◆救出
別視点です
その日、僕ら幼馴染四人で、初めて討伐依頼を受けた。
ハンターになったのは、ジェレミーという千年前の英雄に憧れてのこと。
僕らは田舎の村出身で、その村はヴェルナンツ王国に割と近いところにあるからか、ジェレミーの武勇伝が御伽噺の一つとして身近に存在していた。
王都に来て、ジェレミーが有名でないことには驚いたが。
……閑話休題。
ハンターになることを夢見て、憧れの王都に先月到着。
すぐにハンター登録をして、それからは採取依頼を受けていた。
そして今回、初めて討伐依頼を受注。
用心を重ねて、ベテランハンター一人を引率として雇っての挑戦だった。
ハンターギルドの支援の一つとして、報酬額の二割を前金として払えば、ベテランの引率を受けることができる。
ハンターを夢見て鍛えていたとはいっても、所詮はルーキー。
前金は痛いけれども、命は金に換えられないとベテランを雇った……のだけれども。
目的の森に入って暫くしてから、ベテランハンターと、はぐれてしまった。
そして運悪く、それからすぐに魔物と遭遇。
何とか倒せないかと挑戦したものの、結果は惨敗。
隙を見て逃げ出すことには成功したけれども、逃げ切れずに追われていた。
そして、もうダメだ、と思ったその時だった。
たまたま逃げる方向に、女性が一人立っていた。
……こんなところに、女性が一人?と疑問に思わなくもなかったけれども、そんなことを気にしている余裕はない。
「助けてください!」
恥も外聞もなく、その人に助けを求めた。
そして彼女は……魔物の前に立ち塞がった。
「【雷剣】」
彼女の呟きと共に、雷の剣が現れる。
そしてそれを握る彼女は、いつの間にか魔物の後ろに回り込んでいた。
……速い。
あまりの速さに、目では追いきれないほどだ。
そして魔物に視線を移せば、ちょうどお腹の辺りで真っ二つに切られていた。
……後ろに回り込んだのではなく、正面から切って捨てていたのか。
一体、いつの間に剣を振り抜いていたのか……全く、気が付かなかった。
……強い。強過ぎる。これが、ハンターというものなのか。
驚きのあまり、ただただその場で固まることしかできない。
「……其方ら、大丈夫か?」
鈴を転がしたような、可憐な声が耳に入る。
いつの間に近づいて来たのか、彼女は目の前にいた。
「ふむ……大きな怪我はないようだな。其方らは、運が良い」
そう言って、彼女は微笑んだ。
……彼女は美しかった。
髪の色も目も特に目立つそれではないからなのか、あるいは自身にそこまで余裕がなかったからなのか、何故か印象に残っていなかった。
けれども一度認識すれば、その美しさに目が吸い込まれそうになる。
整った顔立ちは、ともすれば怖いくらいだ。
「だ、大丈夫です……!」
「あ、あ、ありがとうございます!」
周りから、聞き慣れた声がした。
そのおかげで、自分が恩人を前にして固まっていたことに気がつく。
「助かりました。本当に、ありがとうございます」
そう言って、頭を下げた。
「このぐらい何ともない。気にするな」
彼女は恩を着せることもなく、ニコリと微笑む。
「アレは、其方らの獲物かや?」
「は、はい……討伐対象でした」
「そうか、そうか……ならば、達成した証拠として、部位を持ち帰ると良い」
「そんな……! アレは、貴女が倒して下さったものです。助けて頂いた上に、その手柄を横取りするようなことはできません」
「良い。其方が助けを求めてくれたお陰で、妾も助かった」
彼女の真意が、よく分からない。
何故、僕らが助けを求めたことで彼女が助かることになったのか……。
けれどもいずれにせよ、手柄を横取りするような真似はしてはならない。
それが恩人ならば、尚更だ。
どうにかして断らなければ、と再び口を開く。
「ですが……」
「其方らの腕は未熟。それは、確か。仮に同じ依頼を受けたとて、失敗するのがオチであろうな」
僕が言葉を紡ぐ前に、彼女が口を挟んだ。言葉の鋭さに凹みはするけれども、正し過ぎるそれに否定はない。
