三十四話 これから
彼を優しく撫で続けているチュリカが言った。
「同郷の人間が一人でも欠けて欲しくないという気持ちと、優しく在ろうとする気持ち……それが今のソウスケにあるんだね」
彼女にとって蒼佑は子供である。そんな彼を気にかけないわけがない。
その小さい身体が血に染まり、傷だらけになりながら命を奪う苦しみに喘ぐ。
五年前にそんな姿を見たチュリカはずっと彼が気がかりだったのだ。
マハラの人々はそう長い時間を蒼佑と過ごした訳じゃない。しかし皆が彼のことは仲間だと、そう認識していた。
だからこそ、ここでも彼についての話をする者たちがいた。
「ロックよ、ソウスケは大丈夫だろうか?」
「さぁな、けどあの様子なら大丈夫だと思うぜ」
蒼佑たちとは別の部屋にいるバレクトは、隣にいるロックに問うた。あれだけの血を見て、過去の姿にならないかという心配。
同郷の人を瀕死まで追い込んだ事実をどう受けとっているか、それによって蒼佑がどうなるか……
しかし紅美への罰は間違いなく必要だった。それは蒼佑個人だけでなく、周囲への態度というべきものだから。
個人的な感情によってケジメをつけないというのは、町を治める上で必ず軋轢を生む。今回の判断は誰もが理解していた。それは蒼佑も同じである。
「あの子だってもう子供じゃないわよ。五年前でも十分立派だったけど、今だってもっと立派になっちゃってさ」
「そうですね。あの時は可愛げがありましたが、今ではカッコよくなってしまいました」
アシュリーの言葉にサラが同意した。
過去の蒼佑を見ていた女性陣は彼に対しとても好印象だった。それは今でも同じであり、異性として意識しているのも知って通りである。
「ただ気になったのは、どうしてあなたはソウスケではなくコウタを選んだのですか?あれだけ好きだったのに」
「違う!それは違うの……アタシはずっとあの子が好きなの。でもソウスケが帰ってくるなんて思わなかったから、だから……」
「あの子を 勇者であるコウタに重ねたと?」
何となく察していたサラの言葉に、アシュリーは黙って頷いた。当然だが今の彼女の心はもう蒼佑に戻っている。
彼本人はそれに気付いていないが。
「それならちゃんと話してみるしかないさね。時間はあるんだしこんなとこで燻ってたってどうにもならないだろ?じゃないとアタイがあいつを貰うよ」
アリーシャが目を細めそう発破をかけた。しかし半分は本気である。
それを聞いたサラ、アシュリー、グレッタ、夢愛が驚いて立ち上がった。内三人は彼女を睨みつけている。
「ふん、下らんな。そんなことより問題はクレミだろう。このままコウタのパーティにいるのはまずくないか?」
「あっ、それは……」
グラットが鼻を鳴らして述べた問いに、今まで黙っていた幸多がハッとした。事が事だけに彼らでは対応しきれないことを、今の今まで考えていなかった。
先程までの出来事で頭が真っ白になっていたためである。
「ソウスケが問題なけりゃ、俺らが管理しても構わねぇぜ」
そう言ったのはロックだ。確かに彼らであればもし紅美が暴走したとしても対応は容易である。
例の魔族もあの場を荒らす為に彼女を眷属としたまでであって、別に思い入れがある訳でも彼女が優秀なわけでもない。
彼女を眷属にでき、更にその結果あの場を荒らせるからそうしたと言うだけ。
なのでその魔族が紅美の元に現れる訳でもない。あくまで彼が危険な状態になった時は紅美が助けに向かうくらいだ。
それに対し夢愛も言い返そうとするが、誰も間違ったことは言っていないので口を噤む。
彼女は蒼佑の元にいるのが自分でありたい、つまり紅美とその場を替わりたいのだ。
しかしそんな自分勝手ができないことも理解していて、何も言えなかった。
そもそも紅美の実力は今、中級魔族と同等以上の力がある。それこそアシュリーの住んでいた町に現れた魔族に比肩するほど。
下手をすればそんな人間を相手に戦うことになる。そのタイミングも測れない訳なので、最悪の可能性を考えると幸多たちがどうなるかわかったものではない。
そういった話も踏まえ、蒼佑がどういう判断を下すのかと聞くために彼をこの場に連れてきた。
今 紅美の所にはグラットとバレクトがいるので警戒は十分と言えよう。そして、先程の話が彼に伝えられる。
「別に真木を連れていくのは構わない、だがそうなると幸多たちの戦力ダウンが心配だ……まぁアシュリーがいるから大丈夫だと思うけど」
「えっ……?」
蒼佑が心配したのは人数が減ることによる戦力ダウンだ。そうなると仮定した場合、幸多率いるパーティは幸多、夢愛、グリエラ、アシュリーの四人となる。
紅美はパーティ内でサポーターをポジションしており、支援系統の魔法を用いて戦闘を安定させていた。
彼女が抜けた場合、その立ち位置はアシュリーしかいなくなる。
とはいえ、アシュリーは蒼佑の元に行きたい気持ちもあった。問答もなしのその判断に、彼女は些か悲しい気持ちになった、
もう手遅れなのかと。




