三十二話 紅美の処遇
蒼佑がここから出てもう二度とここには来ないと、そう言ったことにより周囲の人間は苦い表情をした。当然だが好ましく思っている人間と今生の別れなどど、そう選択したい者はいない。
それはチュリカも同じ気持ちで、先程までの剣呑な雰囲気はなく、とても困った表情を浮かべていた。
「ソウスケ、事はそんなに簡単じゃない。紅美は操られたとはいえグラットを殺そうとした。その操られた原因も自分の判断によるもの。それに眷属化を解くには相手の魔族を殺さなきゃいけない。それなら殺した方が早い。ましてや、紅美がまた同じような事をして、今度こそ誰かが死なないとも限らない」
チュリカは諭すように話しながら、蒼佑の傍に寄って彼の背中を撫でる。その目には慈愛の念が感じられることから分かるように、彼女も蒼佑を大切に思っているのだ。
蒼佑もチュリカの言い分が分からない訳ではなく、話を聞いて辛そうな表情をしていた。
彼にとって、紅美にされた事は過去に比べて幾分もマシだった。それでも、グラットの件は許せないが。
「とにかく、一度俺たちで話をするつもりだ。それまでは出ていかないでくれないか?ソウスケ」
「──あぁ、すまない」
グラットの言葉に蒼佑は頷く。一度、マハラの主要メンバーのみでこの件について話をしようということになった。
その間、紅美は蒼佑に監視されることになったらしい。
しばらくの間、彼は基本的に紅美と同じ部屋にいる事になる。ロックたちは近くの部屋で待機しており、もし紅美が変な気を起こしても蒼佑だけでなく彼らもすぐにそれを鎮圧することが出来る。
紅美は今、部屋で縮こまっていた。もはや蒼佑に対しての敵意は無いようだ。
とはいえお互いに一言も発することはなく気まずい沈黙が流れている。しかしそれを破ったのは紅美であった。
「──ありがと、助けてくれて」
「別に」
蒼佑にとってのソレは、彼女のためでなく自分の意識に向けてのものであったので、彼女に礼を言われる筋合いはなかった。
しかし彼女は、彼に対し認識を改めはじめており、罪悪感を抱いていた。
今まで意味のない悪意を向けて、殺意をさえ抱いていた相手に身を呈して庇われたことで、今までにないほど彼に対して好意的な感情を抱いていた。
それはかつて、紅美が幸多に抱いた泡沫な好意とは違い、守られたことによる感謝や安心感が強くあった。
そもそも彼に対しての負の感情はこれといって根拠があったものでなく、自分の失恋に対するフラストレーションを蒼佑にぶつけていただけにすぎない。
要は、プライドである。
「傷は、大丈夫なの?」
「当たり前だ、サラだからな」
蒼佑の腹にできた穴は、ギリギリ内臓を巻き込んでおらず、またサラの回復魔法によってほぼ完全に回復した。
あとはじっくり身体を馴染ませるのみだが、それもそう時間はかからない。
なんて事ないといった様子で告げた彼を見て、紅美は安心し胸を撫で下ろした。
「ほんとに、ごめん」
「謝るなら二度としないでほしい」
眷属化は今更どうにもならないが、せめて八つ当たりなんてものはやめて欲しいと思った蒼佑はそう言った。
しかしその意図まで汲みきれなかった彼女は例の魔族に危険が及んだ時に、その魔族を助けなければならないと……それも自分の意思では止められないということを聞いていたので暗い表情を浮かべる。
「それは……」
蒼佑に何を言えばいいか、それが思い浮かばない彼女はただ黙りこくるしかなかった。
一方、チュリカたちは紅美に対する処遇を決めかねていた。
「殺さないにしろ、せめて何かしらの罰は必要だろう」
そう言ったのはバレクトだった。
彼も全盛期から何年もの間は人を率いる立場にいた。そのため、何かしらの愚行を働いた者に対して何かしらの処遇が必要なことを知っている。
少なくとも紅美は、眷属化についての大部分は知らなかったものの、自分の意思で敵である魔族から力を借りるということに、深く考えずに決めた。その結果があの事態であり、それは彼女の愚かさが招いたことである。
それを捨て置いてはならないことも、皆が承知していた。
「せめて見せしめくらいはしたほうがいいよ、意識がなかったとはいえ、兄さんは死にかけたわけだし」
続いてそう言ったのはグレッタだ。
兄を傷付け、彼女が慕っている蒼佑に明確な害意を持って傷付けたのは間違いない。
あくまで蒼佑の意向で殺さないでいるだけであり、紅美には罰を与えねばグレッタとしても溜飲は下がらない。
「せめて、多少の痛めつけは必要だろう。殺さないで五体満足にいられればいいんだ、回復魔法を使えば外傷くらいは治るだろう?」
あくどい笑みでをしているのはアリーシャだ。
概ねバレクトと同じ過去を持つ彼女も、彼と同じ意見であった。それに彼女としても蒼佑やグラットが傷付けられたのは許せなかった。
「俺の傷は治ったから良いが、ここまで皆に迷惑をかけた以上は磔にしてでも罰がいる。アリーシャの言う通り傷くらいならどうとでもなるし、多少の鞭打ちはした方がいいな」
続けたのはグラットだ。
蒼佑含め周りを巻き込んだことについてはやはり腹に据えかねているらしい。彼もそうだがここにいる皆は紅美に対しなんの思い入れもない。
ハッキリいえば死んだところでなんの感傷もないのだ。その前提がある以上、あるのは怒りだけ。
「それなら、クレミには少しだけ、血と涙を流してもらおうか」
抑揚のない声で最後にそう告げたのは、チュリカであった。




