1-6 変化倏然たる親睦の日に
「おーいみんなー!ついたよ!」
「おはよーひなねぇ」
「もう昼だぞ、瑠璃」
また一人増える。黄色い薄手のパーカーに、明るい黒。
その姿や声音からも、快活な明るい少女、という印象を受ける。
幼馴染四人、の最後の一人だろう。
二人に"ねぇ"と付けられて呼ばれているあたり、恐らく純恋と同年代なのだろう。見た目で言えば、逆に"かおる"と"るり"も同年代に見えるし。
……仲のよさそうな、四人組。
「お、元気になったんだ!よかった!」
「……助けてくれたひな、だよな。ありがとう、お陰で命拾いしたよ」
「どういたしました!」
快活に笑うその姿は、むしろ他の三人よりも若く見える、と言えるほど無垢なものだった。
「……一応純恋から話は伝わってる見たいだけど、改めて自己紹介させてほしい。
俺は響、といっても、これは純恋からもらった仮名で、実名はわからない。元居た世界に帰りたいが、その世界に戻る手がかりが、助けてもらったこの場所のみという絶望的な放浪者。よろしく」
「要するに、身元不明の不審者」
「おい、瑠璃のその評価はどうにかならないのか」
「無理。薫もそう、思うでしょ」
「…………」
否定も賛同も続かず、目をそらしている。
──もう受け流しておこう。認めなければ事実ではない。
「新宮瑠璃。中学三年生。よろしく」
「……うん?」
思わず声を漏らす。まさかそれで終わりか。
名前と学歴だけで終わった。
その上、自分はその学歴がどこなのかがわからない。
なんだ中学って。小学、中学、大学なのだろうか。
「……本が好き。運動が苦手」
こちらの困惑を察してか、無表情で付け足す。
ささやかだが、まあ自己紹介として成立はしているか。
「そっか、よろしく瑠璃」
「ん」
ほぼ動かない表情、物静かな感じ、不思議な言い回し。
非日常への警戒や恐怖などではなく、純粋にこういう子なのだろう。
「俺は桜木薫、瑠璃と同じ中学三年生で、受験は推薦予定だからいいかなって諦めてる。陸上部の部長やってて、考えるより動く派。よろしく」
「おう、よろしく薫」
髪色が明るいのは活動的だからか。印象も確かに活発に見える。
受験……は、何か検定的なものがあるのだろうか。
だが推薦は"受賞"とかになりそうだし、この世界が平和なら、年代問わず受けられる武力認定ではないだろう。
……ということは学問か?でも本人が考えるのは苦手と言うし。
──やめよう。この世界のことは考えるだけ無駄だ。
魔素もなければ文化も全く違う。
戦争兵器などの面で、魔素が不要な機械技術が発展することはある。
今まで見てきた世界の中でも、極めて異質だ。
ならば、全て『そうなのか』と首を縦に振るしかない。
「じゃあ次私かな! 私は青夏日向、高校二年生でテニス部、純恋と仲良し!よろしく!」
高校。頭を捻る。
小中大ではない?どういう序列なのか。
考えるのはやめようと決めたばかりなのに、すぐに謎が理解を支配する。考えを巡らせるのは大切だが、思い悩むことは不利益にしかならない。
どうやらこれは、自分の欠点だなと、少し反省をしつつ諦める。
「よろしく、日向」
「じゃあ、挨拶もみんな済んだし、元の世界に変える方法、さっさと探して解散しよ」
「純恋は自己紹介しないのか?」
「え、私の挨拶、いるの」
「そりゃまあ、一応」
わからないことだらけだし、聞いてもとは思うが、一応聞いておきたいなとは思う。
「フルネームとか聞いてないし」
「あー、そだっけ」
少しだけ目を瞑り、んー、と唸った。
「紫野咲純恋。ひなと同じく高二。ふつーの学生だし、そんなふつーが大好き」
これでいい?と、こちらを見てくる。
うん、まあ、他の三人よりはよくわかった。色々。
「うん、ありがとうな」
「てか、なんでそんな聞くのさ。元の世界に帰りたいんでしょ」
あー、と。間延びした返事をしつつ、答えを舌の上で転がす。
「もしかしたらすぐには戻れないかもしれないし、戻れたとしても、助けてくれた人とか、その世界の人は覚えておきたいじゃんか」
「……そんなもん?帰っちゃえば二度と会わないかもしれないのに?」
「縁ってのは、いつまたつながるかわからないもんだよ」
「──へぇ、なんか、思ってるより不審者じゃなかったね」
「どーゆーいみだー」
若干すごんでみるが、あはは、と笑い流された。
つられたのか、他の三人も──瑠璃は微笑むだけだったが──笑う。
……自己紹介を聞いただけだが、なんだか友人になれたような。
平和な世界が生み出した、孤独な渡界者の幻想なのかもしれないけど、そう思えた。