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王女の戯  作者: 澪亜
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◆金銭


ギルドの中は、騒がしい。

ナタンさんが、卓を共にする人たちと何を話しているのか、殆ど聞こえない程。


「……本に、愚か者だな」


けれども、何故か彼女の声は自分のいる位置でもよく聞こえた。

ナタンさんが、彼女の方に振り返る。

けれどもやはり、彼の声は聞こえない。


「雛鳥たちを守る任務を受けておきながら、森に連れて行くだけ連れて行って放置し、挙句その依頼金で酒を飲む。……金を騙し取ったということと、同義であろう? そんなことをしでかす輩は、愚か者で十分よ」


「雛鳥? あー、あの新人たちのことか。……んなもん、知るか。変な言いがかりをつけるんじゃねえ」


ナタンさんの怒鳴り声が響いた。

瞬間、シンと騒がしかったギルド内が静まり返る。


「言いがかり? ハッ……」


けれどもナタンさんの怒声など何でもないように、彼女は鼻で笑った。


「ならば何故、其方の気配が森に入ってすぐに消えた?」


「はぁ?」


「妾も、偶々同じ森で魔物を討伐していた故、其方たちの気配は感知していた。其方の気配は、よく覚えているぞ? 森に入った途端、一人逸れて森から出て行っていたな。真、変な動きであった」


クスクス、と彼女は笑った。

あまりに場違いなその笑みに、場の注目が集まる。


「そんなん、お前の妄想だろう。第一、仮に森で逸れていたとして、見つけてくるまで帰ってくるな……ってか? 無駄無駄、どうせさっさと死んでんだ。……分かったら、その五月蝿い口を閉じろ」


「ほう?」


急に、その場の空気が冷えた。

まるで、上から押し潰されているかのような圧が感じられる。

彼女は、ただ薄らと笑みを浮かべているだけ。


「其方が自身で先程言っていたではないか。雛鳥たちを森に連れて行って、置いてくるだけで飲み代が稼げる美味しい仕事、と。ギルドの中での会話は、もう少し気をつけた方が良いぞ?」


ゆっくりと、彼女はナタンさんに近づいて行く。

その動きは、目が離せないほど優雅で美しい。

けれども感動はなく、恐怖しか感じられない。


「……証拠は!? 証拠は、あるのかよ」


彼女が近づく度に、一歩ナタンさんが後退りをする。二人の距離が縮まることはない。

ナタンさんが、叫んだ。


「証拠、か。……其方の発言だけでも十分であろう? これだけ証人がいる。……まあ、其方の不用意な発言がなくとも、問題はなかったが」


「は?」


「何せ……其方が認めれば、それで済む話であろう?」


クスクス、と彼女は笑った。

同時に、更に威圧が強まる。

最早、呼吸一つすら彼女の手に握られているようだ。

一分一秒がとてつもなく長く感じられ、この恐ろしい場から逃げ出したくとも体が動かない。


「あっ……ああ」


ナタンさんの口からは、意味をなさない音が漏れている。

それは、彼女を恐れているからこそ。


……彼女の威圧を、直接受けていない自分ですら、こうなのだ。

直接受けている彼は、どれだけの恐怖を味わっていることか。


「妾の要求は、二つ。一つ、其方が受け取った雛鳥からの依頼金は、森までの案内をさっ引いて雛鳥たちに返すこと。二つ、其方は以後、引率の依頼を受けないこと。……簡単であろう?」


彼女が問いかけたと同時に、威圧が消えた。

操り糸が切れた人形のように、ナタンさんはその場に崩れ落ちる。


「……だ、だが……返したくとも、あの新人たちは死んでいるだろう……っ?」


「妾が助けを求める雛鳥たちを、見捨てると思うか?」


「い、いえ……そういうことではなく……」


「皆、入れ」


ついに呼ばれたのかと、ギルドの中に入る。

先程までの騒がしさは鳴りをひそめ、

すっかり静まり返っていた。


ふと、ナタンさんが目に入る。

情報収集能力が乏しいと言われればそれまでだが、それでもやっぱり、自分たちを騙したナタンさんは許し難い。


……けれども今、彼を前にして抱く思いは、憎しみよりも憐れみだった。

結果的にとはいえ、自分たちは助かった。

けれどもナタンさんは手痛いしっぺ返しを喰らった。


彼女に糾弾され、気圧され、震えながら尻餅をついているその姿を、多くの人に晒している。

……ギルド内での名は堕ちたといっても、過言ではない。


荒くれ者が多くいるこのギルドの中で、名が堕ちるということは、それだけで致命的なことだ。


力が物を言う世界で、力なき者というレッテルを貼られた場合、肩身の狭い思いをする可能性が高い。


名が高まれば高まるほど、受けられるハンター依頼の質は高まる。当然、名が堕ちればその逆。

自身の懐に直結する、手痛い状況だ。



「ほれ、さっさと雛鳥たちに金を返すと良い」


彼女がナタンさんに催促をした。

ナタンさんは最早、反論することを諦めたらしい。

震える手で体を弄り、大人しく懐から財布を出した。


そこから出された金を、受け取った。

……ふと金を見て思う。

彼のことを可哀想、と思うことは失礼なことかもしれない。

この金を取り返してくれた、彼女に。何より、この金を捻出するために何度も採取依頼を何度も受けた自分たちに。


ナタンさんは、金を出した後、逃げるようにギルドを去っていった。

静かだったギルド内も、彼が去ってから暫くして、ぎこちないながらも徐々に活気を取り戻していく。


「……あの、ソフィーさん」


声をかければ、彼女が振り返った。

先程までの冷たい空気はすでに霧散し、その顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。


「このお金、ソフィーさんが受け取って下さい」


「不要である」


「遠慮なさらないでください。お礼です。結果的にソフィーさんに引率役をやっていただいたようなものなので……」


「そんなこと、気にせずとも良い。……遠慮、というより、妾はその金を受け取ってはならぬのよ」


「? ……どういうことですか?」


「妾が受け取れば、そのためにナタンを糾弾したと思われてもおかしくない。痛くない腹の内を探られるのは、不本意よ」


彼女に指摘されて、納得した。

確かに、お金をナタンから奪い取るために僕たちを利用したと疑われても仕方ない構図だ。


「あ、そういうことですか……。じゃあ、その代わり……」


何が良いんだろうか。

彼女のために、何かしたい。

けれども自分たちにできることは、彼女ならば簡単に解決できてしまうだろう。

むしろ、足を引っ張る未来しか予測ができない。


「礼をくれる、というのであれば、次回、其方たちの依頼に付いていっても良いか?」


「え……それは別に良いですが、それお礼になりますか? むしろ僕たちの方が助かるというか、僕たちにとって都合良過ぎるといいますか……」


「良い良い。其方たちを心配する妾の心を軽くするためと思って、素直に受けてくれるとありがたいが?」


「……それじゃ、よろしくお願いしまちゅ」


……噛んだ。

全力でこの場を去りたいぐらいには、恥ずかしい。


「うむ!」


けれども彼女は、ただ美しい笑みを浮かべていた。


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