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壱、謝る声

安定のジャンル迷子です。


全国の兎耳山さん、お名前を勝手に拝借致しまして申し訳ありません。



更新はぼちぼちくらいを考えてます。


 それはもう、気付いた時にはそうだった。


「──兎耳山(とみやま)には、時々とても耳の良い者が産まれるのだよ」


 嗄れた声は、頭から布団を被る(ささら)に聞かせる様に紡がれていた。

 耳の良い者達はその技能を活かし、神社の(かんなぎ)として神へと捧げる楽器を演奏したり、時の権力者の為に斥候として立ち働いたりとしていたのだと、声は続けた。


「お前も、お前のじいさんも耳が良い。私もそうだ。この耳のお陰で嫌な思いをしたし、命が助かった事もある。あの時も幕府軍の強襲を逃げ延びる事が出来たのだ」


 ばくふ。

 簓は言葉を出さない様に、唇だけを動かした。

 確か、五十年くらい前まで帝都の真ん中にあったものだった筈だ。祖父と神田を歩いている時、ふんわりと聞こえて来たから、幼い簓も知っている。

 漏れ聞こえたのは少し難しい話だったので、詳しく祖父に尋ねようとしたら、祖父は「知らない振りをしなさい。真面目に聞いていては、痛い目を見るよ」と、頭を撫でてくれたのだった。


(⋯⋯あ)


 そうだ、声に反応してはいけないのだ。祖父の忠告を思い出し、簓は困ってしまった。もう遅いとは分かっているが、布団の中でなるべく動かず、固く目を瞑って「もうねてます」と念じ続けた。

 すると念が通じたのか、声は何故か賛辞の言葉を紡いだ。


「それで良い。悪意有る音は、意識的でも無意識的でも耳にこびり付く。死者も然り、生者も然り。まあ適当に聞き流しておくのが良い。便利ではあるが、心を病む」


 また難しい言葉だった。「こころをやむ」とは、どう云う事か。大人になったら分かるだろうか。



 そう思考しながらも、うつらうつらと夢の世界に入り始めた頃。先程の嗄れた声とは違う、聞き慣れた声が耳に入った。


「眠っているかい、簓」


 おとうさん。

 仕事に出ていた父が帰って来たのだ。今すぐ布団を跳ね飛ばして「おかえりなさい」と言いたいのだが、どうしても眠くて眠くて、簓は起き上がる事が出来なかった。それに⋯⋯


「簓、簓。ごめんよ、ごめん───」


 いつもの父らしくも無い。謝ってばかりだし、布団を捲って簓の顔を見ようともしない。

 それに、声に違和感があるのだ。「しゃん」とした声では無く、「ぼやっ」とした声なのだ。形容し難い表現だが、簓にはそうとしか表現出来ない。

 そうして暫く簓の名前を呼んで、謝罪を繰り返していた父だったが、さっきの嗄れた声が父の言葉を遮った。


「もう気が済んだろう、箏一(そういち)

「⋯⋯ああ、じいさん」


 嗄れた声と会話している父に、眠り掛けていた意識が覚醒して背中が噴き出した汗で一気に冷えた。()()()()声に返事を返すのは良くない。祖父が教えてくれたのに、父がそれを破るなんて。


(ちがう、ちがう⋯⋯そうじゃない、そうじゃない⋯⋯)


 父は別に、祖父の言い付けを破った訳では無いのだ。だって、父はもうきっと。


「⋯⋯おれにも、あんた達の様な耳が有ったら⋯⋯」




***





 翌朝、兎耳山の家に警察がやって来た。

 とある政治家の記念パーティーへ取材に行っていた父が、その政治家の息子を庇って亡くなったと云うのだ。

 犯人は政治家に深い怨みを持つ一市民だと云うが、詳しくは簓には理解出来なかった。ただ、「ああやっぱり」と虚しくも何処か妙に納得してしまった簓である。

 その報せを聞いた母は、ただただ簓を抱き締めて泣きじゃくり、祖父は鎮痛な面持ちで家に来た警官達に頭を下げた。

 警察と共に来たスーツの男が分厚く膨らんだ封筒を置いて行ったが、幼い簓にはそれが何なのかは分からなかった。今ならば政治家からの見舞金だと分かる。祖父も母も、本当はそんなものを受け取りたく無かったに違い無いが、ただ黙って受け取っていた。


 その見舞金を少し使い、慌ただしく葬式を済ませてからの事だ。

 緊張の糸が切れたのか、母は珍しく早く床に入ってしまい、祖父と2人で居間に残った。別に気まずいと云うでも無いが、話す事も無いのでぼんやりとしていたのだが、不意に祖父が簓に話し掛けてきた。


「偉かったな、簓」

「なにが?」

「あの夜、箏一⋯⋯お父さんが来ただろう?」

「⋯⋯うん」


 祖父も父が亡くなっていた事を知っていたのだ。きっと、簓の所に来る前は祖父の所に行っていたのだろう。簓はそう思ったのだが、祖父は「違う」と言った。


「私の所に来たのは、私の父さんだったよ」


 つまり、簓の曽祖父と云う事だが、曽祖父は祖父にこの一言だけを言ったのだと云う。


「───耳の無い者は、愚かな考えにすぐ囚われていかん」


 当時の簓には意味の分からない事だったが、今なら何と無く理解が出来る。

 あの夜、父は簓を一緒に連れて行こうとしていたのだろう。寂しさ故か、虚しさ故かは分からない。ただ耳の良い簓なら、死者の声も聞こえていると分かった上で。

 我が父ながら、何とも淺ましい考えである。きっとあの嗄れ声は曽祖父に違いない。難しい話をごにゃごにゃと言っていたが、真っ先に簓へ忠告に来てくれていたのだ。「聞き流せ」と。

 そもそも謝るくらいなら、最初から呼ばなければ良いのに。簓はそう思ったが、それでも最後に簓に会いに来てくれた事は嬉しかった。


(耳じゃ無くて、目なら良いのに)


 そうすれば、簓は父の姿を見る事が出来ただろう。

説明回でした。


ね、怖くないでしょう?

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