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#14 ガルシア王子と食事会

作中では『アリサが嘘と感じたセリフ』という表記になっています。嘘判定は曖昧です。

アリサは、お母様に怒られやしないかと、フォンティーヌ公爵家に恐る恐る戻ると、待っていたのはお父様の方だった。怖い顔でわざわざ玄関にまで出迎えに出てこられたので、怒られる覚悟を決めた。


「お父様、申し訳ありませんでした!」


「……なんのことだ?」


「え、その、王妃教育から逃げ出したので、お怒りなのでは?」


「……その話はまた今度しよう。今は緊急の要件だ。ガルシア王子とガルト公爵の両名の名で、正式に食事会の招待が届いた。今夜だ。断ろうとしたが、アリサに決めさせろとの王命だと、添え文があった」


「……はい、行きます」


「私も同行する」


「え?」


「アリサ、君の置かれた状況に、その重責に、私もエリザベスも責任を感じているよ。一人で危険な状況になど絶対にしない。これはフォンティーヌ公爵家への依頼だ、当主が同行するのは当然のこと。招かれていまいと関係ない」


「お父様!ありがとうございます!」


「よし。では、行こう」


馬車に乗って二人は離宮に向かって移動する。


離宮に来るのは2度目だが、前回同様に暗く静寂に包まれたこの場所は、アリサは好きになれそうにない。


お待ちしておりました、と言って年老いた侍女が案内してくれる。フォンティーヌ公爵も同行しているというのに、断られることも、動揺することもなかった。


フォンティーヌ公爵とアリサは重厚な扉を押し開け、食堂に足を踏み入れた。


広大な部屋の中央には長机が置かれているが、そこにはガルシア王子ただ一人しか座っていなかった。薄暗い照明の中、豪華な料理が並べられているにも関わらず、部屋全体はどこか殺風景な印象を受けた。


「ようこそ、アリサ嬢。よくお越しくださいました」


ガルシア王子は淋しげな表情で、アリサを迎える。その目にフォンティーヌ公爵は映っていない。


テーブルの中央には、色とりどりの料理が並べられていた。金色に輝く煮込み料理には、肉が柔らかく煮え込まれ、野菜の甘い香りが立ち込めている。


隣には、焼き立てのパンが置かれ、表面がこんがり焼けた香ばしい風味が漂っていた。さらに、緑鮮やかなサラダには、赤、黄、オレンジなどの彩りが映え、様々な野菜が盛り合わされている。


それらの料理は、暗闇の中でも艶やかに輝いていた。


しかし、部屋の薄暗さと、ガルシア王子ただ一人の孤独な姿が、それらの華やかさを打ち消すかのようだった。


アリサは、席を見て困惑する。もちろんだが1席分しか用意されていない。椅子こそずらりと並んではいるが、食器などのセッティングは、ガルシア王子の正面に一組と、対面のアリサの席に一組だけ。


アリサは一言言ってフォンティーヌ公爵の席を用意してもらおうとしたが、お父様がこちらを横目に見て、首を小さく降る。


「かまわん、私をいない者のように扱うなら、それに徹する。一人、食事を楽しむさ」


「……はい」


アリサは、ガルシア王子を睨み付ける。


ガルシア王子は薄暗い中でも、銀髪の優雅な髪型が際立っていた。しかし、薄暗く長机の対面に座っている距離感もあって、その表情はよくわからない。ガルシア王子は、アリサの方だけを見て、アリサにだけ話しかけた。


「ようやくお約束していたお食事をご一緒できますね」


(……ああ、リーゼンフェルト・ガルト様としてお会いしたときのことをおっしゃってるのね)


「お父様と共に、お招きいただきありがとうございます。この豪華な食事に、まことに感謝の念に堪えません」


「では、始めましょう」


アリサは正面に座り、フォンティーヌ公爵は、脇に並んだ椅子に自分で座って、本当に、勝手に皿に手を伸ばして食事を始めた。


(意外に図太いのかしら、お父様ったら)


