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陸、異形なる人の本当の姿

季節無視の話ですが、宜しくお願い致します。


前話同様、長い話になっております。


「やあ、君が(ささら)君かね。私は志一郎と云うんだ。うちの倅が世話になってるね」

「は、初めまして⋯⋯此方こそ、牛山さんには非常にお世話になっております」

「うんうん、ははあ。これはしっかりした良い子じゃないか。芳一、先達としてよく導くのだぞ?」


 八月になり、夏休みが始まった。

 簓は当初、張り切って虫取りに行く予定であったのだ。見習いとは云え、来年には新聞社に籍を置くのだ。だから今年の夏休みは初日から思いっ切り友達と遊ぶつもりだったのだ。なのに。


「⋯⋯⋯⋯済まない、その⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯いえ。お招き戴きまして光栄です」


 牛山から、一日だけ実家に帰るので一緒に来ないかと誘われたのだ。本来ならば頷く理由は無いのだが、比較的牛山贔屓である母が頷いてしまった事と、牛山の父が簓の来訪を強く熱望していると云う事で、頷く他無かったのである。

 迷惑だとは、思ってない。⋯⋯⋯⋯思ってない、本当に。


 簓は目の前に座る初老の男性に気付かれぬ様、ちらりと上目遣いで視線を流す。

 八月と云う季節にも関わらず、隙無く羽織を着込んだ男性の眼光は鋭い。これで微笑んでいると云うのだから、怒ったらどれほど恐いのだろう。とは云え、この男性⋯⋯()()志一郎の心中は、簓を可愛がろうと云う一心である事が簓には分かった。


「簓君は学校の成績が良いと聞いたのに、進学しなくて良いのかね?君さえ良ければ私の家で支援しようか?」

「⋯⋯いえ、その⋯⋯お返し出来るものも有りませんので⋯⋯」

「何を言うんだ、次代を担う子供を助ける事は当たり前の事なのだよ?そうだ、行く行くはうちの秘書⋯⋯いや、まずは書生に⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯お父さん、強引ですよ。⋯⋯⋯⋯⋯⋯その事は以前にも話したでしょう」


 辰巳の少々強引な圧力を牛山が何とか止めてくれたものの、辰巳は未だに不承不承と云った様子だ。親子はこそこそと会話をするが、簓には筒抜けである。


「将来に選択肢が増えるのだが⋯⋯」

「本人がやりたい事を尊重すると、そう決めたでしょう」

(⋯⋯いいえ、特にやりたい事が無かっただけです)


 因みに、この親子の苗字が違うのは牛山が母方の旧姓を名乗っているからである。家業を継がないと決めた牛山が、一種のけじめとして籍を離れたと云うのだ。


「残念だが⋯⋯簓君の希望なら仕方が無いな⋯⋯」

「申し訳ありません」

「しかしそれなら、是非これを」


 そう言って辰巳が傍に置いていた行李(こうり)から取り出したのは、一台の小型写真機(キャメラ)であった。


 簓は写真館の箱型くらいしか馴染みが無かったが、辰巳が用意したそれは米国コダック社の“ヴェスト・ポケット・コダック”。従来の“ポケット・コダック”よりも小さく、折り畳めばヴェストのポケットにも入ると云う触れ込みの写真機だ。写真機の中では安価なものではあるが、米国純正品であるそれは国内に出回る類似品より間違い無く高価なものである。

 勿論、子供に渡して良い代物では無い。


「ええっと⋯⋯?」

「報道の仕事に就くのだから、写真機(キャメラ)くらいは持たなくては。就職の()()()だと思っておくれ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯い、頂けません、こんな高価な代物⁉︎」