「だが、其方たちは運が良い。本来であれば、其方たちは死んでいたかもしれぬ。だが、生き残った。偶然にも、妾と出会ったことによって。それを運が良いと言わず、何と言う? そして、何も戦う力だけが、力ではない。……運も実力の内、というであろう? 其方たちは自身の運を以て、命の天秤を傾けたということよ」
「ですが……」
「呑み込め。悔しかったら、この経験を糧にしてみせろ。己の技を磨き、運に頼らずとも生き残れるようにしてみせよ」
彼女の言葉は、思わず頷きたくなるような説得力があった。
まるで経験豊富な年上と話しているような、そんな感覚。
自身の悔恨も羞恥も憤怒も、全て見透かされている……そう、思った。
「……分かり、ました……」
だから、こそ。
納得しきれずとも、頷いた。
そしてそのまま、仲間と共に魔物を解体して、幾つかの部位を持ち出す。
「どうやら、まだこの付近には魔物がいるようじゃ。……妾も、其方らと共に帰らせてもらえぬか?」
彼女の言葉は下手だけれども、それが自分たちのことを思ってということは誰だって分かる。
あの強さを見る限り、彼女は魔物と遭遇しても全く問題がないだろう。
「良い……ですか?」
「妾の方が願い出ている立場よ。……妾としては依頼は達成し帰るのみ故、其方たちと共に帰らせて貰う方がありがたいのだが……良いか?」
「勿論です、ありがとうございます……っ!」
それから僕たちは、王都に向けて歩き出した。
「……其方たちは、ハンターに登録したてかや?」
歩き始めて暫くして、彼女から質問があった。
「はい、そうです。貴女は……えっと、今更ながらで恐縮ですが、お名前をお伺いしても?」
「うむ。妾の名はソフィー」
「ソフィーさんですか。僕の名前は、エリクです。こっちの女子二人は斥候役のカロル、魔法使いのアメデで、それからもう一人の男子は弓使いのディオンです」
「うむ、よろしくな」
皆、歩きながら頭を下げる。
「ソフィーさんは、登録されてから随分と長いんですか?」
「否、妾も其方たちと同じく登録したてのハンターよ。勿論、位は初級」
「えっ! うそー……」
カロルが思わずといった形で、叫ぶ。
すぐに、気まずそうに身を小さくしていたが。
「すみません、ちょっと驚き過ぎちゃって。……ソフィーさん、とても強かったので」
「構わぬ。……其方たちと妾の最も大きな違いは、経験の差であろうな」
「……ハンター登録前に、魔物を討伐したことがあったということですか?」
「うむ。王都に来る前から、度々魔物は狩っていた。その経験が活きているのであろうよ」
「なるほど……」
「先程の戦いを見るに、其方たちは経験が不足している様子。訓練や座学は重要であるが、それだけ技が磨かれることはない。故に、実戦を積むことは重要であるぞ。……尤も、今は其方たちだけで実戦を積み上げることは難しい。最初の内は慣れた者に同行して貰うと良かろう」
「そうですよね……。一応、今回はギルドを通して引率を雇ってはいたのですが、うまく連携が取れなくて……」
瞬間、彼女の目がギラリと光る。
「……待て。其方たちは森に入って、すぐにその引率の一人と逸れたか?」
「すごい! どうして、分かるんですか?」
アメデの答えに、彼女は小さく溜息を吐いた。
「気配に敏感故よ。……それより、引率者と逸れるまでの話を詳しく聞かせてくれぬか?」
「いいですよ。実は……」
話始めると、何故だろう……彼女は笑顔のままなのに、温度が下がった気がした。
笑顔の裏に刃を隠しているような、そんな雰囲気だ。
「……其方たちは王都に帰った後、どうする?」
全てを話し終えると、彼女がそんな質問をした。
「報告があるので、ハンターギルドに寄ります。その後は……今日は疲れていますし、そのまま解散して家にでも帰ろうかなと」
「……そうか。ならば、妾も共にハンターギルドに寄ろうぞ」
そうして王都に到着すると、そのまま真っ直ぐにギルドに向かう。
「……あの男が、件の引率者か?」
彼女が指差した先には、引率者として雇ったナタンさんがいた。
既に飲み始めてから大分時間が経っているのか、幾つもの杯が並べられている。
「よく分かりましたね。はい、その通りです」
「そうか。其方たちは妾が呼ぶまで、ここで待て」
そう言って、彼女はギルドの中に入って行った。




