2-1 交錯する運命の岐路に
孤独というのは、どうしようもなくまとわりつく闇だ。
徐々に心を湿らせ、光の届かない深い海底へと、揺蕩い落ちていくような。
段々と手を伸ばし、手の届かない深い谷底へと、揺らぎ落ちていくような。
そんな、何もかもが目に入らなくなってしまうほどの、隔絶。
自分から全てを諦めて、投げ出し壊してしまうほどの、虚無。
いつの間にか蔓延り、それらが当たり前のように寄り添ってくる。
一人が気楽な人もいる。独りになりたい時もある。
だけど、独りになる度に、無力でなんにも変えられない自分に、救いようがないほどの絶望が沈殿していく。
全てを失った自分への虚しさ。
全てを奪った事象への怒り。
全てが無くなったあの日への、羨望。
全てが自分を捕らえる過去の憧憬で。
同時に二度と癒えることのない心傷の情景だ。
だから、もう何も失いたくなかったのだ。
たった一つの"大切"も守れず、護るべき人々も置き去りにして。
そんな自分にいったい何の意味があったのだろうか。
自分じゃなければ、もっと零さずに拾いきれたのではないだろうか。
そういう不安ばかり混ぜ合わせた人生だった。
────いつか、心から笑える日が来るのだろうか。
先の見えない闇の中。
たった一人生き残った少年は、過ぎ行く日々に、別れを告げた。
……自分は何者なのか。何をするべきなのか。
時間がたてばたつほど、見失ってしまう気がして。
この激しい衝動が、いつか凪の平穏になってしまう気がして。
それがただの身勝手だとは分かっていても。
先へ、先へ。
**********
「ちょっ、待って!!」
静止の声も虚しく、響きの身体は沈むように渦に溶けて消えた。
伸ばした手は虚空を掴み、ゆっくり墜落する。
目前に残されたのは、"扉"と呼ばれた、この渦のみ。
「行っちゃったね~」
抑揚のない声で、ひなが言う。
『──素性がどうであれ、君の事を疑うつもりも、今更投げ捨てるつもりもないよ。ひなが、君の事を助けるって言ったんだから、私はそれに付き合う』
そう格好つけていった割に、案外あっけない別れだった。
まあ、元々自分は平穏に過ごしたかったのだし、元に戻ることは悪いことではないはずだ。
別々の世界の人間、本来干渉しえない、ありえない出会い。
だったら、響が選んだ一方的な別れ方は、きっと──
「あっ、ひなねぇ!?」
不意に耳に入った薫の声で、思案に暮れていた脳に視界が戻る。
が、目の前にあるのは変わらない、渦。
一瞬だけ、理解ができなかった。
すぐに、異変に気が付いた。
隣にいたはずのひなが、いない。
「ひなっ!?」
気づいただけで、思考が止まる。
異世界だの魔力だの、訳の分からない、非現実の塊。
帰ってこれる各省もないし、そもそもどこにつながっているのかすらわからない。
……それなら、私は。
「ちょ、すみれねぇまで!?」
背後から聞こえる声には、聞こえないふりをして。
彼女のことを考えながら、自分の子とは考えもせず。
渦に、沈んでいく。
***
「瑠璃」
「わかってる」
短い確認。俺達にはそれで十分だ。
「行こう」
「……ん」
ゆっくりと渦に近寄り、身体を沈ませる。
少年少女を吞み込んだ魔力の渦は、満足気にその姿を隠した。
**********
ふわふわ、ゆらゆら。
身を包む浮遊感は心地いいようで、不快だ。
身体にかかる圧、冷たい蟠りの道。
まるで深海の中を墜ちているような、そんな感覚。
何度通ってもなれないものだな、と思う。
一度収まっていた頭痛が再発し、意識を狩り取ろうとする。ここで気を失ったら、また何も無くなってしまうのだろうか。すべて、泡になって消えてしまうのだろうか。
……やめだ。目をつぶって、身を任せる。
**********
あれから一月。
窓越しに上を見上げ、静かな夜の煌めきを眺める。
何度目かは分からない。毎夜毎夜、こうして思い出す。
なかなかどうしてこうも、運命ってやつは面倒なのだろうか。
俺達は探し回った。でもあの扉はもう閉じていて、見つからなかった。生体反応も、別の世界にいると掴めない。
「眠れないの?」
「……いや、ちょっと黄昏てただけだ」
「似合わないわね」
音もなく開いた扉から入ってきて、一杯のコーヒーをくれる。
「ああ、自分でもそう思うよ」
「彼なら大丈夫、きっと元気に訪ねてくるわよ」
「……そうだな」
自嘲混じりの心配が、仲間に心配をかけてしまった。
ああ、あいつならきっと帰ってくるだろうな。
じゃあ俺に出来ることは、あいつの居場所を用意して待つことだ。
あれから一月。
長いようであっという間だった、目まぐるしい日々。
俺達は、取り戻すんだ。あいつらも、あそこも。
根拠の無い自信は、捉え方次第で意義を変える。
それは未来への希望になる。それは生きる力となる。
それは過去を塞ぐ事になる。それは現実を背ける。
根拠の無い自信が、結果になった時。
それは無常の喜びとなり。
それは、全てを取り去る絶望へともなる。