七十二話 激昂のブレス
ドラゴンに協力を求めるために、蒼佑たちは魔族の将軍であるコグトスとライボスの案内のもと、ドラゴンのいる山へと向かっていた。
飛翔魔法を使い進んでいると、見えてくるのは山々と数匹のドラゴンたち。彼らは滅多に現れない来訪者たちに気付き視線を向け、人間である蒼佑に警戒心を抱いたのか、鋭い眼差しを刺している。
強い緊張感にビリビリと肌を震わせながら、蒼佑たちはドラゴンたちを纏める長の元へと向かう。奥に見える一段と大きい山がみえ、遠目にその山の頂上に見えるのは、一際大きく一際紅い鱗に身を包んだその者であった。
彼はすでに来訪者たちに気付いており、たどり着いた蒼佑たちに黄金の相貌を向け、ソフィに尋ねた。
『そなたは、魔王か。随分と装いを変えているようだが、人間も連れ立ち如何用か?まさか、人間の真似事をするとでも?』
低く厳かな声が、山を包むように響き渡る。長たるドラゴンは僅かながらに口を開けたまま、まるで腹話術のように口を動かさずに言葉を発した。
「突然の来訪、申し訳ない。私はすでに魔王の座にいないことを、先に断りさせていただこう」
凄まじい圧力に毅然と立ち向かったソフィが、魔王としての雰囲気で言葉を返す。しかし長は、彼女から感じられる空気感が以前とは大きく異なっていることを理解した。
「今日こちらにやってきた理由だが、今世界では新たなる戦争が始まろうとしている。人間と魔族との戦いが終わったことは理解しているだろう?」
『うむ。子細は存じぬが、落ち着きを取り戻したと見える。ではなぜ、再び争いが起きるというのか。そこにいる者が関係しているというのか?』
ソフィの言葉に頷いた長が、今度は蒼佑を睨み言葉を返した。今にも食い殺さんとする威圧感に、蒼佑はアスラを思い出す。
「全くの無関係とは言えないが、それでも彼は巻き込まれたという方が正しいだろう。敵は彼の世界の存在らしいが、味方というわけではなさそう──」
ソフィから語られた、もう一つの世界の存在。
蒼佑がその住人であると耳にした長は、彼女の言葉を遮るように彼を威嚇した。
『やはりか!薄汚い者共の如く悪臭がすると思うたが、その者は唾棄すべき汚物!それに与するなどと、始祖様の愛し守ったものを踏み躙りおって!』
威嚇というにはあまりにもそれは攻撃的だった。口から放たれる熱量が瞬く間に上がり、長の喉奥からはあり得ないほどの熱が光となって姿を現す。
周辺は地震が起きたように揺れ始め、空気さえもが轟き動揺している。
感じられるのは、恐ろしいまでの怒りと落胆であった。
ライボスとコグトスは、咄嗟に蒼佑とソフィの前に、盾となるように身を出した。
「やめよ!彼は侵略者ではなく勇者であり、私たちと志を共にする者だ!かの者たちからこの世界を守るために、力を貸してほしいことを伝えにきたのだ!」
『知ったことか!あの羽虫どもの悪臭など吐き気がする!我らの愛すべき大地を穢した忌々しい呪いのせいで、どれだけの命が苦しんだというのだ!』
アスラも口にしていた"羽虫"という言葉に、蒼佑は僅かに反応した。それが過去に現れた侵略者だというのなら、なぜ自分が同列に語られているのかが分からないのだ。
自分が羽を持つわけでも、そんな人間もいなかったあちら側の人間たち。心当たりはあるはずもない。
その侵略者たちがこちら側で大きな争いを起こしたのは、言うまでもなさそうだと感じた。
「それは私たちにも彼にも分からん!生きている時代が大きく異なるのだから!だがそれでも、少なくとも彼は手を取り合うことを望んでいる。どうか矛を収めてほしい!」
『知らぬと言っておる!小娘が!』
「こんなところで争ってる暇はないのに……」
聞く耳を持たない長に、ソフィは悔しそうに呟いた。蒼佑は、そんな彼女の肩を抱いて長と向き合う。
二人の力を合わせれば、彼の凄まじいブレスも防げるだろう。そして、最悪死ぬことになったとしても、最後までその傍にいられると思ったようだ。
その意図に気が付いたソフィは、蒼佑と一瞥して フッと笑い、二人で手を翳し魔力を放つ。魔法による強固な壁を作るために。
ライボスとコグトスを包み込むように現れた魔力の壁に、長は遂に強烈なブレスを放った。
蒼佑たちのいたところから、枝分かれするように、その光線のようなブレスが弾かれる。弾かれたソレが周辺にいくつもの傷跡を作り、その余波だけで山が大きく抉れた。
日の光よりも明るいブレスは十秒ほど続き、遂に収まりを見せた。長の瞳に映ったのは、ブレスを裂くように立てられた二枚の魔力の壁を作る蒼佑たち。
ライボスはソフィを、コグトスは蒼佑のアシストをしながら、先のブレスを凌ぎきったのだ。
「俺が憎いことは分かった。けど、アンタが言ったその"羽虫"ってのが分からない。向こうの連中は羽をとか翼なんてのは持ってないから、なんのことかが分からないんだ。だから、教えてほしい」
汗に身体を濡らした蒼佑の言葉に、長は目を見開いて驚愕の意を示した。一度攻撃を防がれたことで、彼は僅かにも冷静さを取り戻すことができた。
一瞬驚いたように口を開いて口を閉じ、苛立ちを抱いたまま、それでも冷静に話をすることした。




