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奪回のソラ  作者: 琹葉 流布
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0 逃亡の夜

──そうして神から呪われた僕らは、薄氷の世界を渡り、取り返すのだ。

挿絵(By みてみん)



 小さな太陽が、純白のシーツを蜜柑色に淡く照らす。

 窓の外は深い闇。しとしとと降り注ぐ空の涙は、冷たいコンクリートを静かに濡らす。

 空模様を見てなのか、そのシーツもじわじわと影を広げていく。

 「あら、どうしたの?」


 「眠れないの?」


 「じゃあ、お(はなし)。してあげよっか」

 彼女は紡ぐ。幼い子をやさしく、撫でるように。

 それは、ほんの少しだけ昔の話。

 あるかもしれないし、ないかもしれない。

 信憑性などない、そんな、ただのお伽噺。



 *****



 朱色に染まる夕暮れ時。

 身命を()してでも護らなければならない世界が、燃えている。

 人間族の存続のために戦う──それ以外に存在意義などない勇者四人は今、世界を捨て置いて渡界(とかい)しようとしている。


 「どうして、こうなったんだろうな」

 「さあね。 俺たちは結局兵力のひとつに過ぎない。機密に首突っ込める権利なんてないから」


 二人きりの空間。(うつむ)き嘆くように呟いた友人と、(ゲート)に背を向ける形で、つとめて軽く答える。

 不安を煽るような現実の再確認なんて、重ねるだけ無駄だと判断した故だ。


 「さあ、そろそろ行こうぜ。早いとこ渡っちまわないと、いつこの失敗作が粗大ゴミに変わるか分からないし」

 「……そう、だな」

 「しっかりしてくれよ団長。お前がそんなんだと、俺達も前見れないっての」

 励ますように笑いながら声をかける。反応は薄い。

 「これは敗北じゃない。勝利のための、撤退なんだ。いつか回ってくる勝機を掴むための」

 「……わかってる」

 「んじゃあ、とっとと入ろう。 応急処置ももう持たねーぞ」


 返事はない。

 もう声を返す仲間はいない。全員が渡界した今、聞こえてくるのも、ビニールを裂くような耳障りな駆動音だけ。

 どこからともなく、不安と現実が沸き起こる。

 孤独というものは、あるだけで喪失感を患う。気遣う相手がいなくなれば、のびのびとそいつが心に巣食うわけで……などと。そう考えている事こそ、気弱になっている証拠だ。

 

 廃墟に近い旧研究所。

 ここが全ての転換点になると、一人の勇者は、無垢に信じることにした。

 

 

*****

 

 

 この世界は常に争いの中にあった。

 広大な地に多く殖えた人族と、六つの種族──巨人、龍、翼人、死霊、吸血鬼、そして魔人からなる、魔族と呼ばれた同盟。

 二つの勢力に別れた生命達は、各々の為に動き、その身を削っていった。

 もっとも、争いに積極的では無い種もいる。が、現在友好的な国交を持つ種はひとつもない。

 あるのは敵対か、無干渉か。

 そしてそれぞれの種族から、『勇者』と『魔王』。そう呼称され、種族を背負った強者達が、自分達の種族の益を求めて、幾百年にも及んで遣われていた。

 しばらくの間、その戦争に大きな動きはなかった。

 何せ、世界というものは均衡を保つようにできている。多少の損害こそ与えられようとも、互いに決定打を打つことが出来ずにいた。



 今を生きる者達にとって、戦争とは普遍(ふへん)のもの。変わらぬ長い歴史は学問になり、次第に日常の陰へと隠れ、その肌で恐怖を感じる者は殆ど居なくなった。

 そんな中、とある知らせが人々に轟き、一石を投じた。

 こぞって伝聞誌が取り上げ、人々は「ありえない」と口を開け、戸惑いを隠すことも無く路上で紙に穴が空くまで見つめていた。

 それは、魔族との終戦。歴史学者が揃って椅子から転げ落ちるほど、脈絡のないその知らせは、全土から様々な声を届けた。

 

 曰く、魔族の罠だとか、根拠の無い虚報だとか、学術上信じられないだとか、神の思し召しだとか。

 それこそ根拠も何も無い情報が雑多に行き交い、人間という種族は混乱を極めていた。

 

 そして、今。

 あの日からさほど月日をかけずに、ひとつの種族が滅びに瀕している。

 結果はご名答。全ては魔族の陰謀だったのだ、と。数少ない生者の胸の内はひとつの結論で固まっているだろう。

 それもそのはず。脈絡のない停戦交渉と、払暁(ふつぎょう)の奇襲。これらを結び合わせることなど赤子でもできる。

 故に、今を生きている者は憤怒に身を浸し、息を殺していることだろう。

 この戦火を放った者たちを、多くのものを奪った魔族を、魔族を率いた虚言の王たちを、身をもって呪うと。

 憎しみや悲しみ、怒りや嫌悪といった負の感情を混ぜ合わせ、どれでも無い感情へと変質したそれらを、弱者たちは心に抱いた。

 

 ────俺達は、何も守れなかった。


 そう(うめ)く友の声が、夕闇にこびりついて離れない。

 燃え続ける空は、まるで自分たちの無力さを、嘲笑(ちょうしょう)するかのように揺らめき続ける。

 戦うためだけにこの世界に与えられた守護者。それは自身のことを顧みることなど許されない。

 その過去知るものはおらず、ただ、一振りの兵器として、敵を殺すことだけを求められる。

 例え、それが意にそぐわない所業だとしても、存在意義はそこにしかない。

 だからこそ、十二代目勇者の称号を冠する一人である、黒髪の青年は思う。

 自分の為に戦うことができるなら、それだけで、自分の生には意義を生み出せるのではなかろうか、と。

閲覧ありがとうございます。

のんびり更新してまいります。よろしければ、応援いただけますと幸いです。


イメージイラストは、紫髪の子がユミリア、緑髪の子がフィンディネル。

今後登場する子達ですので、愛でていただけると嬉しいです。

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