六十四話 帝国へ
恐ろしいほどに荒れた空間は、アスラとの戦いの激しさを如実に表していた。
あちこちの地面は抉れ、壁もそこかしこが崩れている。
それでも崩れないのはアスラの力によるものか。
あれだけ激しい戦いの音が響き渡っていたこの大部屋も、アスラが封印されたことですっかり静かになっていた。
彼のいた場所は、なにやら檻のような模様が象られた繭がそこにあった。おそらくこの中に彼がいるのだろう。
それを呆然と見つめていた蒼佑とソフィは、疲れ果てて座り込んでいた。
体はボロボロで、息も絶え絶えで頭もボーっとしている。意識はハッキリしているが、どこか上の空だった。
あれほど強すぎる存在を相手にした事で、身体を猛らせていた緊張が解け、その反動で体が一気に弛緩したのだ。
十分ほどそうしていた蒼佑が、顔だけを徐にソフィの方を向けて言った。
「あれぁ、ヤバすぎだろ」
目をまん丸にして言った蒼佑にソフィは吹き出すように笑った。
二日後、二人はイルギシュ帝国にアスラを封印したことを報せるために訪れていた。
ここは帝都を取り囲む城下町へ入るための門である。
ここでは悪人や異常者等が侵入しないように、帝国の兵士たちによる検問があった。
二人は帝都に入るためのその列に並び、そして入る番がやってきた。
「目的は?」
「観光です」
兵士の問いかけに蒼佑が答える。冒険者であれば定番の答えだ。
「身分を証明できるものは?」
そう言われた二人はユニオンメイトであることを示すカードを手渡す。それを受け取った兵士が蒼佑のカードを見て目を見開かせる、
「ソウスケ ハヤブサ……だと?」
「えぇ、なにか?」
蒼佑のことを認識した兵士たちは武器を手に、二人と対峙する。彼らは二人を逃がすまいと取り囲んだ。
「お前を殺せと上からのお達しでな。女の方は見逃してやるが、お前は死んでもらうぞ」
蒼佑のカードを見た男が彼に言い放つが、蒼佑は呆れたようにため息を吐いた。
未だこんな下らないお達しが回っていると考えると、いつまで皇帝はバカなことを引きずっているのかと呆れてくる。
「戦うのは構わないけど、そっちがその気なら
それなりの覚悟はしといてくれよ。優しくする気は無いから」
「右に同じだ、私の旦那様の命を狙うなら……覚悟しろ!」
自身が魔族であることを隠すために、ソフィは目深に被っていたフードを払い不敵に笑った。
それにより明かされた、彼女が魔族であるという事実に兵士たちは驚く。
後ろに並んでいた人々も どよめき、その中には冒険者と見られる者たちもいた。彼らにとっては魔族は倒すべき敵であり、それを表すように武器を手に取っていた。
しかし二人から感じられる気配に手を出せないでいた。
二人は、本当にやるのか?という意図で彼らを見つめる。
「俺はあくまで幸多の友人で、アイツに話があるだけだ。別に帝国と事を交えようってんじゃない。だから戦うのは止めないか?」
蒼佑とて別に血に飢えているわけでもなし、わざわざ戦うだなどと余計なことをする必要は無かった。避けられるなら、それに越したことはない。
しかし兵士たちはあくまで末端であり、かつて帝国の追手から逃げた蒼佑が彼らを全員始末した事を、この兵士たちは知らない。
だからだろう、蒼佑に対して余裕があるのは。
しかし冒険者たちはそれなりの実力があるようで、蒼佑たちから感じられる魔力に違和感を感じていた。
二人からは全くといっていいほどに魔力を感じていない……それは本来有り得ないことであった。
「怖気付いたか、コウタ殿は多忙の身。お前なんぞと会うほど落ちぶれても暇でもないんだ。せいぜい首を差し出す程度……それだけでも感謝して欲しいくらいだ」
「あぁそう。で?やるのか?」
「当たり前だァ!」
蒼佑の問いに攻撃で応えた兵士は、手に持つ剣を振り彼に斬りかかる。
しかし、その刃は彼の手で容易に砕かれた。
何が起きたのか分からない兵士たちは、折れた剣を見て言葉を失っていた。
蒼佑はその兵士の腹に突き刺すように蹴りを放つ。襲いかかってきた相手には相応の態度で向かうまでということだ。
吹き飛ばされた兵士は城壁に叩きつけられて、もはや助からないことは火を見るより明らかだった。
「……アンタらも、やるか?」
抑揚のない声で言った蒼佑のソレに兵士たちは目配せして黙り、静かに首を横に振った。
戦いを挑めば倒されるなど、どこに行っても常識である。
だからこそ、蒼佑の行動を責める者はいなかった。
二人は帝都内に入り、城に向かう。
先程の兵士は蒼佑の手によって回復され、一命を取り留めた。ここまでされれば誰も彼を止められず、素直に門をくぐらせた。
城下町を歩く蒼佑とソフィだが、せっかくだから適当な店で食事をしようということになった。
食堂が立ち並ぶ場所に向かい、どこに入ろうかと見て回っていると、見覚えのある二人が蒼佑の視界に入った。




