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奪回のソラ  作者: 琹葉 流布
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2-5 交錯する凄惨な撃退に

 ややあって木の裏から、赤い総髪の少女が戻ってくる。

 泣き止んではいるようだが、目元は赤く少し腫れている。 流石に何か取り繕った方がいいだろうか。


 「……あの、ほんとごめん。 覚えてないのは俺も悪いと思ってる。 けど自分でも──」

 「いいんです。 記憶が無くなったなら、また思い出を作ればいいんですから」

 「やっぱり、そういう、仲だった?」


 分かりません。

 相当深く傷つけたと思うのだが、本当に前の関係はどんな感じだったのだろうか。

 まあ、それよりも今の状況に目を向けなくては。


 「とりあえず、名前は聞いといていいか。 俺は分からないから、君の名前、わかる人がいないんだ」

 「あ…… うん、そうだね…… ラフィルー・コルヴァリス。 これが私の名前です」

 「そうか、ラフィルー。 俺は」

 「フィルで良いですよ。 みんな、そう呼んでますから」

 「……そうか、フィル。 俺は響、もう一人の男子が薫で、女子は右から順に、日向、すみれ、瑠璃。 よろしくな」

 「響、さん、ですか。…… 皆さんよろしくお願いしますね」


 それぞれが挨拶を返す。

 合間合間にする年頃のひそひそ話は聞こえないことにしておこう。

 挨拶が済んだところで、本題と言わんばかりにフィルが発言する。


 「えっと、ここから南に少し行くと、『キアハ』っていう国があるんですよ。 そこで、し……響さんに会いたいって言う方がいまして」

 「俺に?」


 首を傾げる。

 という事は、フィルのような旧友だったりするのだろうか。

 でも、自分の頭の記憶にある世界とは違う世界なのだが、ここにわざわざ探しに来てくれる旧友がいるのだろうか。 いや、欠落した記憶を完全に頼るのもおかしいか。 俺が違うと思っているだけで、実はここが俺の世界なのかもしれない。 目覚めてから色々ブレまくっているような気がするが、目を瞑っておこう。

