1-4 変化倏然たる晴天の日に
ランドル大自然公園。
この町の南側にある純恋の自宅から、やや西によった位置に存在する、それなりの規模の公園だ。
都会化が進み、徐々に追いやられていった少年少女の遊び場が。
コンクリートの山々に囲まれた生活に疲れ切った、男女の癒しの場が。
余生を穏やかに過ごす、熟年の方々の交流の場が。
老若男女問わずに、自然という活力を求め、気づかぬうちに時々、もしくは頻繁に、足を運ぶ。そんなこの市の観光名所として、地元からまず最初に上がる、人気のスポットである。
並木は夏でも、涼しげな影を生み、そよそよと囁き、点在するハウスの中には様々な花が、季節に合わせた彩を纏う。それこそ、こんな時代では有数の、残された楽園である──などと、半ば笑いながら、近隣住民たちは敬意のもとに冗談を言う。
「ここから少し行ったところに遊具がおいてあるとこがあって、そこのドームにもたれてたのよ」
「ほー、なんでこんなとこに」
「んー、なんで私に聞くのかな」
今歩いてるのは、その楽園の中。褐色の石畳が敷かれた遊歩道を、二人で悠々と歩いている。
元の世界に帰りたいなどといっても、本人である自分が世界規模で迷子なのだ。行く宛も帰る術も知らない現状では、拾われた場所に戻ってみるほか手掛かりがないのだ。
渡された剣は、大きなタオルに包んでもらい、ぱっと見では何を持ってるかわからないようにはした、が。大きさが大きさなだけに、包んだところでシルエットは隠せなかった。入るような鞄もなく、布が邪魔で背負うことすらできないという手詰まり状態なので、おとなしく小脇に抱えている。
こんな時に幻覚系の魔法が使えればよかったのだが、そんなもの自分には扱えないし、扱うために必要な魔力も、今はほぼ底をついている。回復を待とうにも、魔素がないこの世界でどれだけ待っても、回復なんかするはずもない。
すみれ曰く、剣や銃を持っていると法律に触れるらしく、憲兵が来るとのことなので外見だけでもと取り繕ったが、これは意味あるのだろうか。花柄のタオルで包むには大きすぎるんじゃないか。
ばれないように祈るしかない。寝起き早々に逆賊として追われるなんて御免だ。
「ところでさ、名前決めない?」
「は?」
脈絡のない話題に、上擦った声が出る。
「いや、流石にそろそろしんどくて。今は二人っきりで歩いてるからまだ何とかなってるけどさー。呼び名がないのはちょっと不便だから、あだ名でも何でもいいから決めようよ」
「まあ、わからなくもないけど」
自分は記憶喪失だ──いや、全てがわからない訳ではない現状、記憶喪失と纏めるのがふさわしいのかはわからないが。どちらにせよ、この世界の『常識』とやらを持ち合わせてはいない上に、自分に関する情報がほぼない。
故に、すみれは今まで、自分のことを呼ぶことはなかった。
というか、呼ぶ固有名詞がないのだ。主語を省略するしかない。
「つっても、俺から出せる案はないよ。なんも思い浮かばないし」
「あ、それは大丈夫。私のセンスに任せなさいな」
「自信ある人に限って変な提案をするのは、全世界共通認識だと思っているんだけど、大丈夫か」
「任せて任せて」
一瞬悩む。
同じだけの間を開けて、影を落とす。
ごく一瞬の変化だった。けれど、その一瞬の変化を見逃すことはなかった。
どこか見慣れた昏い瞳に、思わず立ち止まる。
つられてか純恋も立ち止まり、振り返る。
「そうだ、『響』とかどう?」
「響き?」
「そう!音が部屋に響く、とかの響!」
「えっと、それは名前なのか……?事象の名称なんだろ?」
「ん、どういうこと?」
「……いいや、何でもない」
初めて聞く名づけの仕方だ。
基本的に名前は、物事を表すものよりも、性質や概念を表すような言葉が選ばれがちだ。種族や地方を形容した呼び名を一部改変し、次世代のリーダーにつけたり。その子が持つような特別な資質や、魔力の系統を言語化したもの。物質や事象そのものを名前として授けることは一般的ではないし、自分に『響く』に該当するような力はない。
とはいえ、当の本人も花の名前からの引用らしいし、まあここではそれが当たり前なのだろう。
深くは気に留めず、歩みを再開する。
「ちなみに理由とかはあるの?」
「────特にない、かなぁ。ほら、雰囲気とか、直感とか、インスピレーションとかだよ」
「意味被ってるからな。まあ別に異論もないし、気に入ったからそれで」
「ほんと?いよっし」
小さくガッツポーズ。
……理由は、聞かない方がよさそうかな。と、一瞬曇った目を見て決める。
やはり何かありそうだが、まあ、無理に追及する必要はない。
「あ、ここだよ。あの赤いやつ」
気が付くと案内人の足は止まり、示す先には不思議なオブジェクトが点在している。小さな子供の姿もちらほらと見え、それらを回したり、乗って勢いをつけたりと、各々全力ではしゃいでいた。
「今日は人少ないねー。やっぱ昨日の土砂降りのせいかな」
「……これで少ないのか」
かなりの敷地に遊具が設置されているわけだが、全ての遊具に子供が数人陣取り、ベンチには数人の父母と思わしき大人たちが、一か所に固まり談笑の真っ最中である。
溢れかえるというほどではないにしても、初見で「少ない」という感想を抱く程度の過疎ではないと思ったが。
まあ、普段から見ている人間がこういうのだ。恐らくそうなのだろうと、思考を放棄。不要な推察はゴミ箱へ捨てる。
広場から視線を外し、すみれを見ると、何やら小型の装置を取り出し、独り言の最中だった。
恐らく通信晶石のようなものだろう。自問自答ではなく、疑問と回答で言葉が構成されているところを見ても、まず相手がいるはず。そんな推測をしたところで、その相手のことを自分は知らないが。
しばらく時間がかかりそうだったので、件のドームを見てみる。
色はやや土汚れた赤、取っ手のような金属や内部と繋がる洞がついた半球体。風景に溶け込んだオブジェクトの一つ。
但し、唯一他の遊具とは違うところがあった。