2-4 交錯する無情な再開に
「よっと、どうした──ん?」
ぽよぽよー。ぽよぽよー。ぷるるん。
透き通る青いゼリーのようなものが、誘うかのように揺蕩う。
「スライムか」
「なんだこいつら、ぷるぷるしやがって…… わっ、こっちくるな!」
「おおー! 冷たくてふるふるー」
「なんか、敵意はないっぽいのかな……?」
「かわいい、かも」
「……」
なんというか、気が抜ける。
お前らの世界には敵対生物なんて居なかったんじゃないのか!? あるのは面倒な政治戦争と、面倒な内戦だけじゃ無かったのか?! 人間同士の醜い争いだけでは!!?
一般人とは? 平凡な学生とは?
「なあ、お前ら──」
「蹴ってもめり込むんだが!?」
「やわらかーい! ぷよぷよー!」
「う、うん。 悪くない、のかな」
「ひんやり、かわいい」
「…………」
流石、異世界だの魔法だのって、色々簡単に受け入れてしまう彼女達だ。
なんというか、こういう人達なのだな。もう色々諦めた。
少し、休息にしよう。
***
「……ほんとにいた」
木の影からこっそりと覗き見る。
河原で、水色で遊ぶ四人。そして──
「──あっ、団長。 いたよ……うん、キアハ王国の北の森……うん、うん、分かった。 連れてく」
通信機に込めていた魔力を切る。
この世界の通信機、魔力の変換効率は悪いし、有効距離は区域一つ分くらいしかないし、接続できるのは事前に登録しておいた魔力だけ。
それでも、遠距離での会話が出来るだけ、便利というもの。
「にしても、案外早く見つかってよかった──師匠」
なんて声をかけようか。
ひさしぶり! 元気にしてた?
……いや違うかな。
みんな元気だよ! ありがとね!
……いや、これも違うな。
んんんー、難しい。
まあ、なんとかなるかな。
色々な思いが混ざり、交錯し、逡巡を生み出す。
それでも、足は踏み出さなきゃいけない。
──今、私どんな顔してるのかな。
**********
「しかし現在魚人族の隠れ家は不明。 発見海域が広すぎる故捜索の為に、魔法で体や船をコーティングするような仕組みを開発中です。 よって、油田からの供給のうち、十四パーセント程を追加で補給予定です。続きまして──」
ゴウン、ゴウンと。 時計塔が時の流れを知って低く重たく泣き喚く。
「……何? 気配が、消えた?」
「どうかされましたので?」
理解出来ない、ややこしく退屈な報告を聞き流していると、ふと違和感に気づく。
先程までは居場所が分かっていたのだが、今では全く探知できない。
「む、“扉”へ派遣した人形の位置が分からなくなってな。 繋がり自体もかなり細くなってる」
「であれば、今後奴らにあの“扉”を潜らせるのはやめておいた方がいいやもしれませぬなぁ」
「……そうだな、こちらの制圧に回そう。 しかし、眷属達には異常ないんだな?」
「ええ、今の所は。 派遣した属兵魔物達にも変化はございませんな」
渡界させること自体には弊害がなかったはずなのだが。
まあ、駒の温存は大事だ。自軍の兵力を無闇に削るような真似はするべきではない。
「では報告に戻りますじゃ。続きまして、死霊族についてですが、こちらも未だに動向は不明、消えてしまうせいか、発見に手間取っておりますので──」
「……必ず、探し出さなきゃならない。 奴らは我々の、残された唯一の脅威だ」
*****
「ぽよぽよー」
「……なあ、そろそろ行かないか」
「ええー! もうちょっとだけー」
「日が暮れたらどうするんだ……」
「仕方ない、日向ねぇ。 いこう」
「むー、しょうがないなぁ」
薫と瑠璃の声掛けもあり、日向は渋々と言った感じだが、抱きしめていたぽよぽよを離す。
年齢が逆な気がする。
さてと、淡々と進んできた訳だが、あとどのくらいだろうか。 ぼんやりと『こっちにこい』というような方角は分かるが、距離感がいまいち掴めていない。
パキ、と。
小枝が折れる音が背後からした。
……敵意が向けられている訳では無い。 それなら魔物の可能性はないと見ていいか。
足元の小さめの石を拾い、魔力を乗せる。
「『能力付与』」
小さく発動語を呟き、振り返って手首を軽くスナップさせる。
ヒュンッと空を切って飛んで行った小石は、一直線に木の幹へぶつかり、半ばまでを抉るようにして風穴を開けた。
狙ったのは音がした一つ隣の木。なので、そこにいた人に怪我はさせていないはず。
……支えを失った木が、バキバキと音を立てて倒れる。
「あっ、やば──」
「『能力付与』!!」
倒れていた最中の木が、ボロボロになって塵に還る。
風化した元木は、原型を留めることなく消えていった。
「ちょっ、ちょっとどういう事!?」
「おい響、今のって……」
唖然と驚愕が、引きつったその顔に現れる。
というか、こっちが聞きたい。
『付与能力』、これは対象物に、自分の魔力や魔法を乗せて、威力を上げたり追加効果を付属させる魔法。
しかし、ただの魔法ではない。 『神力魔法』と言われる魔法だ。
具体的には自分でも分からないものだが、自分だけのオリジナル魔法、とでも言えばわかりやすいだろうか?
