#04 社交界デビュー
作中では『アリサが嘘と感じたセリフ』という表記になっています。嘘判定は曖昧ですが、それを含めてアリサの能力と思ってください。
三ヶ月の歳月が流れ、アリサはこの世界の貴族としての振る舞いを習得していた。礼儀作法はもちろん、この世界の習慣や常識も確実に身につけていた。
そして、ついに王族も参加する大規模なパーティに参加する日が来た。社交界デューというやつだ。
貴族にとって社交界は様々な意義を持つが、アリサの場合は、上品な振る舞いと会話術を披露し、社交界での立ち振る舞いを証明しなくては、貴族の令嬢として認められず、王子の婚約者にもなれない。
アリサは養父母のフォンティーヌ公爵とエリザベス夫人が同伴する中、緊張と期待に胸を膨らませながら、華やかな会場での初出演を心待ちにしていた。
呼び出しがかかるまで、控室で待機しているが、ぎゅっと握ったアリサの手が、わずかに震えていた。この場に慣れていない異世界からの娘にとって、王族も集う社交会は、なんとも緊張の場となるのだ。
「大丈夫ですよ、アリサ。きっと素晴らしい経験になるはずです」
寄り添うように話しかけてくれるエリザベス夫人の優しい声に、アリサは深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「はい、頑張ります。私の力を発揮できるよう、しっかりと振る舞います」
アリサは心を奮い立たせながら、しっかりと身に着けて来たはずの、パーティにおける貴族の礼儀作法などを思い起こしながら復習していた。
「……私たちの出番のようだ、行こう」
フォンティーヌ公爵にエスコートされながら、会場に入る。途端に、多くの視線がアリサに集まり、その視線で射殺されそうな緊張感で、思わず躓きそうになるが、フォンティーヌ公爵が足を止め、優しく手を引いて「ゆっくりでいい」と囁く。
会場の雰囲気が一気に静まり返る中、司会者が儀式的な口調で紹介文を読み上げた。
「ここに、異界より召喚された女性をご紹介いたします。本日ご臨席くださいました、フォンティーヌ公爵家のご令嬢、アリサ嬢です」
皆が見える場所でアリサは立ち止まり、フォンティーヌ公爵はそのまま先に進んでいく。そして、出来る限り優雅に見えるよう、ゆっくりとした動きを意識しながら、両手を控えめに前に重ね、上半身をわずかに前に傾けてゆっくりと頷く。視線は控えめに床を見つめ、表情も柔和に保っている。
曲線を描くように優雅な立ち振る舞いは、まさに貴族ならではの所作だ。しっかりと稽古を重ねた成果が、今この瞬間に花開いている。会場からは礼儀正しい拍手が沸き起こる。アリサは恥じらいつつも、慣れた振る舞いを貫いていく。
優雅な立ち振る舞いに、会場の貴族たちは感銘を受けている様子。アリサは、異世界出身ながらも、すでに貴族としての所作を体得しているのだ。
「フォンティーヌ公爵家は我が国有数の名門貴族の一門であり、代々王家に仕えてきた栄誉ある家柄でございます。この度、フォンティーヌ公爵家に魔法の儀式が認められて、無事に儀式は成功しました。これによって迎え入れられた、アリサ嬢は、異界からの使者として、私たちの世界に招かれた方であります」
会場からざわめきが起こる。
「ご列席の皆様におかれましては、アリサ嬢を温かく歓迎し、ご交流くださいますよう、お願い申し上げます」
司会者の言葉に呼応するように、会場からは再び拍手が起こった。アリサは緊張しながらも、品格ある振る舞いを心がけていた。
紹介の言葉に応えるように、アリサは会場を見渡した。しかし、あまりにも華やかな雰囲気に圧倒され、所在なく立ち尽くしていた。
そんなアリサの様子を見かねたのか、ひとりの男性が優雅に近づいてきた。
「この華やかな会に一人で立たれては、寂しく感じられるのではないでしょうか」
その男性の顔を、アリサは見知っていた。この世界に来たきっかけ、マッチングアプリの顔写真のまま。控えめな立ち振る舞いでアリサに声をかけた。
「レオウィン・アルデルフと申します。この度はご来臨くださり、まことにありがとうございます」
優雅な所作と丁寧な言葉遣いに、アリサは一瞬言葉を失った。
