2-2 交錯する異世界の邂逅に
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「ぐはっ」
叩きつけられる。
漂っている最中に気を失っていたらしい。
“扉”の位置が少し高かったようで、大木の幹、地上二メートルほどの所に開いていた。
蒼い若葉、深い緑、連なる木々。
見渡す限りは森の中。
うん。見た事ない所だ。
ぱんぱん、と服に付いた土汚れを払い、深呼吸する。
身体に枯渇していた魔素が満ちる。
そのお陰か、割れそうな頭痛も幾分かましになり、徐々に周りの風景へと関心を向けるだけの余裕ができる。
近くにあった木に触れる。
中央地区からやや南東の地区に生えていた木に似ている。が、別の木だ。
あの木は成長すると、根の近くに必ず小さな亀裂が出来る。 何故かは知らない。 俺は植物学者では無いから、知ろうと思ったことも無い。
それほど分かりやすい一致点がなく、それだけ分かりやすく別物。
それに、この森にある木は、ほぼ全て同じ形なのだ。
少し、不気味だ。
そう考えながら、辺りを見回す。
──さてどうしたものか。
自分の世界は、人間族の区域に関して言えば、熟知していると言っても過言ではない。
一部の人間しか立ち入れない、王宮のある一番地区。
周りを囲む王都の三番地区。
金色に彩られる麦畑の十六、十七番地区。
国境地帯で、兵士達と訓練をした二十四番地区。
細かい部分までは思い出せなくても、それらは記憶の欠片として、幾らか顔を覗かせてくれる。
それでも、このような風景は知らない。
……などと、少しでも情報を得ようとしていたところだった。
「痛っ!!」
「……おー」
背後になんか降ってきた。
……は。は。
「なんでいるんだ!?」
振り返る。
土煙が盛大に立つ。徐々に晴れたところには明るい黒。
「やー、ちゃんと帰れたかは分かんないじゃん?」
ぱんぱん、と服に付いた土汚れを払う。
こちらがよく分からない。
「はあ、とりあえず俺は無事に着きました。 ので、帰ってもらって大丈夫ですよ」
「……本当に?」
「本当に」
「そっか! じゃあ良かった!」
訝しげだった顔が微笑む。
明るいな、と思う。
心の底からの、笑顔。そう見える。
……本当に。
「ふぎゅっ」
「……おー」
土煙が盛大に上がる。お二人目いらっしゃい。
「いたた…… あ、ひな!」
「すみれも来たんだー!」
「来たんだー! じゃなくて!!」
「いだっ……ぐべふっ 」
……もう二人、いらっしゃい。
最初に墜落した薫が、瑠璃の下敷きになって潰れたカエルのようになる。てか、ついさっき落ちてきたばかりの、二人目のお客さんは何処に行った。
「ひなっ! 大丈夫? 怪我してない!? 私の事わかる?!」
「うん、だいじょうぶだいじょうぶぶぶ」
激しく肩を揺する。
うん。問題なさそうだ、が。意外な一面だな。
割とクール系かと思っていたのだが。
内心の驚きはなるべく出さないように、最後尾の二人を見る。
「大丈夫? 薫」
「おう、平気だ。 が、できれば、早めに、降りてくれ」
「あ、ごめん」
こっちも大丈夫そうだな。
……しかし、どうしたものか。
「なあ、俺は確か『元の世界に帰るのを手伝ってくれる』って聞いたんだけど。 何故こっちまで渡ってきたんだ」
「んー心配だからですよ?」
肩を揺すられていた日向がこちらを見る。
「そうか、ありがとう。でも心配は無い。 さっきも言ったが、無事にこうして世界についたし、もう帰っても──」
「でもここ、響くんの故郷じゃないよね?」
「……」
全てを透かすような、深い目。
表情は柔らかい。なのに、心の芯に突き刺さるその視線の前では、何も、隠せない。
「どうして、そう思う」
「どうして、だろうね」
「……ああそうだ。 ここは、俺の居た世界じゃない」
覇気に屈して、口を開く。
周りが驚きで息を詰まらせる。
さっきは納得したのでは無かったのか。
精一杯の抵抗も無意味なものだ。本能的に畏怖する、そんな瞳。
「それは、どういう事」
「この扉は初代の試作機。 動作は不安定で、何処に出るかも分からない。移動するタイミングによっては、虚空へ放り出されてさようならーなんてこともざらにあった」
「それで、響が来る前の世界とは違うところに来ちゃった、って事か」
「ああ。この世界も、魔素が少ない。最低値だとしても、これじゃ本調子に戻るまで、まだかかりそうだからな」
「じゃあ、この世界じゃない、別の世界に行かなきゃ、いけない。 そういう、こと?」
「……ああ」
本当に皆、理解の早い事だ。自分だって、まだ状況を掴めきれていないのに。
隠して、行くつもりだった。
そもそもあの世界の扉を見つけられた。 それだけで満足だった。ありがたかった。
あの公園で命を救ってもらって、『助ける』って言ってもらって。自分一人じゃできない事だった。
でも、巻き込むべきではないのだ。
「……ひなも無事だし、みんなこっちに来ちゃって、君はまだ帰れてない。 じゃあ約束はまだ続いてる」
「そうだね!」
「おう」
「……うん」
──お人好しだな、などと。
ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。