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肆、蝉の鈴

お待たせ致しました。


「それでさ、もんさんは本当にそれが金になるって思うの?」


 珍しく、(ささら)の口調は説教染みていた。しかしそれも致し方の無い事。今目の前に居る男が原因なのだ。

 だらしない無精髭と蓬髪、染みの付いたシャツと下穿き。一応は未だ二十代であるこの男は、馬込(まごめ)主水(もんど)兎耳山(とみやま)家が管理するアパートの住人だ。

 馬込は売れないポンチ絵師なのだが、最近は普通の挿絵も任されない日々が続き、卑猥な雑誌に卑猥な男女の絵を描いて食い繋いでいるらしい。それでも金は足りず、アパートの家賃を滞納していた。とは云っても向島の娼婦に入れ上げている様なので、その分を回せば良いだけだとは簓は知っていた。

 そんな素寒貧の馬込は非難的な簓の視線にもめげず、にんまりと笑みを浮かべる。


「当たり前ぇだろ?此れは一攫千金の大勝負だ⋯⋯」

「はあ」


 何故そんなに自信満々に胸を張れるのか。大体、馬込が大勝負と云うのも、博打以下の馬鹿馬鹿しい事でしか無い。しかもその情報が、屋台で一寸(チョット)隣り合った男から聞いたと云うから、完全に与太話だった。


「⋯⋯⋯⋯有る訳無いでしょ、()()()()()なんて。それも近所の寺なんかに」

「いんにゃ、有るね!俺の()()がビンビン反応してやがる!」

「山勘じゃ外れるね」

「じゃあ何て言うんだ?」

「ただの勘で良いと思うよ」


 小学生に言語を改めさせられる大人と云うのも珍しい。しかし、馬込はそんな事でめげる男では無かった。馬込は呆れて帰ろうとする簓を押し留め、問答無用で(すき)を手渡して来たのだ。思わず受け取ってしまった簓だったが、一体何だと首を傾げる。


「何これ」

「何って、お前ぇの分だよ」

「⋯⋯⋯⋯まさか、僕にも掘らせるつもり⁉︎」


 簓は受け取った鋤を突き返した。だが、馬込は勿論受け取る筈も無く、腕を組んで得意そうに胸を張った。


「お前ぇは色々鋭い餓鬼だからな!俺の()()ばりにお宝を探し当てられるに決まってらぁ」

「そ、そんな事出来ないよ!」


 第一、簓は聞こえるだけなのだ。そのお宝が絶えず音を発しているならば見付けられるかも知れないが、そんな音の出る怪しい代物、化生のものである。

 しかし簓が抵抗しようにも、無理矢理に背中を押した馬込は、「そんじゃ、俺はあっち掘ってくるから!お前ぇはあっちな!」と、さっさと飛んで行ってしまった。

 なんて無責任なんだと、簓は思った。このまま道具を放り出して帰ってしまおうかとも考えた。ただ、そうすると後から馬込に何て言われるかわからない。否、どんな報復を受けるかとも知れない。


(もんさんの事だし、卑猥な雑誌を僕の文机に置くぞ⋯⋯!それでお母さんに見付けさせるに違いない⋯⋯!)


 勿論それは諸刃の報復であり、馬込自身も母から叱られるだろう。だが、それ以上に簓に対する折檻はどうなるか。しゃもじで叩かれるだけで無く、ご近所に吹聴するかもしれない。

 そんなの、耳の良い簓には苦行以外の何物でも無いでは無いか。


 なので簓は、仕方無しにその辺の地面を掘る事にした。それはただの()()であり、決して真剣に取り組む積もりも無い。ただ、馬込に作業をしたのだと印象付ける事さえ出来れば良いのだ。

 寺の坊さんに見付からない様周囲を見回した簓は、誰も来なそうな茂みの土を掘り返す事に決め、あまり力を込めずに、適当に鋤を地面に突き立てた。








「⋯⋯⋯⋯⋯⋯申し、其処の(わっぱ)

「わっ⁉︎」


 当初、簓は寺の坊主に見付かったのかと驚き、鋤を取り落としてしまった。しかし慌てて周囲を見渡すも、そんな人影は無い。すると、その声の主は心底可笑しそうに笑い声を上げたのだ。


