出自
何故、私が母国で冷遇されていたのか。
その説明をするためには、千年前に遡らなければならない。
千年前……この世界には、『ディアーブル』と呼ばれる世界共通の敵がいた。
人間が作り出してしまった、成れの果ての存在。
ディアーブルそのものに意思はなく、ただ破壊を繰り返すだけ。
まるで、世界を滅ぼすことが望みとでも言うかのように。
そして人々が悲惨な死を迎え、負の感情が集まり留まると、魔物と呼ばれる人を襲う獣が生まれる。
ディアーブルによって国と人は滅び、更に生まれた魔物によって人が死ぬ。
そんな負の連鎖に閉じ込められた世界だった。
その世界で、数多くの魔物を討伐し、その果てにディアーブルすら討ち果たしたのが、ヴェルナンツ王国初代国王・ジェレミー。
ジェレミー・フォン・ヴェルナンツ。
そして彼の側には、彼が師匠とも慕う女が一人。
それが、ルナ。
彼女は母のように姉のように陰日向にとジェレミーを支え、彼と共にデルビナを倒す。
そしてヴェルナンツ王国が建国された後も、彼女は市井に下り政からは一線引いていたけれども、彼の良き友として彼を助け続けた。
その上、彼女は死の間際、自身の能力をジェレミーの子孫に譲渡した。
彼女の能力とは、『増幅』と『記憶』。
以降、代々王家には、月の紋様が腕に浮き上がる子が数代おきに生まれるようになる。
その子どもは、必ず何かしらの能力に秀でていた。
それも、その筈。
ルナの能力『増幅』は、その人の才能を底上げするもの。
そのため、継承者は何かしらの分野で第一人者となった。
更に、ルナの能力『記憶』で、先代の継承者が積み上げた才は、今代の継承者が引き継がれる。
例えば、先代の継承者が薬学に精通していれば、今代の継承者は何も学んだことがなくとも先代の知識や技能を受け継いでいる状態だ。
そのため、ヴェルナンツ王国では『ルナ』の名を引き継ぐ者をヴェルナンツの宝として、大切にしてきた。
……さて、今代にもルナの能力継承者がいる。
私の名前は、ソレイユ・『ルナ』・ヴェルナンツ。
つまり私こそが、今代の能力継承者。
普通に考えれば、私は厚遇される身、ということ。
問題は私の立ち位置、つまり人間関係だった。
私は、前王妃の唯一の子ども。
そして前王妃と王は政略結婚で馬が合わず、冷め切った関係だったらしい。
前王妃が病で倒れると、王は自身の恋人を王妃に据えた。
そのため、私と現王妃に血の繋がりはない。
現王妃からすれば、私は自身の恋人を奪った、憎き前王妃の子どもだ。
そして自身の子どもを王位に就けたい、という至極普通な野望を持ち合わせている現王妃にとって、ルナの力を引き継いだ私は、目障りな存在。
私が活躍すればするほど、現王妃の子ども達の影が薄まる。
他にも理由があるけれども、現王妃は厄介払いにと、フレール王国に輿入れをさせた大きな理由はそれだ。
街に到着すると、まずは雰囲気を掴む為に歩き回る。
人々の顔は、国の状態を知る良い指標だ。
……あまり、活気がない。
市場に顔を出してみれば、全体的に物が少なく高い。
公平な目で見るべきとは思うけれども、どうしても『上がアレだからな……』という考えが浮かんでしまう。
もう一度、今度は確りと商品と値段を見ていった。
薬草関係が品薄で致命的、食料品はそこそこ在庫が豊富で価格が抑えられている……といったところか。
最も大きな特徴として、魔力を流すことで使える魔道具は、あまり流通していないようだ。
お陰で、ヴェルナンツ王国では前時代的と評されている道具も、この国では現役で利用されている。
魔道具は、生活の基盤。それが整ってないとなると、ヴェルナンツ王国の地方都市よりも生活水準は下、といったところか。
最後に、ハンターギルドに顔を出した。
……ハンターギルドとは、仕事の斡旋場。
例えば報酬が出る魔物討伐・薬草採取や個別依頼等々、様々な金になる情報をギルドでは入手できる。
それらの中から取捨選択し、依頼として受領、ギルドから達成を認定されると金を得ることができるのだ。
