#08 ガルシア王子と面談
作中では『アリサが嘘と感じたセリフ』という表記になっています。嘘判定は曖昧ですが、それを含めてアリサの能力と思ってください。
ガルシア王子の居室は、王宮から少し離れた離宮に設けられていた。鬱蒼とした森の中にあって、暗く静寂に包まれたこの場所は、ガルシア王子に会いに行くアリサを不安にさせる。
馬車で移動して離宮に着き、年老いた侍女が案内した先の、厚い緞帳に覆われた部屋の扉を開くと、薄暗闇の中に、ガルシア王子の凛とした姿があった。アリサがゆっくりと闇をかき分けるように入り、執事も後に続いた。
「ご来臨いただき光栄に存じます、アリサ嬢」
穏やかな声音で、ガルシア王子はアリサを招き入れる。
「ガルシア王子、はじめまして。私はアリサ・フォンティーヌと申します。お目にかかれて、光栄に存じます」
アリサは緊張しながらも礼儀正しく、敬意を込めて応答する。部屋の中央に置かれたテーブルセットの椅子に座るよう促されて、アリサは着席する。執事は壁際まで下がって、闇に同化するように気配が感じられにくくなった。
「まずは、私の居室までお越しくださり、ありがとうございます。気恥ずかしい限りです」
ガルシア王子は申し訳なさそうに言う。薄暗い室内に差し込む僅かな光に照らされ、王子の表情が薄ら見えるようになる。銀髪に穏やかな黄色の瞳を持つ、ガルシア・アルデルフ王子の佇まいは、静謐な月明かりを思わせるような冷たさを感じた。レオウィン王子と較べ、ガルシア王子は対照的な印象を放っている。
アリサはガルシア王子の様子に違和感を感じた。
(この作り物のような印象は、どこかで見たことがあるような...)
アリサは、初めて見るはずのガルシア王子の姿を見て、なぜか既視感を感じる。それも見たことがあるとか無いとかよりも、食品サンプルを見てるみたいな、美味しそうな質感だけど、本能がこれは食べ物じゃ無いと訴えてる、そんな印象に覚えがある。
「い、いえ。陛下のご命令によるものですので」
「陛下にとっては、あなたのような方が私を望むのは望ましくないかもしれません」
「えっ? どういう意味ですか?」
急にガルシア王子は顔を伏せ、手で顔を覆いながら、芝居がかった動きで、怯えて見せるように、体を震わせて言った。
『私は、人々の視線に強い恐怖を感じます。この部屋のように暗くして、互いの表情がわからなくなるようにしないと、まともに会話ができません』
(今のは嘘。でも、どういう嘘なの?レオウィン王子も仰ってた、ガルシア王子は何年も表に出ていないと。そう装っているということ?)
「……人が怖い、ということでしょうか?」
『その通りです。王族の品格を保ちつつ、ある意味で自由に行動できる場所を求めて、ここに隠れ住んでいます』
アリサはガルシア王子の言葉に、困惑した。嘘はまだ良い、周囲にそう思わせたいのだということを理解した。でも、どうしてそんな嘘をつき続けているのだろう。
「どうして、ガルシア殿下は、隠れ住むことになられたのですか?誰かに何かされたのですか?」
『そういうわけではありません。私は生まれた時から望まれていない子供だったのです。忌まわしき子供とでも言えるでしょうか』
「忌まわしき子、ですか?」
「はい、この国では双子は凶兆の象徴です。特に王子であれば、国を二分する争いの火種となるのです」
「……でも、それはレオウィン王子も同じでは?」
『その通りです。しかし、冷遇されたのは私だけです。常にレオウィンと比べられ、彼にはできたのに、なぜおまえはできないのかと責められてきました』
今もなお、何かにおびえる様に、ガルシアは両の手で自分の肩を抱きながら、震えていた。
『その恐怖は今でも悪夢に現れます。大人たちに囲まれ、なぜできないのかと問われ続けた。それに答えられない、私にそんなことがわかるはずもありませんでした。やがて、人と正常に話せなくなってしまいました』
「ガルシア王子、それはたいへんつらい体験ですね。常に誰かと比べられ、自分を肯定できないような環境に置かれていたのは、心の傷になったのだと思います。人との接し方を忘れてしまったのも無理はありません」
『ありがとうございます、アリサ嬢。あなたが理解してくれると信じていました。この部屋は、私が生まれた部屋だそうです。この離宮は、亡き母が住んでいた館だったのです。レオウィンに言われましたね、生まれた時から一歩も動けない、幼子のままだと』
