2-6 交錯する常識と事象で
わちゃわちゃと、荷車を押す行商人や仕入れ業者が門の前で蠢く。
中の街をぐるりと囲む大きな城壁、四つあるそれの一つである北門に辿り着く。
抜けてきた森はスライムが居るだけで、他に敵対生物の類は見当たらなかった。 山賊がいた程度のただの平和な森である。
故に流通が良いのだろう、大量の馬車や荷車の荷物に危険物がないか、規定通りのものかを調べる為大規模な荷物審査が行われている。
「人、多いな」
「そりゃあこの世界では最大の国家ですからね」
「一般人は何処から入るんだ」
「行商人と同じ列ですね」
まじですか。
ぱんぱんに詰め込まれた大きな荷車だけで、軽く二十台は並んでるんですが。 ここに並べと。
「そんなに時間かからないですよ? 外門の審査はあくまであからさまな不審物だけの審査なので、細かいところまでは全然見てないですよこの人達」
「ザルな警備ね、国として大丈夫なの……?」
「そもそも憲兵隊とかが常時巡回してますし、この国で暴動を起こそうなんて頭のおかしい人はそうそういないですねー。 と言っても師匠が暴れたら流石に止められないですけど」
確かに訓練された常駐兵に喧嘩を売ろうだなんて輩は居ないだろうが…… 果たしてそれでいいのだろうか。
しかし、大分ぶっちゃけるようになってきたな。
ついさっきまでは敬語だったり『響さん』呼びだったのに、いつの間にか『師匠』に戻っているし。
まあ話しやすいからいいのだが。
気分が悪い訳でもないし、もともとこういう性格なのだろう、と。 そう思い気にしないことにして列へ向かう。
退屈な時間はあまり好きではない。
時間にゆとりがあるのはいいのだが、どうにも休みというのが苦手なのだ。
思考癖のある彼にとって暇な時間は絶好の悩みを増し加える機会で、間違いなく掘り下げては悩みを増やして次の仕事の足を引っ張る事しかなかった。
具体的に何を考えていたのかまでは思い出せないし、そもそも覚えていないだろう。 それでもまあ、自分の生き方として積み重ねられた感覚は残っている訳で、あからさまな退屈タイムが予想出来るこの現状に少々懸念が拭いきれない。
かと言って、
「なあなあ、丁度時間も出来たしさ。 さっきの説明してくれよ!」
この短時間に何度目のなあなあだろうか。
ひたすら避けてきたのだが、流石にこの現状では逃げ道がない。 というか、話さなければこれから延々と付きまとわれる気がしてならない。
「はあ、何が聞きたい?」
「とりあえずなんで斧で頭が吹き飛ばなかったかかな」
「んー」
どこまで話していいのか、というかどこまで言えば理解できるだろうか。
「防護壁……バリアって言うやつでな、魔」
「なるほどバリアか! どうやって貼ってるん──どうしたの?」
──あっさり過ぎませんか?
思わず固まってしまう。
不思議そうに見つめてくるのは何故だ。
やっぱりあれなのだろうか。 『魔法がない』『戦争は一昔前』って言うのは全て軽い法螺話だったのかもしれない。 知識がありすぎじゃあないかお前らは。
そう心の中で嘆息する。
諦めよう、うん、そうしよう。
まだ一日すら経っていないというのに、何度目の決意だろうか。 なんともお腹いっぱいな一日だ、これが酒場ならば最高だ。
「薫、バリアって言うのはどんなものだと思う?」
「えっと、なんかこう見えない壁を貼って攻撃を防ぐ、みたいな?」
手を前に広げて突き出す。 百点満点。
簡単に言うと、バリアとは自分に密着する形で生成される防護壁である。 神の加護と言ってもいい、その力は使えるものが限られており、一定の外傷から守ってくれる。
「じゃあ魔法ってどんなものだと思う?」
「んーと、なんかこう魔力を打ち出す? 炎を出したり凍らせたり──」
「うん、俺に聞く必要ないと思うぞ」
笑顔で返す。
え? と如何にも何を言ってるのか分からないと言わんばかりの惚け顔だが、事実自分が教える迄も無く知っているのだから仕方がない。
若干の差異はあるが、概ねそのままだ。
自分の魔力と精神力を媒体に様々な事象を引き起こす、それが魔法だ。
やっぱり俺は彼等の事を甘く見ていたのかもしれない、と。 響は心の中で目の前の少年に対する認識を改めることにした。
そもそも魔法が『事象の再現』と言われているのは簡単なことだ。 体内の魔素を使い、イメージを現実に作りあげる事。 それが魔法であるからだ。
一時期魔法学校は『魔法とは詠唱による事象の顕現である』という定説を教えていた。 決められた文法を覚え、口にし、魔力を込めることでその魔法は発動するのだ、と教卓越しに教えていた。
だが、実際は違う。
『魔法とは脳内のイメージと発動語の発言によって事象を現実で再現することである』というのが今現在の魔法協会による見解であり、定説である。 発動語というのは例えば『火球弾フレイム』等の事象の名称だ。自分で生み出した魔法でも、命名しなければもちろん発動しない。
などと。 長々と説明する訳にはいかない。 分からない者に対して、饒舌に御高説を垂れるのは大抵嫌われるものだ。 そのぐらいは理解している。
大まかな概念としては分かっているのだから、これ以上教える必要も無いのだ。
思わぬ返答に魂消ている間にも着々と列は進み、いつの間にか検問口まで進んでいた。
男性三人、女性二人ほどで荷物を見ているようだが、少ないのではないだろうか。 いつの間に来たのか後ろに増えている大量の行商人、慌ただしく走り回る彼ら、どちらを見ても彼らが仕事の分担人員に間に合っているとは思えないのだが。
「では次の……お、フィル様ではありませんか。 こちらは連れのお方で?」
「そう、私の仲間ですよ」
「……ほう、それはそれは。 どうぞ、今回は大荷物も無いようですしお通り下さい」
真昼間の直射日光の中で忙しく働いたせいか、額から吹き出る汗を拭きながら応対した男性検問員。 フィルのあからさまに意味深な発言を聞き、興味深そうにこちらを見ながら頷いて先を促す。
その潔白な仲間という語に一体なんの裏があるのか、少々問いただしたいんだが。
「ありがとうございます。 うん、じゃあもう少し歩くけど大丈夫かな?」
「まあ、私はそこまで疲れてはないし大丈夫よ。 ……瑠璃は大丈夫?」
「うん、平気」
「じゃあみんな大丈夫ね」
「了解。 じゃあこっち!」
そう言って、手を大きく上げ、門の先へと招いた。