中には報酬が高い依頼もあり、一攫千金を夢見てハンター登録する者も珍しくない。
ちなみに、ハンターの登録は誰でも可能だ。
「すみません、ハンターの登録をしたいのですが」
「畏まりました。こちらに、名前等々の基本情報を記載下さい。代筆も承っておりますので、必要あらばお申し出下さい」
ありがたく、紙を受け取って記載する。
名前の欄は、勿論偽名。
ヴェルナンツ王国でも、ハンター登録をしていた。
けれども残念ながら、ハンターギルドは国に紐つく組織であり、国を越えれば、その国のハンターギルドに登録し直さなければならない。
そのため、ヴェルナンツ王国で積み上げた功績は、この国では通用しない。
……まあ、王妃の目を盗んで活動しなければならなかったから、ヴェルナンツ王国での功績は微々たるものでしかないが。
ハンターギルドが存在するのは、デルビナが存在した時代の名残だ。
設立するかどうか、設立したとしてどのように運営するかは、各国に委ねられていた。
そのため国によっては、今なおハンターギルドが存在していない、ということすらあるらしい。
ちなみにこの国はというと、定職につかない人の受け皿として、ハンターギルドを位置付けている。そのためか、荒くれ者が多い、という印象だ。
「書けました。よろしくお願いします」
受付の人に、登録用紙を提出する。
簡単な質問に回答して、それからハンター証を受け取った。
ハンターはランク付けがされていて、初級・中級・上級で分けられる。
初級は純粋に登録したての新人で、私も初級だ。
中級は中堅層。一定期間、問題なく初級で活動していれば、自動的に上がる。
そして上級は、狭き門を潜り抜けた猛者。実力が他者とは隔絶した者にしか与えられない位だ。
ランクによって、受けられる依頼の幅が変わってくる。当然、上級の方が幅が広い。そして、その中には高額の依頼もある。
それ故、ハンター登録する者は上級を夢見るのが常だ。
……勿論、私は目指していない。
ハンターとなったのは、ハンター証を手に入れるため。
このハンター証さえあれば、フレール国内であれば、どの地域であれ行き来が可能なのだ。
ヴェルナンツ王国のギルドも同じ運用だったため、ハンター証をよく活用したっけ。
過去受けた依頼や赴いた場所に思いを馳せながら、簡単な依頼を選んで受注した。……近場での、薬草採取だ。
王都の門を潜り抜け、暫く進んだ先にある森で薬草を探す。
次いでに、見つけた兎や鳥を魔法で狩った。
全力でやると、獲物が原型を留めなくなってしまうので、上手く力を加減する。
そうして狩ったものを全て収納魔法で片付けると、採取した薬草を片手に王都に戻った。
「帰ったぞ、レリア」
依頼の達成報告をギルドでして、そのままその足で離宮に戻った。
離宮の警備は、かなり緩い。多分、意図的にそうしているのだと思う。
でなければ、こんな穴だらけの警備で王族を守る気があるのかと、小一時間は問いただしたい。
……尤も、私にとっては簡単に出入りができるのでありがたいのだけれども。
それに、警備の面ではレリアがいれば問題ない。
彼女の鉄壁な警備を前して、五体満足で私の前に現れることができる人物がいるのであれば、逆にお目にかかりたいものだ。
「お帰りなさいませ、ソレイユ様」
「夕食は?」
「提供はありましたが、見る価値もないゴミです」
「其方がゴミということは……余程酷いのか」
「カビたパンと、異臭を放つスープです」
「ふふふ……王が王なら、使用人も使用人か」
先程収納した食材を、レリアに投げて渡す。
「ありがとうございます。明日以降にでも、使わせて頂きますね」
それから、レリアが食事を運んで来た。
勿論、カビたパンも異臭を放つスープもない。
レリアが作ってくれた、美味しい食事だ。
「うむ、美味い」
「恐れ入ります」
ヴェルナンツ王国にいた時も、食材は自給自足、調理はレリアに任せていた。
他国に嫁いで来たとは思えない、悪い意味で変わらない状況だ。
「皆は、何と?」
食事を終えたところで、レリアに質問をする。