食事は重苦しい雰囲気に包まれていく。アリサは、どのように話しかければよいのか、戸惑いを感じていた。しかし、尋ねなくてはいけないことはたくさんある。


「陛下からお聞きしましたが、ガルシア王子はリーゼンフェルト・ガルト様とのお二つの顔をお持ちなのですね」


「ようやく、私の本当の姿に気づいていただけたようで、まことに幸いです」


ガルシア王子は、ほんの少し嬉しそうな表情を浮かべながら語った。


「これまで隠し立ててきたわけではありません。リーゼンフェルト・ガルトという名で、公然と商人として活動しているのですから」


その言葉には、秘められた野心のようなものが感じられた。ガルシア王子は、自身の二重の顔を堂々と自慢するかのように語っている。


「そうなられたのはどういう経緯だったのですか?」


「ご存知のように、この離宮から一歩も出られなくなっていました。しかしガルト公爵だけが何度も訪ねて、根気強く対話を続けました。そして、王宮内が怖いのなら、いっそ飛び出してみてはどうかと提案しました」


「なるほど、それで王宮の外に出られたのですね」


「はい、ガルト公爵が手配した商人たちのキャラバンに同行して国中を巡りました。そのうちに商人という仕事に興味を持ち、手伝うようになり、仕事を覚えて行きました」


アリサは能弁に語るガルシア王子に違和感を感じる。その内容に嘘はない。だけど自分のことではなく、他人の出来事を話しているかのようだ。


「今は、強い商才と、王族ならではの地位と資金力を融合させた、強大な力を持っている、ということですね」


「はい、そうですが……それを使うような野心は全くありません。むしろ、本当の願いは、閉ざされた場所で、静かに過ごすことらしいです」


ガルシア王子の言葉に、アリサは懐疑的な表情で言葉を返す。


「今、変な言い方をしました。らしいって、それは貴方の望みではないのですか?」


「ええ、私の願いでもありますよ。ずっと引き篭もって珍しい商品だけ作ってくれてたら、それで良いと願ってます」


「……あなたはいったい誰の話をしていますか?」


「もちろんガルシアの話をしていますよ。ガルシアのことが聞きたいのでしょう?ガルシアが今、もっとも望んでいるのは貴女のことです」


「望んでいる、私を?」


「貴女だけがガルシアの孤独を癒してくれる、そのようにガルト公爵が吹き込んだのです」


「え……」


「ガルシアは生まれた時から冷遇され、孤独に苛まれてきました。今も苦しんでいます。しかし、いつの日にか、異界からやってくる娘はガルシアを愛し、寄り添ってくれると、信じているのです」


(うそ……。ガルシア王子の事を言ってる!目の前の偽物では無い、本物のガルシア王子!)


「ガルシア王子はどこにいらっしゃるのです?」


『はははっ!何をおっしゃいますか!目の前にいるじゃないですか!ガルシアは私だ』


「……どういう事だ、アリサ」


フォンティーヌ公爵が堪らずに尋ねるが、アリサはそれに応える余裕がない。そして被せるように、ガルシア王子は続ける。


『そんな目で私を見ないでくれ、私は人が怖いんだからーー』


「何を言ってーー」


「ガルシアが死んでしまう」


(人質にするつもりね!)


アリサは思わず立ち上がり、ガルシア王子を睨みつけ、叫んだ。


「卑怯者!」


ようやくにして先ほどまでのガルシア王子の妙な態度にアリサは納得した。本物のガルシア王子の命と引き換えに、アリサを意のままに操ろうというのだ。


「何のことだかわかりませんね。しかし、一つだけ、お願いがあります」


「……なにをさせる気ですか?」


ガルシア王子が手を挙げて合図すると、年老いた侍女が箱を持ってくる。その顔は青ざめていて、箱を持つ手が震えている。


アリサの前に箱を置き「ミリアムを追い、殿下を助けて」とアリサにしか聞こえない小さな声で呟き、離れていく。


「その箱を開けてください」


(どこかで見たことがあると思ったら、ガルト公爵が私に開かせようとした箱ね)


「……」


「それは”アブラコン・ルクス”だな。アリサ、決して触れるなよ?」


そうフォンティーヌ公爵が言うので、アリサはもちろん手を触れるつもりもないが、近くにいるのも気味悪くて、立ち上がってフォンティーヌ公爵の後ろに隠れ、問う。


「それはなんですか?」


「この箱は、悪霊アブラコンの憑依する呪いの器だ。開けた者の心を契約者の支配下に置き、その人格すら書き換える恐るべき力を秘めている」


(そんな恐ろしい物を?私に?)


