◆驚愕
「……閣下。閣下。……オーブリー様? 一体どうなさいましたか?」
気遣わしげな供の声に、我に帰る。
そうか、いつの間にか家に帰ったのか。
「アレは、いったい何なんだ……」
思わず、声が漏れた。
ソレイユ王女の部屋を出てから、ずっと頭の中心に居座っていた疑問。
正直、彼女の部屋に入った瞬間から想定外の連続だった。
突然訪れたからには、相当待たされると覚悟はしていた。
けれどもそれでも奇襲を選んだのは、彼女への威圧をするため。
大国の姫であろうとも、本国には見捨てられ、加えて未だ婚姻が結ばれていない現状、この国での立場は酷く不安定。
伯爵たる自分よりも格下である。
そう、言外に伝えるためだ。
けれども、予想以上に彼女が応接室に来るのは早かった。
……まさか、訪問することが漏れていた?
否、まさか。ありえない。
一瞬沸いた疑問を、即座に鼻で笑って否定する。
むしろ扉が開くその直前まで、こちら側の心情を良くするために無理をして早めたのか……と、腹の底で笑っていたというのに。
彼女の支度は、完璧だった。
まさに、大国の王女らしい姿。
……そもそもで、彼女は母国で冷遇されているという触れ込みだったにも関わらず、ドレスも装飾具も全て超一級品。
一体何がどうなっているのか……と、彼女が入った瞬間から混乱していた。
それでも何とか取り繕い、挨拶をする。
その最中も、本題に入るその時も、彼女の威圧感に冷や汗をかいていた。
……とてもではないが、冷遇された姫とは思えない。
威風堂々としている姿は、王者の品格すら漂わせていたのだ。
そして最も恐ろしかったのは、本題を告げたその後の笑顔。
……貴族社会では、仮面をつけて本心を隠すのが常。
笑顔を浮かべながら言葉で殴り合うことなど、慣れたもの。
けれども彼女の場合は、違った。
最早、その仮面こそが武器であり、笑顔そのもので殴りかかってきた。
こちらが手を揃えてきたのに、その盤面を殴り飛ばされたような心地だった。
ただ、怖気付いたと言われればそれまでのこと。
けれどもあの時、確かに自分は彼女に恐れを抱いていた。
「……閣下。如何されましたか?」
気遣わしげな供の声に、再び思考が現実に引き戻される。
「……お前は、あの王女のことをどう思った?」
「流石は大国の王女、と思いました」
「そうか……」
「ですが、この国では確固たる地位を築いている訳ではありません。ヴェルナンツ王国からの支援も見込めない。であれば、寄る辺のない異邦人も同じ。所詮は虚勢。そのため、恐る必要はないかと思いました。……むしろヴェルナンツ王国の威光が届かないと理解した時、どれほど打ちのめされるのか楽しみに待っています」
「……そうだな」
彼の言葉に、幾分か冷静になった心地がする。
……確かに、そうだ。
今の彼女は、必死に虚勢を張っているようなもの。
実際のところ、この国で彼女は権限どころか居場所すらない立ち位置。
……何も、恐ることはない。
「……少し考え事をしていたが、だいぶ考えが纏まってきた。心配をかけて、すまなかったな。お茶を淹れて貰えるか?」
「畏まりました」
溜息一つを吐き、それからゆっくりとお茶が来るのを待った。