「事の次第を共有したところ、失笑していました。そこまで馬鹿であったか、と。共有後すぐに、ラザールとデボラがフレールに入国しました」
「そうか。報告が楽しみよな」
彼らならば、フレール王国を丸裸にする勢いで情報を入手してくれるだろう。
レリアが淹れてくれたお茶を、一口飲んだ。
……ああ、美味しい。
「妾はまず、この鬱陶しい枷を解くぞ」
そっと、右腕に嵌ったブレスレットを見た。
鈍く光る、金の腕輪。
血のような紅色の石が埋まった、おどろおどろしい見た目。
そして、左腕に嵌ったブレスレットを見た。
美しく輝く、銀の腕輪。
空のように透き通った碧色の石が埋まった、清廉な見た目。
「喜ばしいことにございます。主人を縛る忌々しいそれが、遂になくなるかと思うと……」
「ふふふ……そうよなぁ。それだけは、この国に来た価値があったというものよ」
「左様にございますね」
二人で、イタズラを思いついた童子のように笑い合った。
枷というのは、右腕の金の腕輪だ。
この腕輪は、呪い。
シビア王妃が私に嵌めた、服従の呪いの証だ。
そして対をなす左腕の銀の腕輪が、それを解除するためのもの。
……もう少し詳しく説明する為には、もう一度ルナの話をしなければならない。
この千年間、ルナの能力は代々受け継がれていった。
それはルナが繰り返し生まれて来た、という訳ではなく、純粋にルナの力だけを継承したということ。
けれども、今代の継承者である私は、かつてルナだった。
……つまり、私はルナの生まれ変わり。
更に言えば、ルナとして生まれる前の記憶もある。
それは、この世界とは別の世界、地球という星で生まれた女の記憶。
最早昔過ぎて記憶が掠れているが、前々世の私は、普通に働いて、休日にはゲームで遊ぶ日々を送っていた。
そして三十代で、事故で呆気なく死に、ルナに生まれ変わった。
けれども、生まれ変わって始めから前世の記憶があった訳ではない。
ルナが地球の記憶を思い出したのは、大人になってから、もっと言えば幼いジェレミーと会った瞬間。
……私が大好きだったゲームの登場人物が目の前にいる、と思った時のことだった。
そう、この世界は私が大好きなゲームと、全く同じだったのだ。
そのゲームは、RPGの中で人気の一品。
主人公が敵を倒して世界に安寧を齎す、という王道のファンタジーだった。
グラフィックの美しさもさることながら、やり込み要素が沢山あって、ルナとして生まれ変わる前にはかなり熱中していた。
勿論、ルナもそのゲームの登場人物。
ジェレミーと出会い、彼を導き助け、そして英雄の一人となる。
ジェレミーにとっては、母であり姉である……そんな存在。
そのゲームが大好きだった私は、生まれ変わった事実に混乱する暇もなく、全力でルナになり切るしかなかった。
……ちなみに、今の私の口調が独特なのは、ルナの時に全力で役になり切ったことによるもの。
ロールプレイをしている時はルナに成り切ることの方が難しかったけど、今となっては馴染み過ぎて、逆に元に戻せなくなっている。
それ程にルナになり切っていたとはいえ、争いと無縁な前世の記憶を持っていた為に、戦いに身を投じるのは生半可なことではなかった。
それでも、やり遂げることができたのは……。
彼を助けなければ、自分が今生きている世界がどうなるか分からない、という打算もあった。
ゲームへの愛、勿論それも原動力だった。
けれども一番は、幼いジェレミーを保護して、家族として共に暮らしていたということが大きい。ありていに言えば、情が湧いた。
幸いにもゲームと同じように、デビルナの討伐を成功させ、ジェレミーはヒロインと結婚し、ヴェルナンツ王国を建国。
そしてルナである私は、ヴェルナンツ王国とは一線を引きつつも、偶にジェレミーを助け、後は悠々自適な日々を送ることとなった。
……問題は、その後。
ゲームで言えば、エンディングのその先。
人間は残念な生き物で、デビルナの脅威が薄れると、今度は人間同士で争うようになった。
