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かつての勇者がもう一度  作者: 隆頭
すれ違う者たち

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三十九話 蒼佑の闇

 それはまさに死屍累々と言うべきか、辺りに散乱するのは魔物や魔族のソレだった。

 あまりに血なまぐさい臭いが充満するこの戦場は、今も尚 激しく揺れている。


 この場所で今、蒼佑が率いたかつての勇者パーティは過去の戦いを思い出していた。

 彼ら四人は強力な魔族二人を相手に拮抗した戦いを繰り広げている。


 幸多らとメリーナは、その魔族たちが引き連れていた手下たちを相手していた。

 彼らはその刹那、蒼佑の姿をハッキリと捉え、その姿に震えた。

 時折 幸多たちを無視して襲い来るその雑兵たちを片手間に倒し、魔族とも切り結ぶその姿は、見た者に恐怖に近い感情を植え付ける。

 雑兵たちでさえ中級以上の魔族であり、魔物でも並の冒険者では相手することも大変なもので、それらには一瞥もくれずに対象の急所を的確に斬る。


 その絶対的な強さについてもそうだが、しかし彼らが震えたその理由は他にある。

 あれだけの質と量を備えた敵を散々と斬り裂きながら、彼は笑っていたのだ。


 鋭く上がった口角が、ソレを見た三人の瞼、その裏にハッキリと残った。



「ぅっ……聞いていないぞこんなのは!」


「押されているな、これをどうソフディス様に申開きするか……」


「安心しろよ、そんな心配はいらないさ」


「「っ……!」」


 圧倒的な数を連れてきたにも関わらず、その大半がたった十人に始末されたことで魔族二人は想定外だと困惑した。

 これだけの数を率いたことで成功を確信していたのだが、実際のところは街一つを滅ぼしただけという結果。これでは魔王にどう裁かれてしまうかと胸中に不安を漂わせていた最中、蒼佑の一言で息を飲む。


 彼がみなまで言わずともこの二人は察したのだ。この場所で確実に殺されるということを。

 実際に蒼佑は一番の被害を彼らにもたらしており、そんな彼からのその言葉はもはや死の確約と言っても過言ではない。

 周囲の仲間たちも相当な手練だが、特に彼だけはあまりに危険だと思い撤退する為の飛翔魔法を使う。


「逃がすか……」


 当然だが蒼佑はそう簡単に逃がすほど甘くない、彼は距離を詰める前に水魔法を放つ。

 扇状に放たれたソレに彼らは取り巻かれ、一瞬だけ動きが鈍る。


 そこに向けてトドメとばかりにアシュリーの火炎魔法が炸裂、その衝撃で砂埃が舞った。

 そこにロックとバレットが突入し、霧払いにと蒼佑の風魔法により視界が晴れる。


「なっ……」


「早すぎだろ……」


 そう驚いたのは突入した二人であり、なにが早いのかと言えば、魔族たちの逃げ足であった。気が付けば彼らは、空から蒼佑たちを見下ろしていた。

 上手く逃げることが出来た彼らだが、その表情には余裕がない。彼らは少しばかり蒼佑を見つめた後、すぐに逃げていった。


 射殺さんとするばかりのソレを、最後まで蒼佑に向けたまま。




「みんな無事か?」


「勇者パーティ……これほどとは……」


「なんで、あれだけの相手にそんなにケロっとしてるんですか?」


 皆の身を案じている蒼佑を見たグリエラは絶句し、メリーナが心なしか震えているように見えた。

 彼女らからすると蒼佑らは雲の上の存在に見えたようだ。


「まぁ、そうじゃないと死ぬからね」


「そもそもたかが四、五人程度のパーティに魔王討伐を任せといて何言ってんだ?」


「ぁう……それは……」


 当たり前だと言わんばかりのアシュリーと悪態をつくロック。メリーナは彼の言葉に困っていた。


「とりあえずみんな無事そうだし、さっさと離れるか。ここクセェし」


 いくら死体処理を適宜しているとはいえ、血の匂いが空気と混じりきってしまったことであまりに不快な臭いが充満していたため、蒼佑はそう言った。

 当然ソレを否定する必要もなく、誰もがただ頷いた。



 しばらく離れた場所に移動し、ひと息入れようと野営の準備をしていた。

 ちなみに幸多らは顔色は優れなかったものの、それでも多少なりとも詰んだ経験が活かされているのか、そこまで酷い状態ではなかった。


 むしろ彼らは、戦いの中で見た蒼佑のことがずっと頭から離れなかった。

 歪なほどに上がった口角とギンギンと力強くなっていた眼があまりに印象的、威圧的だった。


 もっとも、今の彼からはそんな様子など微塵もなく、まるで先程見たものは夢だったかのような錯覚に陥る。


「もしかして、見たのかしら?」


 蒼佑から目が離せなかった幸多たち三人に声を掛けたのはアシュリーだった。

 彼女は三人に合わせて腰を下ろす。


「いつだったかしらね……随分と戦いにまみれてたからかあの子、ああやって大規模おおきな戦いになると笑うの。本人は知らないみたいだけどね」


 アシュリーは蒼佑を見ながらそう言った。

 幸多たちは自分たちの知らない蒼佑に、すごく複雑な気持ちを抱く。



 その笑みは一体何に対する笑みなのか、幸多らには分からない。


 無意識の笑み、その正体は戦いに狂っている証拠であり、五年前に身も心も幼かった蒼佑が戦いに呑まれ、また悪意や害意に対する心の自衛だった。

 戦闘能力だけが成熟し、それに追いつかなかった心は数多の殺意と悪意には到底耐えられるものではなく、また同胞たるヒトを手にかけたことは、彼の精神性に最も異常を与えたのだ。

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