#09 王様からの説明
アリサは王と個人的な会見をした王宮の一角にある小さな建物に戻ってきたが、王は出られているとのことだった。お戻りになるまでお寛ぎくださいと、執事が別室にアフターヌーンティーを用意してくれた。
(スコーンが美味しい!)
疲れた頭に甘いものが染み渡る。しばし紅茶の香りに癒されていたら、王がお戻りになられたので、執事の案内で王の待つ部屋に戻った。
「さて、アリサ。二人の王子と話をしてきたな」
「はい、陛下」
「どんな印象を持ったか、忌憚なく聞かせてくれ。不敬などは問わない。率直な意見を聞きたい」
「わかりました。では」
アリサは呼吸を整え、慎重に言葉を選びながら、王に報告する。
「レオウィン王子は表面的には自己顕示欲の強い軽薩な印象を受けますが、その裏には優しさと深い思慮が感じられます。虚言に頼りすぎる振る舞いは気になりますが、何か守ろうとしているのかもしれません。周囲の評価が低いことには疑問を感じつつも、その人柄に自然と惹かれてしまいます」
アリサはうっとりした表情でレオウィン王子のことを報告した。
「ほう、よほどあいつをかっておるのだな」
「ガルシア王子は、幼少期から冷遇され続けた悲しい存在だと感じます。人を恐れ、この離宮に閉じこもる姿には同情の念を覚えますが、一方で何か隠された悪意を感じてしまいます。自己肯定感を持てずにいる様子は憐れですが、その訴えには唾棄する他ありません。王子としての在り方に、深刻な問題が潜んでいるように思えてなりません」
アリサはとても嫌そうにガルシア王子のことを報告した。
「ふむ、忌憚なくと言ったのは私ではあるが、あまりに言葉が過ぎるのではないかね?」
不敬に問わないと言った手前、アリサのその態度を問いただすことはしないが、しかしあまりに王家への忠誠も礼儀も感じさせない態度に、王も不機嫌になり、何か言って威厳を示そうとした。だが、その出鼻をアリサは挫く。
「陛下、私、怒ってます。いい加減、説明を要求します」
「ああ。説明はしよう。その約束だ。しかしだな……」
「私が不敬だと感じられたのはわかりますが、それは私が真実を求めているからです」
「真実とは?」
「私に、レオウィン王子とガルシア王子の真の姿を、見抜かせようとしていますね。どちらも様々な嘘をついていた。それは私でなくても、陛下も嘘をついているとわかってる。でも、その先が見えてこない」
「ああ。そうだ。王子二人には隠された姿がある。見えている部分もある。しかし見えない部分が問題なのだ」
我が意を得たりと、王は大きく頷く。
「お二人の真意を探るために。陛下は私に真実を隠し立てせず、すべて開示していただきたい。いい加減疲れてるんです!」
「アリサ。不敬は問わないと言った手前……。いや、まあ、良い。その真実への探求心は、私も評価せざるを得ない」
王は諦めた様子だ。肩の力を抜き、アリサを見た。
「当然!結婚は男の本性を見抜かなきゃ絶対にダメ。恋は命がけでやるものだから、自分の人生かけて真剣なんです!」
王は、アリサの怒りと強い意志を感じ取り、一瞬目を見開いた。
「わかった。私の知る限りの事態の全貌を明かそう。そして、お前がどう行動すべきかを示す」
アリサは目に力を宿らせ、陛下の言葉に頷いた。
「すべては二人の王子が生まれた時から始まる。私は強い恐怖を感じていた。本来喜ぶべき後継者の誕生だったが、知らせを受けて離宮に向かうと、そこで見たのが双子だったからだ」
「双子だと、なにか問題があるのですか?」
「この国では、な。この国の成り立ちにまで遡る因縁だが、今は簡単に説明しよう。双子の王子が生まれた時、必ず後継者争いとなり、惨たらしい戦乱を呼び起こし、凄惨な結末を迎えてきた」
「必ず、ですか」
「必ずだ。一度たりとも例外はない。わかるか?その悍ましさ。私は並び置かれた赤子を見て、その場で吐き気を抑えきれなかったほどだ。直ちに赤子の一方を殺すことを考えたが、王妃に強く反対されて命じられなかった」
アリサは王妃の気持ちを思い浮かべ、共感しながら、大きく頷いた。
