#10 宰相と面談
重厚な扉が静かに開き、アリサは緊張しながらも真っ直ぐ前を向き、堂々とした足取りで宰相の部屋に入っていった。ずっと案内してくれている執事が「扉の外でお待ちします」と来てくれてることだけは心強い。部屋の奥にいる男性、マックス・ガルト公爵は、優雅に立ち上がると、温かな表情でアリサを迎え入れた。
「よくこられた、アリサ嬢」
穏やかな口調で言葉を紡ぐガルト公爵の声から、人格者としての風格が感じられた。しかし、アリサにはその言葉の裏に隠された何かを感じ取ることができた。
「宰相殿、このたびはお呼び出しいただき、光栄に存じます」
丁重な敬語で応答するアリサの様子からは、緊張感がにじみ出ていた。しかし、それでも自身の立場を意識しつつ、堅実な態度を崩すことはなかった。
「まあまあ、そのような堅苦しい響きは不要じゃ。私はアリサ嬢の味方であり、相談者となりたい」
ガルト公爵は優雅に手を振り、アリサを応接の椅子に案内する。丁寧な仕草と言葉遣いから、親切な上司のような印象を受けた。
「いえ、恐れ多いことです、宰相殿にご相談することなどありません」
「いや、アリサ嬢。そなたには、必ず相談する相手が必要だと思うのじゃ。右も左も分からぬ素人が、我が王宮の未来を託されるとは、どうしたことか」
ガルト公爵は眉を寄せ、わずかに困惑した様子で述べた。アリサは、どうして、もうすでに、そのことを知っているのか疑問に思い、戸惑いを感じた。
「何をお仰いますか、宰相殿。私にはお父様であるフォンティーヌ公爵がおります。さらには、レオウィン王子は私の婚約者ですから、ご相談に応じてくれるでしょう」
「それが問題なのじゃ。そなたはガルシア王子と婚約すべきなのだ」
ガルト公爵は断言するように語った。その言葉に、アリサは驚きの表情を浮かべた。
「ガルシア王子と? なぜそのような提案を?」
「ガルシア王子は、人々に冷遇され、孤独な道を歩まされてきた王子じゃ。そなたこそが、彼を救い上げる存在となれるはずじゃ」
「しかし、私の心はレオウィン王子にあるのです」
「それは短絶な考えじゃ。そなたには、自らの決断を冷静に見直す必要があるのじゃ」
ガルト公爵は睨みつけるようにそう言った。アリサは、脅せば気持ちを変えると思われているのなら、大きな間違いだ!と気持ちを強く持った。
「どう言われても、私は私の選択をします。陛下は私の選択を保証すると仰って下さいました」
はっきりと自分の意思を示すアリサの口調には、少しの強さが滲んでいた。
「そうか、そうか。しかし、本当にその選択で良かろうか?」
ガルト公爵は少し強い口調で言い放つと、アリサを上から見下ろすように立ちあがった。
「何を仰るのですか?」
アリサは眉を寄せ、不審な表情で問い返した。
「レオウィン王子のことを、もう少し深く知る必要があるのではないだろうか?」
「確かにレオウィン王子のことを全て知っているわけじゃない。でも、私の心は揺らぎません」
アリサは、はっきりと自分の意思を示すことで、ガルト公爵の言葉に反論した。
「ふむ、それでは一つ助言させていただこう」
ガルト公爵は席を離れて歩き、書斎の奥から小さな箱を取り出すと、アリサの前に置いた。
「この中には、レオウィン王子に関する重要な証拠が納められている。是非、よく吟味してみてくれ」
「証拠? 一体何の?」
アリサは戸惑いながら、その箱をじっと見つめるが、決して触れない。中に何が入っているのか、一抹の不安が胸の奥から込み上げてくる。
「それは自分で確かめるがいい。そして、お前の決断が正しいものであることを祈っている」
ガルト公爵は意味深な表情で言い放った。何が隠されているのか。アリサは焦燥感を覚えつつも、その思いを打ち払い、気丈に立ち向かう。きっとこの箱の中身は、レオウィン王子に関する不利な情報が納められているのだろう。
(本人に聞けば済むことよ、余計な情報は知らない方がいい!)
アリサの能力を知っていて、嘘をつかずに済むように、紙に書いたのかもしれない。アリサの手で取りだして、読ませようとしている。そんな手には乗らないぞ、とアリサは立ち上がった。
「ご用が済みましたら、退室させていただきます」
「ふん、後悔のないようにな」
アリサは辛うじて上品に振る舞うだけの意地を見せて、宰相の部屋を後にした。
「お疲れさまでした、急ぎ馬車を用意させましたので、あとはフォンティーヌ公爵様の邸宅にお戻りなってください」
待っていてくれた執事が心配そうに声をかけてくれる。今のところ、味方と思えるのは彼だけかもしれない。その執事が手に持っていた袋をそっとアリサに持たせた。
「これは、王都で流行っている甘い菓子でございます。余らせてしまったので、お嫌でなければ、ご賞味いただけましたら幸いです」
(あ、これは惚れる。これが開眼ってやつか!今まで執事の属性はなかったけど、執事喫茶行ってみたくなった)
アリサは疲れていた。