(あれ?変ね。王子様と会うのは社交界デビューしたのちに、正式に顔合わせの場を設けるので、その時になるってお父様が仰ってた。今日会うなんて聞いてない)
レオウィン・アルデルフ王子は、まるで太陽のように輝くような美しさを放っていた。金髪蒼瞳の整った顔立ちと高身長の体格は王子らしい風格を醸し出し、気品と優雅さに満ちた魅力的な男性だった。
「は、はじめまして、レオウィン王子。私は……アリサ・フォンティーヌと申します。お目にかかれて、光栄に存じます」
緊張しつつも、アリサは丁寧に自己紹介を返した。思わずスドウを名乗りそうになって、言葉に詰まったが。貴族の所作を見習い、できる限り品格のある振る舞いを心がけている。
「ふふ、まさに恥ずかしがり屋のお嬢様といった趣ですね。私も異界から来られた方にお目にかかれて、光栄に存じます」
アリサは言葉を失い、ただ王子の姿に見惚れていた。ただでさえ整った顔立ちが、高級な衣装を完璧に身に纏い、訓練された優雅な振る舞いをすれば、かくも完成された美しさになるのか。
(王子様をなめてた!本物の王子様ってこんなに圧倒的にカッコいいんだ!)
レオウィン王子は、アリサの様子を優しい眼差しで見守っていた。
『私は十数の言語に精通しており、異国の文化にも深い造詣を持っております』
優雅な口調ながら、王子は自身の博学ぶりを誇示するように語り始めるが、アリサはその言葉を聞いて、少し顔をしかめる。いや、これは社交の場では話のきっかけとして、少し話を盛るのは悪いことではない。
「異界からお越しの貴方から、ぜひ母国の言語や風習についてお聞かせください」
そう続けたレオウィン王子の言葉に嘘はない。緊張してしゃべれないでいるアリサに、話すきっかけを作ってくれている。そして、視線をアリサに向けて期待を込めて語りかける。
「もちろん、この国の習慣や作法にも精通しておりますので、貴方をしっかりとサポートいたします。私が相談相手となれば、きっと充実した時間を過ごせるはずです」
「はい、この世界の習慣や作法は学んできたのですが、まだ不慣れな面もありますので、どうか不作法についてはお許しください」
「まあ、それは当然のことでしょう。多くの礼儀作法がございますから、一朝一夕には完璧に身につくものではありません」
そして王子は微笑みながら、アリサの手を優しく取った。
「しかし、私がしっかりとサポートさせていただきますので、ご心配なくお過ごしください。この社交界での振る舞いは私がご指導申し上げます」
「はい、どうぞよろしくお願いいたします、レオウィン殿下」
「アリサ嬢、この会場は広大ですから、よろしければ私がご案内させていただきましょうか。この世界の貴族たちとの交流の際にも、私がご丁寧にご説明申し上げます」
アリサは王子の申し出に少し戸惑いつつも、礼儀正しく応答した。養父母に助けを求めたくてそれとなく見回して養父母を探したが、見つからない。
会場にはたくさんの人がいるし、皆がキラキラな衣装で着飾っていて、さらには皆がアリサを一目見ようとこちらを観察しているので、その中で養父母の姿を探すのは無理みたいだ。
「アリサ嬢。この会場には、様々な種類の料理やお酒が用意されておりますが、一つ試してみられますか?私が自慢の銘柄をご紹介させていただきます」
「まあ、ぜひお願いします」
『ええ、これは私が自ら国中を探し回り、ようやく見つけた幻の銘柄でして、女性でも飲みやすくお薦めですよ』
「あら、これは市でも見かけました。レオウィン殿下が見つけられたので、早くも出回っているんですね」
「そ、そうでしたか、いやいや、民の流行への関心は敏感ですね」
「ええ。そうでしょう」
アリサはレオウィン王子と話すうちに、その見た目とは裏腹にじつに見栄っ張りな面が見えてきて、少しげんなりしつつあった。
『この国の宮廷料理の数々は、私が独自に開発したレシピに基づいているのをご存知でしたか?宮廷の料理長たちも、私の助言を仰いでいるのです』
「まあ!すばらしい!では、この微かに感じる酸味の秘密をお教えください」
『さ、さて、なんだったかな。あまりに複雑ですぐには思い出せなくてね。あとでレシピをお渡ししましょうか?』
「いえ、レオウィン殿下の口からお聞きしたかったのですが……」
(わかった!マウント取りたがり男子だ!)