「王妃様の気持ちはわかります、苦しんで産んだ我が子ですもの」
「ああ。私とてわかる。だが、私は王でなくてはならない。王妃を説得し、王妃に恨まれようともやむを得ない、とさえ覚悟したが。無駄だった。王妃は亡くなってしまった。亡き者はもう説得できない」
「王妃様の命を懸けた願い、お聞き届けになったのですね」
「そうだ。王として有るまじき判断だが」
王は歯がゆげな表情でそう語った。
「いえ、私は素敵だと思います。何か手はあるはず、そう思われたのですね?」
「ああ。王妃との約束を守り、そして決して二人を争わせない方法を考えた。私は二人の争いを避けるため、一方を褒め、一方を叱る方法を選んだ。一方を弱らせておけば、争いが起きても容易に決着がつくと考えた」
「それでガルシア王子を冷遇されたのですね。では、なぜ私を召喚してガルシア王子の婚約者にしようとしたのか、そしてなぜレオウィン王子に命じて婚約を申し込ませたのか、その二点について説明をお願いします」
アリサは右手の指を二本立て、王に突き出して、二点だということを強く主張した。それこそがアリサにとっては大きな疑問だった。
「私がガルシアを冷遇したのは、弱らせるため。ガルシアはそのまま腐り落ちるかと思われたがそうはならなかった。宰相に取り込まれ、宰相の手によって教育を受け、その才能を開花させた。お前を召喚してガルシア王子の婚約者にする考えは、宰相の進言によるものだ」
「リーゼンフェルト・ガルト様は、ガルシア王子なのですね」
アリサは嫌そうな顔でそれを告げた。名前を口にするのもなんだか嫌だ、とアリサは思っていた。
「そうだ。あれはガルシアの隠されたもう一つの顔だ。離宮に引き籠っていると見せかけて、その実は商人を名乗って、国中を巡っているようだ。今まで見たこともないようなものを次々に開発して、他国とも取引をして莫大な資金を宰相にもたらした。やつには商才があったようだ」
「人と接するのが怖いと装っていられましたが、リーゼンフェルト・ガルト様として私と接したとき、そうは思えませんでした」
「十年前までは本当に人が怖かったようだ。それは複数の報告を得ているので、間違いないだろう。宰相がいったいどうやってあれを外の引っ張り出したのか、私には想像もつかんよ」
「でも、素晴らしいことだと思います。幼児期の心の傷を癒すことは容易ではありません。それは私の世界でもそうでした。ただ、今回のお話のなかでは、どうしても宰相様の……」
アリサが言おうとしたことを王は察して、言葉を引き継ぐ。
「言いなり、と申したいのであろう?まさしくその通りだ。そして、レオウィンに婚約の申し入れをさせたのは、私の命令ではない。レオウィン自身が考え、行動した結果だ」
王のその言葉にアリサは大きく驚いた。予想に反した答えだったからだ。
「そうなのですか!……てっきり陛下の御指示だと思ってました。あのお方の言葉には嘘がありましたし、周囲の評価ではレオウィン王子こそ陛下の言いなりだと」
「私も驚いている。パーティーのあと、私はレオウインを呼び出し、問い詰めた。あれは何も言わなかったが、何かしっかりとした考えがあって、覚悟の上での沈黙のように、私には思えた」
アリサもそれには同意だった。レオウィン王子と面談したときも、口では軽薄なことを言っているのに、何か強い意志を感じたのだ。ただ弟への当てつけを思いついて行動したのでは、絶対にない。考え込むアリサに、王は続けた。
「ガルシアに裏の顔としてリーゼンフェルト・ガルトがあるように、レオウィンにも裏の顔がある。それは、私にも見抜けてはいない。だが、アリサなら、見抜けるのではないかと考えた。そして、見事に見抜いたようだな」
「いえ、私はレオウィン王子の裏の顔を見抜いたわけではありませんよ?」
「しかし、好意は持った。空っぽの言いなりに動く人形とまで言われた王子に、だれが惹かれようか。お前はこう言ったぞ、優しさと深い思慮が感じられ、その人柄に自然と惹かれてしまう、と」
