第二章 憂慮 2
正確には、私の席に男の子が座っている。
短髪を逆立てた細身の男の子が、隣席の女の子、斜め向かいの女の子と笑顔で会話をしていた。
黙って立ち尽くすことしかできない。
移動してもらう一つの言葉が簡単にでてきたらいいのに、それすらも私にとっては難しかった。
「うおっ！」と、私の存在に気付いた男の子が声を上げた。
二重瞼の大きな目が私を捉えている。
垂れ下がる髪で顔を覆い隠すために私は俯いた。
「ちょっと園山君、どいてあげなよ」と、言ってくれたのは隣席の宮本晴夏さん。
茶色いロングの髪が綺麗で、切れ長な目がクールな感じを持ち合わせている。
同年齢とは思えない雰囲気もあった。
「おお……悪い、悪い」
男の子は両の手を前に突き出している。
少しの動揺を見せて、前の席に座り直す男の子。
私の前の席で名前は知らなかったけど、園山君というらしい。
斜め向かいの席に座る、ベリーショートの髪型で芯の強そうな女子は、佐々木愛衣さんだったと思う。
明るくて愛嬌がある人だ。
入学してから、宮本さんも佐々木さんも話しかけてくれたけど、私は上手に話せなかった。
そして、いつも騒いでいる園山君は……少しだけ苦手だ。
学生カバンから筆記用具や教科書を取り出して、私は自席で時が過ぎていくのを味わうことしかできない。
でも……今日は、学校に来れた。
園山君が私の机に両の腕を置いた。
「なあ、今日は学校来たんだな。何で休んでたの？ 病気？ サボり？ 家の事情？ それとも――」
視線を上げなくても、園山君が輝いた目をしていることが想像できた。
答えられない。次から次へと生まれる彼の言葉に、頭は白銀の世界と同じになる。
「――女の子の日とか！」
笑い声と共に言われて、私の白銀の世界は一瞬にして別の色に染まる。
顔が紅潮していくことは簡単だった。
首を何度も横に振る。
その瞬間、彼が立ち上がったようにみえたけど、違っていた。
佐々木さんの短い髪と短いスカートが揺れる。
武道で鍛えられている手は、園山君の首元にある制服のネクタイを引っ張り上げていた。
「園山……最低！ 女の子にそんなこと言うなんて！」
「な、何だよ……冗談じゃん。冗談だって……その場のノリっていうかさ……ノリノリ」
「冗談……？ 言っていいことと悪いこともわからない？ 相手が傷付くとか考えないの？」
「だってさ……つまらなそうにしているから……話題作り？みたいな……それに、学校が久しぶりだから……話題提供みたいな？」
「このクソガキ……！」
ネクタイを引っ張り上げている手を彼の後方に回す。
佐々木さんの片方の手は、握り拳を振り上げている。
止めようと思っても、尻込みして言葉と行動が制限されていた。
視線を二人の動きに合わせていると、宮本さんが立ち上がってネクタイを掴んでいる佐々木さんの腕に触れた。
「はい、はい。終わり。やめなよ、二人とも。
園山君が悪いよ。あんなこと言うべきじゃない。配慮が足りないよ」
「ほらね、このバカ猿！」
「愛衣ちゃんも……武道家なのに、凶器みたいな拳で一般人を殴ったらダメでしょ」
「まだ、殴ってないもん！」
