#13 レオウイン王子の御伽話
「おとぎ話だと思って聞いてくれ」
「はい、わかりました」
レオウィン王子が優し声で語りかけるのを、アリサは少しうっとりしながら聴いている。ここは日輪騎士団の休憩室。騎士たちは気を使って、誰も入ってこないように見張ってくれてるらしい。
「昔、とてもたくさんの人が住む二つの大きな国がありました。その国の人々は、お互いを非常に好ましくないと感じていたので、いつも争っているようでした」
(この国の成り立ちの話かしら)
「そのようすを見かねた優しい女神様が、二つの国に助言をして、大きな一つの国にしてしまいました。女神様は、一つの国になれば、人々もお互いによりよく理解し合えるようになると考えたのです」
(女神様はちょっと強引なのかしら)
「しかし、何年たっても、その国の人々は分かり合うことができませんでした。まるで、その証のように、双子でありながら外見が全く違っているお子が生まれて、お互いに争い始めてしまうのです」
「……レオウィン王子とガルシア王子」
アリサは思わず口に出してしまったが、レオウィン王子はそれに反応せず、話を続けた。
「この争いによって、人々の中に眠る古くからの心が揺さぶられ、これまでとても仲良しだった人々も、まるで血の仇のように争うようになりました」
(陛下が双子を見て吐くほど恐れた事態ね)
「この争いが収まった後は、勝った側の民が負けた側の民を大切にしようとはしませんでした。そのため、負けた民の人々は、自分たちの立場が低くてつらい思いをすることになったのです」
(それは赤子を殺してでも避けようとするわけね。たった二人の争いが民族戦争にまで発展すると言うのなら)
「そうした状況を見かねた優しい女神様は、二つの国の中立的な存在を異界から呼び寄せる方法を与えました。幾度となく異界からの使者は呼び出されましたが、試みは上手くいきませんでした。女神様は足りないものはなにかと、探すうちに、気づいたのです」
「……それはなんですか?」
「愛です。混ざり合わない水と油を混ぜ合わせる触媒のように、愛だけが憎しみ会う二つを一つにしてくれると考えました。女神様は王子の絵姿を見せて、気に入ってくれる人を探し、異界から呼び出しました」
「それが、私」
「おとぎ話はここまで。次は私の話だ。数年前、私は女神様の声が聞こえるようになったんだ。そして、この国に危機が迫っていると知らせてくれた」
「いったいなにが起こると?」
「ガルシアを王に据え、意のままに操る宰相の王家乗っ取りだ」
「……陛下にご報告は?」
「いや、それはできない。私は状況をよく理解できていなかった。宰相が王家乗っ取りを画策しているようだ、では誰も真剣には聞いてくれない。ましてや、私は周囲から非常に低い評価を受けているのだから、説得力もない」
「私はレオの評価は不当に低すぎると思います」
レオウィン王子の評価の低さにずっと不満を抱いているアリサは、頬を膨らませて不満顔だ。その様子を見て嬉しそうに微笑むレオウィン王子。
「ありがとう、アリサ。だが、それまで、私は冷遇されているガルシアを見て、私自身も同じように冷遇されてしまうのではないかという恐怖で、周りの声に従うばかりだった。中身が空っぽの着せ替え人形、その評価は正しい」
「陛下のお考えになった争いを起こさないための策は、ガルシア王子だけでなく、レオも傷つけていたのですね」
「そうだ。しかしそれは当然の事だろう?自分の半身とも思える弟が、ひどい目に遭っているというのに、それを見て何も感じないわけがない。だが、私は何もできない、そんな力もない。お前は言われた通りにしていれば良いと、吹き込まれて育ったのだ」
「当然です。陛下のなさったことは虐待です」
今度は腕組みして全くもう!と言わんばかりに怒りを表すアリサを、表情豊かだな、と微笑むレオウィン王子。
「危機はもう目の前まで迫っていた。それを証明するように、ガルシアは商人として大躍進をして、今や望むことはどんなことでも叶うほどの力をつけている」
「リーゼンフェルト・ガルト様として、ですね」
その名を自分で出した途端、アリサは非常に嫌な顔をした。
「そうだ。ただし、それが真相ならば、な」
「え、どういう意味です?」
「私は一つだけ、ずっと嘘じゃないかと思っていることがある」
「嘘、ですか。それはどのような嘘でしょう?」
「ガルシアは、商人の才能など、ありはしない」
アリサはキョトンとしてレオウィンを見た。誰しもが認める商人、実績も十分にあり、ガルト公爵に認められるほど才能だ。疑う理由がアリサにはわからなかった。
「あいつが離宮に籠る十年前までは、私たちは寝食を共にした双子の兄弟だった。ガルシアが冷遇を受けるなど、扱いに差はあったが、基本教育は同じく机を並べて学んでいた」
「なるほど、そうですよね。お二人はご兄弟なのだから、誰よりも近い存在だった」
「その私が断言しよう。商人に必要な能力があいつには備わっていない。交渉力、商品知識、情報収集力、目利き力、資金管理力、人脈。どれ一つとっても私の知るガルシアが秀でているとは思えない」
「確かにそう聞くと、不自然な印象はあります。引き籠るほどの心の傷を負った者が、数年で国でも有数の商人になっていた。私のいた世界では、考えられないことです。心の傷を癒すのはとても難しい」