アリサが『マウント取りたがり男子』と呼ぶのは、自己顕示欲が強く、すぐに見栄を張って、相手より優位に立っていたい男性のことだ。マッチングアプリで出会った男性の中にもそういう人がいた。
レオウィン殿下の話に静かに耳を傾けて流していれば良かったのだが、あまりにも執拗だったので、思わずアリサの中に反抗心が湧き上がり、言い返してしまった。
『この会場にいる他の貴族たちの多くは、私の影響力に頼っているというのが実情なのです。私なくしてはやっていけないと、皆口をそろえて言っています』
『実は私は、隣国の王家とも親しい関係にあるのですよ。彼らも私を高く評価しているそうです』
『この国の貴族たちの中で、私は確実に一番の剣術の達人だと自負しております。誰にも負けない腕前なのです』
『私には数多くの婚約者候補がいますが、選びかねていて困ってるのです。私が最愛の令嬢に心捧げることで、選ばれなかった令嬢が哀れに思えてしまい、選べません』
だんだんうんざりしてきたアリサは、どんどんとその返事が雑になっていく。
「そうですか」
「それは素晴らしいことですね」
「それは大変な才能ですね」
「早く選んで差し上げないとそれこそ哀れですよ?」
アリサは、このようにぞんざいに対応すれば腹を立てて解放してくれると考えていたが、結果的にはむしろ気に入られてしまった様子だった。
レオウィン王子の表情が次第に明るく嬉しげになっていくのに対し、アリサの表情はどんどん曇っていった。
しばし、レオウィン王子とともに会場を巡っていたが、やがて寂しげな面持ちで王子が別れを告げた。
「誠に残念ですが、私が貴女を独り占めしていては、貴重な社交の機会を逸してしまうようです」
優雅な立ち振る舞いを保ちつつ、レオウィン王子は静かに述べた。たしかに、レオウィン王子と共にいるアリサを、他の貴族は遠巻きにじっと見ているのを感じる。
「貴方との時間は、私にとっても大変刺激的で、初めての経験でした。どうか、またいつかお時間を共有させていただけますよう——」
レオウィン王子は、声のトーンを落として、芝居がかった動きで片膝を着き、いつの間に準備していたのか、可憐な黄色い花を一輪、アリサに向かって差し出した。
これは貴族の男性が婚約者になってほしいと告白する際の作法。この世界の作法を学び精通していたアリサは、すぐに察して、心の準備を整えた。
(これを受け取ってもいいのよね?予定と違うけど、王子様の婚約者に指名されたのだから)
「——これを。貴方への私の思いの印として、お受け取りくださいますと光栄に存じます」
周囲の反応は劇的だった。驚愕の表情を浮かべる人、悲鳴を上げる人、怒りの声を上げる人、嘲笑する人、すぐに止めるよう騒ぐ人など、まるで動物園の檻の中にでも迷い込んだかのような騒然とした様子だった。
しかし、当事者たちはとても優雅な動きで、花を差し出しーー。
「はい、お受けいたします、レオウィン殿下」
アリサは優雅に花を受け取った。