「嗚呼、驚かせてしもうたか。此れは相済まぬ」


 その段階で、簓は自身が()()()()()()()()()事に気が付いた。この声の主は生きた人間では無い。

 そんな相手と迂闊に会話が出来ようも無いと、簓が身体を硬直させていると、相手はまた楽しそうに笑った。


「案ずるな、拙僧は此処で声しか出せぬ故。童に手出しする事は無い。⋯⋯⋯⋯ただ、そうさな。童に土を掘り返さんで貰いたいだけなのだよ」

「⋯⋯⋯⋯つ、土?如何して?」


 会話をしてはいけないとは思ったものの、あまりにも声に邪気を感じなかったので、簓は問い掛けていた。


「拙僧は蝉である故、掘り返されると困るのである」

「は、蝉?」

「蝉の季節はもう間も無くであるが、まだまだ地中に居らねばならぬ。良いか、童よ。決して掘り返しては成らぬ」


 簓からすれば願ったり叶ったりの言葉である。声を弾ませて了承した。そんな簓の返事に気を良くしたのか、蝉は嬉しそうに簓にこう言った。


「礼と云っては何だが、其処に黒松の巨木が在るだろう?根元に鈴があるから、持ってお行き」


 この蝉は悪いものでは無さそうであるが、言う事を聞かないとどんな目に遭うか分かったものでは無い。要らないとは思ったものの、言われた通りに簓は黒松の根元を探り、小さな金属製の鈴が一つ転がっているのを見付けた。


「⋯⋯あれ?」


 拾い上げた鈴は、中に玉が入っていないのか手応えが無い。


「ねぇ、この鈴」


 壊れているよと蝉に言おうとしたが、もう蝉は声を上げる事は無かった。ただざわざわと木々を鳴らす風の音が響くばかりだ。簓は鈴を握り込んだ。



 鋤を抱え直し、茂みからそっと出た簓は、取り敢えず馬込と合流する為に、馬込が向かった方へと歩き出す。すると、前方から激しく捲し立てる音が響いて来るのに気が付いた。

 耳を側立てると、如何やら馬込が此処の坊主に見付かったらしい。激しく叱責をされている様だ。


(⋯⋯見付かると面倒だし、このまま帰っちゃおう)


 くるりと方向転換し、自身の聴力を最大限生かして誰にも見付からぬ様に寺の敷地を出た簓は、母から豆腐を買って来いと言われた事を思い出して豆腐屋へと向かったのである。





***




「痴れ者め!うちにそんなものが埋まっている筈無かろうが!」


 皺くちゃの住職は、年齢の割に張りのある良く通る声で馬込を叱り付けた。


「大体そんな眉唾、信じるなんぞどうかしておるわい!」

「ま、ま、待て!眉唾じゃねぇぞ⁉︎そいつはちゃんと、この寺にお宝が埋まってるって言ったんだ‼︎」


 実は馬込、屋台で貰った情報には『と』の字も無いにも関わらず、徳川の埋蔵金だと決め付けたのだ。これには呆れるばかりである。

 住職も多分に漏れず呆れ果て、馬込に諭す様に真実を話した。


「⋯⋯うちに埋まっとるのは、金で無くて仏様よ」

「はん?墓なら普通にあるだろ?」

「墓に入った仏では無い。現し身(肉体)のまま、入定された仏様じゃ」


 それは江戸の頃、火災が起こった事に由来する。

当時を思うと火事など珍しくも無いものだったが、その時の被害はとんでも無いもので、当時この寺の住職は心を痛めたらしい。

 それならばと、亡くなった御霊を鎮める為、自ら身を捧げて仏と成る事を選択したのだ。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯おい、それってつまり⋯⋯そくしん⋯⋯」


 流石に馬込も思い至った様で、顔を青くした。


「その際御住職はこう言い残されとる。“この寺の敷地が大火から人々を守る守護の地とするべく、我が身を掘り起こしては成らぬ”とな」


 まあ、今ではもう何処に居られるかは分からぬがね。と、そう言って住職は手を合わせた。

この後、置いてかれた馬込は腹いせに、卑猥な雑誌を簓の文机に広げます。

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