「もちろん、この世界でも容易ではない。あいつはどちらかと言えば、職人気質でね。新しい物を考えて作ったりするのが好きだった」
レオウィン王子が、ガルシア王子のことを話す様子が、はじめて優しい、懐かしむような表情になったのをみて、本当は仲の良いご兄弟だったのだな、とアリサは思った。そしてレオウィン王子の言ったことに思い当たることがあった。
「そういえば、お父様や陛下がおっしゃってました。リーゼンフェルト・ガルトは、今まで見たこともないようなものを次々に開発して、成り上がった、と」
「ガルシアに新しいものを作ることはできたとしよう。しかし、商人という肩書きはガルシアには似つかわしくない」
「そう言われたら、おかしな気がしてきました。レオの考えは?」
「リーゼンフェルト・ガルトとして名の知れた人物、君の前に現れた人物、そして、離宮で君が面談した人物。これらすべてガルシアではない。偽物だ」
「偽物!なるほど、私はずっと思ってました、なんだか作り物のように感じると。偽物だと言われたら納得できます」
大きく頷くアリサ。リーゼンフェルト・ガルトにずっと感じていた違和感の原因は、ガルシア王子に似せて行動していたからなのだろう。
「そして本物のガルシアは生きている。私にはそう感じる」
「ご無事でいてくださると嬉しいのですが、いったいどこにいらっしゃるのでしょう?」
「おそらく何処かに監禁された上で、物を作らされているんじゃないかな。それをリーゼンフェルト・ガルトという名の商人が売り捌いている」
「そう考えることが自然ですね」
「おそらく、陛下もまた、そのことを疑っている」
「え。陛下も?」
アリサはレオウィン王子の発言に驚いた。そんなこと、王は何も言ってなかったというのに。
「ああ。君にそのことを見抜かせようとしたのだろう。ただ、その思惑は、ガルト公爵にはばれていた。先に裏の顔に会わせることで、ガルシア王子に感じる違和感は、リーゼンフェルト・ガルトという印象付けをしたのだろう」
「確かにリーゼンフェルト・ガルト様に会ったのは仕組まれた出会いでした。でも、その日は私が自分の能力を認識した日でもあります。まだ陛下も、もちろんガルト公爵も、私の能力はご存じありません」
「陛下は、異界から来た者なら見抜くかもしれない、と思っていた。これは、今まで異界から来た者たちの事を知っていると、自然と思いつくことなんだ」
「先輩たち、いったい何をしたんですか?」
「話せば長い。また機会があれば教えよう」
「どうすれば、ガルシア王子が偽物であると暴けるのでしょう?」
思案顔でそう尋ねるアリサ。
「本物を探して連れ出すのが最も確実だ。下手に暴き立てて、本物のガルシアに何かあってはならない」
「人質に取られてるようなものなんですね」
「そうだ。だが、ガルト公爵も警戒しているだろうから、何か手を打ってくるとは思っている」
「女神様は、何かおっしゃってないのですか?こうすればいいよ!みたいなこと」
「女神様と話はできると言ったが、そう自由に話せるほどではないんだ。それに、この世界への干渉にしても決まりはあるとおっしゃってた。女神様によれば私にできる事はひとつだけ」
「それはなんと?」
「異界から来る娘に恋をする。愛を知らずに育った私に、誰かに恋する事が出来るのかと心配していたがーー」
レオウィン王子は情熱的に語り始める。
「一目見て、君の美しさに心奪われた。話すうちに、これまでの人とは違う反応に、自然と楽しくなってきたんだ」
アリサは顔を赤く染めながら、じっとレオウィンの瞳を見つめる。
「そのすばらしい洞察力と冷静な判断力に、思わず敬意を抱いてしまう」
「え、えっと、そんな、私なんて…」
「疲れた様子を見ると、どうしても心配せずにはいられないんだ」
「あ、ご、ごめんなさい。迷惑をかけて…」
「そして、無防備に眠る君の姿を見て、ついつい守りたくなってしまった」
「レオ…」
アリサは小さな声で呟く。
「そんな中で、君が頬を染めて照れる様子に、自分も夢中になっていくのがわかる」
アリサの心臓が高鳴る。レオウィンの言葉に、自分の気持ちが反応しているのがよくわかる。
「今まで自分の中にはなかった、こんな柔らかな感情。君が自分に与えてくれた新しい世界に、心を奪われていくんだ」
「私も…」
アリサは目を潤ませ、レオウィンの手を握る。
「確かなのは、私がこの女性に魅了され、この先ますます惹かれていくだろうということだ」
「うん」
二人の視線が交わり、しだいにその距離が縮まっていく。アリサはこのままキスしたいと思ったが、貴族の子息として教育を受けたレオウィンは、柔らかな表情でアリサの手を取り、優雅に接吻する仕草をした。
「私の心は、ただ君のものだ。これからもずっと寄り添っていたい」
アリサの頬が赤く染まり、二人の間には深い絆が感じられた。お互いの想いが確かめ合われた一瞬だった。
余談。
「……今から王妃教育に戻っても大丈夫かしら。お母様にひどく叱られそうで怖い」
「大丈夫、クリスがうまく体調不良で休ませていると執りなしてくれているはずだ」
(出来る執事さんてすごい!)




