちらを見ているのが分かる。
その表情が、一体何を語っているのか――愛奈にはわからなかった。
「オレは……」
未来が口を開きかけ、また閉じる。
それと同時に自分に向けられていた目も閉ざされ、愛奈は酷い孤独を味わわされた。
彼が何を言いたかったのか。
自分に対することだろうか。
結局、何一つとして分からない。
「とにかく」
この場を空気を変えるように手を叩いたのはなつきだった。
見れば彼女は真剣な面持ちをして未来を、そして自分を見つめている。
みんなの視線が自分からなつきへと向けられた。
「未来をこのまま放っておけないでしょ? 病院に運んで、診てもらわなくちゃ――悠の言葉を疑ってるわけじゃないよ? ただ、ちゃんとした治療を受けないと、回復が遅くなっちゃう」
「…………」
す、と未来に向ける目がどこか気遣わしげだった。
何もかも、自分以外のすべての物を閉ざすように未来は目を閉じ、力なくうなだれた。
それを肯定ととったのか悠は未来に肩を貸し、立たせてやる。反対側には湊がついた。
立たされ、足を引きずりながら遠ざかっていく未来の背中を見るのが辛かった。
三人を見て、部員たちが散らばる。片づけを行う者、三人を追う者、車の手配をするためか、携帯電話を握りしめる者。
知らず、拳に力が入り、鼻の奥がツンとする。どうしよう、泣いてしまいそうだ。
(また、あたしのせいで傷つけてしまった――)
途端脳裏をよぎったのは父の姿だった。
父は、今入院している。――意識は無い。昏睡状態だ。
まだ幼かった愛奈はたくさんのことに興味があった。だから、あの日もその感情に任せて、自分よりも年上の――小学校高学年くらいの男の子たちに近づいたのだ。
彼らは幼い愛奈を見て、にやにやと笑い、大きな道路を指差した。
――あそこを渡ったら、すごく素敵なものをあげるよ、と言って。
そこからは記憶が曖昧だった。それでも、そこの記憶だけはまざまざとよみがえる。
母から、姉から聞いた言葉によると、自分は車がたくさん通っている道路を渡ろうとしたらしい――信号なども使わず。
そして、轢かれそうになったのを庇った父が――
結局、また自分の所為で傷つけてしまった。
どうして、自分に関わる人は傷ついて行くのだろう。
私は――
不意にあたたくなった拳にハッとして顔を上げるとなつきが愛奈の顔を覗き込んでいた。
見れば、彼女は強く握って白くなった愛奈の拳を両手で包んでくれているのであった。
その表情は優しくもあり、気遣わしげでもある。
「愛奈のせいじゃないよ。部活中の事故なんだから。それに、バスケに怪我は付き物でしょう?」
「……うん」
頷いたが、心は晴れない。
それほど、愛奈の心の傷は深かった。
未来が負った傷は、体だけではない。心も傷を追っているに違いない――
一体どんな顔をして未来に会えばいいというのだろうか。
愛奈にはわからなかった。
しばらく更新をしていませんでした><;
お気に入りに登録してくださった方、申し訳ありませんでした。
これから不定期になるかどうなるか、私もよく分かりません。
けれど、なるべく愛奈、未来のこれからを追うべく更新ペースを上げて行こうと思いますので、どうぞこれからもよろしくお願いいたします!