七十三話 協定
彼らは、ある日空からやってきた。
白い翼を持ち不躾にも大地を踏み付けた彼らは、この大地を寄越せと時の王に要求……否、命令した。
当然その王は頷くことはなく、立ち向かうことを選んだ。
王は銀の鱗を持つドラゴンの王と数多の同胞たちを率い、鱗を持つ協力者たちや、隣人たちと共に立ち向かった。しかし、空からやってきた者たちは特殊な能力があった。
魔力を打ち消し、結果として魔法を封じるソレは王たちの抵抗力を奪う。それでも王は諦めず、銀の鱗を持つドラゴンと共に、奪いにきた訪問者たちの首魁を討ち倒し、多大なる犠牲を出しつつも退けることに成功した。
だが、訪問者たちの持つ力は大地にも影響を及ぼした。
そのエネルギーによって王を除き魔法を使えなくなり、人々は大いに苦しんだ。魔力により生きる魔族や魔物たちは身体が弱り、人間の文明や人口規模は大きく衰退し、以降生まれてくる子供たちの中には魔力を持たない者たちも現れ始めた。
数多の生き者たちが住み処を追われたが、訪問者たちのエネルギーに汚染された大地には自然が戻った。しかし、魔力だけは戻ることはなく、未知のエネルギーは空気中に存在するものとしてその土地に定着した。
それからその場所には誰が住んでいるのか、誰も分からないままであった。
一説には魔力を持たぬ人々が住んでいると言われているが、それに信憑性はなく、実際に見たものはいない。
蒼佑たちに語られたのは、そんな昔話。ドラゴンたちの長が、初代魔王であるアスラに従う鱗を持つ種族の一員として世界を守った……そんな話だ。
蒼佑から感じられるのは、その訪問者たちの持つなにやらのエネルギー、それに酷似していたらしい。
彼らは白き翼を携えて、白き衣に身を包んでいたそうな。しかし純白というにはあまりに強欲で、そして暴力的だった。
そんな彼らを強く憎んでいるからこそ、蒼佑は怒りを向けられたのだ。訪問者たちの持つその力が、なぜ蒼佑の身に宿っているのかが分からないままである。
一通りの話を終え、長が低い声で蒼佑に尋ねた。
「お前は、この世界を奪いにきたわけではないのだな?」
鋭く黄金色に輝くその瞳が、嘘は許さないと告げる。しかしそれに怯むことはなく、蒼佑は胸を張って答えた。
「あぁ、この世界は俺の大切な居場所だ。だから、それを守るために戦いたい。そのために力を貸してほしい」
淀みなく答えた蒼佑に、長はじっと彼の目を見つめた後、そっと瞳を閉じて逡巡。
そしておもむろに目を開けた。
『状況を話してくれ』
長は剣呑な雰囲気を潜め、ほんの少しだけ優しくなった声色で蒼佑にそう返した。
現在の状況を聞いた長は、その胸中に並々ならぬ怒りと危惧を抱いた。異国とはいえ、アスラの守った大地を傷付け、更に踏み躙ろうとしていることは、当然許せるはずがない。
『ふむ。連中の駆るという、空飛ぶ物が厄介だというわけか。それならば任されよ、空は我らの領域だ。大いなる大地と空を踏み躙る、愚かなる下郎共を焼き尽くしてやろう』
「ありがとう」
胸を張るように答えた長に、蒼佑は微笑むように ほっと胸を撫で下ろした。蟠りが完全に解けたわけでないものの、今戦わねばならないのは日照軍である。長はその事を理解しており、だからこそ手を取り合うことを決めたのだ。
『お前については気になることも多いが、それは後だ。まずは新たな侵略者共を片付けねばならんだけだ。目を光らせているのでな、気を付けた方が良いだろうとは言っておく』
「それについては好きにしてくれ、べつにこっちを害したいわけじゃない。向こうに居場所はないし、戻っても辛いだけだ。それなら、俺はソフィとのんびり過ごすだけだ」
一応にと釘を刺した長だが、蒼佑は少し寂しげにしつつも、すぐにソフィを抱き寄せて微笑んだ。家でも学校でも肩身狭い思いをしていたにとって、寄り添ってくれる人たちの多いこちら側は真に愛するものだ。
嬉しそうに彼に身を寄せるソフィを見て、長は目を僅かに見開いて、驚きを表した。
『今までで、魔族と人間が結ばれることなど初めて見たぞ。それも魔王と勇者とは……生きていれば不思議なこともあるものだ』
そう驚嘆した長に、ソフィはそっと目を伏せた。過去を思い出すように。
「勇者や魔王、そんな肩書きは私たちにとって、軽いものじゃなかったのだよ。重く苦しい犠牲の山に耐えられず、だからこそ私たちは解放されたかった」
「今思うと、ある意味利害の一致だったんだろうな。辛い者同士、命を懸けて戦うのは本音の語り合いと似たようなもんだ」
その人とだからこそ成立する、そんなやりとりだったことを思い出す蒼佑。同じくらいの実力で、沢山の思いや命を背負った者同士だからこそ、無責任にもなりたいという願望があった。
『ふむ。我もあの方の代わりに立ち永くなるが、その気持ちは分からなくもない。耐え難い重圧と責任を、その若さでよく背負ったものだ』
蒼佑たちから感じられる僅かな気疲れと、未来への希望、そして二人の愛。
長は彼のことを、少しだけ認めるのだった。