「何を言う、こんなの玩具みたいなものだよ。此処の蛇腹は扱いに気を付けないと直ぐ壊れる」

「尚更頂けません‼︎」


 必死になって固辞をする簓を助けてくれたのは、矢張り牛山であった。


「⋯⋯⋯⋯そう、そうだ、此方に滞在中の間にだけ、その写真機を簓君に貸し出すと云うのは如何です?」

「何⁉︎」

「簓君からしたら、今日初めて会った小父(おじ)さんからの贈り物なんて恐ろしいですよ。それなら、借り物で(いず)れ返すと云う方が安心出来ます」

「成る程⋯⋯先ずは慣れて貰う事からか⋯⋯それに自身の手垢が付いたものの方が後々貰ってくれるかもしれん⋯⋯」


 簓の耳で無くとも聞こえる内緒話に呆れていたら、あれよあれよと写真機は簓の手の中に収まる事になってしまった。






 そして何故か、簓は使用人の子供達三人に腕を牽かれて、近くの雑木林の前に居た。

 年長の少女1人と、真ん中の少年、そして末っ子の少女と云った所だ。年長の少女は簓と同じくらいの年だろうか。使用人の娘ならば女学校へと進む事はまず無いので、このまま下働きになるだろう。

 その長女がつんと澄ました顔で、簓にこう言ったのだ。


「写真を撮るのに良いものがある」


 その言葉には、簓に対する嫉妬と羨望、貶めてやりたいと云う悪意、そしてこの先への恐怖が篭められていた。辰巳は、この子供達にとって良い主人であるのだろう。だからこそ写真機などと云う高価な物を贈られる簓を、この長女は許せなかった様だ。


「⋯⋯この林の中?」

「そう。珍しいものがあるの」

「何だろう?⋯⋯⋯⋯ねえ、何があるの?」


 長女では無く少年と末っ子に訊ねると、幼い二人はただただ黙って首を振った。長女から何も話すなとでも言われたに違い無い。

 しかし幼い故に、心の中では色々と答えてくれた。


(入っちゃいけない場所。おばけが出る。⋯⋯⋯⋯⋯⋯()()()()?)


 訳の分からない単語に首を傾げつつ、簓は促されるまま歩いた。流石に三人も簓一人を林へ送り出すつもりは無いらしく、簓の後ろをぴったりと付いて来る。取り敢えず一人にされない事に安堵しつつ、簓は素知らぬ顔で草花や風景に写真機を向ける。借りた以上は楽しく使わせて貰おうと云う事である。


(⋯⋯⋯⋯⋯⋯ん?)


 何度か適当にシャッターを切って居る時である。不意に知らない足音が聞こえた。簓と少年は下駄、少女達は草履を履いているのだが、新たに聞こえた足音は、裸足の様に聞こえた。


(⋯⋯⋯⋯人みたいだ)


 決して“お化け”の類いでは無い。その人は此方に害意を持っている訳では無い様で、特に簓の持つ写真機に強い興味を持っている様だった。


 そうして簓はその人を無視していたのだが、簓の手を無理矢理に引っ張って更に奥へと行こうとした長女が、その人の存在に気付いたのである。


「あっ⋯⋯ひっ⋯⋯‼︎」


 位置から考えてもただ誰かが居るとしか見えなかった筈だが、長女は喉の奥が引き攣れる様な悲鳴を上げ、掴んでいた簓の腕を放した。恐怖で埋め尽くされた長女の思考はとてもうるさく、簓は思わず顔を顰めてしまう。

