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#11 王妃教育

翌日、アリサは王宮で王妃教育を受けることになった。


王妃教育とは、王妃候補となる貴族令嬢が、その地位にふさわしい品格と能力を身につけるための訓練のことである。優雅な立ち振る舞い、礼儀作法、宮廷での振る舞い方、そして王室の歴史や伝統などを学び、王妃としての資質を養うのが目的だ。


早朝、侍女が身支度を整えてくれた。優雅な振る舞いや所作、礼儀作法、王宮での振る舞いなどを体得させるべく、端正な身なりに整えられていく。その後、王宮に入り、執事の案内で王宮の奥深くへと進んでいく。高貴な雰囲気に満ちた華やかな空間に、アリサは緊張の面持ちだった。


ようやく目的の部屋に到着すると、既に数人の貴婦人たちが待っていた。エリザベス夫人も一緒に待っていて、微笑みながらアリサを迎え入れてくれる。


「アリサ、ここであなたは王妃教育を受けることになります。貴重な経験になると思います」


「はい、よろしくお願いいたします!」


(お母様がいてくださるのは心強い!ありがとうございます!)


優しく声をかけるエリザベス夫人に、アリサは心の中で強く感謝した。しばらくすると、教育が始まる。立ち方、歩き方、所作など、貴婦人たちの指摘に従いながら必死に取り組む。しかし、一人の貴婦人が、常に厳しく叱責する。


「ふん、あまりにも稚拙で、このような教育に値するとは思えません!」


そう言われてはアリサには返す言葉もないのだが、すこしその様子が異質に感じる。他の貴婦人たちも少し困惑気味で、エリザベス夫人が代表して窘めてくれる。


「ガルト公爵夫人、アリサは異界からの来訪者なのですから。まだ教育も始まったばかりなのに、どうぞ温かく見守っていただけますよう」


(ガルト公爵!納得した!だから邪魔するのね!)


「我が娘をかばってあげたい気持ちはよくわかりますわよ。でも、生まれの低い者を貴族にしようというのは、まるで空を飛べない牛に羽をつけて飛ばせようとするようなものですわ。そのようなことをなさっているとは、ご承知のとおりですね」


ガルト夫人はエリザベス夫人にちらちらと目をやりながらも、ずっとアリサを睨み付けている。


「いえ、アリサはとてもよく頑張っているのですのよ。わずか2ヶ月ほどの間に、あのパーティーの時のような立派な所作を身につけたんですから。きっと見事に仕上がってくれるはずです」


エリザベス夫人も、ここで引き下がるわけにはいかない。これは娘を守る戦いなのだから。アリサはじっと黙って聞いているが内心では。


(いけ!お母様!がんばれ!)


野球観戦で応援でもしてるのかというような、場違いなことを考えていた。一晩寝たからといって疲れなどすぐに取れるはずもない。昨日の一日の疲れで頭があんまり回ってないアリサであった。


「王子にふさわしい婚約者を育てなさいと言われても、元がそんな者では、私たちも教える気にはなりませんわ。皆様もそうお思いでしょう?」


ガルト夫人は皆を味方につけようと、大きな手ぶりで共感を促す。貴婦人たちも、やはりアリサのあまりに貴族らしからぬ所作には、思うところがあるのだろう、明確な返事こそないが、概ね同意しているように見える。我が意を得たりといわんばかりに、ガルト夫人は続けた。


「きちんと幼い頃から貴族令嬢として教育されてきた娘はたくさんいるというのに、なぜこのような惨めな者が王族の仲間入りを許されるのか、私にはさっぱりわかりませんわ」


「これは陛下のお考えなのですからね。今の発言は、陛下の判断に疑問を持っているようにとられますよ」


エリザベス夫人が、最後の手段として、王命であることを告げる。しかし、怯む様子などなく、ガルト夫人はアリサに向かって言った。


「まったく、あなた様のような品格のなっていない令嬢など、ここにいる場合ではありません!早くこの場から立ち去りなさい!」


ガルト公爵夫人の激しい非難の言葉をろくに聞いてなかった。ただ、出ていけと言われたので、そうか出ていかなくては、と思い行動した。


「はい。それでは」


アリサは頭を下げ、呆然と部屋から立ち去っていった。面食らったのは、貴婦人たち、エリザベス夫人、そして、ガルト夫人だ。本当に出ていくとは思わなかった。


部屋を出たは良いが、アリサはさてどこに行こうとぼうっとした頭で考えていた。どこかで少し休憩をしたいのだが、今居るのは王宮の中だ。誰かに声をかけて聞いてみても良いのだが、だからといって、尋ねるべき行き先さえ分からない。


「アリサ・フォンティーヌ様、ですね?こんなところでどうされましたか?」


声をかけてくれたのは騎士だった。アリサには見覚えはないが、騎士の方はアリサのことを知っているようで、気遣わし気に尋ねてくれる。


「あ、えっと……、ちょっと疲れて、休憩する場所はないかな、と思って」


「そうでしたか。んー、では、我が日輪騎士団の休憩室に案内しましょう」


「え、よろしいのですか?お仕事の邪魔では?」


「いえ。殿下からもアリサ様のお話は聞かされてますから。本来は、令嬢をお連れする場所ではありませんが、どうやらアリサ様は王妃教育から逃げておいでになったようだし、匿いましょう」


アリサはびっくりした、なんとも気の利く騎士だ、王宮勤めの騎士って、もっと融通の効かないものかと思っていた。ただちに先ほどの部屋に連れ戻されるのかと警戒したというのに。


「では、参りましょう。見つからないように回り道をしますよ、そのつもりで着いて来てください」


嫌な感じはしない、妙に頼りがいのある感じがしたので、アリサは素直に着いていくことにした。しばらく、王宮内を右に左に歩いていく。騎士の言うように、見つからないように工夫しているようで、誰にも会わずに、無事に目的地についたようだ。休憩室から楽しそうに話をしている声が複数聞こえてくる。


「さあ、着きましたよ。ここが日輪騎士団の休憩室です。――あ、殿下、婚約者様をお連れしましたよ」


「は、何を言って――アリサ嬢!?」


そこにいたのは、休憩中の騎士たちと談笑していたレオウィン王子だった。

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