「それは、まあ、そうですけど……」
「先にお前が言った通り、二人の真の姿を見抜い欲しい。この国を救う手助けをしてくれないか?」
「嫌です」
王命に嫌はない。後ろで執事がびっくりしてるのも感じる。でも、不敬だと厳しく叱責されようとも、アリサは、はっきりと嫌なことは嫌だと言いたい。
理性が言っても無駄と諭すのを蹴り飛ばし、感情が言うだけはきちんと言おう!と主張する。
すでに諦めていた王もそれを咎めるでもなく、嫌な顔をするでもなく、淡々と言うべきことを告げることにしたようだ。
「この国の命運はそちに託す」
「嫌ですよ!?」
「私の腹はもう決まっている」
「ぜったい嫌です!」
「アリサよ」
「い……、あ、はい」
「王として、約束しよう」
「はい、私の平穏な生活ですか?」
「決断権はアリサにある。このままレオウィンと婚約者として王妃教育を受けて結婚するのも良し。あるいは婚約破棄をしてガルシアと婚約者となるも良し。あるいはどちらを選ばない事も許そう」
「陛下、その選択ならもう決まってます」
手を挙げて発言を主張するアリサだが、王は取り合ってくれない。
「まあ待て、最後まで聞いてくれ」
「はい」
しゅんと落ち込んで、手を下すアリサ。今から宣告されることの重さを感じていた。
「我が王家は、アリサの決断を全面的に支持する。アリサが選んだ人物と結婚し、次期王として君臨する権利を認める」
「次の王様を私が決めるの!?」
「アリサに全権を委ね、必要であれば誰にでも相談できるようにする。我が身を含め、アリサの謁見を最優先で受け入れる。アリサの決断を阻害しようとする者は、厳しい処罰に服するであろう」
「それは委ねるじゃなくて、押し付けるって言います!」
「以上だ、アリサ。そちにすべて背負わせること、この件が決着したらいくらでも詫びよう。そして、かならず報いることを約束する。だから、頼む」
王は、両手を机につき、頭を下げた。王が頭を下げることなど、これまでにあるはずがなかった。存在を完全に消していた執事でさえ、息を飲むのを堪えられない。
アリサは涙目になって、上目遣いで王を見つめつつ、泣きそうな声で言った。
「……陛下は、私みたいな小娘に何を期待してるんですか?国の命運までかけて!」
「いずれわかることだ。我が決断が、来たるべき歴史に、愚かなるものとして、あるいは英明なるものとして刻まれていくのか。まさに、その瀬戸際に立たされているというわけだ」
「……いやですよ、私はただ王子様に会いたい、そう思っただけの女なんですよ?」
「アリサ、私が望むのは、選ぶことだけだ。本当にそれだけなんだ。アリサが想像しているように大きな騒ぎになるだろうが、私はアリサを必ず守る。信じてほしい」
「今すぐにでも陛下に私の選択を告げて、終わらせて、逃げ出したい気持ちでいっぱいですが、……分かってます。まだその時ではないことは」
「ああ、そうであろうな。読み違えるなよ、そうでなければ、内乱に巻き込まれかねぬ。アリサの機微を見抜く力に期待しておる。では、これでお終いだ。決断を心待ちにしている」
アリサは複雑な思いで部屋を後にした。陛下の重大な依頼に、正直、腹が立つ。なんで私がそんなことを決めなきゃいけないんだ!という気持ちでいっぱいだが、もう逃げようもない。
朝早くからあちこち歩かされて、今はもう夕飯の時間だ。案内してくれる執事が、飲み物や軽食を用意してくれていたので、倒れずには済んだが、くたくたである。今すぐにでもフォンティーヌ家の王都邸宅に逃げ込みたい。
しかし、執事の案内で出口に向かって王宮を歩いていると、呼び止める声があった。
「アリサ様、宰相のガルト公爵様がお会いしたいとの仰せです。私と一緒に来ていただけますか?」
兵士たちを伴った男性がアリサに告げる。案内してくれてる執事が妙に悔しそうに「申し訳ありません」とアリサにだけ聞こえるような小さな声で謝る。
(ほら、逃げられない!)
アリサは内心では焦りながらも、表面上は優雅に応じた。
「はい。では参りましょう」