四十五話 隼 蒼佑という男
" 彼 " はずっと、家族から好まれていなかった。
妹が産まれてからというもの、次第に両親は "彼" に対する興味を失い、最低限の育児だけで済ませてきた。
当然それが "彼" にとって当たり前のことであり、それでも妹に嫉妬することもなくただ淡々と日々を過ごし続けた。
怪我をしても、体調が悪くなっても、事故にあっても……親は心配などせず大半は放置で、あるいはせいぜい病院に連れていく程度だった。
それも相当な病気や大怪我に限り、その度に両親が " 彼 " に対してめんどくさいと悪態をついた。
" 彼 " は思った、嫌われる自分の何が悪かったのかと。
しかし答えなどない、それはただの無関心だったのだから。
親にとっては要らない息子よりも、可愛い娘だった。恐ろしいのは両親に悪気がないところである。
ただ、まるでそれが当たり前のように、生まれてきた "彼" を面倒だと思った。
嫌ったのではなく、面倒だったのだ。どうでもいい《《物》》に煩わされたくないというだけ。
子を持つ者として、"彼" の両親はあまりに稚拙だった。
そんなどうでもいい息子がいつだったか一年の間、姿を消していたことに両親はせいせいしたと思っていたほどで、一年経って "彼" が帰ってきた時は両親共に肩を落とした。
妹は一年間いなかったことにも、そして無事に帰ってきたことにも困惑した。
"彼" と妹はあまり関わることは無かった……というより両親が関わらせないようにしていた。
娘が余計な子供に感情移入をして欲しくないと願ったためである。その思いは残酷にも叶うことになり、妹にとって "彼" はよく分からない存在となっていた。
そんな家庭内に居場所がなかった "彼" であるが、それでも学校ではそこそこ友人もおり、全くもって嫌われていた訳ではなかった。
特に中学生となってからは、今でも親友とも呼べる男子がおり、その男子とは相当にウマが合ったそうだ。
そして中学二年に入った頃、"彼" に初めての恋人が出来た。
彼女から告白されて、それを "彼" が受け入れた形になる。好きだと言われた "彼" は胸が暖かくなり、それが噂に聞く恋なのだと胸を弾ませた。
嫌われている自分でも、誰かに好かれていいのだと、嬉しくなったのだ。それも涙を流す程に。
それからは幸せな日々が続いた、笑顔とはいえないものの、ぎこちなく笑おうとする "彼" に彼女は寄り添っていた。
しかし半年ほど経ったある日、突如としてその恋人が、新しい人と付き合うことになったのだと言った。
"彼" はそれを、黙って受け入れた。
無関心には慣れているから、いつも通りだと頷いてそれ以降彼女との関わりはなくなった。
また中学三年となって一ヶ月ほどで、新しく彼女が出来た。それもまた向こうからの告白であり、またそれを受け入れた。
交際は一年続き、同じ高校に進学した頃に恋人から 優しいだけで価値がないと言われ、別れを告げられた。
二度の失恋に "彼" はまたいつも通りだと自分に言い聞かせた。人知れず曇る心に目を逸らし、心の傷をないものとした。それはただの自己暗示である。
そんな中、そんな "彼" にまた告白した女の子が現れた。彼女は "彼" の幼馴染である。
しばらく交流の無かった二人であったが、それでも彼女の方はずっと "彼" を気にかけており、二度の失恋を受けた "彼" をのこと酷く心配して、それならば寄り添おうと告白したのだ。
幼馴染だからこそ、お互いのことをよく知っている、自分が傍にいる と、そう言って "彼" を抱き締めた。
しかしそんな幼馴染も友人たちに見守られながら、"彼" の親友とも呼べる男と抱き合っているところを目撃してしまい、結局自分に向けられるのは最終的には無関心なのだと……軽度の女性不信になりかけた。
なりかけた……それで留まったのは、とある出会いが三度目の失恋の後にあったからである。
その他校の女生徒との出会いが、彼の心に入ったヒビを少しだけ癒した。
その女生徒もどうやら失恋した後らしく、お互いにヤケになっていたこともあったのだろう。
彼女から "彼" に声をかけ、その後に身体を重ねた。互いに初めてであり、また出会ったばかりのワンナイトと言うべきものであったが、不思議と互いに満たされていた。
ただ交わるだけの関係だが、だからこそ通じ合えたのだろう。それからは稀に、街中で顔を合わせればその度に、プライベートな場所へ赴いて行為をする関係であった。
そんな日々が続いたある日、親友と幼馴染、そしてクラスメイトの女に呼び出され、その時に四人でこちら側に召喚されることになる。
いつぞやか、あちら側で姿を消していた一年間の記憶を思い出し、今は魔王とたった一人で対峙している。
"隼 蒼佑" は普通の学生であったが、その実あまりに人からの無関心に慣れすぎた男であった。だからこそ、死を選んででも戦いを終わらせる決意をした。
その眼差しは、なぜか輝いているように見えた。
歪に上がっていた筈の口角も、ギラギラとしていた筈の目もいつしか柔らかくなっていた。
不思議と肩の力も抜けており、その背中からはうっすらと光の翼のようなものがあり、魔王の気分を昂らせた。
蒼佑は、大切な人たちのための戦いをしようてしている。
最後に彼の心に残ったのは、初めて体を重ねた女性であった。