要するに、俺にしか使えない筈の魔法。 なのだが……。
「あ、危ないじゃん師匠!」
「「「師匠?」」」
「誰の、こと?」
「いや、分からな──」
「あ、あ──久しぶりししょぉぉ!! 会えてよかったぁ!!」
突然の衝撃を正面から受けて倒れる。
緋色の総髪、透き通った黄緑色の目。
殆ど抱き締められる形の体当たりは、異常に固く解けない。
「ちょ、痛いってか離れてってか痛い痛い痛い」
「もう会えないかと思ったんですよ……! 元気そうで良かった……」
「なんで泣いてるのってか離れてってか痛たたた」
「……あれってどういう関係?」
「んー、彼女さんとかかな!」
「どうなんだろうなぁ、でも師匠っつってんだろ?」
「素性を、聞くべき、だと、思う」
***
経って十分程だろうか。
泣いてくっ付いてくる彼女を引き離すのに手間取りすぎた。 身体が痛い。 すごく、いたい。
「あー、とりあえず泣き止んだか?」
「……うん、大丈夫」
ぐすぐすと鼻をすする音は聞こえるが、まあ先程に比べれば大分落ち着いている。 問題ないだろう。
「ごめんね、師匠。 久しぶり過ぎてまた爆発しちゃって」
「あいや、それはいいんだけど……師匠って、俺の事か?」
「え」
「え?」
緋色の少女が固まる。
「私の事、分からないんですか?」
「……悪い」
再び固まる。
なんというか、凄く申し訳ないし、居心地が悪い。
最初の体当たりといい、師匠呼びといい、恐らく感動の再会なのだろう。
でも、俺にその記憶はない。
記憶の欠落がこういう被害をもたらすとは思わなかった。
他人に対する認識の欠落は、初めてだ。
過去を探っても、今まで気になるような記憶の欠落はなかったのに。
……いや、関連する記憶が丸ごと抜け落ちていただけ、なのだろうか。
自分の世界に戻るまでは、自分自身が苦労するだけかと思っていたのに、人を傷つけるとは。
本質的には自分のせいでは無いのに、ここまで辛いとは思わなかった。
「ちょっと、待っててください」
彼女の顔からはなんなのか分からない涙は枯れ、感情が抜けているように見えた。
彼女がゆっくりと、立ち上がる。
先程へし折ったり風化させたりした木々の方へ歩き出す。
──どうしたらいいのだろう。
***
『師匠って、俺の事か?』
嘘だ。 信じたくない。
現実から目を背けたい。
でも、なんで……
とりあえず団長に報告を、
──あれっ、止まらない。
一度泣き止んだはずだったのに、また堰を切って溢れ出す。 拭いても拭いても、止まらない。
「……あ、団長? うん、話したよ、うん。 連れていく。 え、いや、なんでもないよ」
涙声は聞かせられない。 過保護な団長の事だし、心配はかけたくない。
「ちゃんと連れてくから。 まってて」
魔力を切る。
──多分私今、酷い顔だろうなぁ。
次回更新は6/14(水)になります。