アリサはレオウィン王子の言葉を思い出した、ガルシア王子のことを聞いたとき、たしかに同じことを私にも言ってくれた。でも、妙だ、とアリサは思った。それはレオウィン王子の本意なのだろうか。
「ガルシア王子は、レオウィン王子のことをどのようにお思いですか?」
「あれは中身のない人形に過ぎません。周囲の反応ばかり気にして、自分らしさを失っています。必死に嘘で自分を飾り立てて、自分を保っているのです。今回のこともおそらく、陛下の指示だと思います」
「私を婚約者に選んでいただいたこと、ですか?」
「そうですね。彼は今まで何人もの婚約者候補がいましたが、選ばなかった。まるで興味がない様子でしたが、あなたのことだけは違うのです」
お父様にしてもガルシア王子にしても、やはりレオウィン王子を知る者たちにとって、今回のことは考えられない事態であったらしい。しかし、アリサには、パーティーで初めてお会いして、先ほども面談をした上で、レオウィン王子の本質は周囲の印象と違っているように思えてならない。
(どちらの王子も嘘はつく。でも、レオウィン王子の嘘と違う。ガルシア王子の嘘は、まるで他人事みたいに聞こえる。何か変……)
「彼のことを考えるのはやめてください。今は私とお会いしているのですから」
「はい、申し訳ありません。ガルシア王子のことをお聞かせください」
窘められ、アリサは頭を切り替える。早くこの面談を済ませてしまおうと思った。
『私には王位への野心もなく、王になりたいという気持ちもありませんでした。ただ、ずっと周りから冷遇され続けてきたので、それから解放され、静かに過ごせればと願っていただけでした。今までは、ですが』
「今は違う、と?」
「はい。私に助言してくれる人がいました。あなたを手に入れれば、私は解放されるのだと」
「解放、ですか?どういう意味でしょうか?」
「あなたは特別な存在なのです。私は勇気を振り絞って告げさせていただきます―――」
ガルシア王子は片膝をついて、青みがかった紫色の可憐な花、サファイアリリーをアリサに差し出した。
「ああ、アリサよ。私の婚約者となって、私と結婚していただけませんでしょうか?」
と、ガルシア王子は切ないように訴えかけた。
しかし、アリサは動じることなく、それを受け取らなかった。
「ありがたいお言葉ですが、私はすでにレオウィン王子からの申し出を受け、陛下にも認められたレオウィン王子の婚約者となっております。ですので、ガルシア王子の婚約者にはなれません」
アリサは丁重に、しかし断固とした口調で断った。それでも、ガルシア王子は床に向かってうつむきがちに語りかけた。
「ああ、まったくふざけた話です。君も望んでいないのでしょう?陛下の言いなりで君の婚約者になった、中身が空っぽの人形など、誰が一緒にいたいと思うでしょうか。任せてください、今すぐは無理ですが、婚約は速やかに破棄されるよう働きかけています」
アリサは王子の奇妙な言動に困惑しつつも、冷静に応答した。
「陛下がお認めになったものを、どのようにして撤回なさるおつもりですか?」
「それは私から説明するべきことではありません。適切な者が説明します」
(また!どうして、誰も私に説明してくれないの!)
「ガルシア王子、これだけははっきり申し上げておきます。あなたとレオウィン王子にどのような確執があったのかは存じ上げませんが、経緯はともかく、私はレオウィン王子の婚約者です。私の婚約者を、私の前で愚弄するお方と、まともに話をするつもりはございません」
「な、なにを。あいつに惚れたとでもいうのですか?」
「では、失礼させていただきます。陛下にご説明をいただかねば、何もわかりませんから」
ガルシア王子は立ち上がり、サファイアリリーを手でもてあそびながら、つぶやくように言った。
「前は、受け取ってもらえたのにな……」
(キモ!うざ!)
そのセリフを、あえて聞かなかったことにしたアリサは、丁重にお辞儀をし、ゆっくりと立ち去っていく。王子の視線を感じながら、アリサは必死にざわめく自分の心を乱さないように、冷静に行動し続けることを心掛けた。
離宮から出ると、アリサは少し堅苦しい表情だったが、動揺することなく落ち着いた立ち振る舞いを保っていた。執事がアリサに話しかける。
「面談はいかがでしたでしょうか?」
「はい、貴重な経験をさせていただきました」
「では、再び陛下の元へ向かいます」
アリサは頷き、落ち着いた表情のまま、馬車に乗り込んで王宮へと向かっていった。