 そして長女の変化は、少年と末っ子、何より隠れている人に影響を与えた。少年と末っ子が長女同様徐々に恐怖に支配されて行くのに対し、その人は悲しみと寂しさ見せたのだ。


「ど、どうしよう⋯⋯逃げなきゃ⋯⋯」

「ま、待ってよ⋯⋯人かも⋯⋯あ、謝れば⋯⋯⋯⋯」

「こわい、こわいよぉ⋯⋯!」


 三人がお互いの身体を寄せ合って後退りを始めるのを見て、その人の心は強い諦めを見せた。足を一歩踏み出し、木陰から此方側へと姿を見せたのだ。


「あ⋯⋯⋯⋯」


 歳の頃は十五、六だろうか。活動写真でも見た事の無い美しい少女だ。

 (はなだ)色の浴衣を身に纏い、肩で切り揃えられた黒髪はさらさらと艶やかに光り、白い肌は抜ける様な白で、紅を差している訳でも無いのに唇の赤が映えた。

 簓は思わず見惚れてしまった。それ程までに美しい。例えその全身が肌より白い包帯に覆われ、それで顔の左半分も隠れて居たとしても。


「⋯⋯うふふ」


 少女は美しい唇と右目を弧にし、笑い掛けた。その表情は背筋が粟立つくらい妖艶で、危険な匂いがした。簓はその笑みに否応無く女性を感じてしまい、恥ずかしくて下を向く。

 対して子供達は、一体何をされるのかと音が鳴るくらいがたがたと震え上がった。一歩一歩ゆっくり近付いて来る少女に、子供達は悲鳴ともつかぬ音を喉から零す。


「あっ、あっ、あっ、ひっ⋯⋯」

「⋯⋯ねえ」

「⋯⋯っつ⋯⋯いやあああああっ‼︎」


 劈く悲鳴を上げたのは、誰か。簓にとっては耳が痛くなる程の大音声であった。

 耳鳴りが治まるまで耳を押さえ、目を瞑っていたのだが、目を開けると子供達の姿は消えて居た。あまりの恐怖に逃げ出したらしい。何だか饐えた臭いがするのは、あまり触れない方が良いかもしれない。


 それよりも、目の前に立つ少女の方が気になる。

 少女は妖しい笑みを収め、感情の一切を捨てた表情でぼんやりと簓を見詰めていた。


「⋯⋯⋯⋯貴方は逃げないの?」

「⋯⋯ええと、その⋯⋯僕は、逃げる理由が無いから」


 その気怠げな表情すら、胸を高鳴らせるものだった。唇を湿らせ、なんとか言葉を絞り出す。


「⋯⋯そう⋯⋯ふうん⋯⋯」


 不躾な視線をじろじろと簓に向けた少女は、こてんと首を傾げたかと思うと、簓が手にしていた写真機についと指を伸ばした。


「これが、()()()()?わたしが()()事の在るものより、随分と小さいのね」

「あ⋯⋯これは」

「ええ、お借り物なのね?」

「えっ⋯⋯⁉︎」

「さっきの子達⋯⋯特に大きな女の子。きゃめらを壊すつもりだったわ。()()()()に貴方が叱られると思ったみたいよ」


 少女に写真機が借り物であると言っていない。それどころか子供達の目的も、辰巳の()()すら識っている様に話す。これは、まるで⋯⋯


「⋯⋯あの、貴女はもしかして⋯⋯()が良い人なの?」

「⋯⋯耳。そう、耳⋯⋯貴方()耳なの」


 簓の問い掛けに、少女は頷いた。そこにあるのは合点が入ったとばかりの納得と、ほんの少しの嬉しさ。そして燃え上がるどうしようも無い嫉妬。

 少女は簓を羨んで居た。()()を持つ癖に素知らぬ顔で人間に混じる簓に。()()の少女と違い、簓にはあからさまな人との違いが無いからだ。

 そんな孤独の少女に、何故か視線が離せない。

 (わざ)と妖しく振る舞って、それで怖がられて傷付いて。儚くて、壊れそうで、それでいて⋯⋯⋯⋯


「⋯⋯他人の顔色なんて、気にする事無かったけれど⋯⋯貴方の()()はなあに?わたしを怖がっている訳で無し⋯⋯もしかして、同情しているの?」

「えっ⁉︎」


 簓は思わず自分の頬に手を宛てた。決して同情したのでは無く、ただただ惚けていただけなのだが、どちらにせよそんなみっともない顔を見られて居たと云うのは恥ずかしい。


「⋯⋯異能者だからなのかしら?思考が全く視えないなんて。過去と未来は何となく視えるのに」

「思考を()る?」

「そう、全て視えるの。遠くの出来事、過去の事、あるかもしれない未来の事、そして心の中さえも」


 あまりにも強力な能力に、簓は息を呑む。心を読む事こそ耳の良い簓に劣る様だが、そんな事すら気にならない。

 何でも見えてしまうと云うその異能は、簓の耳等霞む程に生き辛いだろう。事実、あの子供達は非常に少女の存在に恐怖していた。少女の姿が異様である事も一因だが、何よりも「化け物」の話が流布している事が大きい。

