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奪回のソラ  作者: 琹葉 流布
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閑話 ユミリアの夢 Ⅰ

 焼け落ちる瓦礫、崩れ落ちる草木。

 轟く悲鳴は人々の平常心をあっという間に奪い去り、恐怖という名の豪流で流し、溶かしこんでいった。

 結つけた赤い髪紐が、熱風と思われる風にたなびく。

 見慣れた酒場の看板や、朝ごはんを買いに来ていた行きつけのパン屋。 走り回っていた忙しい自分にとっても日常の一部となっていた、そんな景色が一様に失われた。

 ──どこかで見た光景だ。

 黒く揺蕩う意識の中、目の前に広がる光景を吟味する。

 ……今まで自分は何をしていたのだろうか。

 今までどこに居て、何故今はここに居るのだろうか。

 働かない頭は、どれだけ思考を巡らせようとしても首を縦には振ってくれなかった。

 ゆっくりと、歩き出す。


 **


 かつかつと、石畳を歩く音が聞こえる。

 聞こえるだけで、それが誰のものかは知覚出来ない。

 どこか虚ろで、霧のかかった頭では、誰か他人の記憶を見ているようにすら感じるのだ。

 相変わらず街は焼け崩れ、形を失い続けている。

 彼女は、自分が熱さを感じていないという事にも気づかずにいた。

 どれほど経ったかはわからない。 一瞬だったかもしれないし、かなりの間放浪していたのかもしれない。

 どうしようか。 と考えたその時に、


 (────て)

 「え?」


 何かが、響いた気がした。

 何かを、聞いた気がした。

 ──ゴウン、ゴウン。

 それが何なのかを考える前に。

 重く低く響く音が聞こえた。

 「……時計塔」

 ああ、自分はそれを見たことがあるはずだ。

 なのに、何故こうにも出てこないのだろう。

 一片たりとも浮かび上がってこないのだろう。

 本当にこの頭は、大事なものと想えるものすら忘れてしまっている。

 照らされた赤い石畳を再び歩き始める。

 この歴史は、既に潰えているとも知らずに。

 自分もここで燃え尽きてしまうのではないかとは考えず、ただただ歩く。

 自分自身が、もう潰えているとも知らずに。


 ***


 赤の中にそびえ建つ黒。

 それは長い間、この街の中心で歴史を刻み続けてきた。

 眺めれば眺めるほど、喪失感が湧き上がってくる──はずなのに、胸の内に広がるこの空虚感はなんだというのか。

 何かを失っているんだな、とは思うのに、その何かが分からない。 そして、

 それに対してなんとも思えない。

 ふと、目の前で何かが動き、目線に心が向く。

 そこに居たのは、黒い翼を生やしたヒトだった。

 顔立ちや体格を見るに、男性と言うよりは青年、そう見えるものが、入口のあたりに立っていた。 退屈そうに欠伸をして、目尻に浮かんだ涙を拭う。

 何故今まで気づかなかったのかな、と一瞬思うが、ついさっきまで上ばかり注視していた気がする。 仕方ないと割り切ろう。

 そしてもう一つ思ったのは、生存者がこんな所にまだ居たのか、ということ。

 なんせ周りがこの大火事。 広場ということもあり、多少ゆとりのあるこの場所ではあるが、 それでも熱気は流石に届いているんじゃないかな、とふわふわ揺れるリボンを視界の端に認めて思う。

 ただ、『ここから逃げて』とかの避難勧告や、『取り残されたの?』などといった素性確認を行おうとは思わなかった。 彼女が心に持っていたのは、一つだけ。

 かつかつと、変わらない足音で近寄ると、こちらを見て軽く会釈する。

 (……敵意はないみたい)

それだけを確認して。


 「あの、時計塔に入ってもいい?」


 目を丸くする。 反応は完全に、予想外の不意打ちを後方からくらった時のそれ。

 驚きを隠すつもりもないのか、はたまた隠す余裕が無いのか。 それは分からないが、少なくとも自分が何かやらかしたのだろうな、とは思いつけた。


 「──あー、ここ、誰かが入り込まないように見張ってろって言われてるんすよね」


 少し考える様子を見せて、そう言った。

 不良みたいだな、と言い方を聞いて思う。


 「お願い、大事な用事があるの」

 「……大事な用事っていわれてもねぇ、ここを通さないのが自分の役割なもので」


 自分でも分からないことを理由に頼んでみた。

 駄目だろうな、と思った。 ただその時は、最悪力押しで切り抜けようかなとまでも思った。 目の前の人には悪いけれど。

 でも、返って来たのは予想外の反応で。


 「まあ、と言っても生憎自分は不真面目として人生通してきたものでね、そろそろ退屈な見張りも飽きたし、ちょっと上の目を盗んできゅーけーしてこようと思ってたんですよねぇ。 あ、通っちゃダメですよ? 自分はいなくなりますが」


 そう、意地悪い笑みを浮かべて言った。

 ──不良だ。

 そう確信して、かつかつと持ち場を離れた黒翼の青年を見送った。

 黒翼が遠くへ消えたのを確認し、改めて向き直って上を見上げる。

 大迫力の摩天楼。 この街の歴史そのもの。 技術者や建築者達による技術の結晶。 四番地区の大名物。

 そして、自分たちにとっての──。

 突発的な頭痛に顔を少し歪ませ、中へ足を踏み入れる。

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