やがて争いは大きくなっていき、ついには国家間の争いに発展。
私は政からは距離を置いていたけれども、ヴェルナンツ王国はジェレミーが建てた国だ。それなりに思い入れはある。
何より、その状況に疲れ果てていたジェレミーやヒロインを捨て置けない。
そう、思ったのだけれども……。
残念なことに、彼らを助けようと動く前に私自身が倒れた。
死期が近づいていたのだ。
彼らは、決して助けて欲しい等とは私に言わなかった。
むしろ忙しい合間を縫って見舞いに来てくれる度に、終始私を気遣ってくれた。
けれども、ふとした時に見せる疲れた顔に、もうダメだった。
……このままでは、死ねない。心配で逝けない、と思った。
それ故に、最後の力を振り絞って、私が持てる力全てを二人の子孫に与える魔法を完成させた。
そうして無事、二人の子どもに私の力は宿り、そのまま私は死んだ。
けれども、その行動は間違いだった。
ジェレミーとヒロインの子どもは、良い。
私の力を上手く有効活用してくれて、ヴェルナンツ王国を見事に守り抜いた。
問題は、それ以降。
王太子となる者が、力の継承者だったならばまだ良かった。
けれども、継承者の選定はランダム。
王太子が選ばれることもあれば、その兄弟に選ばれることもあった。
そして、兄弟が継承者として選ばれた時に王家が選ぶ道は二通り。
一つは、王太子を替えること。
そしてもう一つは、継承者を王に服従させること。
……もう、お分かりだろうか。
この右腕の金環は、かつて継承者を服従させるために作り上げられた呪いの証。
死ぬまで外すことはできず、王や王妃それから王太子の命に背けば、全身が締め付けられる。
そして呼吸ができずに意識が朦朧とする中、痛覚だけが意識に刻み込まれるのだ。
そんな最悪の代物を、王家は作り出してしまった。
私も、私を邪魔に思う王妃によって嵌められた。
最悪なのは、単に自身の娘息子を守るためでも、ましてや王国のためでもなく、王妃自身の欲を満たそうと利用するために、腕環を私に嵌めたということ。
どうせ王は王妃の言いなりで、彼女がルナの力を私欲で利用することを邪魔する者はいない。
それ故に、彼女にとって私は邪魔な存在である一方、利用価値の高い便利な道具……となる筈だった。
けれども、王妃の目論見は上手くいかなかった。
それは、ルナの時に交わした契約のおかげ。
市井に下る際に、『ジェレミーの許可なく、決して王国の為にならないことに自身の力は使わない』と宣誓したのだ。
魔法使いの宣誓は、一種の契約。言の葉に魔力を乗せることで、自身または他者を縛るもの。
ルナの宣誓は魂レベルに刻み込まれ、それ故に生まれ変わった今も、その宣誓は継承されていた。
余談だが、その宣誓は、契約の相手方であるジェレミーが『ルナに不都合があれば、いつでも解除しても良い』と条件を付けた為、その気になればいつでも簡単に、私の意思だけで破棄することができてしまう非常に緩いものだ。
けれどもその縛りのお陰で、完全には王妃の言いなりとならなかった。
少しでも私の頭の中で、国のためにならない、という思いが湧いてくると、強制的に魔法が使えなくなる。
そのため、王妃個人の命令は殆ど達成することができなかったのだ。
そしてそれ故に、王妃は使えない道具として私を捨てた。
「あと、七十人……か」
右腕の金環は、呪いの証。
歴代百人の継承者の運命を歪め、その怨嗟が宿る代物。
それに対して、左腕に嵌めたのは呪い解除の腕輪。
解除の対価として、運命を歪めた者の数だけ、願いを叶えなければならない。
つまり、百個の願いを叶えれば、呪いは解除される。
「ヴェルナンツ王国では、あの女の目を掻い潜るために随分と労力が必要でしたが……もうその必要もありませんので、早々に解除ができますね」
「うむ……ま、あの国に居続けるよりかは早かろうよ。さっさとこの枷を外し、誓いも破棄さねばなぁ」
そうすれば、私は自由だ。
想像したら楽しくなって、つい笑みが溢れる。
「宜しいかと思います。楽しみでございますね、ソレイユ様」
「ああ」