 此処に「化け物」は居ない。それなのに。

 今も簓の耳には少女の感情が聞こえて来る。


 怖がらないで欲しい、嫌わないで欲しい。

 道具として利用されても何でも良いから、独りにしないで欲しい。嘘でも良いから、好きと言って欲しい。


「あの」


 簓は手に持っていた写真機を少女に向けた。


「撮っても良いですか?」

「⋯⋯⋯⋯?」

「貴女を撮らせてください」

「⋯⋯わたしの姿を写真に収めて、笑いものにするおつもりかしら?」

「そんな事しません」

「どうなのかしら⋯⋯嗚呼、本当に心が見えないなんて不便ね」


 忌々しいとばかりに少女は吐き捨てたが、簓としては読まれなくて良かった。勇気を掻き集めてした申し出である。日本男子としての見栄くらいは張っていたい。


「⋯⋯まあ、良いわ。付き合ってあげましょ」


 そう言って少女はちょっと意地悪に笑ったと思ったら、左顔面を隠していた包帯を解き始めた。その姿がまるで服を脱いでいるかの様で、簓はみっともなく狼狽えてしまう。


「わ、な、え⁉︎」

「わたしのこの顔を見ても、まだ写真に収めようとするかしら?今の内なら、悲鳴を上げて逃げても許して差し上げてよ?」


 包帯が完全に解かれると、ぱっちりとした左目が現れた。右目同様睫毛が長く、瞳は湖の如く吸い込まれそうだ。


「どう?醜いでしょう?」

「え?⋯⋯⋯⋯どの辺が?」


 醜いなんてとんでもない。簓はそのつもりで言ったのだが、少女は気分を害したと眉を顰めた。


「この()()()()()の顔を見て、真逆(まさか)美しいとでも言うおつもり?」

「眼球?⋯⋯普通にふたつしか付いてませんよ」

「⋯⋯嘘を仰い」

「嘘じゃありません」


 簓は自分の目を左右ひとつずつ指差し、少女と同じだと伝えた。

 少女は酷く慌てて左手に巻いていた包帯も解き、甲を確認した。


「もしかして、そこにも眼球が?」

「ええ、そう。そうよ。此処だけじゃ無い、全身に在るわ。⋯⋯⋯⋯それでも貴方は嘘を吐くつもり?」






「はい、僕には見えません」






***






 子供達に連れて行かれた雑木林は、とある家の敷地と繋がっているらしい。


「私ゃあの家は好かん」


 勝手をした子供達をしこたま叱り、簓に軽く説明をしてから、辰巳はむっつりと最後にそう締め括った。あまり折り合いが良く無い家らしい。簓としてもそれ以上話題に出す事はせず、写真機を返却してそれ以降は大人しくしていた。

 肝心の撮影した写真であるが、辰巳が喜んで写真屋で現像してくれると云う。現像が終わり次第牛山経由で送ってくれるのは有難いが、簓としては少々具合が悪い。


 帰宅して三日程して、牛山から分厚く膨らんだ封筒を手渡されたのだが、添えられた辰巳からの手紙にはただ一言『君も隅に置けないね』と。


(⋯⋯⋯⋯あの人、見たな⁉︎)


 風景と草花の写真ばかりが何枚もある一枚。そのたった一枚の人物写真には、櫟木(クヌギ)を背後に微笑む、()()()()()()()美しい少女が写っている。


「簓君、何を撮ったんだい?」

「ひ、秘密で」


 牛山に問われて慌ててそう答えたが、顔が赤いのは誤魔化せなかった。

益々ホラーから乖離しつつあります。


カメラと言ったら“ライカ”だろう!⋯⋯と、思ったのですが、諸事情に因り“コダック”になりました。



本編に書き切れない裏事情があるなと、少々思い始めました。取り敢えず簓目線の切りが着いたら別目線も考えます。

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