 そう結論づけて思案をやめる。


 「俺は宛もないしいいんだが。 皆は、それでいいか?」

 「響が行くところ分からない時点で、異世界とか初めての私達にも分からないの、忘れないでね」


 確かにその通りだ。 聞く必要が無かったらしい。


 「じゃあ、キアハまで行くよ」

 「はい! じゃあついてきてください」


 そう言って歩き出したのは、先程まで響達が進んでいた方角。

 やっぱりそっちなのか、と思う。

 今までこっちに進んでいたのは何も、行く宛がなくてやたらめったら闇雲に突き進んできた訳では無い。

 ただ、自分でもよく分かっていない。

 『何か、誰か、こっちにいる気がする』程度の曖昧な感覚が、この世界に来てから付きまとっていた。

 それを世間では闇雲というのかもしれない。

 でも、それは自分の中では、確かな道標になっていたのだ。


 「し──響さーん! 早く来てくださいー!」

 「……ああ、悪い。 今行く!」


 我に返り追いかける。

 まだ思案癖、治ってないな。


 「キアハ王国は1番大きな国で、中央に位置する交流の多い国家なんですよ。 様々な国の特産品とかも──」

 「へぇー、じゃあ是非一度見てみたいですね。 服とかってどんなものが──」


 少し川沿いに歩いた所で、若干整備されていると思われる道に出た。 本当に小さな木製の架け橋を渡り、林道を歩く。

 少しずつ森が深くなっていき、道が若干狭くなってくる。

 先頭を女子達が、後ろを響と薫で歩いている。

 女子達はちゃんと行き先の話をしてるのだが、こちらはというと──


 「なあ、あれどうやったんだ!? 小さな石ころであんなに穴あくとは思わなかったんだけど! てか倒れた木も崩れていくしさ、どういう事なんだ?!」


 興味津々である。

 うん、憧れはわからないことも無いぞ。

 でもあんまりキラキラした目で見られても困る。

 教えるつもりも、使えるとも思っていないのだが、あからさまなこの期待にどう答えればいいものか。

 微妙な表情が崩せない。

 …………敵意。


 「そうですね、現地の香水とかも取り寄せてるので……む、これは」

 「ん、どうか、した?」


 前方でも気づいたらしい。 素晴らしいタイミングだ、この視線を振り払う口実が出来た。 凄く酷い発想な気がするが、知らぬふりだ。 この手の感情は苦手なのだ。


 「囲まれてるな、数は少ないが」

 「え、囲まれてるってどういう事?」

 「八人ほどでしょうかね、林の中に隠れていますが……いやこれ隠れてるんですかね?」

 「敵意はだだ漏れだし、なんならあそこの木の上にいる奴なんか矢筒見えてるしな、まだ子供の隠れ遊びの方がマシかもってレベルだな」

 「ほんとだ……! 少し見えてる!」

 「賊の類はやっぱりいるんだなぁ…… 響! もしかしてやっちゃ──」


 ガンッ!! と、遮るように鈍い金属音が響く。

 一斉に響の方を向く一同は、両手を後ろに組んで眺めているフィルを除いて、目を見開く。

 そこそこ大きな手斧を首に突き立てられたまま、微動だにせず立っている彼は欠片も痛みを感じている様子もなく、飛びかかってきたままの体制で空中に浮いていた大柄の男の賊へ、目だけで振り返る。


 「人に喧嘩を売る時は、相手を見極めて名乗りを上げてからってのが礼儀だろうが」

 「ヒィッ……!? ば、ばけもんだ!!」


 ただでさえ刃が通らず震えていた男が、恐怖で顔を更に青ざめさせる。 逃げようと斧から手を離そうとするが、間に合わない。

 拳を腹部に突き出す。その軽い一発で吹き飛び、木々をへし折り、ちぎり、なぎ倒しながら轟音とともに見えなくなった。

 土煙が派手に舞い、凄惨な現場を覆い隠した。

 一瞬の出来事に全員が固まった。

 ──当の本人も。


 「師匠手加減しないとダメだって。 あれじゃ原型とどめてないよ」

 「いや、結構力抜いてたんだけどな……」

 「ひっ、ひぃ!!」


 影に隠れていた賊が次々へっぴり腰で逃げていく。

 殴った右手を下にプラプラ揺らしながら、見送る。


 「拳に魔力乗ってたよ、すぐそうやって無意識に本気になるの良くないと思うんだよね?」

 「反省してます次から気をつけます」


 不思議と自然に認めてしまう。

 無益な殺傷、というか、無害なものの殺傷はしたくないのだし、フィルの言っていることもご最もだ。 正論すぎる。

 なんというか、懐かしいな。


 軽く山賊をあしらった後、特に襲われることも無く、再びのんびりとキアハ王国への道を歩いていた。 のだが、


 「なあなあ! なんで斧で切られなかったんだ? てかどうやったらパンチ一発であんなに吹っ飛んでくんだよ!」

 「私も気になる! てか、響くんかっこよかったねぇー」

 「やっぱり異世界人なのね、改めて思い知った感じ」

 「凄い」


 寄って集られている。

 やめてくれ、そんな目で見るな。 精神的に辛い。

 説明の仕方が思いつかない。 本当に軽く殴っただけなのだ、自分でもあんなに勢いよく弾け飛ぶだなんて思ってもみなかったというのに。


 「えーとな…… なんというか」

 「とりあえず、話は歩きながら。 師匠、ちょっとこっち来て」

 「……おう」


 街道を進んでいく。


 「師匠さ、自分が何かも忘れたの?」

 「何かって、どういう事」


 はぁぁ、とあからさまな嘆息をされる。


 「師匠が勇者だってことよ」

 「……勇者」


 ガキン、と。 何かが砕ける音がした。

 勇者。 自分の中にピースがはまる、と言うよりもふっと浮かんできたような。 勇者という突然出てきたその単語、それを気持ちが悪い程に、あまりにも自然と認める事が出来たことに、自分自身が驚く。


 「……師匠?」

 「あー。 そっか、俺勇者だったのか」


 訝しげに覗き込んでくるその頭に軽く手を乗せる。

 目をつぶって容認してくれる。 どこか懐かしいその表情、手のひらの感覚。


 「思い出した?」

 「少しだけな。 そう言えばそんなことしてたっけなぁってくらいのほんの少し」

 「むー、なかなか思い出すまで大変そうだねこれ。 まあ少しだけでも良かったよ、完全に忘れてるわけじゃないって分かっただけ大収穫ね」

 「なんだろうな、凄く不思議な感覚なんだが…… まあ思い出した、なのかな」

 「んーまあ良いんじゃない? 細かいところはこれから覚えていけばいいの、時間は沢山あるんだから」


 そう言って手を広げて背伸びをする。

 沢山、か。

 何かやらなければ行けない事があったのだ。 それを求めて帰ろうと思ったのだ。

 それは勇者として? それとも自分個人として?

 まだ、分からない。

 チリリと痛むこめかみを抑えながら、再び歩き出す。


 「なあなあ、勇者ってなんだよ!世界を救う的なやつ!!?」

 「ふぁんたじーだ!かっこいいやつ!!」


 興奮する声に、こめかみにより一層力を込めた。

引越し作業で執筆時間取れず、申し訳ありませんが更新6/19(月)になります。

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