その悍ましさに思わずフォンティーヌ公爵にしがみつきその身を震わせる。フォンティーヌ公爵は続ける。


「アリサが知らないのは無理はないが、ガルシア殿下、あなたが堂々とこれを出してくることには、驚きだな。皿に盛った毒蛙を差し出すようなものだ、食べるわけがない」


「それはどうかな。アリサに聞いてみるといいでしょう?」


「アリサ、説明してくれるか?」


「お父様、あのガルシア王子はーー」


「ただし、発言には気をつけてください?あえて本当の事を言ってるのですから?ああ、今日は顔を覆いながら嘘を吐かなくて良いから助かります!」


アリサはなにを言ってるのか理解できなかった。顔を覆ったところで、アリサは嘘を見抜く。だが、その答えはフォンティーヌ公爵がしてくれた。


「私の報告を読んだのだな、アリサは顔に大きく嘘つきと読み取る力だと」


(それで顔を覆ったり部屋を暗くしてたの?)


「わかるでしょう?私が必要なのはアリサ、君だけだ。フォンティーヌ公爵は手に余るのでね」


(ダメだ、お父様まで囚われてしまってはこの事を伝えられない)


アリサは震える体を無理矢理にフォンティーヌ公爵から引き剥がして、勇気を奮い起こした。


「ーーお父様、何も聞かず、帰っていただけますか?」


「アリサ!それは出来ない!この状況は何もかも異常だがアリサが危険なことははっきりしている!」


アリサは涙を流し、再びフォンティーヌ公爵に抱きつき、訴えた。


「お父様、お願いします。大丈夫ですから。私を信じてください。今は何も聞かず、お帰りください」


アリサは体を震わせながら泣き真似をして、そして耳元で小さく呟く。


「ミリアムの居場所はわかりますか?」


「わかる。解雇にした後も放逐したフリをして後を追わせてある」


「きっとそこにいます、本物のガルシア王子が」


「どういうことだ、アリサ」


「詳しくはレオに。今は私に任せて」


アリサは名残惜しそうにフォンティーヌ公爵から離れて、叫ぶように言った。


「早く帰ってください!」


フォンティーヌ公爵は小さく頷き、そしてギロリとガルシア王子を睨みつけて言った。


「ガルシア殿下、私の事はよく知っているな?」


公爵の声に合わせて、その体から青白い稲光が走り始めた。


「私の大切な愛娘だ。指の一本でも触れようものなら、髪の毛一本でも傷つけようものなら、地を裂き天をも貫く雷の槍が無数に降り注ぐぞ」


公爵の言葉に合わせて、その体が包まれる光が次第に強まっていく。まさに雷神の化身のような威圧感が漂い始める。


ガルシア王子は、公爵の凄まじい魔力に怯え、額から冷や汗を流した。必死に恐怖を隠そうとしているが、全身が強ばる様子から、内心ひどく恐れている様子が窺えた。


「わかっています、公爵殿。雷神と恐れられたあなたと、この場で争いたくなどないのです。アリサ嬢は私の役目を果たす上で不可欠な存在、一切手を触れることなく、無事にお送りすることをお約束します」


一方のアリサは、自身の父であるフォンティーヌ公爵の存在感に圧倒され、心臓の高鳴りを抑えきれずにいた。これまで優しく接してきた父の姿と、今目の前に立つ雷神のような姿のギャップに、思わずドキドキしてしまう。


(お父様、かっこいい!)


「ではな、アリサ。必ず無事に帰ってくるのだぞ!」


「はい、お父様」


フォンティーヌ公爵が食堂を出ていき、アリサはその背中を見送った。そして、振り向き、意を決して箱に手をかけた。

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